78.疑問は増えるので、
「――おう、そっちのも目ぇ覚ましたか。」
扉を開けたのは、あの時の、リーダー格の男だった。そしてその後ろにも、もう一人立っているようだ。
「…何か、ご用ですか?」
大した動揺もせずにショコラはそう聞いた。
「ハッ相変わらず肝の据わった嬢ちゃんだな。別に用ってわけじゃない。ただの定期的な見回りだ。そっちの女にも言ったが、いいか?逃げようとしたり、騒いだりすんじゃねぇぞ。大人しくしておけ。」
「分かったわ。ねえ、私たちはどうして捕まえられたの?」
脅されているにも関わらず、それをさほど気にも留めずに質問を続けるショコラ…。リーダー格の男は呆れたように答えた。
「そんな事ぁ知らなくていいんだよ。大体、答えるとでも思ったか?肝が据わってるのか、ただのバカなのか…。」
やはりそうくるか。物は試しと聞いてみたショコラだったものの、上手くはいかず残念だと思った。…さて、ではどうしようか…。
「…それにしても…。もったいねーな…」
ショコラが考え事を始めた頃、リーダー格の男の肩越しに、後ろにいた男の呟きが聞こえてきた。ふと目をやると、彼はショコラたちを気持ちの悪い目で見ていた。
それに気付いたカイエは怯えてショコラの方に身を寄せた。
「…オイ、手ェ出すんじゃねえぞ。こいつらはしょ…」「!おいっ」
後ろの男を制しようとしたリーダー格の男だったが、言いかけた言葉を逆にその男に遮られてしまった。どうも、後ろの男は焦った様子だ。
…そして、彼らはショコラの目の前で“外国語”で話し始めた。
「〈…女どもの前で喋る時は、こっちだって言ってたろ?〉」
「〈すまん…。〉」
リーダー格の男の方が叱られていた。ショコラは、彼らが話しているのをぼうっと眺めた。
『これがそうなのね…。さっき、カイエが言っていた通りね。』
彼らの話し方を聞いていると、言葉は流暢だが少しだけ違和感を感じる。どうやら、それが母国語というわけではないらしい。これは会話の内容を自分たちに知られないようにするため、わざとそう喋っているようだ。
しかし――…
『これは…“ピアト語”だわ。』
残念ながら、ショコラにはその会話が筒抜けだった…。
――“ピアト語”――…
それは、ガトラルよりも南に位置する島国、“皇王”を名乗る君主が治める正式名称「ピアットイソラ皇国」の公用語だ。通称“ピアト”と呼ばれ、言語の方はそれで通っている。
ピアトはガトラルの友好国で、ショコラが幼い頃、屋敷には姉・フィナンシェの語学教育のため、海を渡って家庭教師がやって来ていた。ピアト語に限った話ではないが、フィナンシェの勉強中ショコラは姉の真似をして隣に座り、その様子をずっと眺めていた。姉と違って特別勉強をさせられたわけではないショコラは、それで知らず知らずのうちに会話などを勝手に学んでいたのだった。一方で読み書きの方は今、少し苦労しているところだが…。
ピアト語の家庭教師は恰幅の良い陽気な女性で、屋敷に来た時は勉強の後よく遊んでもらったものだ。今頃彼女はどうしているだろうか…。
思い出に浸ったショコラは、いつの間にか別の事を考えていた。
しかしハッとすると、“今”へ戻って来た。
『…でも、なぜわざわざピアト語を…?』
言語ならば他にもあるというのに…。
ショコラが不思議に思っている間に、気を取り直したリーダー格の男が改めてさっきの続きを喋り出した。
「〈とにかくだ、こいつらは大事な商品なんだ。絶対に手は出すなよ!そんな事してみろ?頭に殺される‼〉」
「〈…分かってるって、“旦那”のヤバさくらい。俺だって死にたくねーよ。言ってみただけだ。…にしても、美人ばっか集めて“待て”とは…キッツイなァ…〉」
彼らは、どうせショコラたちには何を言っているのか分からないだろうからと、堂々と内部事情を話している。これは好機とばかりに、ショコラはショコラでピアト語の会話を盗み聞きしていた。
しかしそれも束の間、すぐに聞き慣れたガトラル語に戻ってしまった。リーダー格の男がまた、こちらへ声を掛けてきたのだ。
「おい、お前らヘンな気だけは起こすなよ。食事ならちゃんとやる。あと、しばらくしたら別々の部屋に分けるからな。」
ショコラたちを再度牽制すると、男たちは立ち去って行った。
『“商品”…。そうか、私たちは売るために捕まえられたのね。人質ではないみたいだわ。でも、あの人が“手は出すな”と言っていたから…暴力を振るわれる心配はなさそうね。』
ショコラは一人、今聞いた会話の内容を整理した。
「――カイエ、しばらくは心配なさそうよ。」
「え……⁇」
部屋を分けられると聞きすっかり縮み上がっていたカイエに、ショコラは声を掛けた。
「なんで…そんな事が分かるの?」
カイエは訝しそうにショコラを見た。ショコラは「言葉が分かるからだ」と言おうかと思ったが、やめた。この先会話の内容を一々教えた時、カイエの恐怖心を余計に煽ってしまうのではないかと思ったのだ。
「ええと…ほら、中までは入って来なかったでしょう?だから…」
「そうかしら…」
「それに、食事もくれると言っていたし。」
「………」
さすがにこの理由は苦しかったか、とショコラも思った。そのためか、なかなかカイエはショコラの言う事に納得が出来なかった。どうしても、恐怖心の方が勝ってしまうのだ。
しかし、ショコラが一生懸命にそれを伝えようとしていることだけは分かった。
『自分だって怖いはずなのに…。私を気遣ってくれてるのね。』
守ると言った歳下に気を使わせ、自分は何をしているのだろうかとカイエは思った。言葉が見付からず、黙ってしまう。
沈黙の時が流れた。
ショコラは、無言になってしまったカイエの手を取った。その手は冷たかった。いつもはそんな事はない。よほど怖い思いをしているのだろう…。可哀想になって、ショコラはそのままぎゅっと握った。
「…必ず、助けは来るわ。」
…温かい。
安心させようという思いは、その手を通してカイエにも伝わった。
「――…そうよね。うん、そうだわ!」
今はその言葉を信じよう。
無理やり笑顔を作ると、カイエはそれに応えた。
それが無理やりな笑顔であることはショコラにも分かったが、また笑ってくれてよかった、と思った。
――それにしても、“商品”である自分たちは、いずれまた別の場所へ連れて行かれることになるのだろう。ここで売り買いするようには思えない。しかし、さっき男は「しばらくしたら部屋を分ける」と言っていた。どうやら、すぐに移動することはなさそうだ。
出来れば、少しでも「その時」を引き延ばしたい。助けが来るにしても、それがいつになるかまでは分からないのだ。そのためにはもう少し詳しく話を聞きたい…。
ショコラは、次の機会を待つことにした。
『そういえば…もう一人が言っていた“旦那”というのは“頭”と同じ人よね…?どうして別の呼び方をするのかしら…⁇』
時間に余裕の出たショコラには、新たな疑問が浮かんでいた。
ショコラたちが何らかの事柄に巻き込まれてから、すでに数時間が過ぎていた。二人を探し始めてからも、だいぶ経つ。
初めはただ少し娘のカイエを心配していただけだったブールも、今ではすっかり青くなり参ってしまっている。ビストロへ戻って来ていたミエルと探す手伝いをしていたフォユテと共に店の中へ入り、項垂れて頭を抱え、座っていた。
「どうしてこんな事に……。
!そういえば、最近おかしな話があったな…。行方不明事件だったか…。ひ、人攫いなのか⁉まさか…まさか、カイエが巻き込まれたなんて事は…‼」
ブツブツと独り言のようなブールの言葉に、ミエルは反応した。
「え……“行方不明事件”…?“人攫い”って、何ですか⁉」
「――ミエル、知らないのか…?ほら、少し前から噂になってるじゃないか…なあ、フォユテ?」
「あぁ…いくつかのところで、若い女の子がいなくなってるって話でしょ?全く、騎士団は何してるんだか…。」
当たり前のように話している二人を前に、ミエルは戸惑った。そんな噂は初耳だった。
ショコラといる時間が多く他人との接触が少ないミエルにはショコラ同様、そういった情報が入りづらい。カイエと二人で話していた時、ショコラには偶然その事を聞く機会があったが、その場にいなかったミエルは結局今まで何も知らずにいたのだった。
『そんな話、今初めて聞いたわ…!ファリヌさんはこの事を知っているのかしら…。』
ミエルは今まで、これはショコラを人質としたものではないかと思い込んでいた。…カイエとの関係性までは頭が回っていないが…。おおよそショコラの方にカイエが巻き込まれたのだろう、というくらいに思っていた。
…だが、よく考えてみれば――…。グラスたちが変装してこんな所に来ているのも、ファリヌが何かと警戒しているのも、このことがあるからだとすれば納得だ。そうなると……
その時ガランガランとドアベルの音をさせ、息を切らせたファリヌがビストロへ入って来た。
「…っ二人は!?」
ブールが項垂れたまま首を振った。
「そうですか…。でも今、騎士団に助けを要請して来ましたから!」
「ああ、ありがとう…。ただ、ここの旅団は少し頼りないというか…。ちゃんと探し出してくれるといいんだが…」
ブールは力なく笑って答えた。
「いや、“旅団”じゃなく“師団”の方に。」
「“師団”⁉…と言ったら、王都だろう⁇どうやって…」
思わず顔を上げ、ブールは驚いた。
しまった、とファリヌは思った。通常、この国で王都外の各領地に常駐しているのは旅団の方だ。師団は何かあったか、不定期な見回りとしてしか街には現れない。今回彼らは極秘で活動しており、それが来たなどという噂はもちろんなく、不自然に思わせてしまったかもしれない…。
「…少々、伝手があって。」
どう説明したものかと、ファリヌは言い淀んだ。
するとそこへミエルが駆け寄って来た。
「ねえ、“行方不明事件”のこと、知ってた⁉」
「?…ああ。」
「やっぱり…。どうして教えてくれなかったの⁉私、今聞いたところなのよ‼」
「えっ?“今聞いた”って…知らなかったのか⁉」
ミエルの質問に、ファリヌの方が驚いた。
「知ってるものだとばかり…」
「知らなかったわよ‼」
詰め寄るミエルに、そういえば彼女も世情に疎かったという事をファリヌは思い出した。そして、イザラへ来る前に情報をすり合わせていなかった事を反省した。
「知ってたら私だって、もっと注意したのに…」
「…悪かった。次は気を付ける。」
――そんな二人のやり取りを、ブールは黙って見ていた。が、彼はついに二人に向かって声を掛けた。
「…なあ、今こんなことを聞いている場合じゃないのは分かってるんだが…。
君たちは本当に、“兄妹”なのかい?」
「えっ……」
突然の事に、ファリヌとミエルはどきりとした。
「な、何で、そんなことを……」
「……前から、違和感を感じてはいたんだ…。正直、君たちは全く似ていないと思う。でもあの時の説明で、そういう事もあるかもしれないと…。だけどね、今の会話を聞いていたら、やっぱり感じが違うと思ったんだ。――君たちは、何者なんだい?」
ブールに真正面から尋ねられ、ファリヌとミエルはお互い目を見合わせた。…どうやらもう、これ以上隠しておくことは出来ないようだ。こんな事にもなった以上、ショコラが無事に見付かったとしても恐らくイザラには居られないだろう。
二人は覚悟を決めた。
「―――私たちは――…」
ファリヌが口を開きかけた時、またドアベルが鳴り、ビストロの扉が開いた。全員が一斉に、扉の方を向いた。
そこには、ブールとフォユテが見たことの無いような美男が立っていた。彼は騎士団の制服を着ていた。
「――こちらの娘さんを呼び出した人物について伺いたい。その者は今どこに?」
その途端、今度はファリヌとミエルとブールの三人が、一斉に扉とは逆の方向を見た。無言で、一人の人物を…
「え…っ⁉」
全員の視線を一身に浴び、フォユテは青ざめた。




