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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 轟く雷鳴

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嚢024 呑まれる心

 小降りの雨が止み、水は石畳の溝を流れ、地下水道へと消えてゆく。

 ほんの少しの雨宿りと飲食店に浅く腰をおろしていた旅人たちは、雨音が止むのと共に、ぞろぞろと通りに溢れ始めた。

 宿へ向かうにも丁度良い時間だったのだろう。程よく酒気を帯びた手練の傭兵や運び人たちは外周部へ、夜も煌灯の中で働き詰める高給取りたちは、中央部へ歩みを進める。


「ちょっと、飲み過ぎたかしら」


 ソーニャ=エスペタルが向かう先は、学徒専用の寮。どちらかといえば外周部だ。

 片手に通した編み籠には、カーキ色の滑らかな生地が入っている。ロッカと一緒に飲んだくれた帰り道の途中で、つい勢い余って買ってしまったものである。

 それは質感も値段も、食いつくのに納得のいくものではあったのだが、そのせいで酩酊気味のロッカとはぐれてしまったのは、唯一いただけないことだった。


「ちょっと無防備なところはあるけど、ロッカなら大丈夫よね」


 寮まで一緒に帰りたかったというのが本音ではあるが、もう何十分も探している内に、そんな心も折れてしまった。

 それに、他人の心配ができるほど、ソーニャ自身も足取りが確かなわけではない。逆にロッカよりも腕力が劣る分、女一人で歩くのが危ないのは、むしろ自分の方であろう。

 だからソーニャは、薄汚れた伝言板に“帰っているわ ソーニャ”とだけ書き残して、寮へと向かっている最中なのである。


「ふ」


 帰り道で思い出すのは、つい一時間ほど前のロッカの呂律の回らなさだ。

 ほとんど何を言っているのかわからないはずなのに、それを酒の入った頭で聞いているソーニャには、なんとなく意味がわかってしまうのか、けらけらと相槌を打っていた。

 しかし終わって少し酔いが冷めてみれば、その時に話したことなど、てんで記憶に残っていない。

 勢いだけの会話でも、心で通じた風に感じてしまうのだから、酒というのも悪くはない。

 だが、そこに行き着くまでの会話の流れは、果たして何だったか。

 ソーニャが考えながら歩いていると、目の前から背の低い少女がやってくるのが見えた。


「……あ」


 見覚えはある。

 おぼろげな記憶は向こうも同じものを持っていたらしく、ソーニャとすれ違う寸前に呆けた声を出していた。


 フードに隠れた深緑色の髪。

 ミネオマルタでは珍しい流季系の顔立ち。

 少女はリゲル導師の護衛魔道士、スズメ=ウィンバートであった。


「スズメさん。どうもこんばんは。買い出しかしら」

「こ、こんばんは。は、はい、そうです……ソーニャさん」


 向こうからやってきた少女、スズメはフードを脱いで、おずおずと頭を下げた。


「ええと、ソーニャさん……その」

「何かしら」

「え、はい。あの、あの……」

「無理して話そうとしなくてもいいのよ。私達は、ただ何度か顔を合わせたことがあるだけの他人同士なんだもの」


 ソーニャの細められた青い目の中に、酒の気配はない。

 睨みに近い鋭い視線に、スズメはなおのこと萎縮する。


「あの……リゲルさんは、その」

「貴女の口から聞きたい話じゃないわ」

「……」

「良いのよ。第一人者として光魔術を広める。とても、素晴らしいことじゃない」

「ソーニャさん……」

「彼女の教えが一秒でも早く世界に広まる事を、心から祈っているわ」


 スズメの横を、ソーニャが通り抜ける。

 柔らかな金髪は夕日を受けて、宝石のように輝いていた。

 彼女の美しさに何人かの旅人が振り向く中、スズメも彼女の背に振り向いていたが、他の男達と同じように、声をかけるまでの勇気を持てなかった。


「スズメさん」

「は、はい」


 去り際に名を呼び、ソーニャは冷たい目を向けた。


「殺されないようにね」

「……」


 スズメは何度か口を開閉させ、頭の中に浮かぶ断片的な言葉を投げ返そうとしたが、それが上手く一つの形となる前に、ソーニャの姿は届く範囲を離れ、人波に呑まれて消えてしまった。


「ソーニャさん」


 誰に宛てるでもなく呟いた名前は、かさを増す闇の中に解けてゆく。



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