生まれ変わる国
ファファイニーとの圧倒的な実力差に動揺しながらも必死の抵抗を行うシルバーだったが、ついぞファファイニーに触れることすら叶わなかった。
怒りに満ちたファファイニーからの攻撃によってトドメを刺されることを覚悟したシルバーだったが、それを止めたのは元エルドバ騎士のトルファンであった。
ファファイニーはトルファンを相手取る事を嫌い、その場を離れる。そしてトルファンはシルバーを連れてエルドバへと帰来する。
フォルリンクレーがエルドバに侵攻することを契機として起こった事件は、エルドバの護衛騎士達、そしてダリアらによって終結を迎えた。
エルドバ内で撒かれたウイルスである屍人は、特効薬が無いために一時的な隔離措置が行われることとなった。
同時にエルドバ国内では、特に被害の大きかった護衛団支部の復旧が最優先事項とされ、殆どの護衛騎士が動員された。
フォルリンクレーでの戦いを終えたダリア達の元には、鷲の獣人キエルが偵察に赴き、一部始終を知ることになる。大広場での殺戮の衝撃、被害は大きく、残されたフォルリンクレーの国民達はエルドバへと住処を移した。
それらの手続きはキエルやリュドらの近衛騎士たちを主体として行われ、傷を負った両国は共に復興へと舵を切っていた。
「いてっ!」
「シンさん動いちゃダメですよ!」
「この塗り薬ありえないくらい染みるんだよ!……痛ぇっ!」
俺達の中で一番傷を負っていたのはシンだった。七色の魔女との戦いに加え、超人的な力の代償によって全治までは少しかかるようだ。酷い筋肉痛のようなものだとシンは言っていた。
「うーん、早く見積もって1週間って所かな?筋繊維が随分酷使されてるみたいだから、安静にするんだよ」
シンの治療をしてくれた羊の獣人の医者はそう言って俺達の居る部屋を出ていった。
「シンさん、安静の意味分かってますよね?」
「分かってるに決まってるだろ、馬鹿」
「シンさんにだけは馬鹿って言われたくないですぅ!」
「おっと、馬鹿な奴は自分がそうだって自覚することすら難しいらしいな」
「はー?だったらシンさんもそうですから!」
「2人とも落ち着いて……」
フィスタとシンはいつも通りのようだ。むしろ戦いを乗り越えた後の方が仲良くなっている気もする。
「シン、色々ありすぎて聞くタイミングが無かったんだけど、そこまで体に負担がかかるような事したのか?」
俺は純粋に気になった事をシンに尋ねた。戦いが終わってからのシンは何かを俺に黙っているような気がしてならなかったからだ。
「あー、なんて説明したらいいんだろうな……。簡単に言うと、俺の血筋が特殊なものらしくてな。それの影響で、何かのきっかけで身体能力が上がるみたいなんだ」
「『加護』とは別ってこと?」
「あぁ。加護を使ってる時は意識的に分かるんだよ。そもそも俺の中にコップみたいなもんがあって、それの中に入ってる『能力値』の液体の量を調節してる、みたいな感じでさ」
「へー、そうなってたんだ」
「あの時のシンさんの姿は忘れませんよ!目に三日月の模様が出てて、びっくりしました!」
「あぁ、らしいな。って言っても、俺は至っていつも通りにしか感じなかったんだけどな。ただ、動こうとしたら体の中心からエネルギーが溢れだしてくるような感覚っていうか……」
「俺と同じ感じだね。自分で制御しきれないところとか」
「まあ、そういうことだな」
シンが目覚めた謎の力。その正体については俺達だけで考えても答えは出なさそうだった。
バルダンさんやキエルさんにも聞いてみたが、二人もその血筋とやらは知らないようだった。
「入るぞ、旅の者」
俺達三人がシンの居る病室で話し込んでいると、ドアを開けてある人物が入ってきた。
その姿を見た瞬間に、俺達は圧倒的な実力を感じ取る。
「そう警戒しなくていい。我はただ、国を救ってくれた恩人達と少し話がしたいだけだ」
そこに現れたのは、白い体毛に包まれたライオンの獣人。俺達の様子だけで何かを察したのか、直ぐに詫びを入れた。
「貴方は……?」
「我はトルファン。元はエルドバの護衛騎士をやっていた。今は世界連邦に引き抜かれて中枢の警護に当たっている者だ」
「もしかして貴方が位階2位の……?」
「そうだ。リュドやキエルが世話になった様だな」
トルファンさんはそう言うと、ドアの外に出ていき、ある人物の首根っこを捕まえた状態で戻ってきた。
「離せや、おい!」
「静かにしろ」
そこにあったのは、またもや見ただけで強いと分かる獣人の姿だった。銀色の毛並みを持ったオオカミの身なりをしている彼は、トルファンさんに掴まれて暴れている。
「こいつはシルバー。君達も耳にしたかも知れないが、魔導王朝の大使を殺した阿呆だ。此度の侵攻では多少役に立ったようだが、こいつの罪はそう簡単には消えん。もし良ければ、君達の旅に着いて行かせてくれないか?」
「……えぇっ?」
あまりに突然の出来事に、俺達は勿論、シルバーと呼ばれた本人も驚きを隠せない様子だ。
「突然の事で申し訳ない。シルバーは先代獣王の息子で強さも申し分ないのだが、いささかこの国には手に余る。それに、国を背負って立つ存在になるためにはまだ鍛錬が足らぬと判断した」
「勝手な事言ってんじゃねぇよ!……それに、誰だよこいつら!」
「黙れ、また牢屋に戻りたいのか?」
「……!」
トルファンさんの一言で、シルバーと呼ばれたオオカミの獣人は途端に大人しくなった。牢屋に入っていた人物。キャッツさんやキエルさんが話していた獣人で間違いなのだろう。
「何となく言いたいことは分かった。でも、何で俺達と一緒なんだ?」
シンの疑問は当然のものだ。俺達の旅は明確な行先も決まっていないのだから、そこに合流すると言っても簡単では無いだろう。
「……これを言うのは君達を脅すようで申し訳ないのだが、我は『執行人』と呼ばれる職に就いている」
トルファンさんが放ったその一言に、俺とシンは反応する。砂の王国ザバンで出会ったネルト・アンバーセン。彼女が自分を名乗った時に使っていた言葉だ。
「本来ならば君達、特にダリア、君と敵対する身だ。だが、私には祖国を救って貰った恩がある。つまりは、シルバーを引き取って貰うことで君達に対しての職務の遂行を見逃す、という条件を付けたい」
トルファンさんの目は本気だった。きっと今の俺達が抵抗しても簡単に取り押さえられてしまう程の実力があるのは間違いないだろう。
「それに、多少の枷は用意している」
「枷……?」
トルファンさんはそう言うと、懐から首輪のようなものを取りだし、大人しくしているシルバーの首元にそれを着けた。
「……は?」
シルバー自身も困惑しているが、首に着いたそれの正体に気がついたのか、冷や汗を流している。
「おい、トルファン!テメェ……!」
「これは『緊箍』という代物で、付けた本人が主人に逆らう動きを見せた時に絞め殺すための道具だ。君達が主人として認識されているから、シルバーが不審な動きをしても問題ない」
「え……」
俺達はその光景に絶句する。驚きを通り越してシルバーに同情してしまう程に。
「シルバー、それを外せるのは我だけだ。いずれお前がエルドバを率いるのに相応しい男になった時、それを取ってやろう」
「冗談じゃ……!」
そう言ってシルバーがトルファンに掴みかかろうとした時、緊箍が強く締まり、シルバーはその場で力なく倒れた。
「勿論俺のことも主人として設定してある。お前に残された道は牢屋に入るか、彼らに着いていく事だけだ」
「クソ……野郎……!」
トルファンさんはシルバーを肩に担ぐと、俺達に背を向けた。
「君達がこの国を出発する時、我がこいつを連れていく。どうか君達の旅に帯同させて欲しい」
「……はい」
俺はそう返事するしか選択肢が無いだろうことを察した。それに、あのままだとシルバーがあまりにも可哀想だ。
かくして俺達の旅のメンバーに、エルドバの騎士「シルバー」が加わることとなった。まだ彼の事をよく知らないが、これからきっと分かっていくことだろう。
国は再び前を向いて動き出そうとしている。ならば、俺達も次の目標に向かって歩き出すべきだ。俺の知らない世界を解き明かすためにも。
第4章
獣の王国と魔導王朝編
ー生きとし生けるものの価値ー 終
作者のぜいろです!
長いこと続いてきた第4章「獣の王国と魔導王朝編」が終結致しました!とは言っても、途中に挟んだ十帝会議の話と、これからの行先の話が残されておりますので、後4.5話ほど第4章は続きます。本編のストーリー的には区切りがついた、と表現した方が良いでしょうか。
現在は第5章の構想を練るために時間を使っておりますが、今の所4章に負けず劣らずのストーリーを考えておりますので、是非ご期待ください!
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