氷国騒乱 ep.5 光の帝国の闇【※】
「お前、その顔は……」
ジェックは露になったイグタスの顔を見て戦慄する。仮面をつけていたこと自体に違和感は持っていたものの、大したものではないと思っていたからである。
「誰にも、見せるつもりは無かったんだがな」
イグタスの顔、それは片目に機械が埋め込まれ、髪の毛は脱色した白色になっていた。ジェックはその見た目をした人間を知っていた。だからこそ驚いたのである。
「光の遺児……」
「さすがに聖騎士、知ってるよな」
イグタスは乾いた笑いを見せた。その表情が、彼の送ってきた人生を物語っている。
「……知らない訳があるか。あんな凄惨な事件はもう二度と起こすべきじゃない」
ジェックの額には冷や汗が流れ、剣を持つ手は震えていた。
「どの口でそれを言うんだよ」
◇
光の遺児とは、世界地図南方に位置する五大帝国の一つ、光の帝国オルバランによる人体実験によって生み出された。人工的な加護の発生を目的とし、オルバラン国内の身寄りの無い孤児たちを対象として非人道的な研究が行われていた。
奇しくも実験は一定の成果を収めてしまう。光の遺児はその兵士としての汎用性の高さから、各地の戦場で傭兵として駆り出され、その過程で多くの戦死者を出した。彼らはそのほとんどがまだ10歳にも満たない子供であった。彼らは研究によるストレスから髪が脱色し、外付けの加護抑制機構がその目に埋め込まれたことを共通のものとしていた。
その結果が生み出したのは、オルバランに対する光の遺児達の反乱であった。南方聖騎士団と彼らの戦いへと発展したこの反乱はオルバラン全土を巻き込む戦争へと移り変わっていった。
この反乱は後に中央聖騎士団、西方聖騎士団による軍事援助が行われた結果、光の遺児達の敗走に終わり、その後の戦争における彼らの使用を禁止するとともに、オルバラン国内での幽閉が決定された。
歴史的に見れば帝国に対する反逆者である彼らだが、その背景に非人道的な研究の数々があったことを知る者は少ない。そして同時に、聖騎士団はこの教訓を忘れないために、知識としてこの歴史を学ぶのである。
◇
「なぜ、生きてオルバランの外に居る……。国際的な条約で光の遺児の扱いに関する規定がなされているはずだ」
聖騎士として歴史を知るジェックがそんな反応をするのには裏付けがあったのである。世界連邦が過去にもみ消したはずの闇が、目の前に現れたのである。
「我々の意志はまだ死んでいない。これから来る大きな時代の波に乗るために、俺達は世界各国でその時を待っている」
イグタスの話は、ジェックからすればおとぎ話のようだった。自分には関係の無い、非現実的な過去の話。しかし目の前でそれを語る男は、あまりにも信憑性の高い容姿をしているのだから。
「とにかく、見られたからには生かして返すわけにはいかない。世界への反逆を待つ同志たちのためにも、真実は隠さなければならないのだから」
イグタスの目に埋め込まれた機械は赤色の光を放ち、夢世界の空間を照らす。
「さっきまでの俺は不完全だった。聖騎士殿は少々不服だったかな」
夢世界の住人
その瞬間イグタスの背後から、人の形をした顔の無い不気味な生物が現れる。彼らは一様に異なる武器を手に持ち、真っ直ぐにジェックの方に向かって歩みを進める。
「そんなものを出しても、僕には効かないと言っているだろう!」
不可侵の領域
ジェックの加護「清廉の加護」は、自身が拒絶した対象が自身に触れることを不可能にするものである。その能力「不可侵の領域」は、対象を限定せずに、自身の周囲1メートル以内に接触するものを拒絶するというものである。
「僕の加護を攻略しない限り、お前に勝ち目はないんだよ!」
ジェックは高々とそう言い放つ。しかし、ケレンケン達はその領域内に入っても動きを止めることなく、ジェックの四肢を抑え始めた。
「な、なんだと……!?」
ジェックは驚きのあまり手に持っていた唯一の武器である剣を手放してしまう。はたから見れば彼は既に、ケレンケン達に蹂躙されるのを待つばかりであろう。
「なんで、なんで僕の加護が効かない!僕の加護は無敵のはずなのに……!」
「この目を使っている間、俺の加護の能力は限定的なものになる。赤い光はこの装置の緊急時の限定解除だ。今の俺の加護は、夢世界の住人に自分を投射している。つまり、この世界は完全に元の世界とは別物になったんだ」
そう言うイグタスの足元は、夢世界の漆黒の地面と一体化しかけていた。
「だからこの世界の出来事にあんたは干渉できない。だからどれだけ優れた加護だろうと、この世界における支配権をとることは出来ないんだよ」
その言葉はもう、ジェックには聞こえていなかった。そこにあったのは人間だった何かにすぎなかったからである。
「俺はお前を待っている。世界に反乱する同志よ」
そこまで言ってイグタスの意識は途切れ、夢世界は解除されることになる。周囲の景色は元のバチェルへと変わっていく。
そこに一人の男が現れる。体全体を覆うほどのフード付きの装飾を身に纏い、明らかに異質な存在感を放っている人物だった。
「お疲れ様、イグタス。長くかかってしまってすまないね。迎えに来たよ」
その人物はイグタスの体を抱きかかえると、一瞬で姿を消してしまう。その場には残酷な肉塊が一つ残るのみという結果になったのだった。
作者のぜいろです!
挿絵は筆者が頑張って指で書いたクソみたいな絵です。お見苦しいものをお見せしました。ただ、ここはイメージしづらい部分でもあるので、最大限の努力はしました。お許しください。
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