氷国騒乱 ep.1 誰がために
「どうして、僕たちの作戦をポートマン家に流したんだい?」
「……っ!」
そのオルオの一言を聞いた瞬間に、ペンネは形相を変えてその場から距離を取った。彼女のオレンジ色の髪が動きに連動するようになびく。
「黙ってても事態は解決しないよ。それにもう作戦は始まってしまってるんだ。僕も反乱軍のリーダーとして、問いただすべきところはそうしないといけないんだ」
そう言うオルオの顔からは普段の優しい好青年の雰囲気は消え去り、信頼する部下を目の前で失ったときの冷徹な表情に戻っていた。
「ペンネ、君のことは信頼していたんだ。少なくとも君は、今のポートマン家に対して僕と同じ感情を抱いている、とね。でも思い違いだったのかな」
「何の話よ」
「今更、とぼけるのは無理があるんじゃないか?」
オルオは一歩、ペンネの方へと詰め寄った。
「この時間、王城の付近には最低でも20人の守衛たちがいる。僕が長年かけて地道に調べてきた結果だ。それに最近はこちらから王国軍に対する宣戦布告ともいえる攻撃を何度か仕掛けた。いくら鈍感なポートマン家でもとっくに気が付いてるはずなんだよ、僕がそれに関わってるってことをね」
オルオの発する一言一言が、ペンネにとって首元にナイフを当てられるかのような圧をかけてくる。そのせいか、ペンネの額を冷や汗が伝っていく。
「僕が一番危惧していたのはね、作戦が失敗することなんだ。当然さ。自分の思いだけじゃなく多くの人の願いを背負っているんだから。そんな今の状況で一番怖いことは何だと思う?」
「……裏切り」
「そうだよ、分かってるじゃないか。だから反乱軍のメンバーには作戦を個別に伝えたんだ。勿論、大枠は変えないで、細かな変更点をそれぞれにね。作戦の当日に何か問題が起これば、その原因から裏切り者がいる可能性を考慮することが出来るんだよ」
「そんなの、私には言ってなかったでしょ」
「信頼していたからね」
そのオルオの言葉が、ペンネには重くのしかかった。
「君を信頼していたからこそ、君にはそんな小細工をするまでもないと思ったんだ。戦力になるとはいえ、ダリア君とフィスタちゃんは僕たちとポートマン家のどちらに流れてもおかしくないから、警戒していたけどね」
それを聞いて、ペンネはもう何も言い返せないことを悟った。いや、言い返すほどの猶予が無いことは最初から分かっていたのだが、それでも相手にしている人間が「元筆頭聖騎士」であることを甘く見ていた。
「それで、私をどうするつもり?」
ペンネは諦観ともとれる様子でオルオにそう尋ねた。開き直っているともとれるかもしれない。
「どうもしないさ」
だからこそ、オルオのその発言にペンネは面食らった。あまりにも想定外のことに驚きの声さえ出るほどだった。
「えっ」
「さっきも言った通り、もう既に作戦は始まってしまっている。今更止めることは出来ない。ペンネ、君が何を思って僕たちを裏切ったのかは分からないが、少なくとも僕は君に止むを得ない理由があったんだと信じている。だから、それでも僕たちの妨害をするつもりなら勝手にすればいい。僕はそれを止めるつもりはないよ」
ペンネは自分の愚かさを憂いた。自分のことをここまで信じてくれる人がいながら、ポートマン家に心を売った自分を殴りたくなった。そしてその場にうずくまることしかできない自分に、どうしようもなく腹が立った。
「ごめんなさいっ……」
その言葉がオルオに届いたかどうかは、ペンネは知ることが出来なかった。顔を上げたときには、目の前に居たはずのオルオは姿を消していたからだった。
「追いかけなきゃ」
そして、話さなければならない。あの事を。
◇
― バチェル王城内 ―
「随分と大事にしてくれたものだな、ナシェリー」
低く、感情を感じさせない冷たい声が部屋に響いた。それを見守る二人の息子も我関せずといった態度を貫こうとしている。
その視線の先には、本来ならば罪人に付けられるはずの手錠を架せられ、鉄の鎖で体を巻かれたナシェリー・ポートマンの姿と、それを見下ろす父のヨルダン・ポートマンの姿があった。
「初めからお前に期待などしていなかった。しかし、父である私に向かって反乱を起こそうとするのなら、私もそれ相応の態度を取らなければならん」
その目はいつになく怒りに満ちており、第一王子のバルフェンス、第二王子のミュラー共に空気を読んで黙っていた。
「これが……お父様の答えですか……」
ナシェリーは途絶えながらも、父であるヨルダンを睨みつけてそう言った。
「そうだ。お前が何やら不穏な動きをしていたことも、私には全て筒抜けだった。まあ、まさか実の父であり国王である私に反旗を翻そうとしていたとは思いもしなかったがな」
その言葉を聞いて、バルフェンスとミュラーの両名は、今目の前で起こっている事態の原因を知ることになった。
「シェリー、お前……」
「ず、随分と馬鹿なことをしたんだね!」
兄たちのその、見捨てるかのような言動を前に、ナシェリーは言い返すこともできなかった。
「ふん、所詮は穢れた血よ。はなから王族を名乗るにはふさわしくなかったということだ」
ヨルダンはそう言い捨てたが、それはナシェリーにとって逆鱗ともいえる言葉だった。
「……お前には分からないだろうな」
聞いたこともない汚い口調で、ナシェリーは確かに父であるヨルダンに抵抗した。それに対していささかの違和感を感じたのか、ヨルダンは眉間にしわを寄せる。
「賭けをしましょう、お父様」
「何の話だ」
「貴方の兵がこの城を守り切るのか、私と志を同じくする同志がこの場所まで訪れるのか、簡単な賭けです」
「くだらん。その賭けとやらに私が参加する理由など……」
「理由なら、ある」
ヨルダンによる発言に、食い気味にナシェリーは答えてみせた。
「……ほう」
「貴方が僕をそのように忌み嫌いながらも、王子として傍に置いていた理由を、僕は知っている。欲しいんでしょう、母の残した宝物が!」
その言葉を聞いた途端、ヨルダンの雰囲気が明らかに変貌した。目を開き、目の前に居る、抵抗すらできないはずのナシェリーから視線を逸らすこともない。
「やはり、お前が……」
「ええ、そうです。母は亡くなる前、血の繋がった僕とウォルツロイ兄様だけに、生涯をかけて守り抜いた宝物のありかを伝えた!僕は何をされようともその場所を言うつもりは無いですが、お父様がこの賭けに乗るというのなら、その情報を賭けに出しましょう」
ナシェリーの突然の様子にバルフェンスとミュラーはあっけにとられていたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「いけません、お父様。これは危険な賭けです!」
「そ、そうだよパパっ!どうせシェリーは今のままでも何も出来ないんだし……」
「黙れっ!!」
しかし、ヨルダンは王子たちの言葉を一喝した。その様子は、明らかに冷静さを欠いているものだった。
「……ナシェリー、その話、五大英雄に誓って本当だろうな?」
「もちろんです」
「……良いだろう。お前の申出を受け入れてやる」
ヨルダンはそう言うと自ら、ナシェリーを捕らえていた器具を外す。その様子に、もはや兄達は理解が追い付いていない様子だった。
「この場所まで、お前の同志とやらが辿り着くようなことがあれば、お前の望みを聞き入れよう。ただし、それがなされなかった時は覚えていろよ」
「望むところです」
ナシェリーはそう言って立ち上がると、ヨルダンの正面に立ってその目を見つめた。自分は一人ではない。そう思うだけで、敵わないと思い続けた父親にも勝てるような気がするのだ。
(僕にできることはここまでです。あとは、頼みました)
ナシェリーは心の中でそうオルオ達に伝えた。
作者のぜいろです!
ついに始まったバチェルでの反乱。結果がどうなるのか、お楽しみに!
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