命の価値 ep.9 「紅い目」の一族
シン、フィスタとの対峙の最中、突然正気を乱す「緑の魔女」グリム。それは、エルドバで起きた「黒の魔女」ダスクの敗北に起因する、洗脳の解除によるものだった。
元からポルトとダスクに否定的な意見を持っていたグリムは、大広場で起きた惨劇についてポルトを糾弾する。
しかしポルトはその心さえ利用するかのように、グリムをその身に取り込んでしまう。
シンとフィスタは覚悟を決めた。ダリアの隣に並べるだけの強さを、二人に着いていくための自分なりの戦い方を、それぞれに。
「フィスタ、悪ぃが俺は正面突破以外の方法を知らねぇ。着いてこれるか?」
「無理って言っても行くんですよね、シンさんは!」
「よく分かってんじゃねぇかっ!」
攻撃特化50%
速度特化50%
シンの目は赤色と青色に光り、手に持った剣を真っ直ぐ「緑の魔女」グリムを取り込んだ「紫の魔女」ポルトへと向ける。
「行くぞ!」
「はい!」
シンは宣言通り、ポルトへの最短距離を辿る。逃げる、守る、躱すといった行動の選択肢を全て除外したシンにとっての最善手であった。
「一度攻撃を防いだくらいで、随分と短絡的な作戦ね……!手数がこれ以上増えないとでも思ってるの?」
ポルトが再び地面に手を着くと、背中から生えている植物よりも、より鋭利に、そしてより多く枝分かれした植物を生やす。それらはまるで自我を持っているかのようにウネウネと動く。
「防げるものなら防いでみなさい!」
千毒手
地面から生やされた植物、そしてポルトの背中から伸びた植物はそれぞれ、正面から向かってくるシンとフィスタに焦点を合わせる。
ポルトが合図を送った瞬間、それらの植物は同時に、そして一点に目掛けて突き進んでいく。
「守ります!」
フィスタは先程と同じ様に、自分の加護の力を信頼して「水の円環」を発動させる。水の紋様が空中に浮かび上がり、ポルトの攻撃を迎え撃つ体勢を整える。
しかし物体の性質では、同時にかかる圧力の場合多面的な圧力よりも一点に集中させた圧力の方が破壊力が大きい。先程の植物による攻撃は複数の方向からの攻撃であったため、その威力が分散していたのだ。
つまり一点に集中された攻撃は、先程と同じ手段では防ぐことが出来ない、と考えられるのだ。
バリィィィンッ!
その結果、フィスタの作り出した水の盾は、ポルトの攻撃によって破壊されることとなる。
「え……」
戦場における一瞬の思考停止。先程の成功体験が、フィスタに過剰な自信と油断を与えたのは、言うまでもない。
「甘いんだよっ!」
しかしフィスタのバリアを突き抜けたポルトの攻撃を、シンはすぐさま切り落としていた。
「攻撃も甘ぇ、盾も甘ぇ!フィスタ、1回失敗したら終わりじゃねぇだろ!少なくともさっきは上手く行ったんだ。お前のミスは、俺がカバーする。だから、お前は俺と自分を信じて動け!」
自信は一度失ってしまえば簡単には戻らない。シンはその事を誰よりも強く理解していた。
ザバンでのアゴンとの戦い、ミスティアでの魔獣に対する優越。それらを打ち砕かれた「ラグドゥル」との一瞬にも満たない接触。
シンは自信を取り戻すために自分を鼓舞し、課題を与えた。エルドバでリュドを相手取ったのも、ダリアを先に行かせるために大広場に残ったのも、結局は自己満足でしか無いのかもしれない、と薄々シンは感じていた。
しかし、フィスタはその壁を今越えようとしている。ならば、それを助け自分の成長に繋げる。シンはこの場において誰よりも貪欲に、真剣に自身と、そして相手と対峙していた。
その瞬間、速度特化を自身にかけているはずのシンの両目が赤く輝き出す。瞳孔はまるで月のような形となり、妖しい気配を漂い始める。
「……?」
シンは自分自身の身に起きた変化を感じ取っていた。体全体から湧き上がるマグマの如き爆発的なエネルギーが、全身を包み込んでいく。
シンはその感覚を思い出していた。ザバンでアゴンと戦った際に起こった変化、それまでの自分を越えていくような感触。それは、一時的な気の迷いなどでは無いことを、シンは察していた。
「シンさん……?」
自分の手を見て立ち止まるシンにフィスタは違和感を覚える。しかしそれは単にその行動がおかしいというものではなく、シン自体が「別の」何かすら思える程の気配を感じとったからであった。
「なんだか分からねぇけど、力が身体中から溢れてくるみてぇだ……」
シンがそう言ってフィスタの方を振り返ると、その目を見たフィスタは当然のように驚いた反応を見せる。
「え、なんですかその目!」
「目……?」
「月のマークみたいになってますよ、シンさん!」
「月、だと?」
シンはこの場で自分の状態を把握出来ないことに若干モヤつきを感じたが、優先すべきは相対するポルトであることを思い出す。
「とりあえず今は後回しだ!」
そう言ってシンはポルトの方へと向かって再び動き出す。しかし、その瞬間感じたあまりの抑えきれない力は、シンの想定を大きく上回っていた。
瞬きの間、と書いて瞬間と読むが、実際人間が瞬きをするのは時間にして約0.1秒から0.15秒。その間に見逃す日常の風景は、本来ならば誤差の範囲内だろう。
だが、ポルトはその一瞬で確かに両目で捉えていたはずのシンの姿を見失った。
「何……!」
その事に気がついた時には、既に遅かった。本人ですら制御出来ないほどの超人的なスピード。シンはとっくにポルトの裏を取っていたのだ。
ザシュッ!……ボトン
何かが切れた音。そしてその何かが地面に落ちる音が聞こえる。ポルトはそれが、自らから生やした背中の植物であるということに気付くまで、更に数瞬を要した。
「世界が、止まって見えるな……」
ポルトが急いで背後を振り返ったとき、シンはそこに立ち尽くしていた。同時に視界に入るのは、無惨に切り落とされた植物であったモノ。痛みを感じる間さえも、与えられなかった。
それと同時に、ポルトは自分の未来を悟った。目の前にいる男は、何の拍子か急激な成長、いや覚醒というべき進化を遂げたのだ。五感ですら役に立たない程の身体能力を前に、ポルトはそれだけで心を折られていたのだ。
その時、ポルトはシンの目を見た。それは彼女の中にあるクラリアの記憶。鮮明に刻まれたとある「一族」の特徴を、シンは満たしていた。
「『バルウェスクの民』……」
ポルトはシンに攻撃する素振りを見せることなく、静かにそう語った。シンはそれを見て動きを止める。
「あ……?」
「貴方が一瞬の内にその身体能力を底上げした。その理由を私は知っている」
「……何でだよ」
「クラリア様から与えられた力と共に、流れ込んでくるのはあの方の記憶。その中に現れる『紅い目の一族』。月の紋様を目に宿し、人ならざる力を手に入れた者達。肌は褐色に包まれ『夜を呼ぶ民』とも呼ばれる彼らは、自らがそれだということに気が付かないまま人生を終える者も少なくない。その様子だと、貴方は気付けたみたいね」
ポルトの口から語られたのは、シンにとって衝撃の事実だった。だがそれと同時に、アゴンも同じ話を口にしていた事をシンは思い出す。
「俺が、それだって言うのかよ」
「さあ?貴方自身が知らない話を私が知っているわけないでしょう。あくまでも可能性の話よ」
そう言ってポルトは、1本だけ辛うじて残った植物の先端を自分の方に向ける。その時の表情は、何処か諦観しているようにも見えた。
「私はクラリア様の一部。私が勝てずに灰になったとしても、私達の力はクラリア様へと還元される」
ポルトがそこまで言った時、彼女の腹部を鋭利な植物の先端が激しく貫いた。その血は返り血となり、シンの近くまで飛び散る。
「てめぇ、なんで自分で……」
「……言ったでしょう。私は……クラリア様の一部に過ぎない。為すべきことを為すのは、私である必要は、無いのよ。それに……お互い、時間切れみたいね」
ポルトの言葉に合わせるようにして、シンの視界は大きくグラついた。貧血による目眩のような、抗うことの出来ない脱力感にシンは襲われた。強力な力の反動だとでも言うべき現象によって、シンはポルトの最後を見届けることが困難となる。
「クラリア様、私達の力を是非お使い下さいますよう……。すぐに、逝きますわ」
ポルトがそう言い遺した瞬間、彼女の皮膚には薄氷を割ったようなヒビが広がっていく。その部分からは光の粒子のようなものが漏れだし、それらはダリアの向かった魔女の塔へと向かっていく。
死せる者、生きる者、繋いだ者、託された者。様々な思いと激動を経験した大広場には、二人の旅人だけが取り残された。そこに吹く風は何を思うか、それを知る者は、誰も居ない。
大広場の戦い
シン・フィスタの勝利
作者のぜいろです!
これで残す戦いはダリアとクラリアの一騎打ちになります……!
クラリアによって死をもたらされたテトラの思いを背負って、「殺戮の少年」はフォルリンクレーを変革することが出来るのか。
今後も是非、ご覧ください!