氷の王国 バチェル
寒空の元、ダリアが出会った一人の女性、ウィンディ・デニウムは聖騎士専門の鍛治職人を名乗った。
彼女はダリア達の目的地などの情報を聞いた上で、氷の王国に関わる「交渉」を、ダリアに持ちかける。
氷の王国バチェルは、五大帝国の一つ、雷の帝国「ファルハラム」を囲むようにして並ぶ五つの王国の一つである。
西側から順に、雲の王国「フラウン」、雨の王国「ダスティア」、氷の王国「バチェル」、夜の王国「ルーデシア」、海洋国家「ウェブザ」がそれにあたり、この5カ国は雷の帝国を中心として強い協力関係を結んでいる。
北方帝王国協力機構(Northern Empire and Countries Cooperation Organization)、通称NECCONは、世界有数の協力体制の一つに数えられる程である。
雷の帝国の南方に位置する氷の王国「バチェル」は、強い王政を敷いている事で有名であり、特に雷の帝国の前に立ちはだかる門番の役割を担っているのである。
◇
「と、まあこんな感じで、雷の帝国に行くためには少なくともどこかの国を通って行かなきゃいけないんだよね。そして僕の経験上、バチェルの許可が無ければどのルートであっても通り抜けることは出来ないんだ。つまり、どんな道を辿ろうと自由だけど、最終的にはバチェルを通る必要があるってわけ」
ウィンディさんは気持ちを落ち着けるためか、カップに注がれた飲みものを口に運んだ。
「なるほど、俺達にとって通過点なわけですね」
「そうなるね。ただ、バチェルは今軽い内紛状態なんだ」
「内紛……!」
俺はそれを聞いて、シンと出会った砂の王国ザバンを思い出した。ただ、ザバンでの出来事は多くの人に知られない形での少数でのものだったので、恐らく事情は異なるだろう。
「そのせいで、以前までは確保されていた『千年氷石』の販売ルートが封鎖されちゃってね。そこで、私から君達に正式に依頼を出したいんだ」
ウィンディさんは俺とフィスタの手を握りながら言った。
「君達は内紛を止め、『千年氷石』を確保する。私はその見返りとして、君たち専用の武器を作り、安全にバチェルを通過させることを約束しよう。君達にとっても悪くは無い話だと思うんだけど、どうかな?」
これは、交渉ともとる事が出来るし、脅迫ともとることが出来た。ウィンディさんの言い方からすれば、一般人が円滑にバチェルを通り抜けるのは恐らく困難なのだろう。
その間の仲介役を買って出る代わりに、俺達に依頼をすることで、ウィンウィンのような交渉に落とし込んでいるのだ。
「内紛を止める具体的な手段をウィンディさんは知ってるんですか?」
俺はあくまで冷静にそう聞いた。シンとシルバーと早く合流したい気持ちはあるが、そのために俺だけでなくフィスタまで危険に晒すことになるのであれば、簡単に首を縦に振ることは出来ない。
「僕はあくまで鍛冶師だからね。その辺の事についてはあんまり知らないんだ。ただ、内紛の関係者のうち、国王側、つまりは今反乱に遭っている人間の中に、僕の協力者が居るんだ。彼と連絡さえ付けば君達を安全にファルハラムへと送ることだって可能だ」
「なるほど。それはつまり、俺達に反乱軍を止めろって言ってるってことですか?」
「それは、君達の判断に任せるよ。僕も今のバチェルがどうなっているか細かい所までは知らないからね。だから、再度僕から提示する条件は二つ」
ウィンディさんは人差し指を立てて俺とフィスタに見せる。
「一つは、バチェル内での問題を解決、あるいは停止させて、僕が協力者と連絡を取れる状況にすること」
彼女は続けて中指を立ててピースの形をとる。
「もう一つは、協力者に私の名前を出して『千年氷石』の流通を再開させること。これが達成されたら、僕は君達のことを正式に取引相手として認めることにするよ」
「ダリアさん……」
フィスタが不安そうな顔で俺の事を見ているのが伝わってくる。この二択だけは間違う訳にはいかない。彼女を信じて行動するか、自分達の道を模索するか……。
いや、俺が選ぶべきなのは、一つだろう。
「この件、俺達が引き受けます」
「いいね、頼もしい返事だ」
俺とウィンディさんは立ち上がり、固い握手を交わした。再びシン達と合流するために、俺達は遠回りをしてる場合じゃない。出来ることを、最短でやるだけだ。
◇ ◇ ◇
兵達の慌ただしい声が部屋にまで響いていた。その声が聞こえてからすぐに、ドアをノックする音が聞こえる。
「入れ」
「失礼します!反乱軍の攻撃が城下町にまで接近している旨を報告しに参りました!現在、北方聖騎士団のハイアット様とゼンバー様の尽力の元、鎮静にあたっております!」
「そうか、引き続き頼む」
「はっ!」
兵が扉を閉め、部屋の中には何とも形容しがたい静寂が訪れる。
「父上、そろそろ本格的に反乱軍を絶やすべきなのでは?このままでは国民への被害が増える一方です」
兵に指示を出した大柄の男の右隣に座る、整った顔立ちをした青年はそう提言した。
「ぼ、僕もそう思うよ、父さん……!それに、早いところナシェリーを連れ戻さないと」
大柄の男の左隣に座る気弱そうな青年も、同調するようにしてそう言った。
「……」
二人の青年から距離をとった場所で、脚を机の上に乗せてふんぞり返っているもう一人の青年は、沈黙を貫いたまま何も言葉を発しようとはしなかった。
「バルフェンス、ミュラー、ウォルツロイ……。私が徹底的に反乱軍を潰すと言ったら、賛同してくれるかい?」
大柄の男は静かに、しかし怒りを孕んだ声でそう語った。
「もちろんです」
「うん!」
「……」
三者三様の反応を受けて大柄の男は何かを心に決めたのか、椅子から立ち上がった。
「金輪際、ナシェリーを王族だと見なすな。反乱の芽は、徹底的に摘み取らねばならん」
その日、氷の王国バチェルに、「反乱軍掃討令」が下されることとなった。反乱軍を名乗るもの、それに関わるもの、援助するもの、その如何に関わらず、全てを罰し場合によっては殺害もやむ無しとする、悪魔の如き命令であった。
作者のぜいろです!
あニキさんという方に、ウィンディ・デニウムのイラストを書いて頂いたので、彼女の登場シーンに挿絵を貼らせてもらいます!
登場シーンをご存知ないという方は、二つ前の話、【※】のマークがついたものをご覧下さい!素晴らしい再現度となっております!