氷の国の冒険
聖騎士専門の鍛冶師を名乗る「ウィンディ・デニウム」に出会ったダリアとフィスタは、彼女から雷の帝国に向かうための交換条件を提示された。
千年氷石の交易ルートの確保、そして氷の王国バチェルの内紛の解決。これらの難題を突きつけられた二人は、氷の王国を目指すことになる。
俺とフィスタはウィンディさんの家で一夜を過ごさせてもらうことになった。
「夜の吹雪を侮らない方がいいよ。この辺りに住む人でも、夜は外出を控えるくらいだから」
俺達はすぐにでもバチェルに向かおうとしたのだが、ウィンディさんのその一言に引き止められた。それに付け加えて、昼にここに飛ばされたのが幸運だったとも言った。
「君達をここに送った人間。その名前も知らない誰かさんは、多分意図的に動いてる。だからこそ君達が生き残ること、僕に出会うことも想定のうちだったんじゃないかな」
「そんなこと、有り得るんですか?」
「まああくまでも妄想に過ぎないけどね。完全に敵なんだとしたら、それこそ人が生きていけないような環境にでも送り込むのが早いしね」
「確かに……」
「何かしらの制約はあるのかもしれないけど、何かの考えがあるのは間違いないだろうね」
ウィンディさんもそれ以上の考えは浮かばないようだった。あの場所、エルドバ近くの遺跡群で出会った二人の人物は、何を考えて行動していたのか。その答えは見えないままだった。
そんな不安の中、俺とフィスタは眠りについた。遠くの方で金属同士がぶつかるような小気味よい音が、眠りに落ちる寸前まで響いていた。
◇
「じゃあ、千年氷石の件、正式に依頼させてもらうね」
「はい、交換条件のこと、よろしくお願いします」
「勿論さ。僕はここで待つからね」
ウィンディさんから、氷の王国バチェルへと向かうための地図と必要になる食料を渡してもらった俺達は、本格的にかの国に向かうことになった。
◇ ◇
「うぅ……寒いですね、やっぱり」
「あぁ、今日は吹雪が大人しいみたいだな。昨日と比べて辺りが見渡せる」
俺とフィスタはウィンディさんから暖かいコートを恵んでもらい、白い雪が降る中を歩いていた。
「ミスティアでは天気がほとんど変わらないので、雪なんか本の中の話だと思ってました」
フィスタは子供のような無邪気な笑顔でそう言った。確かに、霧龍アルケミオンによって国全体が霧に覆われたミスティアでは雪なんか降らないのだろう。ただでさえ空の様子なんて見えなかったのだから。
「ちょっと、嬉しかったりする?」
「ちょっとどころじゃありませんよ!」
そんな会話をして楽しんでいると、遠くの方に雪の中でも嫌に目立つ景色が浮かんできた。
巨大な城壁と山々に覆われた国家の姿。中央にそびえる城は、遠目に見てもその大きさが分かった。
「あれが……バチェル」
「確かにウィンディさんが言ってた通り、あの山を越えて行くのは無理そうだな」
バチェルを守るようにそこにある山は、恐らくシルバーが言っていた『デスグーン山脈』なのだろう。頂上の方は雲よりも高く天を貫いており、その険しさは想像に難くない。
「行こうフィスタ。近くに見えても、まだ距離はあるから」
「はい!」
◇ ◇
「はぁ……もう夜が近くなっちゃったな」
「でも、なんとか着きましたね!」
バチェルが見えてからずっと真っ直ぐに歩いてきたが、それでも随分と長い時間がかかった。昼前にウィンディさんの所を出発したにも関わらず、それでも日は暮れ始めていた。
氷の王国と言うだけあって、昼前とは明らかにレベルが違う寒さが吹き付けていた。すぐにでもどこか風の当たらない所に入りたいものだ。
「すみません、中に入りたいんですけど大丈夫ですか?」
「あぁもう夜も近い。君達は大丈夫そうだから、通っていいぞ」
「ありがとうございます」
バチェル入国のための審査は、驚く程簡単だった。内紛があっている状態とはとても思えない程に、だ。
自国の警備に自信があるのか、来る者拒まずの信条でもあるのか。とにかく急ぎの用事がある俺達にはありがたい話だった。
◇
「あらあら、外からのお客さんかしら。外は寒いからうちに泊まっていきな、安くしとくよ」
バチェルの中に入ると、道端で雪かきをしていた女性に話しかけられる。
「あ、そうです。二人いけますか?」
「はいよ。中入りな、そろそろ戸締りするから」
「戸締り、ですか?」
夜が近いとはいえ、まだ店を閉めるような時間では無いはずだ。やはり、内紛が関係しているのだろうか。
「はい、うち特製のシチューだよ。自家製のパンも一緒にどうぞ」
俺達の事を快く迎えてくれた女店主のレノバさんは、夜ご飯を出してもてなしてくれた。ホカホカと湯気の昇る具沢山のシチューは見ているだけで温まりそうだった。
「シチュー……」
だからこそ、俺は思い出してしまった。母の、メリア母さんの作ってくれたビーフシチューを。
「ダリアさん、食べないんですか?」
「あ、食べるよ、もちろん!」
熱々のシチューを口に運ぶと、火傷しそうな勢いでそれが流れ込んできた。クリーミーな中に野菜の甘みと肉の旨みが共存する、本当に美味しいシチューだった。
「……美味しい」
「ですよね!」
「あらあら、そんなに勢いよく食べてもらったらこっちまで嬉しくなっちゃうわ」
レノバさんはそう言って、俺達の目の前のカウンター越しに椅子を出して座った。
「最近は国の中で揉め事が起きてるみたいで、ここを訪れる人も少なくなっちゃってね。前は他の国とバチェルを結ぶ連絡線も出てたんだけど、最近は運行を停止したのよ」
「揉め事って、内紛のことですか?」
「あら、知ってたのね。昔からバチェル王家は気難しい人が多かったんだけど、今の国王様は特に敵を作りやすい御方だから……」
そう言うレノバさんの顔は、悲しげだった。
「国民から嫌われてたりするんですか?」
俺がそう言うとレノバさんは急に立ち上がり、奥の部屋からある写真を持ってきた。
「これが今の国王の『ヨルダン・ポートマン』様。昔からうちの宿に顔を出してくれてて、優しい御方なのよ」
その写真でレノバさんの隣に立っていた大柄の男性は、穏やかな表情で笑っていた。この人が、ヨルダンさんなのだろう。
「ポートマン王家はバチェルの守り神なの。かつてあった大きな戦いの際に、身を粉にして国のために戦った人々の末裔。だから今起こっている内紛を疑問視してる人も多いのが実際なのよね」
「そう、だったんですね……」
俺は、勝手に内紛という話を聞いてザバンの話を思い出していた。だから問題は国を治める側にあるのだと、そう決めつけていた。
しかし、その考えを改めなければいけないのかもしれない。まだ、俺達はこの国のことを何も知らないのだから。
作者のぜいろです!
流行病にかかってしまいまして、しばらくの間更新ができておりませんでした。聞いたところによると週間の方のジャンル別ランキングに載っていたとか何とか……!
喜ばしい限りです!
これからも応援よろしくお願いします。
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