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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第七章 這い寄る幻影

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箪017 怯える眼光

 スズメの背を追ってたどり着いた先は、魚料理の店だった。


 料亭“アモルフォード”。

 氷材屋の隣に店を構えているそこは、冷蔵施設とも隣接しており、この街では唯一、新鮮な魚を夜でも食べられる店らしい。

 当然、そんな店が場末の酒場と同じような喧しさに包まれているはずもない。

 私は高級な佇まいにたじろぎつつ一歩踏み込んでみれば、予想通りの清廉すぎる雰囲気に、踏み出した一歩を引き戻したくなってしまった。


「奥にいきましょうか」


 だが、そういうわけにもいかないようだ。


 サンダルの足音に顔を赤くする私をよそに、スズメは高そうな紳士服が座るテーブルの合間を縫って、どんどん遠くへと突き進んでゆく。

 私も遅れるわけには行かない。一人になって好奇の目を浴びるよりは、スズメを視線の盾にしながら進んだ方が、いくらかマシだろうから。

 それでも私は、できるだけ足音を立てないように歩き、店の最奥部にあるテーブルで、ようやく人心地ついた。




 椅子について改めて店内を見回すと、店の高級感が良くわかる。

 いつかの時代をテーマに、調度品を揃えたのだろうか。それとも、その時代からずっとある物なのだろうか。

 飴色の立派な梁の間には、控えめなシャンデリアが小さな輝きを湛え、角の取れた煉瓦の壁には、古びた黒木の舵と、偉そうな髭を蓄えた難しそうな顔の男の油絵が飾られている。


 素朴ながらも、歴史を感じさせる店だ。

 それなのに店内はどこを見ても清潔で、机には大きな傷も、タバコの焦げもなく、床はゴミ一つ無くピカピカに磨かれている。


「ふー、ここなら、落ち着いて話せますね」


 いや、高級っぽくて落ち着かないんだけど。

 とはいえ、近くには他の客のテーブルもなく、間には艶やかな葉を垂れるプランターにより隔たれているので、人目や聞き耳を気にせずには、話せそうだった。


「えっと……」


 スズメは手をもじもじさせながら、話の切り口を探していた。

 私は借りてきた漬け物石のように、じっと彼女の言葉を待つ。

 しかし結局スズメが言葉を見つけたのは、私たちが飲み物を頼んでから物がやってくるまでの、随分後のことだった。


「ごめんなさい、私、友達がいなくて……話すのが下手なんです」


 スズメは口をつけていない飲み物に頭を垂れて、しょげた。


「大丈夫だよ」


 人を急かしたくはないし、私も慣れない会話はへたくそだ。ゆっくり話せばいい。

 彼女の顔を見れば、真剣な何か用があって誘ったであろうことは、よくわかる。

 スズメがうまく話せるまで、じっくり待ってやるとも。

 

 酔っぱらって口を滑らせたくはなかったので、私はブドウ水で口を湿らせている。

 疲れた身体には、甘みが少なく酸味の強いブドウ水は、身体の芯にまで染み込むようだった。

 五口目くらいで、スズメは再び顔を上げた。


「あの、今日、私、ロッカさんがいるからお仕事についていった、って言いましたよね」

「え、ああ、うん」


 スズメの顔は、どこか緊張した様子だった。


「あれって、実は……半分、嘘だったんです。ごめんなさい」

「嘘?」


 申し訳なさそうなスズメの顔には、“ロッカさんがいたからっていうのが全部嘘というわけじゃないんです”と書いてあるように見えるが……。


「本当は、訊きたいことがあったんです。ソーニャさんの調子について、お話をなんとか、皆さんから聞けないかなって思って……それで、ついていったんです」

「……ソーニャか」


 ソーニャから逃げたと思ったら、こっちでもソーニャだった。


 どうしてスズメは、ソーニャの事を聞こうなんて思ったんだろう。

 いや、その疑問はもっと噛み砕く必要があるか。


 ……スズメはソーニャを知っている。

 地区警備署にやってきたリゲル導師が、ソーニャをかばっていたのだ。リゲルの護衛であるスズメにも何か深い関わりがあるだろうというのは、間違いないだろう。


 ただソーニャを知ってるだけではない。

 スズメやリゲル導師は、きっとソーニャと知り合いなのだ。


「……今日、ソーニャが地下水道に来た」

「はい」

「私を助けてくれたんだ」

「……そうですね」

「でも、格子戸が開いてたりとかさ。色々、あるみたいじゃない」

「はい……」

「ねえ、スズメはそれについて、何か知ってる?」

「それ、は……えっと」


 ちょっと問い詰めるような言い方をしたのが不味かったのか、私の声色が無意識に鋭くなっていたのか、スズメは言葉に詰まり、目に涙を浮かべてしまった。

 まずい、泣かせてしまいそうだ。

 もうちょっと、ゆっくり、順序を立てて話すようにしなきゃ……。


 私は早く核心に迫りたい衝動をブドウ水の酸味で抑え、質問を変えることにした。


「スズメ……と、リゲル導師。って、さ。ソーニャと、知り合いなの?」

「知り合い……そうですね。関係も、そのくらいが近いと思います」

「でも、ソーニャはミネオマルタの学徒じゃないか」

「はい、その通りです。私やリゲルさんは、ソーニャさんと学友だったわけではありません」

「じゃあ、どうして」

「……」


 きまずい沈黙が訪れる。

 ……泣かないよね?


 あっ、だめだ泣きそう。

 ものすごい目に涙溜めてるよこの子。


「ごっ、ごめん!? 大丈夫!?」

「ご、ごめんなさい、平気ですっ」


 全然平気そうではない。

 ついにスズメの感情は決壊し、涙はポロポロと溢れ、流れてしまった。

 だけど彼女は、綺麗な袖口で目元を拭いながら、嗚咽交じりに話し始める。


「……ソーニャ、さんは……三年前からずっと、今もまだ……苦しみ続けてるんですね……」


 大粒の涙がテーブルに滴下し、小さな音を立てる。


 そして、スズメはゆっくりと、ソーニャの過去について話始めた。


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