94.会議は荒れるので、
オードゥヴィ公爵家は、久しぶりに家族三人での食事から一日が始まった。ここのところ極まっていたガナシュの忙しさが、昨日で一段落したからのようだ。
「お父様、今日のお帰りは遅くなるのですか?」
「いや…問題が無ければ、明るい内に帰って来られる予定だよ。」
そう言う割にガナシュが浮かない顔をしているのは、この日の日程のせいだった。
朝食が済むと妻と娘、それに使用人たちに見送られて馬車に乗り、硬い表情で王宮へと向かった。
――今日はこの後、各所の上層部にいる貴族を集めての全体会議が行われる…。恐らく荒れることになるだろう、とガナシュは感じていた。
「ショコラ、今日もこの後また書庫に行くの??」
「はい!最近奥の方からお料理の本を見付けたんです。それがどれもとても美味しそうなのですよ!そうだわ、今日の昼食にどれかお願いしてみようかしら…」
「あらまあ…楽しそうねぇ。」
二人並んでガナシュを見送りながら、マドレーヌはショコラがもっと落ち込んでいると思っていた。しかしにこにこといつも通りのように見える娘に、少し拍子抜けしたような気になってしまった。だが、その一方で安心してもいたのだった。
王宮には早くから、全体会議に出席する貴族たちが続々と集まっていた。
“全体会議”は全ての貴族を集めるものではないため、場所は一番大きな講堂ではなく巨大な円卓を囲む大会議場で行われる。席は明確に決まっているわけではないが、大体は同じ部門の者が固まっていることが多く、ガナシュが着いた時にはすでにそれぞれが定位置に座っているような状態だった。
――騎士団である三師団はもちろんの事、司法部門に保健衛生部門、向こうにはヴァンブラン公爵率いる財政部門も見える。他にも、普段あまり接点のない部門の公爵を始めとした貴族たちが勢揃いしている。
ガヤガヤと雑音が多く、こちらにあまり好意的ではない視線を向けている者の姿もあった。
『…己の立場もわきまえず…あの部門の公爵は、大層難儀していることだろう。』
そういうものを煩わしく思いながらも、平然とした態度でガナシュは席に着いた。
「――オードゥヴィ公爵、会議には遅刻なさらないのですなあ?」
不意に飛んできた声の方を見ると、離れた場所に座っている他部門の貴族の厭な笑いが目に入った。
「会議でなくとも、遅刻をした覚えは無いが。」
「おや、皆より遅い到着だったのを勘違いしましたかな?ハッハッハ!」
そんな態度に、同じ外交部門の貴族たちは苛立った。
「…あの者は伯爵の身分でありながら、公爵様に対して何たる無礼を…‼」
「いい。もう相手をするな。」
あれはこの会議の議題とはほぼ無関係にある部門の者だ。恐らく事前に聞いているあらましにより、今回の件は騎士団や外交部の失態であり、自分たちはそれに仕方なく付き合ってやっているんだという驕りのような感覚でいるのだろう。いつになくこちら側を見下したような態度だ。
そしてそれは一部門だけではないらしい。今度は別方向からも、ガナシュへの非難のような質問が飛んできた。
「オードゥヴィ公爵!今回の件に関連して、次期公爵候補であったご令嬢がその立場を降ろされたとお聞きしたのだが、本当か⁉」
その質問に、会場は一層ざわついた。噂を耳にした者は一番聞きたかった事なのだろう。…そしてそれは、ここまで平然としてきたガナシュにとって、痛いところを突かれた質問だった。答える口が重い…。
「…その事については、後日改めてご報告させて頂く…!」
「否定はなさらないのですな!全く、そうなるのではと思った通りだ!」
「やはり、あの方では不適格だったということですね。お噂通り、ご令嬢には甘いようで!」
ガナシュは何も言わず、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
…彼らを責めることが出来ない。自分も、腹の底ではショコラに対し同じようなことを思っていたのだと、思った。だからこそ、すぐさま“公爵候補”を白紙にすると決めたのだろう、と…。
“候補”にすると決めた時、甘やかしたつもりはない。だが、自分でも気付かない内にそういうものが働いていたのだろうか…。
見ると、同部門の者たちも皆うつむいていた。
……居心地が悪い。ここは、こういう場所だ。こんなところに、ショコラを放り込みたいとは思えない…。
「――静粛に!!国王陛下のご入場です‼」
扉が開き、ざわついていた会議場に宰相であるサントノーレの声が響いた。すると一同は静まった。
そんな中を国王・ガレットデロワが入って来る。そして颯爽と一番奥の席に着くと、おもむろに口を開いた。
「皆の者、よく集まった。では始めよう。」
いよいよ、全体会議の開始だ。
「――ではグゼレス侯爵。今回の経緯の説明を!」
「かしこまりました、陛下。」
ガレットデロワから指名されたグラスが立ち上がり、報告書を基に一連の説明を始めた。事件の始まりから極秘潜入捜査の事、イザラでの逮捕劇、捕らえた誘拐犯たちの供述に参考人や被害者の証言――。ここでは余計な憶測を呼ぶことが無いように、ショコラに関する事は伏せたが…。これまでに判明している事を、順を追って話していった。
――…そして、報告の最後には、「これはピアトの皇族が関わっている可能性が高い」という陸上師団上層会議の結論を付けた。
それを出席者たちは、時に眉間にしわを寄せ腕を組み、聞いていた。
「…陛下、これは大変な事ではありませんか‼ガトラルに対しての敵対行為と見なすべきです!」
「そうです!ピアトに対し、直ちに制裁を加えましょう‼」
「――だが、まだ確実な証拠が挙がっているわけではないのでは⁉」
「もしも間違っていた場合、取り返しのつかない事態に…」
「我が国が愚弄されているとは思わぬのか⁉かの国には以前からそういう所があったではないか‼」
「そうだそうだ!!」
「もう少し、入念に情報を集めるべきだ!!」
「陛下、ご決断を!!」
グラスの説明が終わるや否や、会議場は喧々諤々となった。猛々しい主張に慎重な主張、あちらからこちらからと様々な意見が飛び交う。
そんな様子を前に、ガレットデロワは思わず溜息を吐いていた。
「静粛に!静粛に‼陛下の御前ですよ‼」
騒々しくなった会議場でサントノーレが声を張るが、なかなか騒ぎは収まらない。
すると――…
「……ッ陛下!!この度は…我が海上師団の失態、誠に申し訳ございませんッ!!」
突然席から立ち上がり、ひと際大きな声を上げて謝罪した者がいた。這いつくばるように両手両足と、額までも床に擦り付けるようにしているのは海上師団団長であるゴーフルだ。
あまりの勢いに、広い会議場は一瞬で静まり返った。
「――…今はよい、とにかく、席に戻れ。」
いつものごとく耳をつんざくようなゴーフルの声は、無念さと羞恥心によって今日はさらに大きい。ガレットデロワは少しばかり顔を歪めながら彼にそう促した。
それでようやくゴーフルは、面目なさげなままではあったが席に座り直したのだった。
「全く…カルヴァドス侯爵のその癖はどうにかならぬものですかねぇ…」
しんとした会議場は、誰かのその一言でまたざわつき始めた。
「水路を悪用されていたなど信じられない!海師は本当に、一体何をしていたのだ⁉」
「陸師にしろ海師にしろ、この国の騎士団がこんな体たらくとは…嘆かわしい!」
「日頃の仲の悪さがここで悪影響として出てしまいましたな。」
「あなた方は、どう責任を取るおつもりか!?」
今度は非難の的が騎士団へと変わった。何か、そうしている彼らが生き生きとしているように思えるのは、気のせいなのだろうか…
辟易するような流れだが、反論しても責任逃れのように取られるだけだろう。グラスとその隣に座っているフラン、ゴーフルに他の騎士団関係者はみな奥歯を噛みしめ、ただ黙って耐えるだけだった。
「大体グゼレス侯爵!先ほどのご説明はただ事実を並べたに過ぎない!あんなものを報告書として出してこられるとは、呆れたものですな‼――陛下、どうお思いでございますか?」
「――そうだな…」
ある貴族からそう問われると、ガレットデロワは椅子に深く腰掛け考えたように少し間を置いた。
「確かに、あれでは不足と言わざるを得ない。」
「ほうら、陛下もそうおっしゃっているではないか‼」
日頃思うところでもあるのか、その貴族は得意気のようにグラスを追い詰めることを言う。
しかし、グラスはそれには動じなかった。
「…で、グゼレス侯爵。他に、何か、ないのか?」
ガレットデロワは薄く笑いながら、グラスに尋ねた。
「ございます。」
そう言って、グラスはさっきまで読んでいた厚い報告書の下からもう一つ別の報告書を取り出した。
報告書は、二つ作っていたのだ。
「先ほどのものは、陸師の上層会議での結論に基づいた内容のもの。こちらは、わたくし個人の見解に基づき作成したものでございます。」
会議場では、また新たなざわつきが起きた。
「グゼレス侯爵!この場において個人の見解などと、何をお考えか⁉」
「あの報告は上層会議で決まったことなのだろう?それを何と心得ておられるのか!聞くに値しない‼」
「フラン卿、侯爵の独断を許されるおつもりか!?」
そんな非難轟々の中、フランは黙って腕を組み、目を閉じている。
「陛下!!」
一方のガレットデロワも、それまでと態度が一切変わっていない。…要するに、これは二人とも黙認している件なのだ。あげた報告書は、フランもガレットデロワも確認していた。その上で…
「――発言を許可する。グゼレス侯爵よ、その報告、申してみよ。」
「ありがとうございます。陛下。ではご説明いたします。結論から申し上げて、今回の事件の主犯は」
ガレットデロワに向かって一礼をして話し始めたグラスは、流れるように言いきった。
「今は亡き旧王族の“ヴァンルージュ”であると考えております。」
その発言に、会議場は時が止まったかのようになった。それから一斉に、激しい非難が浴びせられた。
「何という世迷い言を!!侯爵は頭がおかしくなったのではないか⁉」
「陛下の前でよくもそのような事を恥ずかしげもなく…」
「何かと思えば子供の発想か!」
「現実と空想の区別がついていないとは、情けない‼」
「グゼレス家も地に落ちたようですな!!」
……そんな反応は重々承知の上だ。それでも、グラスはその結論に自信を持っていた。その目は死んでいない。
「静まれ!!」
会議場にガレットデロワの声が響き渡った。
「私が発言を許可したのだ。文句のある者はおるか?黙って最後まで聞かせて貰おう。侯爵、続きを!」
「かしこまりました。ですがその前に、お呼びしている方がおります。よろしいですか?」
「構わぬ。」
そうして、一人の人物が会議場へと入って来た。
彼は自分を呼び出したグラスの近くまで進んで来ると、会議場の中央へ向かって挨拶をした。
「わたくしは歴史の研究をしております、シュトロイゼル・ミモザと申します…」
「―――難しいお顔をされて、さっきからずっと同じページをご覧になっていらっしゃいますけど…。ショコラ様、一体何をお読みなのかしら…」
書庫にある日当たりの良い出窓に座り、朝からずっと同じ様子のショコラを見ていた侍女の一人が呟いた。
「あれは確か…。ピアトの“宮廷料理大全”だったと思うわ……」
よほど興味深い物が載っているのだろうかと、侍女たちは思ったのだった…。




