旅立ち(終)
今日は2話更新しています。(2/2)
再び七都会議が行われたのは、夏の終わりの時期だった。
最後の神徒を倒した後処理にかなりの時間をかけてしまったのが主な要因だ。特に最後まで戦場となった神都と紅都の被害がひどく、復興に数か月を要した。
もちろんまだ直し切れていない建物もあるが、都の住人達はおおむね元通りの生活を始めている。
他の都も同じで、夏までにはほぼ元通りの生活が送れる程度に復旧していた。
神徒討伐の為に設置した影移動の固定朱印は、各都の宗主によって管理されることになった。
かつて神隠しが起きたという不知森の一部を切り開き、進入禁止の大きな建物をそれぞれの都の数、建造しそこに影移動の石板を設置した。
建物の管理も各都に任せられ、どの都にも属さない緩衝地帯として研究所の建物を宿泊もできる休憩所に改造した。
都間の移動が非常に簡易になった。
ちなみに、あたしとアギ、ガーシャ、メイカ様の4人は、どの都からもいつでも影移動を使っていいと許可を出されている。
なお、今、主軸で研究を進めているのはルドラ様が持つ影を使って遠くへ声を届ける仕組みや、サイショウさんの遠くへ手紙を書く仕組みだ。
これを固定化して使用できるようになれば都間の連絡がさらに簡単になる。
もし次に何か問題が起きた時もすぐに七都で協力できるように。
影移動のお陰で、七都会議も簡易的に行う事が出来た。
宗主だけが神都へ移動する都がほとんどで、神徒狩りではない菫都だけが護衛を数名連れてきただけだった。
再び、天守閣の最上階に宗主が揃った。
前回は紅都の位置に座ったあたしは今回、翠都のガーシャの隣に座っている。
神都はカルラ様とアケラ様。紅都はアリ様。蒼都にはセイカとメイカ様。赤都はじいちゃんとアギ。翠都はガーシャとあたし。菫都はアマナ様と二人の壮年男性。黄都はハテルマ様とその子のミヤコ様。
皆、共に大災害を乗り越えた仲間ばかりだ。
前回と同じく研究所長のコウライバさんの司会で始まった。
「まずは前回の会議にて締結された事項の確認です」
神都から赤都への技術支援は続けているが、近いうち、赤都からも新たな技術が発生しそうだ。朱印武器を大量生産した事で職人同士の議論が活発化しており、都の垣根なくいい方向に進んでいるようだ。
翠都と菫都に設置する『白』の境界の監視はガーシャとアマナ様で進めている。
神の言葉によると『白』の侵食は収まるようだが、楽観視は出来ない。優先度を下げつつ、監視自体は継続することになった。
何より、烏の神徒を討伐できたことが一番の収穫だ。
この数か月、彼らはずっとその懸念にかかりきりだった。
各都でそれぞれ犠牲は出たものの、最悪の事態――すべての都が滅びるという大黒天様のお告げを回避することが出来たのだ。
「それでは、今後の事についてお話ししましょう」
コウライバさんが告げ、カルラ様がその先の言葉を繋いだ。
「我々は確かに、最初の危機を乗り越えた。しかし、これから先も同じような危機が怒らないとは限らない。この先は、大黒天様の助言をいただけないのだ」
カシギの言葉が本当なら、大黒天様は眠りについている。
「今回の戦いで神が顕現し、神の存在と神の姿が明らかになった。朱印武器を作成し、古銭動原の絡繰が浸透し、これから神へのきっと信仰は形を変えていくだろう」
これまで外道と切り捨てられてきたものが重要な位置を占めていくことになる。
すでにそれは走り出している。
神都で、赤都で。
新たな魂はすでに世界の仕組みと未来を見据えていたのだ。
「その代わり――神が我々を見守り、導いてくれることも明らかになった。これからはさらに神を敬い、共に生きていく事が出来るだろう」
泣く子を見捨てておけなかった大黒天様の導きで、流れが滞り環になっていた時の流れが秩序だった流れを取り戻した。
最後にカシギに会った時に、彼はこう言っていた。
「泣く子らを皆助けたかったのは本当だ。その為にたくさんの種も蒔いた。でも、最初はお前だったよ、ガシャカルラ、助けを呼ぶお前の声が聞こえたんだ」
大黒天様の落とし子と呼ばれる子たちはたくさんいるのだろうけれど。
お前だけが僕の手で育てた僕の子だ、と言い切った。
「結局のところ、大人ってのは子どもの泣き声を放ってはおけないんだよ」
そう言っていつもの穏やかな顔で笑ったカシギ。
あたしたちはいつになったら大人になれるんだろう。
こんな風に子供たちを見守る事が出来る日が来るんだろうか。
今回の七都会議の主題は宗主会談ではなく、烏の神徒を討伐した時の犠牲者の慰霊祭を執り行う事だ。
前夜祭を行った広場が会場になって一般にも開かれ多くの人々が詰めかけていた。
宗主だけは前列の升席に座っているが、その後ろには各都から来た要人や亡くなった方の遺族たちが犇めいている。
舞台には最初にカルラ様とアケラ様が並んで立ち、烏の神徒討伐の概要を述べた。
そして、犠牲になった人々の名を一人ずつ読み上げていった。
カルラ様の声が遠く響いている。
最も犠牲者が多かったのは赤都だった。溶岩を吐き、炎を吐く神徒の討伐は、朱印武器を以てしても十数名の犠牲を出してしまった。そして黄都。解毒できるとはいえ、全員を助けられたわけではない。
最後にカルラ様は、あたしたちの父の名を呼んだ。
神都の最後の戦闘で亡くなったのは父一人だった。
それも、神徒に負けたわけではない。
皆で神都を災害から護り切ったのだ。
長い長い哀悼。
黙祷を終え目を開けると、何処からともなくすすり泣く声が聞こえた。
あたしは舞台衣装を着て一歩、踏み出した。
名もなき長唄の舞踊演目。
前夜祭で踊った希望の踊りを再びこの場で披露する。
静まり返った会場に甲高い笛の音が響き渡った。哀悼の意を示すように、暗い曲調で流れ出す。
ゆっくりとした足取りで舞台の中央へと進み出た。
在りし日の父の姿を追いながら、くるりくるりと舞い踊る。
悲しい。寂しい。辛い。
大切な人を失った世界で、それでも生きて行かなければならない。
下を向くな前を見ろ。
足を止めるな進み続けろ。
過去に絶望するな、未来に希望を見ろ。
いつだってあたしはたくさんの人に導かれてきた。
大人になったあたしは、今度は誰かを導いていけるだろうか。あたしを育ててくれたたくさんの大人たちのように。
たくさんの光玉を周囲に浮かべ、あたしは宙に舞い上がった。
そうしたら、皆がそれぞれいろんな色の光玉を浮かべてくれた。
あの時降臨した大神のように、七色の光に包まれて祝福されているように感じながら。
大丈夫だよ、お父さん、お母さん。
あたしはこの世界で戦い続けるよ。この大切なものに溢れた世界で。
この曲はお母さんにも聞こえているだろうか。神様になってしまったらあたしにはもう会えないかもだけれど、きっとずっと見守ってくれているはずだ。
左手を失ってしまったので、以前のように細やかな踊りの表現は出来ないかもしれない。
けれど、それでも、あたしは精いっぱいに皆に伝える。
遠くに見える光を追うように、両手を広げて空を抱く。
憧れる光は、白かった。これまでは浸食してくる色だと思っていたけれど、今は安心する色だと知っている。
白は、母の毛並みの色だ。
ずっと、ずっと見守っていてね。
祈りを捧げるようにして、哀悼の奉納舞を終えた。
◇◆◇
それからしばらくして、赤都にいるアギから翠都のあたしたちへ手紙が届いた。
ようやくアギとメイカ様が祝言をあげると言う内容だった。
忙しすぎて本当に忘れていたが、まだ祝言あげてなかったのか。人のこと言えないけど。
ガーシャもあたしも、すべての予定を全部捨てて会場となる蒼都へ向かった。
祝言の日は秋祭りの直前で、蒼都は人でごった返していた。
今回はクチバさんやカシギもこちらに呼んだらしく、奥の山の人たちは広い宿を一棟借りてみなそこで自由に泊まっていた。祭りの時期にこの規模で宿を押さえるなんて、誰かが何かの圧力をかけたに違いない。
でも村の人たちは初めての都のお祭りに興奮してとても楽しそうにしていた。
どうやら奥の山に設置した影移動の朱印まで起動したらしい。職権乱用にもほどがあるが、それが許される程度にアギとメイカ様は貢献している。
神都をぞろぞろと通過する村人たちを横目に、カルラ様もアケラ様も目を瞑ったのだろう。
祝言の当日は晴天だった。秋の心地よい気候に祭りの空気。どこからともなく草の香りがする。祭りの前だからか賑やかな曲も聞こえていた。
二人の門出には最高の日だ。
成人以来の菫都からいただいた西陣織の晴れ着を引っ張り出して、精いっぱい着飾って、兄のお祝いにやってきた。
白無垢に身を包んだメイカ様は本当に美しかった。
一度、蒼都を追放されていたはずのサイショウさんが親族席に座っていて、眩しそうに娘の姿を見ていた。
アギも黒紋付の羽織袴に身を包み、メイカ様の隣に座った。
三々九度を終え、二人が集まった皆に挨拶し、滞りなく祝言の儀式を終えた。
ガーシャと相談して、二人には千年杉から削り出した夫婦箸をお祝いに持参した。
贈り物を渡し、おめでとう、と直接伝える。
メイカ様が嬉しそうに笑って受け取った。
「でも、アギはどうするの? もう少し赤都にいると思ってたのに」
「あー……」
そこでアギが言い淀んだ。
あたしは首を傾げたが、ガーシャはだいたい予想してたらしい。
「蒼都に移動するよ。メイカの腹に子供がいるんだ」
「えっ?!」
突然の宣言に、あたしは大声を出してしまった。
そういう事は先に知らせておいて欲しい。あたし、妹なんですけど?
ガーシャは大きな声であはは、と笑った。
「急だったから、そんな事じゃないかと思った。おめでとう、メイカさん。体を大事にしてね」
「ありがとう」
あたしが不満げに見ていると、メイカ様があたしを引き寄せた。
「ラクシャ様に孫を抱かせてあげることは出来なかったが、生まれたらナユタ、お前にはぜひ会いに来て欲しい」
お父さんの名前が出て、一瞬だけ感傷に浸ってしまった。
そういえば、クチバさんが孫を愛でているのを見て羨ましそうにしていたっけ。
思い出して、唇の端があがった。
「おめでとう、メイカ様。うん、絶対に会いに来るよ」
甥かな、姪かな。
ああ、楽しみだな。
何の懸念もなく、ただ未来を楽しみにすることが出来るのって、なんて恵まれた事なんだろう。
ガオウじいちゃんはどうするの、と聞いたら、何と赤都の宗主を引退して一緒に蒼都へ移動してしまうらしい。ちょうど引退の理由を考えとったのじゃ、なんて言っていたが。
蒼都に新たに鍛冶の工房を構え、そこでアギを鍛えるのだと張り切っていた。
都の間を移動する事に対する心理的障害が低くなっている事を感じた。
あたしたちが目指していた未来は、もうこの手の中にある。
たくさんの人たちに祝福されるアギとメイカ様を遠くから見ていたら、ガーシャが困ったように笑った。
「オレたちもすっかり忘れてたね。ごめんね。忙しすぎて……全部あの友人夫婦に先越されちゃうなあ」
「いいよ。あたしはガーシャと毎日一緒にいられるだけで十分だよ」
そう言うと、彼はぎゅうとあたしを抱きしめた。
「……ナユちゃんが隣にいてくれて、未だに世界が続いている事が今でも信じられない時があるよ」
烏の神徒を倒して、ガーシャの知らない未来へと進んだ後。
それでもやっぱり、悪夢から簡単に逃れることは出来なかった。今でも眠れぬ夜を過ごすこともあるし、過去の記憶に囚われてしまう時もある。
すぐには難しくても、ゆっくりでいいから癒やせばいい。
だってこれからはまだまだ長い時間があるのだから。
いつだったかあたしは言った――ガーシャにはずっと幸せでいてほしい。その時に、隣にいるのがあたしならもっと嬉しい。
今、あたしは彼の隣にいる。
「ねえ、ガーシャ。ガーシャは今、幸せ?」
「うん、オレは今幸せだよ」
胸いっぱいに満たされて、幸せなうちに。
言葉にして伝えておこう。
「ねえ、ガーシャ」
「どうしたの、ナユちゃん」
「少しだけ、旅に出たいな。あたしとガーシャと、二人だけで」
あたしが蒼都でガーシャが好きだと心で気づいた時に思っていた事。
「もっと、いろんな場所に行って、いろんな景色が見てみたいな」
あたしは夢を見ていた。どこまでもどこまでも、ガーシャと一緒に旅をする夢。
あの頃、それは叶うはずのない未来で、淡い夢だと思っていたけれど、もしかすると叶うのかもしれない。
それを聞いて、ガーシャは笑った。
「行こうよ。一緒に行こう。どこまでも連れて行ってあげるから」
翠都は大好きだ。ガーシャもきっとそうだろう。
けれど、あたしもガーシャも、根っこは田舎で育った、ひとところにじっとしているのが苦手な野生児だ。
そこだけはきっとずっと変わらない。
「大丈夫、何とでもなるよ。いつもそうしてきたもんね」
額をこつりと合わせて、大好きな人が笑う。
「ナユちゃん、最初に行きたい場所があるんだけど」
「どこ?」
「実はね――ナユちゃんの左手の小指に、ずっと糸を結んであったでしょ」
朱印の固定化をした時に、いつでも居場所がわかるようにとガーシャが結んだ新緑の糸。
確かにあれはずっと左手の小指に巻いてあった。
「あれの効果が切れてないみたいで、場所が分かるかもしれないんだ。ちょっと取り返しに行ってみない? もしかして、テラスさんもそこにいるのかもしれないし」
悪戯を思いついた時のようにガーシャは笑う。
「いいね」
あたしはそれを承諾する。
即断即決即行動。
あたしたちはいつだってそうしてきた。
それは大人になったって、夫婦になったって変わらない。
そこからすぐに準備をして、冬になる前に旅立った。
幸いにも翠都の人たちはとてもあたしたちの事を理解していて、行っておいでと送り出してくれた。そうでなければガーシャを宗主になんて選ばないだろう。
荷物は少なく、見送りも少なく。
早朝の皆が眠っている時間に出立した。
「もう神徒が勝手に湧くことはないもんね」
あたしの勾玉を指で撫でながら。
無限に神徒を呼ぶ朱印は、大神をこちらの世界に顕現させる程度の古銭を世界に流入させるためのものだった。流れが安定したと言っていたから、それはもう必要ない。
勾玉の中に入れ込まれ天照大神の加護を示す朱印に代わった。
踏み出した一歩で、これまでの旅を思い出した。
アギと、メイカ様と、師匠と、カラハと。
たくさんの人たちと歩んだ日々を思い出す。
今度はガーシャと二人で歩いていく。
ふと思い出すのは父の言葉。
『旅に出るときは、大切なものといらないものを置いていけ』
考えを読むかのように、ガーシャが先取りして返事をする。
「旅に出る時は、大事なものだけ持っていけばいいよ」
ふふふ、と笑うと彼も笑った。
これからあたしたちは、新しい物語を紡いでいく。
そしていつか子供が出来たら、その子はまた別の物語を紡ぐのだろう。
あたしの父が、母が別の物語を紡いで、あたしたちにつないでくれたように。
親から子へ、大人から子供へ。
たくさんのものが繋がれていく。
そのお話がすべて、幸せなものでありますように。
あたしたちはそう願ってやまないのだ。
それからしばらくして、紅都の小説家が一冊の本を書き上げた。
その本の題名は――『神徒奇譚』
一人の神と、一人の人間が歩んだ道と、その子供らが救った世界について描いた物語だ。
おわり。
最後までお読みいただきありがとうございました!




