命の価値 ep.5 女王 クラリア・アナーキー
シンとフィスタに大広場での戦いを任せ、一人魔女の塔へと向かったダリアだったが、謎の光線によって空中からの突入を防がれてしまう。
地上からの魔女の塔への入口を見つけ魔女の塔の中に入ったダリアは、そこでテトラが幽閉さていた事実を知り、黒幕であると思われるクラリア・アナーキーの元へと二人で向かう決意を固める。
魔女の塔の地下空間から脱出した俺とテトラさんは、1階の一番奥にある装置を目指していた。
「この先に、魔女の塔の各階を行き来する装置がある。鍵は、私達執政官しか持たされていない」
そう言ってテトラさんは首から提げたネックレスを見せてくれる。その先端には確かに鍵の形状をした金属があしらわれており、暗い中でも鈍く光っている。
「……ここだ」
入口の扉よりも重い見た目をした扉が、そこにはあった。金属製で鍵穴がついており、来る者を拒むような雰囲気を醸し出している。
「行こう、最上階まではすぐだ」
「はい」
テトラさんが鍵穴にネックレスの先端を突き刺し、右側に回転させる。ガチャリという音がして、扉がひとりでに左右に開いた。
二人で装置に乗り込み、テトラさんは装置の壁に取り付けられたボタンの一つを押す。すると扉は再びひとりでに閉まり、ゴゥンという音がして、装置は上昇を始める。
「これも、魔導王朝の技術ですか?」
「魔導王朝の、と言うと語弊があるな。この装置に限らず、フォルリンクレーにある全てのこのような装置はクラリア様の能力によって稼働している」
「……!そんな規模の能力が、あるんですか?」
「私もにわかには信じ難い。しかし目の前で起こっているのだから、現実なのだろう。それに……いや、何でもない」
テトラさんは何かを言おうとしてギュッと口を結んだ。その表情はどこか悲しげで、憔悴しているのとは別のものだった。
「どうか、したんですか……?」
「君にこの話をするのは、きっと今じゃない。してしまえば君は、揺らいでしまう。全てが解決した後に、詳しく話をする時間をくれないか?」
「テトラさんがそう言うなら、俺は待ちます。聞かれたくない話なんか、誰にでもあるでしょうし」
「……。優しいんだな、君は」
「臆病なだけです。自分にも、他人にも」
「そうか……。報われるといいな」
俺は、大罪を背負う自分の心の内を、テトラさんに重ね合わせていた。テトラさんが俺に対して黙秘したこと、その内容がなんであってもいい。それが彼女にとって精神を保つ核なのであれば、俺はそれに無闇に触れるつもりは無い。
再びのゴゥンという衝撃と共に、俺とテトラさんを乗せた装置は停止したようだった。扉はやはり自動的に開き、その先にはまるで別の世界が広がっていた。
「いくつかある曲がり道、その中の中央。そこが、クラリア様が居る『女王の間』に繋がる通路だ」
「……はい」
「覚悟を決めてくれ、とは言えない。君はここで待っていてくれても、引き返してくれてもいい。私にとっては、ここまで来ることが出来ただけで十分だから」
テトラさんは、自分を鼓舞するかのように少しだけ笑った。しかしそれが、俺にはどうも無理をしているように見えてならなかった。俺はテトラさんの手を握り、軽く力を込めながら言う。
「逃げません。逃げないって、誓ったんです」
「自分に、か?」
「いえ、仲間に」
「仲間か。あの時一緒に居た彼らのことか?」
「はい。俺の心の中の足りない部分を埋めてくれるような、そんな仲間です」
「パズルのピース……のようなものか。そうか、君が前を向いているのはそれが理由なのだな」
そう言ってテトラさんは強く俺の手を握り返して来た。
「君が、私の背中を押す最後のピースになってくれ、ダリア。前へと進んでいくための、希望に」
「俺なんかで良ければ」
「君だから、良いんだろ」
魔導王朝の女王、今回の一連の騒動の黒幕だと思われる、クラリア・アナーキー。彼女が何を考え、何の目的で行動を起こしたのか。何にせよ、俺のやるべき事は最初から一つだけだ。
「この国を、変えましょう」
「あぁ、行くぞ……!」
テトラさんに先導されて、俺は荘厳な装飾が施された廊下を歩く。テトラさんの言う通り、途中に分かれ道が何本かあるものの、彼女はただ一点だけを見つめて足を進める。
やがて何本かの横道を通り過ぎた後、明らかに異質な雰囲気を感じ取ることの出来る道に辿り着く。
「ここだ。クラリア様がいらっしゃるのは」
「入りましょう」
俺とテトラさんは、2人で女王の間へと足を踏み入れた。
「随分と、道草を食っていたようね。テトラ」
その声は、俺達の視界に捉えることの出来る、堂々たる風格を備えた椅子に座っている女性から発されたものだった。
「……貴方のおかげで、足踏みをすることになりました。私の中でのケジメも踏ん切りも、もう既についています」
テトラさんは額に冷や汗をかきながらも、その台詞を遠くにいる女性に対して言い放つ。執政官である彼女の国王に対する抵抗、もはやそれは開戦の合図ともなりかねないものだった。
しかし、椅子に座る女性、クラリア・アナーキーはあくまでも冷静に対応する。
「それが、貴方の出した答えなのね。長い年月を共にして、私のために、国のために働いてくれた一番の家臣である貴方が」
「えぇ。私は少なくとも、貴方を慕っていた。貴方の為なら、この身を投げうっても構わないと考えた時もあった。……でももう私は、ハクアを見殺しにした貴方に対して少しの尊敬も信頼も無い」
そのテトラさんの発言は、俺にとって初めて知らされる情報であり、当然衝撃を受ける内容だった。
「え……?」
「黙っていてすまない、ダリア。ハクアは、既に改革派の凶刃に倒れた。私はそれをただ見ることしか出来なかった。ここに来るまでに君に話せば、私も君も平常ではいられないだろう。だから、黙っていた……」
「ハクアさんが……死んだ?」
「最期は見届けていない。そうなる前に、私は捕らえられてしまったからな。だが、ここに来る前、確かに私はあの子の、ハクアの能力を感じた」
「能力……?」
「クラリア様から与えられたハクアの能力は、『断罪の光』。長い間一緒に居た私には、能力が使われた時の感覚を察知出来る」
ダリアはそれを聞いて、魔女の塔に空中から突入しようとした時のことを思い出した。あの時放たれた光線は、ハクアさんの能力によるものだったのだ。
だが、それは……。
「でも、私が見た最後のハクアは、間違いなく死んでいた……!胸を貫かれて、血を垂れ流して、眠るように死んだ……!だから、クラリア様。貴方が、奪った……。いや、貴方の元に、還ったのですね」
テトラさんは涙を流しながら、そうクラリアに尋ねた。奥で椅子に座るクラリアは、手を叩いてそれを褒めるかのような態度を示す。
「勿論。私が授けた力だもの。返して貰わなきゃワリに合わないわ」
「授けた……?」
俺の口から溢れ出た疑問を払拭するかのように、クラリアは立ち上がってその姿をようやく見せる。
「私は貴方の事を一方的に知っているのだけれど、顔を合わせるのは初めてかしらね、『殺戮の少年』ダリア・ローレンス君」
「お前が、クラリアか」
「いきなり呼び捨てだなんて……。ふふっ。久しぶりの感覚ね。まあいいわ。それで、貴方が気になっていることだけれど、今更黙っているのも面白くないから教えてあげる。私は加護を受け取った者。そしてその加護の名は『付与の加護』。ある程度の制限はあるけれど、対象に対して力を授ける事が出来るシンプルなもの。魔導王朝の執政官の殆どは、私によって能力を授かった者たちよ。勿論、そこに居るテトラも含めてね」
クラリアが指を指したのは、テトラさんだった。そうなると、大広場に居た二人の執政官達の能力も、ハクアさんの光線も、全てクラリアが生み出した事になる。
それって、加護の力を逸脱してないか……?自分以外に影響を与えるものとはいえ、その範囲も自由度も大きすぎる。
「誰にでも力を与えられる訳じゃないわ。執政官達には何年も昔に力の『種』をあげたの。それを一人一人が育てていって、今の形になった。授けた力が成長し、その命が枯れる時に私に還ってくる。ただ、それだけの話よ」
「ハクアさんの力を奪うために、殺したのか……!」
「それだと人聞きが悪いわね。あぁ、もしかして貴方、執政官の正体を知らないんでしょう?」
その言葉に、俺は少しだけ悪寒を感じた。聞けばもう引き返せないような、そんな直感を。
「最初から執政官は、人間ですらないのよ。私の知り合いに人形に感情を吹き込むことが出来る加護を持った友人が居ただけ。初めからこの子達に、人生なんてものはないの」
俺は、聞かなければ良かったと思った。テトラさんが言っていた通り、俺の中で築かれていたものが、崩れる音がしたからだった。
作者のぜいろです!
遂にダリアが、テトラやハクア達、執政官の真実を知ってしまいましたね……。自分のすぐ近くにいて、あまりにも人間らしいテトラでさえ、「生物」では無い、と言われてしまったのです。
何を信じ、何を守るのか。ダリアが導く結論、理由とは……。今後の展開にご注目ください!
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