95.思いもしなかったので、
王宮の大会議場で行われている全体会議は、事件の主犯が滅亡したはずの“ヴァンルージュ”であるというグラスの発言によって一時騒然となった。同じ「騎士団」という枠組みにいるはずの海上師団団長のゴーフルや、近衛師団団長のヴァシュランですら困惑した表情でこちらを見ている…。
それほどまでに、あまりに突飛な内容で擁護する声がほとんどない中、グラスに呼ばれていた歴史学者・シュトロイゼルが議場へと招き入れられた。彼はいつものごとく、いくつかの書物を持ってやって来ている。
「“ヴァンルージュ”とそれにまつわる話は、ここにおられる方でも造詣の深い方はあまり多くないと思います。そのためこの場に彼を呼びました。…ミモザ卿、補足をお願いします。」
グラスに声を掛けられたシュトロイゼルはこくりと頷いた。
戯言のためにまさか学者まで呼び出すとは、と出席者の大多数は訝し気な顔をしている。そんな事は想定済みだ。彼らの奇異の目に晒されながらも、グラスは臆せず本題に入っていった。
「ではまず、そう考えるに至った発端から。――先ほどの報告の内容が事実を並べただけ、とのご指摘ですが、そうせざるを得なかった結果です。」
「それは単に、解明出来ていないというだけの事だろう⁉」
話し始めてからすぐに、どこからか意地の悪い横槍が入った。その方向をちらりと見ながら、グラスは平然と話を続ける。
「解明は進んでいます。ただ、それらを結ぶ“繋ぎ”がどうにも見付かりませんでした。それらは繋がっているのに繋がらない…そういう感覚です。ですから、事実を並べる事しか出来なかったのです。」
「何を言っているのかさっぱり分からん!」
…分からないのではなく、分かろうとしないだけだろう、とグラスは思った。
「要するに、核心的な事は全て巧みに隠されているということですよ。にも拘らず、一部の策が異常に杜撰だ。主犯がピアトであるならば、彼らの間でまずピアト語は厳禁にするべきです。それに、ピアト人工作員のガトラル入国も避けるべきだ。」
「ワザとそうしたのではないとなぜ言い切れる?」
それは、グラスも一度考えた事だ。
「“わざと”…。ある意味では、彼らは“わざと”そうしていたと思っています。ですが、もしピアトの犯行だと示したかったのなら、それは宣戦布告と同じ。初めから正面を切ってそうすればいいだけの事でしょう。今回のように手の込んだことをする意味は無い。隠したいのか知らしめたいのか、やっている事がちぐはぐなんです。それに、我々が捕らえられなかった場合意図は伝わらず、ピアトはいつまで経っても待ちぼうけのままだ。」
静かになっていた会議場がまたざわざわとし始めた。すると、今度は援護するような発言が出た。
「…確かに、ピアットイソラという国の性質を考えた場合、そんな回りくどい事はしないだろう。宣戦布告ならもっと直接的に、大々的に公表する方が自然だ。」
そう言ったのは、ガナシュだった。彼は経験則から、ピアトが主導しているという事には半信半疑だった。
「それらは全て、“ピアトがやった”と見せかけるためだと侯爵は考えているのだね?」
「その通りです、公爵。それに先ほども言った通り、もし今も捕まえられていなかった場合、そのことは分からないままでした。…という事は、それ自体、知らせる意図ではなくもしもの時の目眩ましだった可能性も考えられます。現に上層会議ではピアトが関わっていると結論付けられました。」
その話に、それまで批判的だった貴族たちも考え込みだした。
「捕まった時を想定して別に目を向けさせるため、か…。」
「“目眩まし”⁉それどころか、これでは最悪戦争になってしまうではないか‼」
「そこです!」
グラスは語気を強めた。
「失敗を見越していたのなら、その後どうなるかの想像もしているはず…。という事は、やつらはそうなる事を望んでいるのではないかと思ったのです。ですからまず、一応は友好国であるピアットイソラ皇国がそれを望んでいないと仮定して、考えからピアトを外しました。すると驚くほど、簡単に繋がって見えてきたのです。
主犯について分かっている事は“殿下と呼ばれる者がいる”こと、“自分を赤と呼ばせている”こと、“ガトラルに対し、憎悪を抱いている”こと……そして、“怪しげな術を使う”ことです。それらをまとめると――…」
「こ、侯爵…」
出席者の内の一人が手を上げ、言い難そうに口を開いた。
「“ヴァンルージュ”に繋がるとおっしゃりたいのでしょうが、申し訳ないが、私にはなぜそれが繋がって見えるのかがさっぱり……。」
どうも、話に付いていけなくなったようだ。見ると、他にもかなりの者が困ったような悩んだような顔をしている…。
ここに集まっているのは上位爵位の者ばかりだが、やはり他部門には“ヴァンルージュ”に関する知識は薄くしかない者が多いようだ。国としてそういう教育をしてきたのだから仕方が無い。そろそろ、シュトロイゼルの出番がきたらしい。
「失礼、少し深い話が必要なようだ。ミモザ卿、講義をお願いしたい。」
「は、はい侯爵様。それでは…」
グラスから促されると、シュトロイゼルは畏まって一歩前に出ると語り始めた。
「ご質問がございましたら、皆様どうぞ何なりとお申し出ください。…まず、四代目のヴァンルージュ公爵がクーデターを起こされたという事は皆様もご承知の事と思います。これは王位を奪取するためでございました。ですから、ご子孫がいた場合、自らに王位継承権があると今でもお考えになっていても不思議ではございません。」
「…それで“殿下”という訳か…」
「ちょっと待て!ヴァンルージュ公爵家は当時、取り潰しにあっている!血族は全て処刑されているのだぞ‼」
出て当たり前の反論が飛んできた。他にも、ハッとしてそうだそうだと加勢する声が上がる。その事実はこの国では常識で、それくらいの知識は当然持っている、馬鹿にするなと言わんばかりの勢いだ。
しばらくざわつきは収まらなかったが、議会を進行しているサントノーレがやっとの思いでそれを静めた。
…議場がまた静かになると、シュトロイゼルは話を続けた。
「……こういったお話がございます。“ヴァンルージュ公爵家の生き残りが今も国外にいる”と。」
「それは都市伝説だろう!面白おかしく創った作り話に過ぎない‼」
誰かの吐き捨てるような言葉に、さすがのシュトロイゼルもむきになった。
「わたくしは昔、その調査のために旧ヴァンルージュ領に参りました!その時にその地の方から伺ったお話には、いくつも同じような言い伝えがございます‼更に、そこではこのような文献も発見したのです。」
そう言ったシュトロイゼルは古びた本を取り出し、あるページを開いた。
「こちらにはこう記されております…」
“ある時、屋敷から一家の肖像画が消えた。”
“ヴァンルージュ公爵は、事を起こす前に息子の一人とわずかな家臣を密かに国外へと逃がした。”
“一族の処刑の場を見た元使用人の一人はこう言った。「あれはご子息ではない。」”
「…以上から、わたくしはこの噂は真実であると考えております。」
シュトロイゼルの説明を聞いた出席者たちは、一様に唸りながら関心を示した。
「それが真実であるなら、我が国に憎悪を抱いている事も確かに説明がつく…。ところで、“赤”には何の意味が?」
「――騎士団の、制服その他に赤色を使ってはならない決まりをご存知か?」
一人の疑問に、グラスやシュトロイゼルがいるのとは別の場所から言葉が返って来た。ヴァシュランだ。
「聞いたことは…だが、意味までは…。」
「騎士団関係者には常識だが、一般にはあまり知られていないというのは本当のようですね。“赤”は、ヴァンルージュ公爵家が好んで使っていた色。よって、クーデター以降は忌み色となったのですよ。……それよりも、私としては“怪しげな術”というものとの関係性について、説明が欲しいところだ。」
他よりも詳しく知っているために逆にどうにも解せないという顔つきで、ヴァシュランはグラスたちの方を見た。
「…わたくしも、ミモザ卿とはそれについて一番長く話し合いをしました。
その前にまず、今回の件には特におかしな点があります。それは、全ての参考人と罪人の一部に記憶喪失状態が見られるという点です。“記憶喪失”が同一事件においてこれだけ重なるというのは、極めて異常な事態です。」
「彼ら全てが示し合わせているのでは?」
「それについては王宮の医師団にも、協力を仰ぎました。」
どこからかの反論を受けて、グラスは保衛部の方を向いた。すると、その中にいた医師団の幹部が答えた。
「はい、侯爵がおっしゃる通り、こちらでもよく調査をした上でそう判断しております。演技をし続けている者がいたとしても、あの人数すべてがボロも出さないというのは無理があり過ぎるでしょう。」
「――で、それが“怪しげな術”によるものだと?」
会議場の視線が、またグラスの方へ向かった。
「わたくしは以前から、“ヴァンルージュ公爵によるクーデター”に疑問を持っていました。公爵に与したのが、騎士団のごく一部にすぎなかったからです。本来ならば三師団全てをまとめ上げ、事を起こすべきであったのにと。」
「グゼレス侯爵!陛下の御前でその言い方はいささか反逆的ではないのか⁉」
話の腰を折るような発言があり、それまで黙って話の流れを聞き続けていたガレットデロワは溜息を吐いた。
「構わぬ、続けよ。」
ガレットデロワが面倒そうにあしらうと、グラスは王に頭を下げ、言われた通りに話を続けた。
「わたくしが言いたいのは、ヴァンルージュ公爵は三師団の団長を説得する事が出来なかったという事です!――なのに、公爵に与した一部の団員がいた…。それが不可解だと思ったのです。」
「成功した時、良い地位を得られると思っての事ではないのか?」
「それは無いこともないでしょう。ですが、状況を判断すれば公爵側が不利だと分かるはず。それでも与したのは、なぜなのか…。そこで、こう考えました。
“意思に反してクーデター側に参加させられた”と。」
そう言うと、グラスは合図を送るようにシュトロイゼルと目を合わせ、二人は頷いた。
そしてまた、シュトロイゼルが講義を始めた。
――何か考え事に没頭したい時には、こうして別の事をしていた方がそのことに深く入り込める。
ショコラは分厚い本のとあるページに目を落としたまま、その意識は紙を遥かに通り越していた。文字を追う視線は、ずっと同じ場所をぐるぐると巡って先へ進んで行かない。文章は見えているはずなのに、その内容は頭の中に入り込んではこなかった。――…それでいい。それが今、集中している証拠なのだ。
釈然としなかったもの、まとまらなかったものが、意識の中で少しずつ形になってきている。もう少しで、答えが見付かりそうだ――…
「ショコラ様、昼食のお時間です。」
その集中は、侍女が声を掛けるまで続いていた。
「分かったわ。」
何事もないかのように笑顔で答えると母の待つダイニングへ行き、共に和やかに食事をした。
その後また書庫へと戻るため、ショコラは侍女を連れて来た道を戻っていた。
だが…ある所で、その足が止まった。ひそひそと、話し声が聞こえる…
「…………ファリヌさんとミエルに、旦那様から内々にお話があったそうね…」
「私も聞いたわ…。やっぱり、そうなってしまうのね……」
どこかへ行く途中の、侍女たちのようだ。
姿の見えない話し声は、こちらに気付かずにそのまま向こうへ去ってしまった。
…“ファリヌとミエルに、内々に話があった”…?そんな話、ショコラは聞いていない。
「…ねえっ、今の話…本当??」
ショコラは振り返って、連れていた侍女たちに尋ねた。すると彼女たちは顔を見合わせ、困ったように一人が言葉をこぼした。
「ええ…そのようですわ。」
「何て?お父様から、何てお話があったの⁉」
彼女たちはやはり、答え難そうにしている…。さっきの侍女たちの会話もそうだ。声色が、暗かった。
良い予感がしない――…。
「――…その…、オルジュさんとブリゼさんからそれぞれに伝えられたそうで…」
「ミエルには“良い結婚相手を世話することが出来る”と…」
「ファリヌさんには、“紹介状を書く用意がある”とおっしゃっていたようです…。」
ショコラは体温が下がっていくような感覚を覚えた。
「それって、つまり……」
震える唇で言葉を絞り出した。聞きたくはないが、確認せずにはいられない…
「……旦那様は…二人に、暇を出されるおつもりなのでしょう……」
それを聞いたショコラは、弾かれるように走り出した。
「ショコラ様!?」
――暇を出す――つまり、二人はこの家から追い出されることになる。“少々厳しいものになる”と言っていた処分が、ここまでのものだったとは…。
いくら何でもそこまでは無いと思っていた。使用人の中でも降格し、配置転換になるかもしれないとは思っていた。…だが、想像よりもガナシュの判断は重かったのだ。
このまま黙ってその通りには出来ない。ショコラは目指す場所へと向かって全力で廊下を走ったのだった。




