夜が訪れる 【※】
自らが付与してきた力を吸収し、完全体へと姿を変えたクラリア。
全ての力を結集した彼女の攻撃をいなし、ダリアは彼女に対してトドメの一撃を叩き込む。
一連の騒動の黒幕であったクラリアを倒したダリアだったが、まだエルドバから脅威は去っていなかった……。
人間に根源的恐怖を与えるもの。それは時に「死」と呼ばれ、「飢餓」とされ、「疫災」とされ、「戦争」とされ……。人々はそれら全てに畏怖してきた。抗うことの出来ない象徴として、禍々しい悪魔達にその名前を与えてきた。
だが、それにも劣らぬ恐怖が存在する。
それは闇。視界を封じ、五感に作用するその状況は、少なからず人を恐怖に陥れる。
エルドバとフォルリンクレー。明るい未来、夜明けが待つこの国々に、突如としてそれは襲い来る。
ー エルドバ 護衛団本部前 ー
「……!?」
「なんじゃあ?」
ダスクの遺した光を追ったシルバーを見送った鷲の獣人キエルと、ゴリラの獣人ドーフは、突然訪れたその現象に困惑する。
「これは……夜?」
「さっきまで昼だったやろうが!」
「しかし自分の目を疑えと言うのか……?それにしてはあまりにも……」
二人を襲った違和感は、当然他の場所でも同じように生起する。
ー エルドバ王城内 ー
「バルダン様、これは……」
「……紛れもない」
現エルドバ国王バルダンと、その護衛として近くに居たバファローの獣人リュドは、キエルやドーフと同じ現象を感じ取っていた。
「加護、によるものでしょうか」
「こんな馬鹿げたことが出来るものなのか?」
「私にはさっぱりでして……」
ー フォルリンクレー 大広場 ー
「え……」
フィスタは突然訪れた夜に対して、焦りを抱くことしか出来なかった。しかし自身の目の前には意識を失ったシンがおり、その場に居続ける事を余儀なくされた。
「何が起こってるの……?」
ー 魔女の塔 跡地 ー
「夜……?なんでいきなり……」
魔導王朝の女王、クラリア・アナーキーを倒したダリアは、当然同じ反応を見せる。
「ラグドゥル、聞こえるか?」
「えぇ、主人。随分とイカれた加護の持ち主が居るようですね……」
ダリアの呼び掛けに応じ、彼の中のラグドゥルは即座に反応を見せる。
「これも、加護なのか?」
「私の知る範囲で該当する力はありませんが、少なくともそうでしょう。それも、相当な手練れ」
「この状況でか……!」
黒衣天蓋による一時的な身体能力の向上と、ラグドゥルとの同期。ダリアの体にはとっくに想像以上の負荷がかかっていた。
「心配には及びませんよ」
「なんでだ?」
「既に、然るべき者が向かっているようです」
「然るべき、者……?」
「さぁ、主人は気にせずに戻りましょう。どうやら向こうも決着が着いたようですから」
「あぁ、お前が言うならそうさせてもらうよ」
そこで、ラグドゥルとの同期は途切れた。彼女の言う「然るべき者」という言葉の意味は分からないが、俺の知らないことを幾らでも把握している奴だ。きっと意味があるのだろう。
ー エルドバとフォルリンクレーの国境付近の森ー
「……へぇ」
岩に腰掛けたまま、猫耳のフードがついたブカブカの服を羽織った男は感嘆した。
「ファファイニーさん、こいつ強いですよ……!」
「みたいだね。聖騎士であるジェバーセン相手にここまでやるなんて、ただの獣人じゃないみてぇだな」
不敵に笑って戦況を見つめるのは、世界の維持を図る聖騎士の中でも選りすぐりの七人、曰く『帝下七剣』の一人、『怠惰』のファファイニー、であった。
それに相対するのは、復讐に燃える一匹の狼。怒りの感情が毛の逆立ちに表れていた。
「テメェらが黒幕か……?」
怒髪天を身に纏うエルドバ護衛騎士の一人、シルバーは聖騎士ジェバーセンを相手取っておきながら、有利な状況に持ち込んでいた。
「黒幕……?何の事だ」
ジェバーセンはシルバーからの問いかけに素直に答える。それもそのはずだ。彼に女王クラリアとの繋がりは一切無いのだから。
「この際どうでもいい……。憂さ晴らしに付き合えやっ!」
シルバーは鋭利な爪を剥き出しにして、笑みを見せる。血に飢えた獣のようなその光景は、夜空に照らされたその姿は、人間のものへと徐々に近づいていた。
真獣化
「……なんだ、その姿は!?」
ジェバーセンは突然の事態に驚く。獣人という存在自体彼にとって無縁のものだった上に、人間に近い姿へと変貌したのだから無理もない。
「獣人にとっての奥の手みたいなもんさ。知り合いがやってるのを見た事がある。気を付けなよジェバーセン、さっきまでとは比にならねぇから」
ファファイニーの忠告も虚しく、シルバーは既にジェバーセンの腹部を蹴り抜いていた。
「ぐはっ……!」
「余所見してる場合かよ!」
シルバーの怒涛の連撃がジェバーセンに襲いかかる。その威力によって飛ばされた先に、シルバーはそれよりも速く移動する。それを繰り返し、徐々にジェバーセンの息は絶え絶えになっていく。
「あららー……ボロボロじゃん」
シルバーが動きを止めた時にはジェバーセンの体は切り刻まれ、血が垂れている状態だった。それを見てか、ようやくファファイニーは重い腰をあげる。
「休んでなよ、ジェバーセン」
「遅いですよ、貴方はいつも……」
ジェバーセンは剣を鞘に収め、戦いの場をファファイニーに譲る。シルバーはそれを見ていながらも、動き出すことが出来なかった。
(なんだ、こいつは……。こんななりで、明らかに今の奴より圧倒的に強ぇ)
強者のみが感じることの出来るオーラ、とでも呼ぶべき何かをシルバーはファファイニーから感じ取っていた。
帝下七剣 ー『怠惰』のファファイニー ー
10歳という異例の年齢で「風の帝国」リカネルにある聖騎士養成学校を卒業。
その後、「雲の王国」フラウン直下の聖騎士となり、3年間に渡り、たった一人で王国に降りかかる災時を振り払う。その功績が認められ、「炎の帝国」アルカラの筆頭騎士として配属された。
世界に名だたる犯罪者の捕獲、遂行した任務の難易度の高さ、そしてその多さから正式に「帝下七剣」として任命されることとなる。
ただし、自身の快楽や暇潰しのためならば被害がどれだけ出ようと気にしない性格、そして興味のない任務の放棄などは悪く評価されている。奇しくも「怠惰」の名前にふさわしい人物となってしまっている。
「次はテメェが相手かよっ!」
シルバーは目の前のファファイニーの実力を測るため、そして自分の中に生まれた恐怖を拭うためにも、攻撃を仕掛けるしか無かったのだ。
しかし、シルバーは攻撃がファファイニーに届くかと感じた瞬間、違和感を感じた。
見つめられていた。フードで隠されたその目に、確かにシルバーは捕らえられていたのだ。
「遊ぼうよ、ワンちゃん」
失楽園
ファファイニーに届く寸前で、シルバーの手は停止する。何かに拒まれている、その感触だけがシルバーには伝わっていた。
作者のぜいろです!
遂に対峙した帝下七剣のファファイニーとエルドバ護衛騎士シルバー。2人の戦いにぜひご注目を!
今回の挿絵を書いてくださったのは「あさり」さんです!ありがとうございます!
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