氷国騒乱 ep.2 譲れないもの
― バチェル南部 ルルブ地域 ―
「観念しろ、貴様が反乱軍に関与していることは既に情報が上がっているのだからな」
バチェル護衛軍軍長のサイザーはそう言ってフィスタに対して降伏を促すかのような態度を取っている。しかし、もちろんこれに簡単に従うような彼女ではない。
「あなたのことはよく知りませんけど、こっちにもやるべきことがあるんです!」
清流の弓・清流の矢
フィスタはそう言って自らの手元に水の弓と矢を創造する。だが、その光景にもサイザーは特に驚くような様子を見せなかった。
「ほう、やはり加護持ちか。聞いていた通りだな」
「さっきから何なんですか!まるで私たちの中に裏切者がいるような言い方して!」
「その通りだよ、お嬢さん」
「……え?」
純粋な心を持つフィスタは、サイザーにそう明言されるまでそのことを完全には信じていなかった。いや、サイザーがそう言ったとしても仲間を疑うような思考回路に陥ることの無い単純さを持っていたのだ。
「君たち反乱軍の中に情報提供者が居てね。そもそもおかしいと思っただろう?ここまで王城から離れた場所にまで、わざわざ兵を連れ出してこの私が来ていること自体がな!」
サイザーはそう自信たっぷりに言った。もちろん彼は加護に恵まれた者ではない。しかし仮にも一国の軍隊を率いる男である彼が、生半可な者ではないことは想像にたやすいことだろう。
「しかも、聞けば君は国際的な指名手配がなされているというではないか!何をしでかしたかは知らんが、ここで君を捕らえればバチェルへの大きな貢献となる!」
サイザーは既にフィスタを捕らえる前提で思考を巡らせている。それは当たり前だ。いかに加護持ちとは言え、フィスタはまだ成人にも満たない少女である。歴戦のバチェル兵たちもまた、その状況に油断していた。
「……そうですか」
その瞬間、サイザーの後方に待機していたバチェル兵のうち、前方の4名が一瞬にして宙を舞う。説明のつかない超常的な出来事に、バチェル兵たちは勿論、サイザーの顔色には恐怖の色が生まれ始める。
「私は、反乱軍の皆さんが本気でこの国を変えたいと思ってるって知ってるんです。裏切った人が居ることは信じたくありません。でも、それは今考えるべきことじゃない」
フィスタの目は、異様なほどに落ち着いていた。多くの敵を前にして脅えていた当初の気配は一切感じられなかった。
「私は、私のやるべきことを全うします。邪魔するなら、貴方達も無事じゃ済まさない」
水の雑兵軍
フィスタが地面に手を触れた途端、地面から水が溢れ出し、武器と盾を持った人間の姿を形作っていく。それはまるで、水の帝国サドムで水帝ハピナス・ラハンが見せたような加護の使い方だった。
◇ ◇ ◇
― 数週間前、水の帝国サドム ―
「し、失礼します!」
フィスタは、西方聖騎士団統帥のボルザークに連れられて、一人で水帝に謁見する機会を設けられていた。
「あら、そんなに緊張しなくてもいいのよ」
それを水帝ハピナス・ラハンはにこやかに出迎えた。
「こっちにおいで、フィスタちゃん」
「は、はいっ!」
フィスタからすれば自分の生まれた国であるサドムの女帝への謁見である。緊張しないわけがない。それに、ダリアやシンも同じ現場に居た昼間の謁見とは違い、一人になることのプレッシャーは相当なものがあった。
「貴方を呼んだのは他でもないわ。一つ、言いたいことがあったの」
「言いたいこと、ですか……?」
「そう、貴方の加護の名前、何かしら」
「えっと、水操の加護、です」
「なるほどね。どうりで近しい雰囲気を感じると思ったわ。今日も見せた通り、私の加護は初代五大英雄の時代から受け継がれてきた、同じ『水』に関係するものよ。だから、きっと私の持っている加護に対する知識が、貴方のタメになるかと思ってね」
ハピナスはそう言って笑った。フィスタはそれまで自分が数多く巡らせていた邪推を全て取り払って、その話に耳を傾ける準備をした。
「是非、お願いします!」
「貴方ならそう言ってくれると思ったわ。じゃあ、一つ質問ね。私たちの扱う『水』という物質が優れている点は何だと思う?」
「うーん……。形を変えやすいところ、ですかね……」
「もちろんそれも正解よ。でもそれ以上に、水にはこの上ない性質があるわ。それはね、どこにでも存在しているという事よ。海や川の近くはもちろん、地面、空気中、生物の体に至るまで、どこにでも水はある。それを利用すれば、貴方の加護に対する解釈はもっと深いものになるはずよ」
「なるほど……。それを理解すればハピナス様が召喚したあんな兵隊さんも作れるようになりますかね!」
「それは、難しいかしらね。でも、近いことは可能だと思うわ」
それからフィスタはハピナスに、水を操る上での技術的な部分を時間の許す限り教わった。水帝との濃密な時間は、精霊の神殿での経験と合わせて、確かにフィスタに成長を促した。
◇ ◇ ◇
― 現在、ルルブ地域 ―
「なるほど、確かに君を侮っていた……」
油断によって部下を襲撃されるという結果を生んでしまったサイザーは、目の前のフィスタに対する警戒のレベルを上げることを決める。
「ならばここからは総力戦だな」
サイザーは残っているバチェル兵に指示を出すと、兵は一斉にフィスタの生み出した水の兵隊たちに向かって切りかかる。
(さて、あれだけの数の兵を生み出すことは想定外だったが、気になることがある……。やつらは自立して動くことが出来るのか、それとも傀儡なのか。それによっても戦い方を考えねばなるまい)
サイザーの思考に対する答えは、前者だった。フィスタはサドムの精霊の神殿での成長により、それまでよりも深く自らの加護についての理解を行っていた。その結果、自らの意志に依らずとも多面的な攻防を可能にしていたのである。
清流の矢
フィスタは周囲で行われている乱戦の中、集中してサイザーにめがけて水で創造した矢を放った。兵達の合間を抜けてサイザーの方へと一直線に向かったその矢は、サイザーによって切り落とされた。
「加護の扱いに長けていようと、戦闘経験については雲泥の差がある。君を軽んじたことについては非を認めるが、それはお互い様なのではないかな」
サイザーの発言に対して、フィスタは確信を突かれたと感じていた。自分が護衛軍の軍長を相手にしていると言うことは、そのまま他の反乱軍のメンバーの下には聖騎士達が向かっていることを意味しているからだった。
「私はこの先もダリアさんと一緒に旅をするんです。逃げてばっかりじゃダメですよね……」
サイザーの発言に本心を取り戻したフィスタは、清流の矢と清流の弓を解除し、新たな武器を創造する。
水神の巫女
水の装飾を身に纏い、その流れに身を任せるような神々しさを、サイザーは確かに感じ取っていた。
「あなたに勝って、私は王城へと向かいます」
「そうさせないために、俺がここに居る」
ルルブ地域
フィスタ・アンドレア VS サイザー・イルガー
作者のぜいろです!
第5章メイン部分のうち、1つ目の戦いが幕を開けました!果たして勝つのはどちらになるのか、その行方にご期待下さい!
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