35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 53
私は、ビビった…
正直、ビビった…
この質問は、しては、いけない質問だったらしい…
さすがに、そこまでは、考えんかった…
だが、
少し考えれば、わかる話だった…
夫の葉尊が、実父の葉敬に、アムンゼンを紹介しない…
実の父親に、紹介しろと、言われても、紹介しない…
となれば、なにか、理由があるからだ…
なにか、葉尊に理由=考えが、あるからだ…
私は、いまさらだが、それに、気付いた…
夫の葉尊の顔色が、変わったことで、気付いた…
言わなければ、良かった…
聞かなければ、良かった…
と、思ったが、後の祭りだった…
言ってしまったことは、仕方がない…
聞いてしまったことは、仕方がないからだ…
私は、内心、ビビりながら、そんなことを、考えていると、葉尊が、グラスを一気にあおった…
グラスの中に、残ったウイスキーを一気に飲み干した…
それから、
「…別に大した理由はありませんよ…」
と、言った…
「…ただ、父を困らせたかっただけです…」
「…お義父さんを困らせたかった?…」
「…そうです…」
そう言うと、空になったグラスに、ウイスキーを注いだ…
グラス一杯に注いだ…
私は、驚いた…
なぜなら、当然、水で、割って飲むものだと、思っていたからだ…
だから、驚いた…
驚いたのだ…
「…父を…葉敬を困らせてやりたかった…それが、理由です…」
「…どうしてだ? …どうして、困らせて、やりたかったんだ?…」
私は、聞いた…
ホントは、聞かない方が、良かったのかも、しれんが、聞いてしまった…
いわば、毒を食らわば皿まで…
一度聞いてしまった以上、聞いた方が、良いと思ったからだ…
すると、葉敬が、苦笑いを浮かべながら、
「…それは、簡単です…」
「…簡単だと?…」
「…そう、簡単です…要するに、ボクは、父が好きではないからです…」
「…」
「…そして、父もボクを好きではない…」
「…そんなことは、ないだろ? 現に、オマエは、クールの社長だ…ホントに、嫌いなら、いくら実の息子でも、子会社とはいえ、日本の総合電機メーカーの社長は、任せんだろ?…」
「…名目だけですよ…」
「…名目だけ?…」
「…そうです…クールの経営は、実質、台湾から、連れてきた、父の側近が、経営しています…ボクは、ただ、それを、承認するだけ…当たり前じゃないですか?…」
「…なにが、当たり前なんだ?…」
「…ボクは、今、29歳です…29歳の若造が、いかに、社長に祭り上げられようと、日本のクールの経営が、できるわけがありません…社員が、納得しませんよ…」
「…」
「…だから、それがわかっているから、父は、自分の側近を台湾から、送り込んで、クールの取締役に据えた…その方が、言い方は、悪いが、重しになる…若いボクでは、侮られるからです…」
「…」
「…だから、率直に、言って、ボクは、名目だけ…単に、お飾りに過ぎません…」
葉尊が、言う…
しみじみと、言う…
私は、それを、聞いて、当たり前だと、思った…
驚きも、なにもなかった…
たしかに、若い葉尊が、いかに、親会社から、社長として、送り込まれても、周囲の人間が、社長として、認めるか、否かと、問われれば、難しいだろう…
これが、日本のベンチャー企業のように、いかに、若くても、自分が、会社を創業して、会社を大きくしたのなら、話は別だ…
社長の力量を周囲の人間に見せているからだ…
だから、別だ…
そして、そんなベンチャー企業の場合は、なにより、社員が、皆、社長と同じくらいの年齢か、あるいは、社長よりも、年下の年齢が、多い…
だから、正直、社員を束ねやすい…
しかしながら、クールにそれは、当てはまらない…
なぜなら、クールは、日本の昔からある、大企業だからだ…
だから、社員の数も、桁違いに、多ければ、社員の年齢も、また違う…
29歳の社長の葉尊よりも、年齢が、はるかに高い、五十代の社員もいれば、四十代の社員も、多いだろう…
だから、束ねるのに、苦労する…
クールに昔から、在籍した社員から、見れば、葉尊は、外から来た若造に過ぎないからだ…
だから、束ねるのに、苦労する…
そして、それが、わかっているから、葉敬は、自分の側近を、台湾から、クールに送り込んだのだろう…
クールの取締役にして、送り込んだのだろう…
そうしなければ、クールを統治できないからだ…
台北筆頭の子会社として、統治できないからだ…
若い葉尊では、クールを率いることが、できないからだ…
率直に言えば、クールの社員に舐められるからだ…
だから、葉尊が、クールの社長なのは、名目だけ…
名目=形だけだ…
おそらく、クールのホントの実力者は、葉敬が、クールに送り込んだ、葉敬の側近…
その側近が、事実上、クールを仕切っている…
クールを束ねているに、違いない…
私は、そう見た…
私は、そう睨んだ…
そして、私が、そんなことを、考えていると、
「…正直、疲れました…」
と、葉尊が、愚痴をこぼした…
あるいは、弱音を吐いた…
私は、驚いた…
葉尊が、私の前で、愚痴をこぼしたり、弱音を吐いたのは、これが、初めてだったかららだ…
だから、驚いた…
同時に、気付いた…
これは、当たり前かも、しれないと、気付いたのだ…
なにしろ、葉尊と、結婚して、半年…
いっしょに、暮らし出して、まだ三か月ちょっとした経っていない…
だから、まだお互いのことが、わからない…
互いに、相手のことが、わからない…
だから、当たり前だった…
当たり前だったのだ…
これが、会社の同僚や、学生時代の同級生だったりすれば、話が、違う…
いわば、相手の性格が、わかっている…
日常で、接していれば、相手の性格がわかっているからだ…
だから、違う…
しかしながら、私は、葉尊と半年ちょっと前に知り合ったばかり…
だから、お互いのことが、わからない…
お互いのことを、知らない…
いわば、まっさらの状態で、知り合ったのだ…
だから、相手の性格が、わからない…
互いにわかることと言えば、相手の地位やルックスだけ…
金持ちか、一般人か?
ルックスが、いいか、悪いか?
それだけだ…
いわば、街を歩いていて、偶然見かけた人間と結婚するのに、等しい…
互いに初対面だから、相手のことが、わからない…
わからないまま、結婚したからだ…
そして、そんなことを、考えていると、ふと、リンのことを、思い出した…
思い出したのだ…
なぜなら、あのリンは、私を、いじめた…
私を標的にして、嫌味を連発した…
そして、それを、指示したのが、こともあろうに、葉尊だと、葉敬が、言った…
葉尊の父の葉敬が言ったのだ…
ホントに、そうなのだろうか?
私は、疑問…
疑問だった…
葉尊と、いっしょに、暮らし出して、まだ三か月ちょっと…
正直、葉尊が、どんな性格なのか?
まだ掴めない…
しかしながら、私に嫌がらせをするようには、見えない…
そこまで、性格が悪いとは、思えないからだ…
だから、
「…リンのことだが…」
と、葉尊に切り出した…
まさか、直接、葉尊に、
「…オマエ…リンに命じて、私に嫌がらせをしたのか?…」
とは、聞けないからだ…
だから、
「…リンのことだが…」
と、切り出した…
いわば、曖昧に切り出した…
わざと、それ以上、言わなかった…
葉尊が、どういう反応を示すのか?
知りたかったからだ…
私が、リンの名前を、出すと、明らかに、葉尊は、動揺した…
そして、その動揺を押し隠すように、グイッと、手のひらで、握り締めたグラスをあおった…
あおったのだ…
水で割ってない、ストレートのウイスキーを、一気飲みしたのだ…
それから、ゆっくりと、
「…あのリンは、食わせ物だ…」
と、呟いた…
「…食わせ物?…」
「…そうです…華やかな姿は、表の顔…裏では…」
そう、言って、言葉を切った…
私は、
「…」
と、黙った…
一切、口をきかなかった…
葉尊が、この先、どんな言葉を口にするのか、知りたかったからだ…
もし、私が、なにか、言えば、葉尊は、なにも、言わなくなってしまうかも、しれんからだ…
だから、黙った…
すると、だ…
「…あのリンは、食わせ物です…」
と、葉尊が、繰り返した…
一語一語、ゆっくりと噛みしめるように、繰り返した…
「…だから、ボクは、リンと接触した…」
葉尊が、意外なことを、言った…
「…あのリンに対しては、良い噂がなかった…あるのは、悪い噂だけ…」
「…なんだと?…」
「…でも、だからこそ、ボクは、リンに接触した…」
葉尊が、実に、意味深に言った…




