急襲
獣王国エルドバを出立したダリア一行「黒の旅客」は、獣王バルダンからの勧めで、五大帝国の一つ「雷の帝国」ファルハラムを目指すことになる……
獣王国エルドバの首都を北に行くと、かつて先人達が暮らしたと言われる遺跡群がある。はるか昔、それこそ古代悪魔ラグドゥル・フォン・ソロキオットによって統治がなされていた時代の遺物である。
その場所には過去の文明が見受けられ、確かにそこに息づいていた者達の気配が感じられる。
◇
「そう言えばシルバー、山脈がどうこう言ってなかったか?」
俺達の中で一番土地勘があるシルバーの先導の元、俺達はバルダンさんに示された次の目的地、五大帝国の一つ「雷の帝国」ファルハラムを目指していた。
「ああ、デスグーン山脈っていう世界最高峰の山々が連なる山脈があってな。ファルハラムはそこに囲まれてる。強風で空路は潰されてるから、何とかして陸路で山脈を抜けなきゃならねぇ」
シルバーはそう言って目の前にある山々を指差した。
山々には冬でもないのに真っ白な雪が降り積もり、雲によって山頂が遮られるほどの高さを誇るそれらは、悠然と自然の厳しさを俺達に伝えていた。
「今の格好のままじゃ間違いなく凍死する。麓にはファルハラムに行くための装備を売ってくれる街があるから、まずはそこに行くべきだな」
「シルバーさん、詳しいんですね……」
「エルドバは水の帝国サドムが一番の交流国だが、雷の帝国とも地理上は近いからな。護衛騎士達は訓練のためにあの山を越えて行くこともあるんだよ」
シルバーの様子は、エルドバと出た時とはかなり違い、冷静だった。トルファンさんが言っていた加護によるものかは分からないが、感情に左右されやすいのだろうか。
「確かに、俺達も山を越えることは想定してなかったからな……。シルバー、そこまで案内してもらえるか?」
「それは良いけどよ……」
シルバーはそう言ってフィスタの方を見る。
「仮に装備を整えたとしても、鍛えてない奴が越えれるような山脈じゃねえぞ?ダリア、それにシンって言ったか。お前らは大丈夫かも知れねぇが、そこの女はどうする」
「俺が運ぶ。行ける所までは自分で行って貰うけどな」
「シンさん……」
シンはシルバーの問いかけに対して、フィスタを運ぶ役を買って出た。それは間違いなく大変な役回りであることを、シン自身自覚しているはずだった。
「ならいいけどよ。俺はいつでも変わる、厳しいって判断したら直ぐに言ってくれ」
「……お、おう」
デスグーン山脈の厳しさからか、単なる優しさか。どちらかは分からないが、シルバーは俺達に優しさを向けてくれているようだ。
「……仲間、だからな」
噛み締めるようにそう言ったシルバーの独り言を、俺は聞き逃さなかった。
「ふふっ……」
「あ?何がおかしいんだよ」
「いや、シルバーもそう思ってくれてて嬉しいなって……」
俺の正直な言葉に影響されたのか、シルバーは少し怒り気味に返してきた。ただ、頬が赤らんでいるように見えるのは気のせいだろうか?
「あれ、仲間って二人じゃなかったの?」
その時、声が聞こえた。発した者が誰なのかは瞬時には分からなかったが、俺の中のラグドゥルが反射的に気が付いていた。
「確カニ、三人居ルナ……」
近くにある遺跡群の一番高い所。そこに居る二人の人物が俺たちのことを見下ろしていた。
白髪で俺よりも幼く見える少年と、全身を黒いマントで覆った鉄製の仮面の人物。その異様さは、言うまでもなかった。
「誰だ、お前ら」
「知り合い、じゃ無さそうだな」
シンとシルバーはほぼ同時に臨戦態勢を取る。俺はフィスタを自分の体の後ろに隠すようにして、同じく臨戦態勢をとった。
「遅い」
白髪の少年が呟く。その目はまるで興味の無い生物を見るような、冷徹さに満ちていた。
「敵だって認識してから今の状態になるまで5秒くらい……。悪いけど、本来だったら10回は死んでるよ、君達」
その少年の放つ圧力は、今まで出会ってきた実力者と同じ程の気配を持ちつつ、そのどれよりも殺気に溢れていた。
「なんだ、あいつ……!」
「さぁな。ただ、間違いなく強ぇ」
シンとシルバーの額には冷や汗が浮かび、俺と同じことを考えているようだった。
「君達に用は無いよ。僕が話したいのはダリアだけだ」
目の前の少年はそう言った。それと同時に、怒りを押えていたシンとシルバーの二人が、それに向かって最短で近づく。
「調子乗ってんじゃねえぞ、チビッ!」
「おらあっ!」
情動 怒髪天!
攻撃特化80%!
二人が少年に向かって攻撃しようとした瞬間、彼の後ろに控えていた黒いマントを羽織った人物が、シンとシルバーの前に立ち塞がっていた。
「邪魔ヲ、スルナ」
その人物はマントを、二人を覆うようにして広げた。その瞬間だった。マントが風になびいて揺れたかと思うと、シンとシルバーの姿は忽然と消えてしまっていた。
「……!?」
「シンさん……?シルバーさん……?」
呆気に取られる俺とフィスタを前に、少年はいたって冷静に話した。
「これで邪魔者は居なくなったね、ダリア。さあ、話をしようじゃないか」
「……待て、二人をどうしたんだ!」
シンとシルバーが消えたことを無かった事にしようとする少年に、俺はそう尋ねた。
「心配しなくても死んでないよ。ただ、ちょっと遠い所に送っただけさ」
少年はそう言って笑うと、遺跡群の高所から飛び降り、俺とフィスタの目の前に立った。
「初めまして、ダリア・ローレンス。俺は『ユダ・ノートン』。君と同じ、悪魔の依代さ」
その言葉によって、俺の意識は半分ラグドゥルに持っていかれることになる。彼女が急に出てきたという事は、焦りを覚えているのだろう。
「貴方、ハローなのね」
「あぁ、やっぱりラグドゥルさんだ」
ユダと名乗った少年の目は黄緑色に光り始め、俺の中のラグドゥルと会話し始める。
「この時代に生まれて、何をするつもり」
「そっちこそ、性懲りも無く鬼ごっこしたいわけ?」
「看過できない所業ばかりやっていた貴方しか知らないから、当然ね」
「ふーん、それにしては不完全な子を依代に選んだんだね」
ユダ、もとい古代悪魔「ハロー」と呼ばれた少年は、俺の目を見つめてくる。
「私の目に狂いは無い。いずれ貴方を完全に殺すわ、私とこの子がね」
「それは楽しみだね。ここでやってもどうせケリなんかつかないし、僕帰るね。ラグドゥルさんが予想通り今の時代に来てる事も分かったし、とりあえず十分かな」
「待て、この子の仲間をどこにやった」
「さあ?移動させたのは僕じゃないし、マシャールに聞いてみたら?まあ、同じ所に飛ばしてくれるとは限らないけどね」
それを聞いて俺は、ユダの後ろに控えている、マシャールと呼ばれた仮面の人物を見た。
「……ユダ、ドウスルノガ正解ダ?」
「さあ?とりあえず適当な場所にでも飛ばせば?ラグドゥルさんに追われるの、意外とめんどくさいんだよね」
「分カッタ」
そう言って、マシャールはラグドゥル、そして後ろに居たフィスタごと黒いマントで体を包み込んだ。
遠のいていく少年が、「今は、さよなら」とだけ言葉を発したのが聞こえた。
◇ ◇ ◇
自分の体も見えない程の闇が広がり、そしてそれが薄れていく感覚。視界が戻る頃には、肌を突き刺すような寒さがそこにはあった。
「……フィスタ!」
俺は正気を取り戻し、直ぐに後ろに居たはずのフィスタの身を案じた。そこにはフィスタが倒れており、地面には雪が積もっていた。
辺りを見渡すが、吹雪が吹いており周りに何があるのかさえ簡単に見通すことが出来ない。
闇纏 黒包
俺はまだ意識を取り戻さないフィスタを、自分自身の能力で包み込み、最低限の体温を維持させた。
「どこだ、ここ……」
降り積もる雪と、視界を遮る白銀の風。仲間と離れたうえ、俺とフィスタは銀世界に取り残されていた。
第5章 白銀の章 『氷の王国編』 開幕
作者のぜいろです!
ダリア達が分断され、第5章は二つの場所で展開されていきます!白銀の章は、ダリアとフィスタ。もう一つの章はシンとシルバーの話になります。
いきなり急展開が訪れ、困惑している方も多いでしょうが、今後のストーリーを是非追っていただければ、と思います!
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