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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第六章 轟く雷鳴

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嚢012 迫り上がる霜

「これより、“狼人のライカン”および“氷山のリン”による、中級保護の闘技演習を行う!」


 ライカンの闘技演習は、本日も行われる。

 昨日は一回だけだったけど、今日はなんと、二度も連戦でやるのだとか。

 まぁ、ライカンが本気で百人抜きすると言っているのだから、このくらいのペースでやっていかないと達成に時間がかかりすぎてしまうのだろう。


 今日は隣にソーニャもいるけれど、せっかくなのでヒューゴ達とも一緒に座ることにした。

 観覧席はまだ、私達が集団で席を取れる程度には空いているのだが、昨日の闘技演習よりは人が増えたような気がする。

 もしかしたら、昨日の超肉体的な戦い方が話題を呼んだのかもしれない。

 同じ属性科二年の間で噂が広まってたりしてな。


「今日の相手も、属性科の二年生みたいだな」

「あの女の子?」

「うん」


 ヒューゴが指で示す壇上には、背の低い少女が立っていた。

 昨日のフレイジとかいう少年も幼い印象があったが、彼女はそれ以上だ。

 ライカンとの身長差は、五、六十センチはあるのかもしれない。

 その両者が対等な立場として向かい合っているのだから、傍からみれば、これはとんでもない光景である。


「“氷山のリン”。戦績は、七戦五勝二敗。結構強いみたいだよ、彼女」

「あんなちみっこいのになー」

「それってボウマ、貴女が言うのってどうなのよ」


 友人の闘いの前とはいえ、私達の雰囲気は和やかである。

 私を含め、誰一人として緊張感など漂わせてはいない。

 それもそのはず。壇上の背丈を比べてみれば、ライカンが負けようなどとは、微塵も考えられなかったからだ。




「はじめまして、よろしくお願いします」

『こちらこそ、よろしく頼む』


 ここからは壇上の声を聞き取ることはできなかったが、両者が礼儀を弁えた挨拶を交わしているらしいことは、なんとなく見て取れた。

 ライカンの対戦相手、“氷山のリン”とかいう女の子は、細いロッドを扱うようだ。

 対するライカンは、昨日の同じ鉄製のロッド。両者とも得物は同じ長さのロッドだが、ライカンが持つに短すぎるし、逆にリンが持つには長過ぎるように感じられる。


「えっと、あの……」

『ん? どうした、少女よ』

「はい。あの、昨日はフレイジ君がご迷惑を……」

『む。友人か?』

「はい……」

『そうか』


 ライカンは狼の下顎を撫で擦り、考え事をする素振りを見せた。


『あいつの敵討にきたのか?』

「……えっと、はい」

『はっはっは、そうかそうか』


 ライカンは高らかに笑っているが、その言葉までは聞き取れない。

 相手のリンが困ったように青色の髪を掻いているのは、私の見間違いというわけでもないだろう。


「あの子、馬鹿なんですけど……一応、私の友人なので。彼の顔を立てるために、今日は勝ち星を返して貰います」

『うむうむ! 男を立てる女、実に良いぞ! 存分にかかって来い!』

「いや、そういう関係では……まあ、別に良いですけど」


 交わされた言葉こそ不明だが、相手に杖を向けるなど挑発もなく、開始前の挨拶は比較的穏やかに終わった。

 それでも両者ともに所定の位置につけば、壇上の雰囲気は大きく変わる。


「……」


 リンはロッドの石突を床につけ、ほぼ壇上に垂直な状態を保っていた。

 堂々とした構えはとても優美に見えるが、魔道士としての構えとしては、かなり隙が多いように感じられる。


「あの子の杖の構え方って、あれ……油断してるの?」

「うん? ああ、ロッカは鉄魔術しか勉強してなかったから、知らないのか。魔術戦では、初手からああいう構え方をする人も珍しくないよ」


 ヒューゴは私の疑問に答えてくれたが、いまいちわからない。


「投擲を重要視しない魔道士の場合は、初手の魔術の精度を高めるために、あえてあんな構え方をするんだよ」

「へー……何か飛んできたら、すっごく避けにくそうだけど」

「もちろん、そういった面もある。けど、闘技演習場ではそれを防ぐのも、同じ魔術だからね。とはいえ、人それぞれさ」

「ふーん……」


 まぁ、私のような鉄魔術使いにとっては、あまり関係のない構え方って事だろうな。


「闘技演習……開始!」


 予備知識を蓄えたところで、開始を告げる導師の声が響いた。

 それとほぼ同時に、リンの詠唱が紡がれる。


キュート(水よ)ディミジア(顕れよ)”……」


 垂直に立てたロッドの先石から、透明な水が溢れ出す。

 泉のように湧き出る水は、留まることを知らない。

 まるで杖がどこかの水脈と繋がっているかのように、次から次へと水を引いては、足元にだばだばと落ちる水たまりを広げてゆく。


『おお、こりゃあ厄介な相手と当たってしまったな』

「……」


 ライカンはといえば、昨日と同じだ。

 肩にロッドを預けたまま、仁王立ちの体勢を崩していない。

 遠距離からの攻撃は来る気配もないので、急いで動く必要はないかもしれない。

 だがしかし油断し続けられる状況でないことを、彼はわかっているのだろうか。


「……っく……まだ、もうちょっと」


 リンが生み出し続ける水は、どんどん壇上に侵食し続けている。

 これを放って床環境を乗っ取られては、とてつもない不利に追い込まれてしまうだろう。

 ……いや、時既に遅し。水は広がりに広がり、巨大な円形にまで拡大してしまった。

 その水の範囲はといえば、私がルウナと戦った時よりも広いかもしれない程だ。


 水の連続放出を終えたリンは足元をふらつかせながらも、床を突いた杖を手に取り、ついに構えた。


「ふう……準備は完了です。けど、ここまでの下準備を見過ごしてくれたのは、さすがに貴方が初めてですね」

『俺としても相手が先に動いてくれたほうが、動きを読めてありがたいのでな。だから遠慮せず、その先手を活かしてくれ』

「最初からしてませんって……調子狂うなぁ」


 リンのロッドが、大きく後ろに振られる。

 と同時に、今まで動かなかったライカンが、目にも留まらぬ速さで正面に駆け出した。

 水たまりなど何のその。迷いのない足取りは力強く、昨日と同じ正面からの突破を容易く連想させた。


「間に合うわけないでしょう……“キュア(冷気よ)レギン(隆起し)ホルゲル(壁となれ)”」


 ロッドの振り上げによって足元の水が擦られると、リンの前方に展開する水溜まりが真っ白に色を持ち始めた。

 やがてそれは甲高い音で罅を走らせながら、ある一点で堰を切ったように、大きく隆起する。


『むむっ!』


 走っていたライカンの前方に立ちはだかったのは、一メートル八十センチ近くまで高さを増した、水溜りによる巨大な霜柱だった。

 それはリンの振りまいた水溜まりの外周部に展開されており、見る限りには、ほとんど付け入る隙がない。


 これにはさすがのライカンも足を止め、立ち往生するしかないようだ。

 準備時間があったとはいえ、かなり大規模な魔術の行使には、闘技演習場が一気に盛り上がった。


「霜柱の防護壁です。水環境からある程度吸わせているので、かなり分厚いですよ。そのロッドで簡単に殴り壊せるとは、思わないでくださいね」


 ライカンが霜柱を何度か殴って感触を確かめていると、リンは再びロッドを構えなおして、呪文を唱えた。

 かなり魔力を消費して精神を摩耗しているのか、顔色は良くない。

 しかしどうにも、それを承知の上で更なる魔術を行使しているようだ。


「……“キュア(冷気よ)レギン(隆起し)ホルゲル(壁となれ)”」


 同じようにリンの足元が白く氷付き、バキバキと恐ろしい音を立てながら、ゆっくり上へとせり上がる。

 直径二メートルほどの霜柱の足場を、同じく二メートル近くまで上昇させると、そこでリンの魔術は停止した。


 構図としては、壁に阻まれたライカンと、それをやや上から見下ろす形のリンといったところである。


『なんと……』

「これで近づけませんね。じゃ、私、使いすぎて頭が痛いので。これからゆっくり詰めていきますから、諦めるなら早めにお願いしますね」


 安全な位置と狙い撃ちの機会を取った水魔道士リンに、近接戦闘家のライカン。

 彼の連覇記録に、いきなり暗雲が立ち込める。




「おいおい、ライカン、いきなり大変そうだぞ」


 壇上に生えてきた霜柱の城壁により、戦況は早速、相手側の有利へ大きく傾いてしまった。

 ライカンならいくら相手に先手を打たせても……なんて考えは、やっぱり私の中での抽象的なイメージでしかなかったようだ。

 油断も積もり積もれば、取り返しの付かない差をつけてしまう。リンが水を準備していた最序盤から相手に接近していれば、少なくとも今のような事態にはならなかっただろう。


「霜の壁、高さは……ライカンの身長くらいはあるわね。かなり分厚いし、身体強化無しだと突破は難しそうだわ」

「そうだね。普段の、何の制限もないライカンなら、あんな壁は軽く乗り越えてみせるんだけど」

「くっそー、ライカン、がんばれぇ」


 隣のソーニャも私と同じような感想を抱き、眉根を歪めている。

 ヒューゴの言う通り、これは行動に制限が掛けられた、闘技演習場ならではの苦況だ。

 私達は日頃のライカンの全力を知っているだけに、霜の壁を前に立ち往生する彼の姿には、歯痒い思いを抱かざるを得ないのである。


 ここからは苦況だ。

 一方的に攻撃できるリンを相手に、ライカンはどこまで足掻けるのだろう。




「すー……はぁ」


 一際高い氷の台座の上で、リンは深呼吸しているようだ。

 連続して規模の大きな魔術を扱ったので、疲弊した精神を落ち着けているのだろう。

 ライカンの視界内でありながらも堂々と休む彼女の姿は、次の攻撃への布石を丁寧に細工する、一片の驕りもないものであった。


 対するライカンは、その間にどうにか霜の壁を突破しようと画策しているのだが、こちらは上手くいっていない様子だ。


『セイッ』


 先程から何度も拳で霜の壁を砕いているが、成果は芳しくない。

 壁の高さは二メートルほどなので、縁に手をかけて登ろうと試みる場面も見られたのだが、そこは大きくても霜であり、手をかけたところから脆く崩れてしまい、壁の上に足を乗せることすら叶わなかった。


『仮に登れたとしても、そこを狙い撃ちにしてくるのだろうがね』


 ライカンは霜の登頂を諦めたのか、再び鉄のロッドを握り直した。

 登れなければ、砕くしかない。近づかなければ勝利できないライカンにとって、それは苦肉の策であったことに疑いの余地はないだろう。


『ふんっ』


 鉄のロッドが、壁に突き立てられる。

 掘るというよりも、突くに近い動作だ。壁に対して垂直に向けられた鉄のロッドが、霜の壁の場所に何度も衝突する。

 比較的に柔らかな壁は、その一回ごとの切削によって、僅かながらも穴を開けているらしい。

 地道だが、彼の力を持ってすれば、突破自体にはあまり時間もかからないだろう。


 しかし問題は、その後だ。


「まぁ、別にいいですけど。開通した時点で狙い撃ちにしますし」


 霜の壁をなんとか取り払ったとしても、その先には二メートルの霜の台に立つリンがいる。

 彼女はロッドを持ち、精神統一を済ませて準備も万全。その上、容易には手出しできない場所にいるので、壁がないからといって防御が薄いわけでもない。

 現状は、ライカンにとって不利な点があまりにも多すぎる。


「リンだっけ。彼女、昨日のライカンの闘技演習の情報を持ってるみたいだね」

「そうなの? ヒューゴ」


 ヒューゴは確信めいた風に頷いた。


「普通、闘技演習は魔術を使った闘いをするわけだから、魔術を警戒するよね。魔術を使うってことは、遠距離攻撃を警戒するってことだ。けどあのリンって子には、試合開始直後から、一切そんな素振りを見せていなかったよね」

「ああ、確かに」

「きっと、事前に誰かしらから事情を聞いた上で、今日の対戦相手として闘技演習に臨んだんでしょうね。まぁ、珍しくもないことだけどさ」

「ぐぬぬ、なんかズルいぞぉ、それ」

「勝てばいいんだよ、勝てば」


 ヒューゴ、あまり世知辛いことをボウマに教え込むな。




「……?」


 氷上のリンが、不可解な光景に首を傾げる。

 視線の先にあるものは当然、ライカンの姿であった。


「何のつもりですか」

『ん?』


 私達もまた、ライカンの行動に疑問を抱いている。

 先ほどまで霜の壁を崩そうとロッドを振るっていたのに、なぜそのようなことをしているのかと。


「霜の壁を壊すつもりがないなら、ここから術を浴びせますよ。魔力消費が多くなるので、乗り気にはならないですけど」

『それは困るな。だが俺が自力で壊した所で、すかさずそこに打ち込むつもりなのだろう?』

「当然です」

『それも困る』

「じゃあ、“それ”は一体なんのつもりですか」

『ん? これか?』


 ライカンは、壁を崩し終えていない。

 何度かロッドで霜を崩したものの、彼は小さな穴を開けるにも至っていなかった。

 それどころか、途中で掘った穴の中にロッドを横向きに埋め込んで、掘削のための道具を封印してしまう始末である。

 この不可解な行動には、優位に立つリンも不気味さを覚えたことだろう。


「遊びなら――」

『遊びではないさ』


 奇行を目の当たりにしたリンや観客を置き去りに、ライカンは腰を低く落とし、両手を壁に向けて軽く突き出す。

 会場の誰もが、その行為の意味を把握できていない中で、唯一私達だけはなんとか、彼の思惑を理解できていたのかもしれない。


 彼のかざす両手の先には、霜の壁に横向きに埋め込まれた一本の鉄製ロッド。

 なるほど。この手があったか。

 私が感心する間に、ライカンは魔術を発動させた。


『“イグネンプト(稲光れ)アスモフィウス(我が鋭き牙)”』


 ライカンが呪文を唱えた瞬間、鉄製のロッド全体に強力な“反発”の磁力が加わった。

 強力な磁力によって弾かれたロッドは、やわらかな霜の中で力を解放し続ける。


「え」


 霜の壁は、数秒も保ちはしなかった。

 ほとんど爆発に近い反発力を加えられたロッドは、分厚い氷の塊を瞬時に砕いてみせた。


 横向きのロッドが生み出した圧力は凄まじかった。

 霜の壁は、内側に込められた火薬が炸裂したかのように木っ端微塵に砕け散り、冷たい破片はリンの元にまで勢い良く飛散した。


「きゃあ!?」


 爆音と、降り注ぐ氷の礫。

 打ちどころが悪ければ、一発退場もあり得る程の雹が降り注ぐ中で、彼女が顔を覆うのは仕方のないことだった。


『ふんッ』


 しかし籠城の壁が壊れた以上、彼女は第一に、ライカンに注意を払わなければならなかった。

 ほんの僅かな時間であれ、そのことを忘れてしまったのは、リンの最大の敗因と言えるだろう。


 魔術の磁力によって手元に戻された鉄製のロッドが、今度は単純な腕力によって、縦に回転しながらリンへと放り投げられる。

 氷の破片から顔を覆っていた彼女には、その最後の時まで、自分の敗因に気付くことはなかった。




 リンは姿を消し、壇上に残ったのはライカンだけ。

 床に落ちた鉄のロッドを拾い上げ、彼はそれを試合開始直後と同じように、肩に預けた。


『まぁ、こんなものだろうな』


 そして、彼は観覧席に手を振りもせず、何のことも無かったように、大股で出口へと歩き去ってしまった。

 不利な状況から一転、勝利を掴んでみせたライカン。その余裕を見た会場の学徒達は、“なんだあいつは”と口々に騒ぎ始める。


「なんだあいつは」


 むしろ、その言葉は私の口からも出てきた。

 身内だからと、誇らしげに流せるほど見慣れたものでは無かったからだ。

 相手に先手をいくつも譲り、その上で僅かな手数で逆転する。

 防御の破壊から直接攻撃までの鮮やかな手際に、私も興奮を隠しきれない。


「えー、なに今の。ねえロッカ、さっきライカン、何したのよ」

「逆転した、ライカンすげえ」

「そうじゃなくてね」

「ああ、ソーニャはライカンの特異性を知らないんだっけ?」


 私が答えをひねり出す前に、ヒューゴが引き継いでくれた。

 そうしている間にも、ライカンは壇上を離れ、悠々と出口へ消えていったらしい。

 問題の勝者を不在にして、観覧席の賑やかさも弱火になったようである。


「へえ、なるほどね。彼って磁力を使えるんだ、知らなかったわ」

「うん。ライカンとはよく魔術の練習をしているからね。既存の魔術とは全く違った使い方ばかりだから目立たないけど、制御も上手いと思うよ」

「ふーん……」


 ソーニャを含め、この闘技演習に立ち寄った学徒たちは、ライカンという人物への評価を一変せざるを得なくなったことだろう。

 昨日の闘技演習で興味を持って足を運んだ人にとっては、より強く印象付けられたのではないだろうか。


 今日は、もう一度だけライカンの闘技演習が行われる予定だ。

 それは三時過ぎ辺りの、属性科の学徒達の講義が終わる頃であり、今回の闘技演習が噂として、学園内に広まっている頃でもある。

 おそらくその時には、この昼休み以上の観客が、いくつもの席を埋めるのだろう。

 私は壇上に残る霜の壁を見て、そう確信するのだった。




 戻ってきたライカンを交えて、僅かな時間を特異科の講義室で過ごす。

 講義室には既にクラインの姿もない。彼は今頃、光属性術の講義でも受けているのだろうか。

 ともかく、私達は今、いつもの面子からクラインを抜いてソーニャを加えた顔ぶれで、先ほどの闘技演習でのライカンの勝利を祝っている。

 人数の入れ替えはたった一人に過ぎないが、それだけで随分と毒気のない、和やかな雰囲気に変わっているのは、私の気のせいではないし、別に不思議にも思わない。


「ライカンすげーなー」

「うん、凄かった。相手のリンって子も、あれってそんなに弱くないよね」


 私とボウマは、終始褒め倒しだ。語彙の少ない私達は、筆舌に尽くしがたい感動を、とりあえず“すごい”を何度も言うことによって表現し、ライカンを照れさせた。

 当然、彼の快挙はヒューゴやソーニャも認めるところである。


「しかし張り切るよな、ライカン。何か心動かされることでもあったのかい?」

『はは、いや、なに。強者を求めただけのこと』

「やっぱライカンは格闘バカだじぇ」


 けど下心がわかりきっている彼の言い訳は、相変わらずちょっと格好がつかないなと思う。

 しかしライカンも誠実な男。偉そうな嘘を長々と喋ることなく、話の流れを真面目な方向に切り替えた。


『それにな、先ほどの闘いは、こちらもほとんど不意打ちのようなものだ。手番を譲ったとはいえ、対等と呼べるものではあるまいよ』

「そういうものなの」

『相手は、俺が終始素手で闘うと思っていたのだろう。戦術も心構えも、それを前提としたものだったはずだ。相手は相手で、既にある情報から貪欲に勝ち筋を選んだのだろうが、俺は最初から手を隠していたわけだ』

「でも、それって相手が勝手に決めつけてたことだし、別にライカンが汚いってことじゃ……」

『正々堂々という意味では、武器を隠し持っていた俺もまた、同類なのだよ、ロッカ』


 諭すような言い方に、ちょっと反抗したくなる。

 けど、ライカンがそう言うなら、そうなんだろうな。


『だが、次の闘いからはそうもいかん。俺の特異性は衆目に晒され、翌日にはその対策もなされるだろう。本当は百人抜きのためにもうしばらく術を温存しておくつもりだったが、これからはそうも言ってはいられまい』


 本当に百人抜きするつもりだったのか。

 一体魔術無しで何人倒すつもりだったのか。

 色々と言いたいことがあったのだが、私が言葉を選ぶ間に、ヒューゴが先に口を挟んだ。


「なあライカン、百人抜きと言ってはいるけどさ」

『うむ?』

「今はまだ、小さな噂程度だから良いよ。属性科の低学年からの対戦が、まだまだ多いと思う。けど、闘技演習を何連勝もすれば……具体的には、十連勝くらいまで戦績が伸び続ければ、他の学科の派閥とかも、黙っていないと思うんだよね」

「確かになぁー」


 派閥。私はナタリーとその取り巻きを思い出した。

 確かに、私が一勝しただけで派閥に睨まれるくらいだ。十連勝もしていれば、ライカンも同じような奴らに目をつけられるかもしれない。


「そうなったら多分、中学年以上の属性科Aクラスの人も、名乗りを上げてくるはずだ。僕はライカンの実力は高いと思ってるけど、身体強化が禁止された闘技演習場で、魔術だけとなると……」

『承知の上だ、ヒューゴ』


 それ以上の言葉は、ライカン自身が制した。


『ヒューゴの言うことは最もだ。百人抜き、それが現実離れした目標であることはわかっているさ……しかし、目に映る限界と、己が肉体の成す限界点は、必ずしも同じではないことを、俺は知っている』


 うん、格好いいけどさ。

 いやだから、本音は違うだろ、ライカン。


『たまには全力で己を試してみるのも、悪くはなかろう』


 うん……まぁ、嘘ではないんだろうけどさ。

 きっと、普段から思ってた事でもあるんだろうけどさ。


 うーん……まぁいいや!

 ライカン頑張れ!


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