雇われの鍛冶師
吹雪が支配する世界に、謎の人物によって転送されてしまったダリアとフィスタは、そこで一人の人物に出会う。
彼女は聖騎士専門の鍛治職人を名乗るウィンディ・デニウムという女性だった。
「貴方に見合った武器をお任せ!私は、聖騎士専門の鍛治職人ウィンディ!」
ウィンディさんは、動揺を隠しきれない俺達の前で、堂々とそう言い放ったのだった。
しかし、俺は見逃さなかった。ウィンディさんとの会話を優位に進めるための方法を。
「ウィンディさん、俺が先に質問するようで悪いんですけど、何で『聖騎士専門』を名乗っているのに俺達が聖騎士団じゃない事に安心したんですか?」
俺のその言葉はウィンディさんに確かにクリーンヒットしたようだった。彼女の額からは絵に描いたような冷や汗が流れ始め、人差し指同士を合わせるようなポーズを取ってウィンディさんは動揺していた。
「いやー、それはそのぉ……。色々、事情があるの!」
(誤魔化した……)
俺は心の中でそう思った。恐らくだが、フィスタも考えていることは同じだろう。俺の隣で薄い苦笑いを浮かべている。
「とりあえず君達の名前、聞かせてよ!私ばっかり自己紹介しててもつまんないでしょ?」
ウィンディさんはすぐに気持ちを切り替えたのか、椅子に座って俺達のことを見つめていた。
彼女は信頼出来る。というか、聖騎士団という言葉に見せた微妙な反応から、恐らく俺達の名前を伝えても問題は無いと思った。
そもそも、彼女は自分が聖騎士とは言っていない。あくまで鍛治職人と名乗っただけだ。ならば、俺達の事を知らない可能性は十分にある。
そう判断して、俺はそのまま自分の名を告げた。
「ダリア・ローレンスです。色々あって、獣王国エルドバから、ここまで来ました」
「えっと、フィスタ・アンドレアです!ここまで来た記憶は無いんですけど、ダリアさんと一緒に旅をしてます!」
「ふむふむ」
俺達の名前を真剣に聞いていたウィンディさん。さて、どう反応してくるか……。
「良い名前だね!」
この人はやっぱり信用出来る。そう、勝手に思った瞬間だった。
◇
「ウィンディさん、一つ聞いても良いですか?」
「私に答えられることなら、何でも良いよ!」
しばらくお互いの身の上話をして盛り上がった後、ウィンディさんにフィスタが言った。
「何がきっかけで鍛治職人をやられてるんですか?」
「きっかけ、かぁ……。簡単に言うと『一目惚れ』ってやつだね!」
「一目惚れ……?誰かを好きになったってことですか?」
「あー、いやいや。私はそういうのはパス。私が初めてこの世で美しいと感じたのは、一振の剣だったんだよ」
そう言ってウィンディさんは目を閉じて思い出話をする。
◇ ◇
私がまだ小さい頃、村の辺鄙な所に住んでいた一人の大人が居た。
彼は戦地で戦う傭兵のための武器を何本も生み出す、村きっての稼ぎ頭の鍛冶師だったんだ。
彼が振る槌が金属を叩く音は、村に一日中聞こえてた。住民もそれを尊敬していたし、私もその一人だった。
大人達には、集中を削いではいけないと言われて近づくことも出来なかったんだけど、ある日いてもたっても居られなくなった。
好奇心に身を任せて、私は気が付いたら彼の後ろに立っていた。
飛び散る火花に臆すること無く槌を振り下ろす。滴る汗も気にせず、私が入っていることにすら気が付かない程の極限の集中力を、彼は目の前に注いでいた。
そして私は、時間が経つのも忘れてその場所に居続けた。一通りの作業が終わったのか、彼がおもむろに立ち上がると、すぐに私に気がついた。
最初は邪険にされたり、追い出されるかと思って身構えたけど、彼は私を手招きして奥の部屋に連れて行ってくれた。
そこに並んでいたのは、彼が丹精込めて作り上げた武器の数々。暮れゆく日に照らされて光を放つ金属の美しさに、私は簡単に恋に落ちた。
それから彼は、私にすぐ近くで作業の様子を見せてくれるようになった。寡黙な人だったけど、私が疑問に思ったことには丁寧に何でも答えてくれた。
私はどんどんその世界の虜になっていった。自分が知らない世界の事を見聞きするのは、どんな風景よりも鮮やかに私を感動させた。
◇ ◇
「てなわけで、私はそれからずっとこの仕事を続けてるの。私が鍛冶師をやるのは、それが当たり前なの。私にとって全てなの。これでいい?」
ウィンディさんの目は、何の曇りもない真っ直ぐな目をしていた。俺は、ふとその目に、フォルリンクレーで出会った彼女の姿を重ねてしまった。
「理由は分かりました。でも、聖騎士専門である必要はどこにあったんですか?」
「そりゃあ勿論、この仕事で生きていくためってのが一つ。やりたい事だけやってても、いつかは限界が来るからね。もう一つは、聖騎士お抱えの鍛冶師には希少な鉱石を使った武器の作製依頼何かが降ってくることがある。私はそれを使って、私だけの武器を作り出したいの」
「真っ直ぐ、なんですね」
「何が?」
「心が、ですよ」
「なに、ダリア君から急に褒められても武器なんか作ってあげないよっ!私は世界連邦と協力してるんだから!」
ウィンディさんはそう言って俺をあしらったが、本気という訳ではなく、あくまで自分の立場から発言しているようだった。
「でも、私達が世界連邦と関係ないって分かった時、喜んでたのは何でですか?」
フィスタの鋭い質問に、ウィンディさんは顔を曇らせる。俺はすぐに、それが彼女にとってのアキレス腱であることに気が付いた。
「いやー、そのぉ……。今請け負ってる仕事を滞納しててさ……。でも僕のせいじゃないんだ!求めてる素材が中々手に入らないのが原因で!」
ウィンディさんは憂鬱な気持ちを晴らすかのような勢いでそう早口で語った。
「素材、ですか……?」
「そうなんだよ、フィスタちゃん!今作ってる武器にどうしても欲しい素材があるんだけど、それを占有してる奴らが居てね。そのせいで進捗は芳しく無いんだ……」
ウィンディさんは落ち込む様子を見せながら、ポケットからあるものを取り出した。
「これはその素材の一部さ。僕が持ってるコネを使って何とか少しは手に入れられたんだけど、これじゃあ全然足りないんだよ!」
彼女が俺達に見せた鉱石の形をしたそれは青い光を有しており、妖しい存在感を放っていた。
「綺麗……」
「分かるかい、この鉱石の美しさが!」
ウィンディさんはフィスタの手を握って必死にそう叫んだ。あまりの熱意に俺達が若干引いているのに気がついたのか、彼女は咳払いを一つして冷静さを保った。
「これは氷の王国バチェルでだけ発掘出来る『千年氷石』という鉱石なんだ。氷柱が長い年月をかけて幾重にも折り重なり、その中にようやく僅かに生み出される、まさに奇跡の石だ」
「それでウィンディさんはここに居るんですか?」
「あーいや、僕は元からここに居るよ。人と接するのが苦手でね。吹雪っていう自然の防壁が来る者を拒むから、うってつけなんだ」
「……なるほど」
口ではそう言ったが、ここまでのウィンディさんの態度を見ていると、人付き合いが苦手なタイプには思えない。いや、むしろテンションの違いに相手が着いていけないだけなのかもしれない。
「そこでなんだけど、君達にこの鉱石の採掘依頼をしてもいいかな?」
ウィンディさんは突然そう言い始めた。
「私はここでの作業がまだ残ってるし、聖騎士の人達の催促にも対応しなきゃいけない。それに、君達の実力はかなりあるとみた!」
彼女はそう言って息を切らしながら俺達の事を指差した。普段から聖騎士との繋がりがある彼女に実力を見込まれるのは嬉しいが、俺達には仲間との合流という最優先の事項がある。
「もちろんタダでとは言わないさ。ここから君達が目指しているファルハラムへの行き方を教えるのに加えて、それに君達用の武器を僕が作る、特別にね!」
ウィンディさんは俺達と正面から交渉するつもりのようだ。確かにファルハラムへ行かなければいけない、というかシンとシルバー、二人と再会するためには目的地であった雷の帝国に向かわなければいけないのは当然だった。
「ウィンディさんの好意は嬉しいんですが、俺達には仲間との合流っていう目的があって……」
「もちろん分かってるよ。でも、ここからファルハラムを目指すなら、氷の王国は避けては通れない。それにあの国は今、少しばかり厄介な状態でね……」
ウィンディさんはそう言って、俺達に氷の王国バチェルの事を話し始めた。
作者のぜいろです!
新章の氷の王国編、いかがでしょうか?肝心の氷の王国が全く出てきてないじゃないか、という批判もあるかもしれませんが、ウィンディというキャラクターは今後も重要になる人物なので、是非覚えておいていただけると幸いです!
よろしければ、いいね、ブクマ、評価、感想等お待ちしております!
評価は下の☆からできます!