35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 57
「…なんだと? …リンダの指示だと?…どういうことだ?…」
「…アレは、リンダが、提案したんです…」
「…リンダが、提案? …どうしてだ?…」
「…その方が、アムンゼン殿下に、アピールできるからです…」
「…アピールできるからだと?…」
「…殿下は、リンダのファン…だから、リンダと被る服を着ることを提案した…リンダが、リンダ・ヘイワースで、いるときは、いつも、パンツが、見えそうな短いスカートを履き、胸が、こぼれそうなド派手な服を着る…だから、同じ格好をするように、提案したんです…」
「…なぜ、そんなことを?…」
「…忘れたんですか? …お姉さん?…」
「…なにを、忘れたと言うんだ?…」
「…リンダのネットワーク…」
「…ネットワークだと?…」
「…リンダの後援会の会長は、イギリスのウィリアム皇太子です…そして、ウィリアム皇太子を筆頭とするセレブのネットワークを、リンダは、持ってます…自分の後援会の会員に持ってます…」
「…」
「…そして、リンダの後援会の会員になっているセレブたちは、ただのリンダのファンでは、ありません…」
「…どういうことだ?…」
「…皆、セレブですから、情報を知りたがっている…」
「…情報?…」
「…いわゆる、投資の情報が、メインですが、世界のセレブが、どう動くのか? 今、なにを、考え、なにをしているのか? それを、知りたがっている…」
「…」
「…そして、その動静が、もっとも、気になる人物の一人が、あのアムンゼン殿下です…」
「…なんだと? …アムンゼンだと?…」
「…殿下は、アラブの至宝と呼ばれた、アラブ世界の大物の一人…殿下の一声で、アメリアを始めとする全世界の株価をも、変動します…」
葉問が、言う…
葉問が、信じられんことを、言う…
私は、アムンゼンを思い出していた…
どう見ても、3歳のガキにしか、見えん姿を思い出していた…
あの3歳のガキにしか、見えんアムンゼンが、そんな力を持っているのか?
それを、思えば、ラーメンではなく、もっと、高価なものを、あのアムンゼンにおごってもらっても、よかったと、思った…
なにしろ、金持ちだ…
ラーメンの十杯や、二十杯は、軽いだろう…
だったら、別にラーメンではなくても、よいだろう…
今度は、かつ丼にするか?
私は、思った…
思ったのだ…
すると、なぜか、よだれが、出てきた…
考えてみれば、当たり前だった…
私は、この家に昼間、帰ってきて、以来、なにも、口にしていなかった…
なにも、食べてなかった…
だから、腹が減っていた…
減っていたのだ…
よだれが、出て、当たり前だった…
そして、私が、よだれを流したのを見て、葉問が、
「…お姉さん…ひょっとして、お腹が減っているんですか?…」
と、聞いた…
「…その通りさ…」
私は、答えた…
あっけなく、答えた…
自分でも、よくわからんが、この葉問には、話しやすい…
夫の葉尊よりも、話しやすい…
だから、あっけなく、私も言えた…
「…だったら、お姉さんも、一杯飲みますか?…」
葉問が、ウィスキーをグラスに注いだ…
ただし、ロックではない…
水割りだ…
水に割って、作った、ウィスキーの水割りのグラスを私に差し出した…
「…茶腹も、いっときでは、ありませんが、なにも、口にしないよりましです…」
私は、一瞬、迷ったが、
「…そうか…」
と、言って、グラスを受け取った…
そして、チビチビと、飲み出した…
すると、葉問が、
「…お姉さん…酒を飲みながらでも、いいですから、聞いて下さい…」
と、切り出した…
私は、
「…わかったさ…」
と、言って、葉問の言うことを、聞くことにした…
「…この世界は、三大宗教に、大きく分けられます…いや、三大宗教に、事実上、支配されているとも、言えます…」
「…三大宗教?…」
「…仏教、キリスト教、そして、イスラム教の三つの宗教です…」
「…それが、どうかしたのか?…」
「…アムンゼン殿下は、アラブの至宝…イスラム世界を代表する人物です…」
「…」
「…ですが、他の宗教が、支配する地域では、当然、違います…仏教国や、キリスト世界では、殿下の力は、それほど、及びません…」
「…」
「…なにより、他の宗教国では、例えば、日本や台湾では、ローマ法王が、どれほどの権威を持ち、どれほどの影響力が、あるのか、わかりません…それと、同じで、殿下の権威は、アラブ世界では、絶対です…そして、ボクやお姉さんは、アラブ世界の人間では、ないので、殿下の影響力が、イマイチ、よくわかりません…」
「…」
「…しかし、それを、よく、思わないものも、少数ながら、存在します…」
「…」
「…殿下は、そんな人間たちの標的になっている側面もあります…」
「…どういうことだ?…」
「…殿下は、おそらく、自分を標的にして、自分をよく思わない勢力を一掃しようとしているんだと、思います…」
「…なんだと?…」
「…いかに、殿下といえども、神様でも、なんでもありません…ただの人間です…だから、殿下に反発する人間も、少なからず、いる…」
「…だったら、リンは…あのリンは、なんなんだ?…」
「…おそらく、殿下への刺客でしょう…」
「…刺客?…」
「…当然、彼女の背後には、誰か、いる…リンを操る人間が、いる…」
「…」
「…だから、あえて、アムンゼン殿下は、自宅にリンの肖像画を描いた…そうすれば、いずれ、リンを自宅に、招くことが、できる…そのための殿下がとった布石でしょう…」
「…」
「…と、言いたいところですが、真逆に、殿下が、ホントに、リンを好きで、それを、利用されたとも、考えられます…」
「…なんだと? …利用?…」
「…殿下が、リンのファンだと、聞いた、殿下をよく思わない反対勢力が、リンを使って、殿下に、近付こうとしている…それを、逆手に取り、わざと、殿下は自宅に、リンの肖像画を描かせた…自分が、リンの熱烈なファンだと、アピールするためです…」
「…」
「…ボク自身は、真相は、案外、そんなところだと、思います…」
「…証拠はあるのか?…」
「…さあ、それは…」
葉問が、笑った…
実に、意味深に笑った…
…コイツ、ホントは、知っているかも、しれん…
…いや、知っていなくても、わざと、笑ったのかも、しれん…
…コイツ、自分が、少しばかり、いい男だと、思って、わざと笑って見せたのかも、しれん…
…女を騙すのと、同じだ…
…いい男が、意味深に笑う…
それだけで、女は、余計に、そのイケメンに惹かれるものだからだ…
だが、その手は、この矢田トモコには、通じん…
そんな小手先のテクニックが、この矢田トモコ様に、通じると思うのは、間違い…
大きな間違いだからだ…
私は、思った…
私は、思ったのだ…
「…だったら、これから、どうなる?…」
私は、急いで、聞いてやった…
「…おそらく、遠からず、なにかが、起きます…」
「…なにか、とは、なんだ?…」
「…それは、ボクにも、わかりません…」
「…わからないだと?…」
「…アラブ諸国のどこかの国で、政変が起きるか?…」
「…政変?…」
「…民衆が、蜂起して、クーデターを起こして、政権が、倒れるとか?…」
「…そんなことが?…」
「…まあ、仮に、そこまで、いかなくても、なにがしかのことは、起こるでしょう…ただし…」
「…ただし、なんだ?…」
「…それが、表に現れるか、否かは、誰にも、わからないでしょう…」
「…どういうことだ?…」
「…昔、この日本で、オウム真理教という宗教がありました…お姉さんは、覚えていますか?…」
「…覚えているさ…」
「…だったら、話が、早いです…彼らは、サティアンという建物を作り、その中で、さまざまなことを、しました…ですが、誰も、彼らだけで、あんな大きな建物を作り、勝手に、生活していたとは、思えません…」
「…どういうことだ?…」
「…当時も、噂になりましたが、どこか、外国の政権が、彼らを援助したり、あるいは、日本国内の、政治家や、実業家が、援助した可能性は、大いにあります…」
「…」
「…ですが、真相は、藪の中…世間に、出てきません…」
「…なぜ、出てこない?…」
「…たぶん、それを、明らかにすることで、迷惑を被る人間が、いて、その人間たちが、当時も、そして、今現在も、力を持っている…だから、誰も、言えない…世間に、今もって、公表できない…そういうことでしょう…」
「…」
「…そして、おそらく、いえ、確実に、今、殿下の置かれている状況も、同じです…」
「…同じ? なにが、同じなんだ?…」
「…今回、殿下が、なにを、考え、どう動くかは、わかりません…ただ、殿下の動きが、公になることはない…」
「…」
「…アラブの至宝と呼ばれ、アラブ世界のために、いかに、殿下が、尽力しても、それが、公になることは、なく、歴史に残ることもない…そういうことです…」
「…なんだと…歴史に残るだと?…」
言いながら、私は、驚いた…
実に、驚いた…
それでは、日本で、言えば、西郷隆盛や坂本龍馬のような偉人のようでは、ないか?
実は、その時代に、この矢田トモコが、いっしょに、いて、この矢田の活躍が、歴史に残らない…
歴史から、この矢田の実績が、消える…
なかったことになる…
そういうことではないか?
私は、それに、気付くと、頭に来た…
頭に来たのだ…
せっかく、この矢田が、命がけで、この日本のために、動いたのに、歴史に少しも、残らない…
本当なら、矢田トモコ記念館ができても、いいはずだ…
しかし、そんなものは、どこにもない…
だから、それを、考えると、頭に来た…
実に頭に来たのだ…
そして、それが、私の表情に出たのだろう…
私が、なにか、口にするまでもなく、葉問が、
「…殿下は、無私の人です…」
と、いきなり、言った…
「…無私の人?…」
「…つまり、自分の欲望では、決して、動かないし、見返りも、また期待しない…」
「…」
「…それゆえ、アラブの至宝なんです…」
葉問が、力を込めて、言う…
葉問が、力んで、言う…
が、
しかし、だ…
葉問の言うことは、わかるが、私の脳裏には、あのアムンゼンの姿しか、思い浮かばんかった…
誰が、見ても、3歳の幼児にしか、見えん姿しか、思い浮かばんかった…
この前も、私と、いっしょに、ラーメンを食べた姿しか、思い浮かばんかった…
ラーメンよりも、むしろ、お子様ランチが、似合う姿しか、思い浮かばんかった…




