命の価値 ep.8 融合
大広場での戦いが激しさを増す中、シンはポルトの呼び出す毒に侵された獣を、フィスタはグリムが生み出す植物を相手に、それぞれ戦っていた。
シンはこの戦いがあくまでも二人での戦いということを思い出し、ポルトとグリムに対して改めて宣戦布告を行う。
シンの挑発に対して、2人の執政官は特に反応することもなく流した。そもそもこの戦いはあくまでも一番大きな戦いの前哨戦、すなわちダリアとクラリアの戦いに影響されている。
クラリアをダリアが倒すことが出来なければ、結局フォルリンクレーの現状は変わらない。執政官達からしても、自分達に命を授けた女王が負けることがあれば、それは全ての敗北を意味することを理解していたからだ。
自分達が人形である、という事実を知っていたのは、この騒動が始まる前は「紫の魔女」ポルトただ1人であった。しかしポルトはその事実を知ってもさほど驚かなかった。ただ一言、「だったらせめて、有効に使ってくださいね」とだけクラリアに伝えたのだった。
ポルトは殺人に快楽を感じる特殊な性格をしているが、それ以前に彼女は、自分の生というものにおよそ興味がなかった。
同じ様に生を受けた執政官達が、クラリアから与えられた力を発展させることに夢中になっていた頃、ポルトは疎外感を感じていた。
『広がる悪夢』。それがポルトの宿した力である。無意味に自分以外のものを侵食するその力に、ポルトは絶望した。
その力を傷つきながらも受け止めたのは、他ならぬクラリアだった。
「ごめんなさい、私のせいで……」
「クラリア様、肌が……」
自分の意識とは裏腹に毒を放出してしまうポルトの力によって皮膚がただれながらも、クラリアはポルトを抱きしめる。
「私の痛みなんて、貴方に比べればなんてことは無いわ」
痛みを押し殺して笑顔を向けるクラリアの表情を、ポルトは生涯忘れる事がないだろうと思った。
それからというもの、ポルトはクラリアの傍にいる生活を続けた。何処へ行くにもクラリアの隣を渡さず、日夜を共にした。
そしてクラリアからポルトに真実が告げられる。ポルト達はダスクの抱えていた人形に、クラリアによって命が吹き込まれた姿であることを。
しかし、それを知ってポルトはむしろ喜びすら感じていた。今まで自分の存在価値を見失っていたのは、自分が人工的に造られた存在であるからだ、と謎の安心感を得たのだ。
それどころか、その身を幾らでもクラリアに捧げることが出来る、という高揚感にさえ包まれていた。
ポルトは大広場の戦いにおける正解を考える。自分の信じるクラリアならばまず負けることは無い。しかし、これだけの自信をもって仲間達が送り出した、あの少年。それがどうも気になる。
万が一があってはいけない。クラリアを支えるために今の自分は生きているのだから。
「うわああああっ!」
その時、「緑の魔女」グリムが突然頭を抱えてその場に膝まづいた。その悲鳴はその場にいるシンやフィスタ、ポルトの耳を破くかのように悲痛なものだった。
「まさか……!」
ポルトの脳裏には一つの仮説が浮かぶ。まさか、エルドバに向かったダスクが、死んだ……?
ポルトはすぐにグリムに近づこうとしたが、彼女本人の手によってポルトは突き飛ばされてしまう。
「思い出した……全部。ダスクの力で、私達を無理矢理操ってたんだね、ポルト……!」
グリムは先程までの冷徹な瞳から、怒りの込上げる形相へと変わっていた。その矛先は、ポルトだけを向いているようだ。
「……グリム、気がついてしまったのね。ダスクは、失敗したって事かしら」
「私は、最初からあなた達の考えに賛同なんかしてないっ!エルドバを支配するなんて、クラリア様の前でよくもそんな事を言えたわね!」
グリムは頭を押えながらも、ポルトをまくし立てていた。その様子を、シンとフィスタは見守るしか無かった。
「お前、急に態度変えてどうしたんだよ……」
しかしシンはそんな二人の間に割って入るようにして、言葉を挟み込んだ。
「洗脳よ。私達の同胞、『黒の魔女』ダスクが持っていた力の一つ。それのせいで私は今の今まで正気を奪われた操り人形だった。でもこうして解けたってことは、ダスクは死んだみたいね、ポルト」
「ダスクの洗脳が解ける瞬間なんて見たことないわ、私もね。でも、心の何処かに空虚さを感じる。私の信頼していたダスクは、もう居ないって、感覚で分かってしまう……」
ポルトは両手を地面に着いたまま、唇をぎゅっと噛み締めた。それは最早、諦めにも近い様子に見えた。
しかし、そのポルトの策略に気が付いたグリムは、咄嗟に近くに居たシンとフィスタの体を突き飛ばす。
「なっ……!」
「え……?」
目の前で起きた出来事に二人は驚くことしか出来なかった。それを理解する前に、グリムの体は地面へと吸い込まれていく。
「うふふ……本当は全員捕まえたかったのだけれど。してやられたわね」
地面にはいつの間にか、ポルトの手を中心にして紫色の斑点が広がっていた。その斑点がある部分はまるで腐敗するかのように崩れ落ちていく。
「ポルト、私はあなたを許さない……!」
「負け犬の遠吠えね、グリム。貴方は私の糧になるのよ」
グリムの体は徐々にポルトへと近づいていく。彼女の足は既に自由を奪われ、抵抗することも出来ないようだ。
グリムは力を何とか振り絞ってシンとフィスタを見つめた。グリム自身、こんな事を頼むのは筋違いだと分かっている。ダスクの毒牙にかかったせいで傷つけかけた相手に……。だが、今は躊躇している場合では無いと結論づけた。
「あなた達にこんな事を頼むのは間違ってるって分かってる……。でも……」
グリムは、ポルトに体を取り込まれる寸前で二人に叫んだ。
「……この国を、助け……!」
言葉を言い切る前に、グリムの体は完全に地面へと取り込まれた。彼女は最後まで抵抗したのだろう。そして空に掲げた右手だけが、静かに地面に潜っていった。
ポルトはしばらくして地面から手を離し、深く呼吸を一つした。その瞬間にポルトの背中からは、先程までフィスタに襲いかかっていた植物がポルトの体を軸として発芽する。
「……1つになるって、こういう感覚なのね」
ポルトの背中から生えた植物は、その枝の先から明らかに危険な毒を滴らせており、そこから落ちた雫は地面に触れた瞬間に音を立てて溶解を促す。
「今なら、何でも出来そう……。お望み通り、二人一緒で戦ってあげるわ」
ポルトは植物の枝の先に猛毒を付けた状態で、それにシンとフィスタを襲わせる。
速度特化100%!
シンはその攻撃をフィスタに避けられない事を瞬時に判断し、迫り来る植物をフィスタを抱えた状態で後ろに飛ぶことで、辛うじて回避した。
「ひっ!」
「落ちんじゃねぇぞ、フィスタ!」
植物が突き刺さった地面には鋭い工具で開けたかのような穴が開き、その穴も毒によってすぐに広げられていく現象が起こっていた。
「あらあら、お荷物を抱えて大変そうね?」
「心配される筋合いはねぇなっ!」
シンは次々に襲い来る植物をギリギリの所で回避し続ける。既に大広場には無数の穴が空いており、シンが動けば動くほどに足場が無くなっていく。
「シンさん、私降ります!」
「馬鹿野郎、お前一人じゃ避けきれねぇだろ!」
シンに対して負い目を感じるフィスタだったが、シンの言う通り、自分自身で迫り来る猛毒の槍のような植物から逃げるビジョンは浮かんでいなかった。
しかし、フィスタは思う。
これ以上、助けられる自分で在りたくない、と。
ガンッ!
その時、無数に空けられた穴の一つにシンがつまづき、体勢を崩す。勿論その隙を見逃すはずもなく、容赦のない攻撃がポルトから繰り出される。
「くそっ!」
シンが自分が身代わりになりフィスタを逃がそうとしたその時だった。
水の円環
植物の攻撃は、シンに命中しなかった。それもそのはずである。フィスタによって造られた「水のバリア」とも呼ぶべき障壁は、確かにポルトの攻撃を食い止めていたのだから。
「私は喧嘩なんてした事ありません。強くもありません!だったら、せめて誰かを守れる人間でありたい!」
フィスタは足を震わせながらも、懸命に攻撃を凌いでいた。その光景を見てシンは一つの閃きを得る。
フィスタはこの戦闘で大きく飛躍する。近くでその存在を見続けてきたシンは、心のどこかでそれを直感で感じ取った。
「だから、あの人を倒すのは任せます。シンさんっ!」
「……あぁ、やり返してやろうぜ。時間稼ぎじゃねえ。俺達の完全勝利のためにな!」
二人は初めて心を通わせた。旅の途中でも気がつくことの出来なかった相互の信頼関係。ダリアに着いていくと決めた二人は、今ようやく肩を並べて立ったのだった。
作者のぜいろです!
フィスタ・アンドレアというキャラクターは私にとって少しだけ扱いが難しいのです。彼女はあくまでも「龍の巫女」という立場上、戦闘経験がほとんどありません。
それに加えて、作中ではビビりな性格であることを匂わせるような描写を多く入れているので、勿論、好戦的でもありません。
でもダリアが進む先で戦闘が起これば、フィスタも必ずそれに巻き込まれることになります。武器を持たない彼女をどう戦わせるか、これが難しいところなんですよね。
今回の話で大体方向性を固めたつもりなのですが、どうでしたでしょうか?
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