革命の狼煙
その日は良く晴れた日だった。デスグーン山脈に隣接し天候の変わりやすいバチェルにおいては珍しい晴天が空を埋め尽くしていた。
「行くぞ」
オルオはそう呼びかけ、その場に居た反乱軍の面々はそれぞれに腰を上げることになる。勿論、これに協力するダリアとフィスタも、それに従った。だが、ダリアの中には依然としてぬぐい切れない違和感が存在していたのだった。
(革命を起こすべき本当の理由、国民にとってプラスになることは何なんだ)
それを考える暇もなく革命の当日を迎えてしまったが、その答えはいずれ知ることになるだろう、とダリアは予想していた。
◇ ◇
「作戦の内容を発表する」
オルオさんにそう伝えられたのは作戦の決行が迫る前日の夜だった。この時まで作戦を秘密にしていたのは、どこから作戦が漏れるか分からないというリスクを限りなく低くするためであった。
「俺たちは明日、バチェル全土を舞台として各地で陽動を行った後に、バチェル王城へと同時に進行する。そして現国王ヨルダン・ポートマンの身柄を拘束し、こちら側に有利な宣誓を行わせる。それがこの作戦の最終目的だ」
オルオさんのいう「宣誓」には、王政の撤廃や国民税の緩和などが含まれ、最終的には王族の関与しない自治組織の設立、それによる共和制を目指すという内容が書き連ねられていた。
作戦の第一段階、陽動作戦には俺とフィスタ、ポパイちゃん、イグタスさんが指名された。それぞれにバチェル国内の4つの地域があてられ、そこから北側のバチェル王城を目指して北上していく流れになると説明された。
「バチェルを攻略するにあたって厄介になるであろう障壁は大きく二つ。一つはサイザーというバチェル護衛軍軍長にあたる男だ。奴が実質的にバチェル兵を率いているから、王城を目指すうえでその妨害に合う可能性は高いだろう。そしてもう一つが、現在バチェルに常駐している3人の聖騎士達だ」
◇
― バチェル東部 バイアット地域 ―
「やっぱり僕は、こういう事態に強いみたいだね!勘が冴えているのが分かるよ!」
「……」
「そんなに黙ってても事態は好転しないよ、反乱軍のイグタス君」
「何故、名前を知っている」
「さあ?」
バチェル東部、バイアットでの陽動作戦を開始していたイグタスは、一人の男と出会うことになる。日の光に照らされて眩い光を周囲に放っている黄金の甲冑を身に纏った、金髪の美男子である。
「僕は北方聖騎士団準筆頭騎士、ジェック・ハイアットさ!わけあって君の相手をすることになるんだけど、負けても恨まないでね?」
そういって満面の笑みを見せるジェックに対して、イグタスはあくまで冷静に情報を処理していた。
(常駐の聖騎士が既に警備についているだと……?どういうことだ……)
◇
—— バチェル西部 ノード地域 ―
「ちょっと、いきなり切りかかるなんて危ないじゃないの!」
ポパイは突如として目の前に現れた甲冑を着た少女に対してそう怒鳴りつける。年頃がそう変わらない相手なので、いつもよりも強気な口を叩けている。
「はっ!ご、ごめんなさいっ……」
ポパイに問答無用で切りかかった少女は自らの行動について文句を言われたことに気が付き、剣を背中に取り付けた鞘に戻して何度も頭を丁寧に下げた。
「で、でもぉ……あなた、反乱軍ですよね?」
その瞬間少女から向けられた殺気に、ポパイは一瞬後ずさる。普通ならばあり得ない状況に、体が咄嗟に反応したという方が正しいだろうか。
「私も、聖騎士の一員としてあなたを捕らえないといけないんです……!」
「ごちゃごちゃうるさいわね!その前に名前くらい教えなさいよ、失礼でしょうが!」
「あっ、プリオラ・ゼンバーですっ!」
「私はポパイ。ポパイ・シュルカーよ!」
この世でも最上位のシュールな挨拶が、バチェル西部では行われていた。
◇
― バチェル南部 ルルブ地域 ―
「私にも仕事ができるって証明しないと!」
戦地から最も離れた南部地域ルルブを任されたフィスタは、いつも以上に張り切りを見せていた。彼女はダリアのように作戦に対する不安など抱いている様子もなく、与えられた職務を全うすることだけに集中しているようだった。
「情報通りに来てみれば、女一人とは。随分と舐められたものだな」
その時、フィスタの背後から声が聞こえた。その声に反応して振り返るとそこには、甲冑を身に纏った何人もの兵士たちと、彼らを従える男の姿があった。
「ひぃっ!何でここに兵隊さんがっ!?」
「話ならば後からゆっくりと聞こう。まずは貴様を捕らえねばな」
男がスッと右腕を挙げたかと思うと、彼に付き従っている兵はそれに合わせるようにしてそれぞれに剣を構え始めた。
「護衛軍軍長サイザーの名に懸けて、貴様ら逆賊は根絶やしにしなければならん」
サイザーと名乗る目つきの鋭い男はそうフィスタに向けて言い放った。
「わ、私はただの旅人ですよ!何を根拠に……!」
「根拠が知りたいのか?」
そう言ってサイザーは不敵な笑みを浮かべた。
◇
― バチェル北部 リュグナイ地域 ―
「これもきっと、運命なんだろうね」
目の前に立つ女騎士の言葉に、ダリアは黙って耳を傾けていた。
「困るんだよね、解放の戦士を気取ってもらっちゃあ」
彼女はまっすぐとダリアの方を見つめたままそう言い放った。
「あんたが、今のバチェルを守ってる聖騎士なのか?」
「ご名答。さらに付け加えるなら、そのリーダーだ」
女騎士はそう言ってにっこりとほほ笑んだ。しかしその笑顔からは、微塵も油断や慢心を感じ取ることが出来なかった。ダリアの脳裏には考えたくなかった一つの可能性がよぎる。
「裏で情報を流している奴が、いるんだな」
ダリアのその問いに、女騎士は笑顔で返した。肯定と受け取ることが出来るだろう。
「情報戦は、戦場において最も重要だよ。これまでいくつもの修羅場をくぐってきたというのに、まだそれに気が付いていないのかい?」
「俺はどんな状況でも自分と仲間しか信じてこなかったらからな。こんなの不都合なうちに入らないさ」
「ふっ、それでこそ大罪人の風格というものだ。せめてこのビスティ・ノルマンドの手でお前の旅を終わらせてやろう」
ダリアは今までの経験から、目の前の女騎士が少なくとも筆頭騎士の実力を有していることを見抜いていた。それに、自分の情報を得ていることからも、ただものではないのだろう。
「悪いけど、作戦の邪魔はさせない」
「望むところさ、ダリア・ローレンス」
◇
― バチェル王城付近 ―
「反乱軍のメンバーはうまくやれているでしょうか」
「どうかな。ただ、作戦の成功はどの道僕たちに委ねられているからね。この国が辿る道がどうなるかは分からないよ」
バチェル王城付近で息を潜めるペンネとオルオはそんな会話をしていた。お互いに、今まで築いてきた作戦の最終段階に入ったことを気にしてか、少々緊張感が漂っている。
「やれることはやってきた。僕たちの怒りは、そのままバチェル国民の怒りだよ」
そう言ってオルオはペンネの方を向いた。
「ところでペンネ、どうして僕たちの作戦をポートマン家に流したんだい?」
それは、革命の始まりを告げる一言に過ぎなかった。
作者のぜいろです!
ついにバチェルでの革命が始まったわけですが、最初から何やら不穏な空気が……。
是非今後の展開にもご期待ください!
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