命の価値 ep.6 綻び
魔女の塔の地下空間を脱出したテトラとダリアは、塔の内部にある移動装置を使って最上階へと向かう。
女王、クラリア・アナーキーと戦う決意を新たにした二人だったが、クラリアの口からは驚きの言葉が放たれる。
テトラが人間では無い、という事実にダリアは驚嘆することになる。
魔導王朝の女王、クラリア・アナーキーの一言に、俺は動揺を隠すことが出来なかった。
「テトラさんが、人間じゃない……?じゃあ、今目の前で動いてる彼女はなんなんだ!」
「うふふ。分かりやすく言ってあげるわ。私の右腕としてこの国を治める7人の執政官『七色の魔女』。その内の『黒の魔女』ダスク以外の執政官は、全員元は人形なのよ。ダスクが大切にしていた、お人形さんなの」
「……!」
俺は驚いて、テトラさんの方を見る。俺はてっきり、テトラさんも今この場で事実伝えられたのかと思い彼女の気持ちを案じたが、そうとは捉えられない表情を彼女はしていた。
「……知っていたんだ、ダリア。私が地下牢に閉じ込められる前、クラリア様から直接聞かされた。私自身、そんな記憶は無い。だから、信じることの方が難しかった。だが、ハクアの件で私の疑念は予期せぬ形で晴れる事になった……」
その言葉を聞いて、クラリアは微かに笑う。テトラさんのことを侮蔑するような、軽い笑いだった。
「やっぱり貴方は聡いのね、テトラ。私の加護の条件を覚えているなんて」
「たった一度だけ、聞いたことを覚えているだけだ。貴方の加護は、無機物にしか通用しない。生きている人間に能力を与える力は、貴方には無い」
「そう、正解。ダリアくん、貴方もここに来るまで多くの装置を見てきたでしょう?あれには全て私の加護の力が篭ってる。それと同じように、執政官達にも力を分け与えたの」
クラリアの発言に、俺は少し引っかかった。
「まるで、自分が全ての力を持ってたような言い方だな……」
「正確に言うと違うわ。付与するためには確かに力を分け与える必要がある。でもそれはあくまでも私の持っている力では無い。感情というキーを生贄に捧げることで、私は対象に命を込めるのよ」
クラリアの言葉は、およそ人間らしさからは大きく逸脱したものであった。自分の中にある人間の尊厳とも言える要素を捨ててまで、自分に有利な兵隊や装置を作り上げる。何がクラリアをそこまで突き動かすのか、俺には理解が出来なかった。
「だから私は、今もずっと心に穴が空いているような感覚なの。『白の魔女』ハクアには「博愛」、『紫の魔女』ポルトには「快楽」、『青の魔女』シーズには「一途」、『黄の魔女』エクサには「愉悦」、『緑の魔女』グリムには「探求」を。どれも私が失った感情達。そして、『赤の魔女』テトラには……」
「……『正義』なんだろ」
「あら、自分自身のことは一番分かってるのね。そうよ。七色の魔女を作り出すときに、私は一番初めに『正義』を捨てた。自らの野心、野望、切実な願いのために、その他全てを切り捨てる覚悟をしたの」
「私の胸の中にある、曲げられない正義。貴方が、与えたのですね……」
「そう、だから返してもらおうと思うの」
テトラさんの言葉に反応した、クラリアのそのたった一言で、俺は背筋が凍りつくような殺意を感じた。今までの出会ってきた敵とは違う、異質な殺意に俺は包み込まれていたのだ。
「貴方の言う、『返す』は、奪い返すでしょう」
「そうよ。出来れば貴方が自分で返してくれるのが手間も掛からないで楽なのだけれど……。当然、反抗するわよね?」
「当たり前だ……!」
その瞬間にテトラさんは腰に差した剣を抜き、クラリアへと距離を詰めていた。テトラさんの覚悟に一時出遅れた俺は、その後を追うようにしてクラリアの元へと駆ける。
「来なさい、守護兵」
クラリアが何かを呼び付けたかと思うと、女王の間の床を大胆にも下から突き抜けるようにして、巨大な機械製の腕が現れる。
「……くっ!」
クラリアまでもう少しといった所で、テトラさんは足踏みを食らう。後方に少し後ずさるテトラさんに俺は合流した。
「あれも、クラリアの能力による敵ですか?」
「あぁ、昔とある戦争を終わらせるために創り出した殺人兵器だと聞いている。私達の襲撃は、あくまでも予想内の問題だったようだな」
「どの道、やることは変わりません。俺が援護します。テトラさんは真っ直ぐに!」
「ああ、任せたぞ。ダリアっ!」
テトラさんがクラリアへと最短距離で移動する事がで出来るように、俺は目の前に立ち塞がる巨体の足元へと回り込む。これだけ巨大な図体をしているのなら、さほど機敏な動きは出来ないだろう。
「……自動迎撃」
一瞬の機械音声の後に、巨体からは想像もつかないほどの速度で右の拳が振り下ろされる。突然の上からの攻撃に、俺は何とか黒いモヤを腕に纏い、背後からの直撃を回避する。
闇纏 ー共食いー
その瞬間を逃せば、テトラさんの攻撃への道筋が絶たれることは容易に想像できた。俺は自分の腕に纏わせた黒いモヤを侵食させていくようにして、機械製の巨体へと流し込んでいく。
「テトラさん、今のうちに!俺も動けませんが、その分こいつも動けない!」
「ああ、助かる!」
テトラさんは俺からの合図を受け取ると、剣を一度鞘に収め、呼吸を整えた。全ての息を出し切るような、深い呼吸。
スゥゥゥゥ……
その音が俺の耳元で反響しているのかと錯覚してしまうほどに、テトラさんの呼吸は空気を揺らしていた。
「……フッ!」
そして一瞬の酸素の吸引。その瞬間に鞘から引き抜かれる神速の太刀筋は、鞘とぶつかりあって激しい火花を散らす。それは周囲の空気と共に唸るようにして、業火の太刀となる。
神喰
テトラさんの一撃は、大きく横に振られた神速の居合。それはクラリアの呼び出した守護兵の厚い装甲さえも軽々と両断し、その剣撃の威力はクラリアに届いているかのように見えた。
「言ったでしょう。返してもらうって」
どのような原理があるのかは定かでは無い。ただ一つ、確かなことがあるとするならば、クラリアは俺でさえ目で追うことすら出来なかったテトラさんの居合を避け切り、剣を完全に振り終わった無防備な体勢の懐へと入り込んでいるという現実であった。
そしてクラリアは、テトラさんの額に人差し指を当てる。ただ、それだけの行為に見えた。しかしテトラさんの反応で、俺はそれが終わりを告げる行動であったことを理解する。
「……クラリア様、いや、クラリア……!」
「貴方達はどこまで行っても、私の可愛い人形さんよ。持ち主に噛み付く人形なんて、いやしないでしょう?」
クラリアがそう言った瞬間に、テトラさんの腕にバキバキッと音を立てて、突如大きな亀裂が入る。それを皮切りにして、亀裂はテトラさんの足、首、そして顔に至るまで広がっていく。
「私はね、同じオモチャで遊び続ける趣味は無いの。新しいオモチャがあったら、古いオモチャに興味は無くなるものよ。テトラ、私はもう、貴方に興味がないの」
「……!」
苦悶の表情を浮かべるテトラさんに対して、クラリアは笑うことすらしなかった。まるで本当に、玩具に興味を失った子供のように。
「ダリ……ア……。この国……を、フォル……リンクレーの……ことを……、頼んでも……良いか?」
俺は、それがテトラさんにとってこの世に最後に残す言葉になることを予感した。だから、せめてもの俺が作れる一番の笑顔で答える。
「……はい」
その時の俺の顔は、本当に笑えていただろうか。無抵抗のまま崩れ落ちていくテトラさんの体が、武器と服を残して塵になるまで、俺の視界は歪んで見えたのは、気の所為では無い。
「テトラが死んだ。目の前に居ながら何も出来なかった貴方は、それでもまだ、戦うのかしら?」
クラリアがテトラさんに興味を無くしたというのなら、次の標的は間違いなく俺なのだろう。
「言葉を話しているから人間か……?形が残らないなら無機物か……?」
俺は、自分の中の憎悪がこれ以上抑えきれないことを悟った。それと同時に、それを咎め、留めるためのストッパーが俺の中に既に存在していないことに気がついていた。
「命の価値は、誰にも測れないだろうがっ!」
俺は吠えた。力の限り吠えた。自分の無力さと、テトラさんの意志を思って、吠えた。
もう、全て壊してしまおう。この国の全てを。今日を生きられなかった、生きとし生けるものの為に。
黒衣 天蓋
その瞬間、俺の体に悪魔が乗り移った感覚がした。それすらも今はもはや、心地よいのだ。
作者のぜいろです!
ダリアの新しい技、「黒衣天蓋」、いかがでしょうか。何度も名前を書いては消し、書いては消しを繰り返した命名となっておりますので、気に入って頂けると嬉しいです。
闇纏の要素から「黒衣」を抽出し、天蓋については光を遮る闇、を表現しております。正直今までの技の名前の中で一番愛着を持って接しております。
技の名前には大体意味を持たせるように努力していますが、お気づきになられたでしょうか。色んな言語を引っ張ってきたり、この名前だけは最初から決めてあるみたいなのもあったりするんですが、思いつきで決めることはほとんどありません。
まあ、大抵は思い出せなくてアイデアノートをチラ見するのですが……。
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