35歳のシンデレラ アムンゼンの初恋編 2
私は、その後、絞られた…
警察署で、こってり、絞られた…
しかも、
しかも、だ…
夫の葉尊まで、警察署にやって来た…
日本の総合電機メーカー、クールの社長である、葉尊まで、警察署に、やって来た…
「…お姉さんが、ご迷惑をおかけして、申し訳ありません…」
と、私を見るなり、開口一番、謝った…
警察署に入るなり、丁寧に腰を折って、詫びた…
私は、それを見て、いたたまれんかった…
まさか…
まさか、夫まで、警察署にやって来るとは、夢にも、思わんかったのだ…
それになにより、夫の葉尊が、警察署に、姿を見せるや、警察署内の婦人警官たちが、
「…ちょっと、いい男…」
とか、
「…ウソ? …あのオバサンの旦那が、あんないい男なんて、信じられない!…」
とか、
言う声が、聞こえてきた…
私の耳に届いた…
が、
私は、なにも、せんかった…
正直、頭には、来たが、なにも、せんかった…
これ以上、騒動を巻き起こしては、困るからだ…
だから、なにも、言わんかった…
グッと耐えた…
拳を握りしめて、グッと耐えた…
耐え抜いた…
臥薪嘗胆…
堪え難きを耐え、忍び難きを忍び、だ…
私は、無理やり、自分の感情を抑えて、警察署を出た…
正直、惨めだった…
どうしようもなく、惨めだった…
外に出ると、アムンゼンとオスマンが、待っていた…
私は、つい、
「…リンダは?…」
と、聞いた…
リンダの姿が、見当たらんからだ…
「…リンダさんは、お仕事に出かけました…」
と、アムンゼンが、言った…
「…仕事だと?…」
「…そうです…だから、朝から、あんな格好をしていたでしょ?…」
…言われ見れば、その通り…
その通りだった…
あのリンダ…
リンダ・ヘイワースは、普段は、男の恰好をしている…
男装をしている…
その方が、目立たないからだ…
ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースと、周囲にバレないからだ…
だから、男装をしている…
男の恰好をしている…
が、
あのリンダは、実は、性同一性障害…
いわゆる、カラダは、女だが、心は、男というやつだ…
だから、普段は、男装をして、ヤンと、呼んでくれと、周囲に言っている…
しかしながら、この矢田は、それを、信じていない…
もちろん、頭から、否定しているわけではない…
それは、なぜかと、言えば、私の夫の葉尊の、もう一つの人格…
葉問と、仲が良いからだ…
どう見ても、恋人同士…
美男美女のカップルだからだ…
私の夫の葉尊は、多重人格…
いわゆる、一つの人間の中に複数の人格を持っている…
葉尊と葉問という二つの人格を持っている…
葉尊は、日本の総合電機メーカー、クールの社長…
弱冠、29歳の若き、社長だ…
なぜ、弱冠、29歳で、日本の総合電機メーカー、クールの社長になれたのか?
それは、クールが、経営不振に陥ったから…
クールの業績が悪化して、台湾の大財閥、台北筆頭に買収されたからだ…
だから、台北筆頭を率いる、葉尊の父、葉敬が、買収したクールの社長に、息子の葉尊を送り込んだというわけだ…
だから、わずか、29歳にも、かかわらず、日本の総合電機メーカー、クールの社長になったわけだ…
私が、そんなことを、考えていると、いっしょに、警察署を出てきた、夫の葉尊が、
「…では、お姉さん…これで…」
と、言って、足早に、待たせてある、クルマに向かって、歩き出した…
「…なんだ? …葉尊、もう行くのか?…」
「…仕事がありますから…」
「…そうか…」
私は、言った…
たしかに、夫の葉尊は、クールの社長…
これから、会社に出かけねば、ならん…
「…わざわざ、すまんかったさ…」
私が、言うと、葉尊は、軽く私に頭を下げて、待たせてある、クルマに向かって、歩いていった…
私が、その姿を見つめていると、
「…葉尊さんも、大変ですね…」
と、アムンゼンが、抜かした…
「…大変? …なにが、大変なんだ?…」
「…矢田さんの面倒を見ることが、大変なんですよ…」
「…私の面倒?…」
「…だって、葉尊さんが、偶然、この警察署にやって来るわけは、ないでしょ? …矢田さんが、自分は、クールの社長夫人だって、言うから、ホントかどうか、警察は、確かめるために、葉尊さんに、連絡したに、決まっています…だから、ここへ、来たわけでしょ?…」
言われてみれば、その通り…
その通りに違いなかった…
まさか、誰にも知らされないで、いきなり、警察署に、やって来るわけは、ないからだ…
誰かから、連絡を受けたに違いなかった…
そして、その誰かとは、普通に考えれば、警察の関係者に他ならなかった…
当たり前のことだ…
「…しかし、だったら、オマエは、どうして、ここにいるんだ?…」
「…矢田さんを、待っていたに、決まっているじゃないですか?…」
「…私を待っていた?…どうしてだ?…」
「…だって、葉尊さんが、やって来ても、仕事があるから、矢田さんの面倒は、見れないでしょ? …だから、心配で、心配で…」
アムンゼンが、言う…
3歳のガキが、言う…
3歳のガキが、35歳の矢田トモコに言う…
たしかに、中身は、30歳かも、しれんが、外見は3歳…
誰が見ても、3歳にしか、見えん…
その3歳のガキが、母親といっていい、年齢のこの私を心配とは?
うーむ…
これでは、コント…
コント=お笑いだ…
実は、この矢田トモコ…
人一倍、世間の目を気にする女だった…
世間から、どう見られるか?
気にする女だった…
だから、今、このアムンゼンが、生意気にも、この矢田を心配するようなことを、言った…
それを、誰かが、聞いていないか?
私は、慌てて、周囲を見た…
当たり前だった…
「…ちょっと、矢田さん…なにを、キョロキョロ見ているんですか?…」
「…いや、誰かに、オマエとの会話を聞かれたりしたら、困ると思ってな…」
「…どうして、困るんですか?…」
「…バカ、私の面子があるからだ…」
「…矢田さんの面子?…」
「…そうさ…」
「…どんな面子ですか?…」
「…クール社長夫人の面子さ…」
「…クール社長夫人の面子?…」
「…そうさ…クール社長夫人の私が、オマエのような、大人びた、生意気なガキとしゃべっているのが、世間にバレると、私の株が、下がる…しいては、クールの株も下がると困ると、思ってな…」
「…ふざけないで、下さい!…矢田さん…ボクを誰だと、思っているんですか?…」
「…アラブの至宝だろ?…」
「…そうです…」
アムンゼンが、胸を張って言う…
「…誰も、オマエが、そうだとは、思わんさ…」
「…」
「…人間は、見た目さ…外見さ…中身なんて、少々、悪くても、バレやしないさ…」
「…だったら、矢田さんは、外見も中身もダメじゃないですか?…」
「…なんだと?…ふざけるんじゃないさ!…私のどこが、ダメなんだ?…」
「…全部です!…」
「…全部だと?…」
「…そうです…ルックスも悪ければ、頭も悪い…性格も、最悪です…」
「…なんだと?…」
「…せっかく、矢田さんを心配して、待っていたボクに向かって、よくも、そんな口をきけますね?…」
「…なんだと?…そもそも、どうして、オマエは、私が心配なのさ…」
「…矢田さんは、頼りないんですよ…」
「…頼りないだと?…」
「…そうです…頼りない…」
「…どこが、頼りないと、言うのさ?…」
「…全部です!…」
「…全部だと?…」
「…加えて、矢田さんは、危なっかしい…だから、ボクは、心配で、心配で…」
3歳のガキが、35歳の矢田を心配だと?
私は、頭に来た…
ホントは、中身は、30歳かも、しれんが、3歳にしか、見えんガキに、ここまで、言われるとは?
この矢田の我慢も限界だった…
35歳の私も、大人げないとは、思うが、
「…もう、オマエとは、付き合わんさ…」
「…金輪際、オマエの面倒は、みてやらんさ…」
と、言おうとしたところ、
「…まあまあ、二人とも、そんなにケンカしなくても…」
と、オスマンが、私とアムンゼンの間に、割って入った…
「…オジサンも、そんなに、ムキにならないで…いつもの冷静沈着さは、どこへ行ったんですか?…」
「…それは、相手が、矢田さんだから…」
「…私だから?…」
「…そうです…」
アムンゼンが、ムスッと言うと、歩き出した…
一人で、歩き出した…
その姿を見て、オスマンが、慌てた…
「…ボクは、オジサンの面倒を見なければ、なりません…オジサンは、あのカラダだ…一人では、危ない…」
私にそう言うと、慌てて、アムンゼンの後を追った…
そして、去り際に、私に向かって、
「…オジサンが、ここまで、心を許して、接するのは、矢田さんだけですよ…」
と、言った…
「…私だけ?…」
「…オジサンは、本来、気難しいひとです…それが、矢田さんの前では、一転して、子供に返る…たいしたものです…」
そう言ってから、慌てて、オスマンは、アムンゼンの後を追った…
なにしろ、アムンゼンは、3歳の幼児にしか、見えん…
ホントは、30歳で、頭脳は、驚くほど、明晰…
アラブの至宝と呼ばれるほど、明晰なのだが、あのカラダでは、すぐに、さらわれかねない…
誘拐されかねない…
だから、いつも、オスマンが、近くにいる…
要するに、オスマンは、アムンゼンのボディーガードに他ならない…
アムンゼンを一人きりにするわけには、いかんからだ…
もし、アムンゼンの正体を知っているものが、いれば、簡単にアムンゼンをさらうことが、できる…
なにしろ、外見は、3歳の子供だ…
大人なら、誰でも、簡単に、さらうことが、できるからだ…
だから、慌てて、オスマンは、アムンゼンの後を追った…
私は、その姿を見て、つくづく、ひとは、すべてに、恵まれて、生まれるわけでは、ないと、思った…
あのアムンゼンは、サウジアラビアの王族で、サウジアラビアの前国王の息子の一人…
しかも、頭脳明晰だ…
だから、莫大な富を持ち、権力も持っている…
しかしながら、あのアムンゼンは、小人症…
一生、子供のまま…
大人になれない…
子供の姿のまま、一生をすごすことになる…
これは、とんでもなく、苦痛…
苦痛に違いない…
せっかく、富にも、権力にも、頭脳にも、恵まれて、生まれてきているにも、かかわらず、唯一、カラダにだけ、恵まれていない…
だから、それを、思えば、人間は、公平かも、しれない…
なぜなら、すべてを、持って、生まれてくる人間は、この世の中に、いないからだ…
ルックスが、良く生まれても、家が、貧乏だったり…
あるいは、
ルックスが、良く生まれても、背が低かったり、頭が、悪かったり…
真逆に、
金持ちの家に、生まれても、ルックスが悪かったり、頭が悪かったり、性格が悪かったり…
とにかく、すべてを持って、生まれた人間は、誰もいないというわけだ…
だから、それを、思えば、公平…
人間は、公平だ…
誰にも、なにがしらの長所があり、短所がある…
それを、思えば、公平だ…
が、
さすがに、そうは、思ったが、あのアムンゼン…
たしかに、辛いかも、しれん…
と、いうことは、どうだ?
やはり、この矢田が、面倒を見てやるしか、ないかも、しれん…
少しばかり、面倒を見てやるしか、ないかも、しれん…
なぜか、そう、思った…
なぜか、話が、そこにいった(爆笑)…
まあ、私は、今、暇…
暇だ…
バイトもしてない…
いわゆる、無職状態…
それになにより、あのアムンゼンに恩を売っておけば、この矢田に、有利になる…
もしかしたら、この矢田にも、少しばかり、金をくれるかも、しれん…
そうすれば、働かずとも、金になる…
働かずとも、金を得ることが、できる…
私は、思った…
私は、考えた…
この矢田トモコ、35歳…
実は、とんでもなく、抜け目のない女だった…
計算高い女だった(笑)…




