黒の旅客
フォルリンクレーとエルドバの抗争が残した傷は次第に復興し、俺達が旅立つ日には元の街並みに随分と戻っていた。
「シン、体は大丈夫そう?」
「あぁ、長いこと動いてねぇからなまっちまったな、こりゃ」
エルドバの医者から絶対安静を言い渡されていたシンも傷が完治し、ようやく俺達の旅を再開する時が来たようだった。
「……」
「どうしたの、フィスタ?」
「いや、あの怖い顔をしたオオカミさんはどこだろう、と思って……」
フィスタは俺の後ろに隠れるようにして、顔だけを出した姿をしていた。辺りをキョロキョロと見渡し、人探しをしているようだった。
「確かにあの時以来見てねぇな、あの獣人」
シンもフィスタに続いて辺りを見渡すが、そこには至って平和な日々を送る人々の姿しか映らない。
その時、遠くの方で大声が聞こえた。
「おいシルバー、逃げるなっ!」
「やってられっかアホッ!」
そこに居たのは、鬼のような形相をしたライオンの獣人トルファンさんに追いかけられる、オオカミの獣人シルバーの姿であった。
「……あっ、おいお前ら!」
シルバーはこちらに気が付いた様子で一心不乱に走ってくる。
「こ、こっちに来てますよ!」
フィスタは怯えた表情で俺の服を懸命に掴んでいる。皮膚まで握りこんでいるのか、すごく痛い。
「ダリア君、そいつを捕まえてくれ!」
「邪魔すんじゃねぇっ!」
トルファンさんとシルバーの両方からの言葉に俺は困惑したが、ここはトルファンさんの意志に従っておくことにした。
黒縛
俺は目の前を通り過ぎようとしたシルバーの肩に軽く触れた。その瞬間に黒い糸の様なものがシルバーの身体中に巻き付き、すぐに身動きを封じてしまった。
「おい、何すんだテメェ!」
「あ、えっと……ごめんね?」
「謝る前にこれ解けや!」
シルバーの怒り狂った表情に俺は押されそうになったが、その態度はトルファンさんが追いついたのを見て急変する。
「何回逃げれば気が済むんだ、お前は……」
「あんたの教育がスパルタだからだよ!」
「それも今日で終わりだ、シルバー」
「は……?」
シルバーは突然の出来事に驚いている。まあ流石に、俺でも同じ反応をするだろう、とは思ったが。
「彼らの旅の仕度が出来次第、お前もそこについて行くんだ。だから、俺が面倒を見る期間は終わりだ」
「マジかよ!」
シルバーは先程の態度までとは一転、満面の笑みでトルファンさんを見つめた。その瞬間に俺の能力で縛られていたはずのシルバーは、いつの間にかトルファンさんの方へと近付いていた。
「えっ……?」
俺は何が起こったのか咄嗟には理解出来ず、自分の手を見る。いや、能力は確かに機能している。じゃあ何故……。
「加護をむやみに使うな、馬鹿者」
「痛ぇっ!」
トルファンさんからの愛の拳を頭でもろに受けたシルバーは、その場に倒れ込んだ。
「こいつの加護は、『激情の加護』と言ってな。名前の通り、シルバーの感情によって様々な恩恵を受けられるんだが、我から離れられるのがよっぽど嬉しかったようだな」
「激情?」
シンはそう呟いて、気を失っているシルバーの顔を覗き込む。まるで酒にでも酔っているかのように赤面した頬と、ニヤけた口は、確かに俺達の知っているシルバーの表情とは異なっていた。
「まあ、こいつには色々と手を焼くだろうが、いざとなれば緊箍もある。せいぜいこき使ってやってくれ」
「……は、はい」
トルファンさんは呆れた表情でシルバーを立たせると、その頬に思いっ切り平手打ちを見舞った。周囲に音が反響する程の凄まじい威力は、見ているだけで冷や汗が垂れてくるほどだ。
「はぁ、まったく……。我はシルバーを連れて先に北の関所に行っている。君達も旅支度を済ませて向かってくれ」
「分かりました」
トルファンさんは俺達にそう言って、シルバーを引きずりながら北の関所の方へと歩いていった。
「あいつも加護持ちなのか」
シンはシルバーの方を見ながらそう言った。その目は好戦的であり、何となく考えていることは分かった。
「経緯はどうあれ、これからは仲間なんだから喧嘩しちゃダメだよ?」
「シンさんは短気ですからね、子供みたいに」
「あ、今何か言ったか?」
「気のせいじゃ無いですか?」
シンとフィスタは相変わらずだ。とりあえず二人とも元気そうでなによりだが。
「支度をしようか。また長い旅になりそうだからな」
「はーい!」
「あぁ」
そう言って俺達は、新しい旅のために荷物をまとめて置いてある宿場街へと向かった。
ー エルドバ王城内 ー
「バルダン様、これを」
鷲の獣人キエルは、一枚の紙を獣王バルダンに対して見せた。その内容に目を通した彼は、軽く頭を抱える。
「やはり、そうなったか……。彼らには悪いが、我々も世界連邦の加盟国としての立場がある。国を救ってもらっておいてなんだが、次の目的地へと旅立って貰う他あるまい」
バルダンは悔しさを前面に出しながら、紙をキエルに返す。
「彼らが、国際的に指名手配を受けることになるとは……」
その紙に書いてあったのは、ダリアとその仲間達、総じて「黒の旅客」と呼ばれる若者達に対する指名手配であった。
その大義名分としては、大罪人であるダリアと思想を同じにして行動しているという点、そして現在も捕縛されておらず足がかりが掴めていないという点が挙げられていた。
それに加えて、水の帝国で罪人とされ亡命した過去があるシン、一族として故郷を追われミスティアへと辿り着いたフィスタの事まで、ある程度詳細に記述してあったのだ。
「彼らには?」
「まだ伝えておりません。本日エルドバを出立するとの事ですので、そこで」
「そうか」
バルダンは椅子から立ち上がり、窓から外の景色を見つめた。
「ラグドゥル様、ハピナス様……貴方がたは彼に茨の道を進めと仰るのですか」
バルダンは二人の人物を思い起こしながら、そう考えた。ダリア・ローレンス、彼にのしかかる運命はあまりにも重すぎる。まるで誰かがその道に落としたような、暗く、希望の無い道。
その中でもがく彼は、世界に何をもたらすのか。せめてその時、手を差し伸べる事が出来る味方でありたい、そう思った。
「我々は、彼らの背中を押す者で無ければならない。知り合って間もない我々の国を助けてくれたことは、語り継ぐべき功績だ」
バルダンの言葉に、三人の近衛騎士はそれぞれに頷いた。ダリア、シン、フィスタ、彼らのフォルリンクレーでの戦いは、確かにエルドバに何かを残して行った。
人と獣が交わる国で、今日も人々は日々を過ごす。争いの傷も、癒えぬ人間への想いもあるだろう。それでもこの国は、確かに変わるのだ。
生きとし生けるものの価値を、見つけるために。
作者のぜいろです!
第4章はそろそろ終了しますが、第5章の構成が段々と固まってきました!正直言って、今までの章で一番ダリア達に困難が待ち受ける章となっております……。
そんな第5章の開始は来週月曜日、11月28日を予定しておりますので、よろしければブクマなどして楽しみに待っていただけていると幸いです。
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