氷国騒乱 ep.3 思惑
フィスタとサイザーの両名は、それぞれの思惑を胸に目の前の敵と相対する。バチェル兵とフィスタによる水の雑兵軍たちが入り混じるルルブにおいて、二人はお互いの動きだけを中止していた。
フィスタの加護による能力、水神の巫女は、彼女の様相を一変させ、体の周りにいくつかの水の玉が浮かび上がり、羽衣のような水の装飾を身に纏っている状態になる。
「それが君の隠し玉という訳か」
サイザーは、今度は油断などしていなかった。しかし、相手の力量と加護による能力の上昇を推し測るために、あえて自分から切りかかるという選択に打って出た。
サイザーの振り上げた剣はフィスタに向かって真っすぐと振り下ろされる。もちろん、生身の人間を相手にすれば致命傷となり得るだけの威力と速度をもってしてである。
ブオンッ!
しかし、その剣の軌道はフィスタに当たる前に横へと受け流される。当然これはサイザーの意図したものではなかった。
サイザーはそのまま地面にたたきつけられた剣の先をフィスタの方へと向けなおし、今度は強烈な突きを繰り出そうとした。しかし、その攻撃もまた、フィスタに当たることは無く横を通り過ぎるのみであった。
「何っ!?」
渾身の攻撃を命中させられなかったサイザーは、その光景に一瞬動揺を見せる。フィスタはその隙を見逃さなかった。
清流の御手
フィスタの加護によって人間の手の形に創造された水の塊は、サイザーの体を正面からたたきつける形になる。その衝撃はまるで鈍器で正面から殴られたかのような威力でサイザーに炸裂する。
「ぐっ!」
自身の剣を体と水の間に置き、サイザーは威力を軽減させたものの、その攻撃はサイザーの体を軽く後方へと2~3メートル飛ばすのには十分すぎるものであった。
「なるほどな……」
地面に片膝をつき、剣を地面に突き刺す形でサイザーはフィスタの方を見上げる。
「まさしく水を相手にしているようなものだな。切ったかと思えば、こちらの攻撃がまるで線をなぞるかのように軌道を変えた。それが君の武器という訳か」
「……あれだけの攻撃でその事に気づけるのは、さすが軍長、って感じですかね」
フィスタの能力、水神の巫女は、自らに接触しようとする物体に水の流れを強制的に当てることによって、その軌道をコントロールすることが出来るものである。
しかし、当然攻撃がフィスタの能力の許容量を超える、すなわち敵とフィスタの実力差があまりにも大きい場合には、その攻撃を完全に受け流すことは出来ない。
(今の私だと、ギリギリかわせるくらいの攻撃……。もっと私自身が強くならなくちゃ、この能力は生かせない……!)
フィスタはサイザーの攻撃を二度避けたことに慢心などしていなかった。むしろ考えているのはこれから先の在り方についてである。
「攻撃が当たらずとも、戦い方はいくらでもある」
サイザーはその場に立ち上がると、近くに居た兵士たちを数人自分の下に集め、彼らと同時に攻撃を仕掛ける。
「一人の攻撃ならば造作もあるまい。だが、複数の方向から同時に攻撃した時、同じようにいくのか?」
フィスタは歯を食いしばり、目の前の状況を必死で収集する。
(前から3人……。それに、左右からも来てる!)
サイザーの予想は概ね正しい。フィスタの水神の巫女は、現時点で複数方向からの攻撃を完璧にしのぎ切ることは出来ない。しかしそれはあくまでも、フィスタが完全に受けに回った時の話である。
清流の槍
フィスタはその瞬間、自身の周りに召喚していた水の雑兵軍を解除した。行き場を失った水は、そのままフィスタの下へと再集結し、幾つもの水の槍へと姿を変える。
ズドンッ!
地面を崩すほどの衝撃。装甲を身に纏った兵士たちが空中に弾き飛ばされるほどのその威力は、フィスタの方へと向かう兵たちを簡単に蹴散らすほどのものであった。
(……やられたっ!)
フィスタが水神の巫女による1対1の戦闘にその範囲が限定されていると推測したサイザーの読みは、フィスタの機転によって半分のみ正解という形となってしまった。
バキバキッ
フィスタの攻撃は鉄で作られているサイザーの甲冑を貫き、その表面にヒビを生み出す。そして、それに気を取られたサイザーは、空を仰ぐ。
「これだけの実力差があるのか」
サイザーの真上には、清流の御手が既に形成されていた。他の兵士達よりもサイザーに対する脅威認識が強いフィスタによる正しい判断だった。
ズドオオオンッ!
そのまま清流の御手は振り下ろされ、サイザーは地面に思いきり打ち付けられた。いや、そのはずだった。
「……何のつもりだ」
サイザーの体は水で覆われ、地面への落下の衝撃はほとんどゼロであった。サイザーは当然、それがフィスタによるものであることに気が付いた。
「私は不必要に人を傷つけたいわけじゃありません!」
「……!」
サイザーは自分が戦闘によって受けた傷が、水に触れたことによって修復されていることに気が付く。そして目の前の少女に対して疑問も浮かぶ。
「そんな甘い考えで反乱を起こすつもりなのか?」
サイザーは自らの立場を顧みずにそう尋ねた。それはまるでフィスタの行いを一部肯定しているようにも聞こえたが、その場の兵達もまた同じ疑問を胸に抱いていた。
「だって、全員が悪者じゃないでしょう?」
その言葉に、サイザーを始めとするバチェル兵たちは核心を突かれたかのような反応を取った。
「私たちも、貴方達も、自分の信じた正義を振りかざすんです。私には力が無いから、今は誰かの正義についていくことしかできない。でも、この場所で、私が戦うなら、出来ることもあるはずなんです」
「それは希望的観測だ。我々がいつ君に再び攻撃を仕掛けてもおかしくないんだぞ」
「でも、そうはならなかった。違いますか?」
サイザーは再び自分の考えが読まれているような感情に陥った。それと同時に、人間的な部分でもフィスタに敵わないと悟った。
「……軍長ともあろうものが、感化されてしまったのかもな」
サイザーはフィスタと戦っている間、既に気が付いていた。
彼女の能力、水の雑兵軍は誰も傷つけていなかった。彼女自身もまた、こちら側の攻撃に抵抗する形でしか武力を振りかざそうとしなかった。
最初から、誰一人傷を負わせたくないという気持ちを抱き続けていたのだ。
「君は、優しすぎる」
「えっ」
サイザーの予想外の言葉に、フィスタは一瞬ドキッとした。
「君たちは今、世界中から非難を浴びる存在だ。君がどれだけ優しく接しようと思っても、君に相対する者は全員がそれに賛同するとは限らない。そうなった時、君はどうするつもりだ」
「それは……」
フィスタは少しの間考え込む。サイザーも、自分自身で嫌味な質問をしていることには気が付いていた。
「それでも、私は自分を誇れる自分でありたいです」
だからこそ、本当に勝てないと思った。
「私たちの負けだ。これ以上の戦いは野暮だろう」
サイザーは兵士たちに命令を出し、全員の装備を解除させた。これ以上は戦闘に関与しないという彼なりの表明だった。
「……ところで、君たちのリーダーは誰なんだ?」
「え、オルオさんという人ですが……」
フィスタの解答に、サイザーは呆気にとられたような顔をする。
「誰だそいつは」
作者のぜいろです!
サイザーが最後に放った言葉の真意とは……?次回もご期待下さい!
よろしければ、ブクマ、感想、いいね等よろしくお願いします!評価は下の☆から出来ます!