確執
「……」
ケインさんに施設の中へと案内された俺とフィスタ、ペンネの3人は、ちょうどウォルツロイ・ポートマンと向かい合うような姿勢で椅子に座っていた。
王族とは思えないほどヤンチャな見た目と、眼力だけで人を殺しそうな雰囲気から、誰も話を切り出せずにいた。
「お前ら何の用でバチェルに来たんだ」
そんな重い空気の中、ウォルツロイは口を開いた。その目はまるで俺達のことを見定めているかのように見えた。
「それを説明するためには、まず俺達の話を信じて貰わないといけなくなる。それでも良いか?」
「聞こう」
そこで俺は、自分達が仲間と行動している時に謎の人物達に襲撃され、いつの間にかバチェル近郊へと移動させられていたことを話した。
◇
「……なるほどな、完全に信じ切るのは無理だが、『加護』のことを考えれば筋の通る話ではあるな」
ウォルツロイはそう言って静かにペンネに目を移した。
「加護を使う奴が身近に居るもんでな。さほど大きい違和感は感じねぇよ」
その言葉を受けてペンネはウォルツロイをキッと睨みつけた。その様子は冷静な時の彼女とは違うようだ。
「ただ、今のバチェルは状況が良くねぇ。この国の歴史を深く知らない奴らが下手に首突っ込むと、痛い目見るぞ」
ウォルツロイは、冷静に、それでいて真剣な眼差しで俺達にそう伝えた。いや、牽制してきたという方が正しいだろうか。
「忠告ありがとう。でも、俺達が目指すべき場所に行くために、これが最短だと思ってるから大丈夫だよ」
俺はウィンディさんのこと、そして彼女と結んだ契約のことは伏せてそう言った。彼女の存在がこの国にとってどのような影響を及ぼすのかが未知数である以上、下手に名前を出すべきではないだろう。
特にこの国の体制、つまりは、現在の王家や常駐する聖騎士達に対して怒りを募らせている可能性がある、オルオさんやペンネ達にこの話を易々とすべきではない、との判断が俺の中ではあった。
「バチェルを経由して、ねぇ.....。行先はファルハラムか」
ウォルツロイはすぐに答えを導き出した。きっと見た目にそぐわず優秀な王家の人間であることは間違いないのだろう。
「図星みたいだな。まあ引き止めはしないが、今バチェルはファルハラムと友好な関係性じゃない。行先がバレれば、こっちから出ていくのも、向こうに入るのも簡単じゃないはずだ。少なくとも今の状況じゃな」
そこまで聞いて俺は確かな違和感を抱く。ウォルツロイがメッセージのように何度も繰り返すその言葉に。
「君はもしかして、反乱軍と同じ思想を持ってるんじゃないのか?」
「.....」
俺の予想通りの考えをしていたのか、ウォルツロイは俺の目を凝視したまま黙ってしまった。
「君はバチェルの今の状況が良くないと言っている。それによって国内に限らず国外との関係性も不和が続いている。王家の人間としてその事が分かっているから、変えようとしているんじゃないのか?」
「.....お前に」
「えっ.....?」
「お前に何が分かるんだよ!」
その瞬間、ウォルツロイは机越しに俺の首元の服を掴み、鬼のような形相でそう言い放った。
「変えられるもんならとっくに変えてる!そのための力も、地位もありながら俺は、結局まだ何も出来てない!それを、この国に来てすぐの奴に同調されて、はいそうですかって言えるかよ!」
ウォルツロイの怒りは、部屋の中でこだました。ペンネは目を閉じて事の成り行きを見守っているようにも見える。フィスタはオドオドしながらもウォルツロイの怒りを沈めようとしていた。
「俺には俺のやり方がある。ナシェリーが何を考えてるか知らねぇが、お前達の力なんか借りねぇ」
ウォルツロイはそう言捨てると、足早に部屋を出ていってしまった。訪れる沈黙に気まずくなったのか、ペンネが口を開く。
「あいつは昔からあんな感じだよ。人一倍正義感が強くて、それでいて人を頼らない。いや、頼れないって言った方が正しいのかな。なんでも自分一人で抱えるんだ。だから、今も一人で戦ってる」
それを聞いて俺は、ようやくその言葉を発する決意が出来た。ウォルツロイを見送り、立ち上がったペンネに対して、俺は後ろから話しかけた。
「教えてくれ、ペンネ。君達が戦おうとする本当の理由は何だ?」
その言葉の意味を、ペンネが理解するのには少し時間がかかったようだった。
「何を言っているの」
ペンネは話を流そうとしたが、俺も引き下がる訳にはいかない。
「君達は幾つも俺達に、この国を変えたい理由を説明してくれた。オルオさんの過去の因縁も、今の国民に課せられている重荷も、王政に対する不信感も.....。でも、そのどれもが本質とは少しズレているようにも思う」
俺の言葉をそこまで聞いて、ペンネは振り返る。様々な感情の狭間で揺れ動いているのが分かる、そんな顔だった。
「.....バチェルを変えてしまったのは、王妃の存在。この国には元々、二人の王妃が居たの」
「王妃.....?でも、そんな話どこでも.....」
「.....隠されているの」
ペンネのその言葉は、それまでに彼女が発したどの言葉よりも重いものだった。背中しか見えない今の状態では、彼女がどんな表情をしているのかは分からなかったが、少なくとも怒りや悲しみといった負の感情を声から感じ取ることが出来た。
「二人の王妃は同じ日に死んだの。その事実はあまりにも国民にとって衝撃的すぎるものだったから、国全体で隠したの。最初から王妃は居なかった。そういうストーリーにね」
俺は意味が分からなかった。王妃の存在が無くなることに対してショックを受けるところまでは分かる。しかし、それを国として隠す意味が分からなかったのだ。むしろそれは異質とも思えるようなものだった。
「なんで、そんなことを?」
「さあね。当時の国民達も疑問に思った人は多いみたいだけど、結局この話は王族によって無かったことにされたの。オルオさんはその時には既にバチェルの常駐騎士になってたみたいだから、この国の闇についても詳しく知ってるのかもね」
ペンネはそう誤魔化すようにして言った。
「オルオさんなら知ってるのか」
「少なくとも私よりは確実にね」
ペンネはそう言うと部屋を出ていってしまった。部屋には俺とフィスタだけが残され、お互いに言葉を発すことのない時間が流れていく。
自分たちの参加する革命に対して不透明な部分が残るまま、俺達は革命前夜を迎えることになってしまった。しかし俺の中にあるわだかまりは解消されないままだった。
そして、バチェルにとって変革となる日が訪れることになる。
作者のぜいろです!
本日から連載再開します。お待ちして頂いている方には申し訳ありません。
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