79.今知ったので、
“カイエを呼び出した人物は誰か”―――ビストロの扉を開けた騎士団員にそう問われ、中にいた者の視線は一人に集まった。
「君が…?」
騎士の男は綺麗な顔を歪め、困惑したような表情を見せた。それは、彼が全く予想していなかった人物だったのだ。
『パットでも他の男たちでもない、だと…⁉』
「……ま、待ってよ!だから、違うって言ってるじゃないか!!」
視線を浴びたフォユテは青ざめ、叫んだ。
その姿は、これまでに取り調べをしてきた者たちの報告と重なった。
『どういう事だ…。なぜフォユテが彼女を?本命は向こうだったという事か⁇…いや、ショコラ嬢への態度がフェイクだったとは思えない。それにこれまでは皆、分かりやすく好意を示していた者ばかりだったと聞く…。わざわざ今回難解にする意図が分からない。――では、これまでとの違いは何だ⁉』
騎士は口元に指を置き、その場で考え込んでいた。
「――あんたがファリヌの言っていた師団の人か!頼む、娘を早く見付けてくれ‼あの子は妻が遺してくれた、たった一人の家族なんだ‼」
立ち上がったブールが、悲痛な叫びと共に駆け寄ってすがりついた。
「もちろんです。今、イザラへ向けて各地から団員を集結させています。犯人も簡単には逃げられないでしょう。」
「頼む…どうか、頼む…‼」
その言葉を聞くと、ブールは祈るように頭の前で固く指を組み、床に崩れ落ちた。
すると今度は、フォユテが必死な様子で駆けてきた。そして訴えた。
「ねえ、騎士さん!僕はカイエなんて呼び出してない、本当だよ!嘘じゃない!!」
「でもカイエはそう言ってたんだ!!」
「本当に違うんだ‼信じてよ!!」
騎士の目の前で、フォユテとブールの言い分が真っ向から食い違っていた。
どちらにも、切羽詰まった様子が滲んでいる。とりわけフォユテの方を観察しても、吐いている嘘がばれそうで、という雰囲気は感じない。どちらかといえば、やってもいない罪を着せられそうになって焦っている、という感じだ…。どうしたものか――…。
「――兄上‼旅団の動員、終わりました!」
そこへ、息を切らせたソルベが飛び込んで来た。
「早かったな。首尾は?」
「はい、付近の各主要街道及び抜け道に人員を配置、不審な通行を見張らせています。…相当きつく言っておきましたから、まあ、大丈夫でしょう。」
「そうか。ご苦労。」
息を整えつつ汗を拭いながら、ソルベは報告をした。
その騎士二人のやり取りを間近で見ていたフォユテは、後から入って来た方の顔を見て気が付いた。そして、俄かには信じられない、といった表情で恐る恐る指を差した。
「あ…れ…?あんた…たしか…変な義父子の、息子の方……?」
「…え?どうして今、君がここに⁇」
その時その声で、初めてソルベはフォユテの存在に気付き、逆に質問で返した。
フォユテはその反応で、それが同一人物だと確信した。…と、なると…
「じゃ、じゃあ、まさかこっちは――…」
どうも聞き覚えのある声だ、とは感じていたが…。いや、そんなわけは――…
何かよく分からない汗が噴き出してくる。
そんなうろたえているフォユテを見て、先にビストロへやって来ていた美しい騎士は一つ短い息を吐いてから口を開いた。
「――申し遅れました。私は陸上師団次期団長、侯爵のグラス・レザン・グゼレスです。そして隣は実弟のソルベ。我々は今回潜入捜査のため、変装をしてこの街へ来ていました。」
その名乗りを聞いたフォユテとブールはあまりの驚きに口をぱくぱくとさせたまま、しばらく声が出せなかった。
あの、胡散臭い“オジサン”と、目の前にいる美男がどうやっても一致しない…。しかもそれが、ただの騎士ではなく…
「………、こ…侯爵…さま??」
ブールはやっとの事で言葉を発したものの、腰が抜けてしまっていた。
「ファ、ファリヌ、まさか侯爵様と知り合いなんてことは…」
そして声をひっくり返しながら後方のファリヌに尋ねた。
「――…すみません。私たち二人は、然る名門貴族家の使用人です。そして“シュクル”とは仮の名…あの方は我々の主人、ショコラ様とおっしゃいます。今まで身分を隠していた事、謝罪いたします。」
そう言うと、ブールに対しファリヌとミエルは頭を下げた。
「シュクルが貴族のお嬢様⁉…た、たしかに、どうりで他の娘たちと違ってたわけか…。」
フォユテはそれを聞き、素っ頓狂な声を出した。
…そう言われて思い返してみれば、“シュクル”の言動の一つ一つに納得がいく。フォユテは独り言のように呟くと、ちらりとグラスの方を見た。
「それに…ホントに“オジサン”じゃなかった……」
一方のブールは、情報量の多さに頭を抱えていた。
「も…もう、どこに驚いていいのか……
!もしかして、それじゃあカイエはお嬢様の誘拐に巻き込まれたのか⁉」
「いえ、恐らく狙われたのはカイエさんの方だと考えています。ショコラ嬢が…それに巻き込まれたのだろうと。」
「そんな…どうして…」
ブールはまた、頭を抱えて項垂れた。
そしてグラスはフォユテの方を見て告げた。
「フォユテ、悪いが君は重要参考人としてしばらくここで身柄を拘束させてもらう。」
「重要参考人⁉だからカイエなんて呼んでないって言ってるじゃないか!!」
「それは分かっている!だが今は、疑わしきは捕らえるしかない。ソルベ、彼を椅子へ。」
「はい。」
「ちょっと…やめ…」
グラスに命じられ、ソルベはフォユテを椅子に座らせると逃げないよう両手を縛った。フォユテは少し取り乱したもののその後は暴れもせず、黙って顔を土気色にさせていた。なぜこんなことになったのかと、呆然としているようだ。
『…さっきの話からすると、呼び出したのはフォユテだったという事か…。』
必死に否定している姿は、報告書通りだった。そんな彼にソルベは語りかけた。
「大丈夫、君を犯人だと言っているわけではありませんよ。兄も悪いようにはしません。」
それからグラスはその前に椅子を持って来ると、自分もそこへ座った。
「――ここへ来る途中辺りを見てきたが、この暗さでは今痕跡を探すのは難しい。夜が明けるのはまだ先だ。それまで君には、色々と聞かねばならない事がある。協力して貰えるね?」
「―――……」
憔悴したように、フォユテは無言で頷いた。
「……クソッ!やっぱ暗いと分かんねーよ!」
だいぶ暗がりに目が慣れたとはいえ、昼間と同じようにとはいかない。アントルメ川の下流に向かって怪しい場所を探していた少年は苛立っていた。一々辺りを見回して先へ行くため、なかなか距離が進まない…。
『――とりあえず、ここまではそれっぽい所は無かったな…。見晴らしが良すぎる。…向こう岸はどうなってんのか見えなかったけど…。チッ!あっちに行かれてたら面倒だな。明るくなんないと確認出来ねーし…。』
少年が上から河原を見ていると、川岸に背の高い草が生い茂った場所が出てきた。この辺りはあまり手入れがされていないようだ。上の陸地の方も、建物はいくつかあるものの寂れている。住人はあまりいないみたいだ。…というより、ここら一帯は住宅地ではないらしい。
一つの建物へ近付き、少年が窓から覗いてみると中は暗くて見えにくいものの、人がいなくなってからだいぶ経っているような様子だ。窓は汚れ、内部には埃が溜まっている。最近開けられたような形跡はない。
どうやら付近の建物は皆、廃墟とまではいかないが打ち捨てられた場所のようだ。
「こりゃあ、いいとこ見付けたってところだな…」
次に少年はさっき見た河原へ降りて行った。足を滑らせないよう、慎重に、慎重に…。背の高い草を掻き分け、間違っても川に落ちないように気を付けて岸辺を進む。
…自分だったら、この辺だ。この辺りにあるはず――…
掻き分けて進んだ先に、突然少しの空間があった。急いでそこへ出ると、
「…あった…‼」
小舟が岸の上に引き上げられている。舟底はまだ濡れていた。たぶん、さっき見た物だ。しかし…
『アレ⁉二艘ある…。どっちも使った形跡があるな。あの時もう一艘あったのか⁉気付かなかった…!』
とにかく、ショコラたちはここへ上がったようだ。その場から陸地の方面に目を向けると、背の高い草の中に、一部が人工的に抜かれたような細い道が、わずかに見えた。巧く自然に見せかけてはあるが、不振な目で見れば不自然極まりない。
「…へー…。ご丁寧に案内してくれるわけだ?」
少年は薄笑いを浮かべると、その道なりに先へ進んで行った。
空は段々と白み始めていた。
――ビストロでは、グラスによるフォユテへの尋問が続いていた。
「もう一度聞く。不審な人物との接触は、本当に無いんだね?」
「無いってば!何度も言ってるけど、ここは人の入れ替わりも多いし見慣れないヤツなんて沢山いるよ!不審って言うなら、最近じゃ“マイスさん”が断トツだね‼」
「ブフッ」
すぐ側で尋問を見守っていたソルベが、不審者=“マイス”と言うのを聞いて思わず吹き出してしまった。
「…お前な…真面目にやれ。」
「…スミマセン。つい…」
呆れたような顔でグラスがソルベを睨むと、ソルベは咳払いをして自分を落ち着かせた。
「――でも兄上、本人に不審者との接触を問い質してもあまり意味は無いのでは?」
「それはそうだが…」
何かが、ずっと引っ掛かっている。
「少しでも手掛かりを掴みたい。なあフォユテ、君もショコラ嬢…“シュクル”の事が心配だろう?それならよく思い出してくれ。小さなことでいい。何でもいい。不審ではなくとも、最近知り合った者の事とか――…」
「……。そんなこと言われても……。“マイスさん”なら、分かるでしょ?ああいうノリで他人と知り合うことなんて、ここじゃ日常茶飯事なんだよ。一々覚えてなんかいられない…。」
そう言って、フォユテは項垂れてしまった。尋問を始めてからずっと、こんな具合だ。グラスは溜息を吐いた。
「…分かった。じゃあ、今日…いや、正式には昨日か。朝起きてからの一日の事を教えてくれ。」
「一日の事…?そうだな…起きてから色々身支度をして…。父さんの店を手伝ってたよ。いつも通りだよ!みんなに聞いてくれ…。」
「そうか。それで?その後は?」
「その後?それは…ええと…そうだ、昼を過ぎてビストロへ行って……。」
フォユテの表情が、わずかに変わった。
「“ビストロへ行って”?…それから、どうした?」
「…ビストロへ行って……行って……食事を…した…。」
「ビストロでは、何を食べた?」
「“何を”?……なにを……」
明らかに、フォユテの様子がおかしくなった。グラスとソルベは無言で目を見合わせた。
「なにを……僕は、何を…食べたんだ……?
――思い出せない!」
フォユテは顔面蒼白になり、縛った手で頭を抱えるようにするとうずくまり、冷や汗を掻きだした。
「―――オイ、起きろ。」
知らない男の声で、ショコラは目を覚ました。いつの間にかまた眠っていたらしい。今度はカイエも今、一緒に目を覚ましたようだ。二人は身を寄せ合って、お互いに手を握ったまま眠っていた。
「食事だ。場所を移動する。」
そう言って部屋の中へ入って来た男はまた二人組で、だが両方とも見たことの無い顔だった。
「目ぇ隠すだけだからな、大人しくしてろよ。」
彼らはショコラとカイエの目を手早く布で塞ぐと立ち上がらせ、それぞれの腕に付けられた鎖を掴んで引いた。
そのまま、しばらく歩かされた。
「階段だ。降りるぞ。気を付けろよ。手すりは左だ。」
ショコラは言われるがままに左側を探り、手すりを見付けるとそれを頼りに一歩一歩階段を降りた。
降りて少しすると、ショコラの全身に温かい光を感じた。目隠しも通してしまう強い光…。耳には、鳥の鳴き声も入ってくる。
『朝なんだわ!そうか…あれからたぶん、まだ半日も経っていないのね。何日も寝ていなければ…。』
だが、こうして食事のために起こされたのだ。恐らく何日も寝ていたという事はないだろう。
そして、ここは部屋の中とは空気が違う。風がある。――今、外を歩かされているようだ。
それから少しだけ、太陽を感じながら歩くとまた少し暗くなった。どうやらもう一度建物の中へ入ったようだ。
そのまま鎖を引かれ付いていくと、誰かが扉を開けた気配がした。だがショコラたちは立ち止まらずに歩き続けた。
そして、その後すぐに男は鎖を引くのをやめた。そこでショコラも立ち止まった。すると、部屋を出る時に付けられた目隠しが外された。
はらり、と布が取れ、ショコラは目を開けた。
その部屋は初めにいたところよりも広く、小さなテーブルと椅子が置いてある。それから…
奥には、同じように手足に枷を付けられた女性たちが数人、地面に座らされ黙ってこちらを見ていた。




