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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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77.気が付いたので、

「――静まれ‼」


動揺でざわついた三人の班員に対し、大きな音を立ててテーブルを叩いたグラスが一喝すると、その場はしんと静まり返った。


「…これまでと形式が違うからと言って、頭から別物だと決めつけるのは尚早だ。行動を起こした時に不測の事態が起きたのかもしれない。物事には必ず、想定外が付き物だ。常に可能性を考えなければ、奴らを出し抜くことは出来ない。」

「は、はい、肝に銘じます…!」


抑えるようにして出した低い声でグラスが部下たちを(たしな)めると、三人はすぐさま胸に手を当て深く頭を下げた。彼が放っている空気は重く総毛立つようで、誰一人頭を上げられず冷や汗を垂らした。


「……連中、やってくれたな…。私の目の前で……!」


グラスはさらに鋭く目を光らせると、テーブルを叩いた時からそこにあったままの拳を、より固く握り締めた。


『これは……不味いんじゃないか⁉』


ソルベは焦った。こんな状態は初めて見る…。頭に血の上った兄が何をするか、見当が付かない。部下にはああ言っておきながら、自分は一人勝手な行動を起こし、暴走するのではないかと気が気でなかった。


「兄上、冷静になってくださいね。」

「ソルベ…私は今、いつになく頭が冷えている。思考は鮮明だ。」


グラスは静かにそう言った。たしかに、表情と雰囲気こそ険しいが動転している様子は無いようだ。

ソルベは少しだけ安堵した。


「――君、もう少し詳しく話を聞かせてくれ。なぜ、ビストロの娘までも消えた事を知っている?」


一つ息を吐くと、グラスはファリヌに対し質問した。


「…、はい、侍女から聞いた話です。ショコラ様が遅くに、その方の所へ行こうとお一人で家を出てしまったらしく、それに気付いてからすぐにビストロへ向かったと。ですがショコラ様はおらず、その時にその娘さんもいなくなっているという事が分かったそうです。私は留守にしていて、この事を知ったのはつい先程でした。」

「そうか…ではやはり、無関係とは言い難いな…。他には?」


さらに情報を求められ、ファリヌはミエルに聞いた話を手繰った。


「他……。――そういえば、ショコラ様はご自分から出て行かれたようですが、ビストロの娘さんは呼び出されて出掛けたとか…。でも、呼び出した相手はそれを否定していた、と…」

「呼び出された…?」

「相手はそれを否定したって……。兄上!」


グラスとソルベに緊張が走り、二人は顔を見合わせた。ビストロの娘・カイエの状況は、聞けば聞くほどこれまでの事件と一致している…。もはや、疑いようがない。

一方で問題はショコラの方だ。関係があるのか、ないのか…。



しばらく考えた末、グラスは決断した。


「――……。これは、同一事件として捜査する。ビストロの娘のもとへ向かっていた時に姿を消している事からもその線が濃厚だ。それに同じ日同じ時間帯に、奴らとは別の姦計を持った者が同じ街に現れ、たまたま外へ出たショコラ嬢をたまたま見付け犯行に及んだ、というには偶然が過ぎる。」


そして班員たちに向かって宣言をした。


「変装は終わりだ。今を以て潜入捜査は終了とし、犯行グループの探索に切り替える!この時間だ、すでに遠方へ逃れたとは考えにくい。まだ近くに潜伏しているはずだ。今のうちに体制を整え、攻勢に出るぞ‼」

「ハイッ‼‼」


ソルベ以下三人は、姿勢を正し敬礼した。

それからグラスはファリヌの方へ向かって声を掛けた。


「情報、感謝する。ここからは我々に任せてもらおう。」

「…よろしくお願いします。」


ファリヌは頭を下げると、その場を後にした。


「それでは命令を下す!お前たち三人は伝令へ。一人は王宮へ向かい、陛下と団長へ報告を。あとの二人は各地の班へこの事を伝え、全班をイザラへ結集!分担は任せる。一刻も早く召集する事を優先し、場合によっては陸路だけでなく水路も使え!」

「ですが侯爵様、水路は海師の管轄です。もし渋られた場合は…」

「その時はグラス・レザン・グゼレスの名において侯爵の権限を代理行使する事を許可する‼他にも必要ならばそうして構わない。出し惜しみはするな!全責任は私が持つ。速やかに任務を遂行するように!行け!!」

「御意!!!」


命を受けた三人は、素早く制服を着ると飛び出して行った。


「我々はどうしますか、兄上。」

「私は現場付近に行って痕跡を探す。お前はこの近くの旅団へ行って、すぐに警備の強化をさせろ。…どうもここの管轄は緩んでいるようだ。しっかり釘を刺して来い!それから合流だ!」

「分かりました!」


グラスとソルベもそれから間もなく部屋を出て行き、イザラ班は皆それぞれの方向へ散って行った。









「……、…ュクル…」


誰かが、自分を呼んでいる気がした。


「…ュクル、シュクル」


“シュクル”…それは、わたしのこと……?


「――シュクル!」


ショコラはハッとして目を覚ました。目を開けたばかりで、頭はまだ働いていない。物は見えているが、それが何かを判別するのに少しの時間が必要だった。

…目の前で、心配そうな顔をしてこちらを覗いているのは……


「カイエ…」

「…良かった…シュクル!」


起き上がったショコラに、ガチャリと音をさせながらカイエが抱き付こうとした。…しかし、それは上手くいかなかった。()()がそれを邪魔していた。

“ガチャリ”という音は何だろう、と思ったショコラがよく見てみると、カイエの両手首にはしっかりとした鉄の枷が付けられていて、その鎖が接触し合う音だった。

さらによく見てみればそれは自分にも付けられていて、手首だけではなく、足首にも同じように付けられている。鎖の長さはおよそ三十センチ程で、胴の幅と同じくらいだ。真っ直ぐに立った時に両腕をそのまま下せるくらいには余裕がある。逃げ出すことは難しそうだが、何をするにも不快なほど拘束されているわけではないらしい…。


「なかなか目を覚まさなかったから心配で…。気付いたら、横にシュクルがいてびっくりしたわ。あなたまで捕まってたなんて…!」


カイエは気が付いたショコラに安心し、目に涙を滲ませた。


「!そうだわ、カイエは大丈夫⁉私、貴女が連れて行かれそうなところを見かけて…!」


カイエはそれを聞いて絶句した。それから、すまなさそうに重い口を開いた。


「……シュクルは、私のせいで捕まっちゃったのね……。ごめんなさい。」

「違うの‼私は帰されようとしたけど、自分で捕まったのよ!」

「え…?なんで…??」


…当然だが、カイエは状況が理解できず思わずキョトンとした。


ショコラには、考えがあった。たしかにあの時、勘付いたことに気付かれぬよう、戻って助けを呼びに行くことも出来た。そしてすぐに騎士団に動いて貰えばよかったのかもしれない。


だが、それで血眼になってまでカイエを探し出そうとはしてくれただろうか…?


もちろん、怠慢をするのでは、と疑っているわけでは無い。きっと必死に捜索してはくれるだろう。しかし、どこまで本気でそうしてくれるかは分からない。

以前にカイエから聞いた“若い女の子の失踪”という話は、恐らく解決していないから流れている話なのだろう。という事は、今後カイエはその話の一つに加えられるだけ、という可能性がある。それでは駄目だと思った。


そこで自分だ。自分が一緒に捕まれば、何としてでも探し出そうとしてくれる人が確実に二人いる。それはもちろんファリヌとミエルだ。二人なら、例えどんな手を使おうと、必ず見付け出してくれる。


ショコラはそれを疑いようもなく信じていた。

そうすれば、同時にカイエも助かる。これが一番、彼女を助けるために有効な手段だと考えた。

だから怖くもなかったし、迷いなく囮となったのだ。

それに、ここには今、グラスたち騎士団もいる。“次期公爵候補”である令嬢がいなくなったとすれば、彼らも悠長なことはしていられないだろう。確実に、全力を挙げて捜索をするに違いない。


自分は、色々なものを引き寄せるための…言わば“餌”なのだ。



「…とにかく、シュクルのことは、私がちゃんと守ってあげるから、安心して…!」


そう言ってショコラの両肩に置いたカイエの手は、震えていた。

必ず助けが来ると確信している自分と違って、そこまでの確信が無い彼女はどれだけ心細いだろう…。“ショコラを守る”という使命感で、やっと気力を保っているようだ。


「――ありがとう…。」

『大丈夫よ。カイエの事は、必ず無事に助け出してみせるわ…!』


ここへ来たことは、やはり間違っていない。ショコラはそう思った。


「あっ!」


その時、ショコラは思い出した。そして、ポケットの中を探るとホッとした。


「あのね、これを返そうと思って…。持ったまま帰ってしまって、ごめんなさい。」


そう言うショコラがカイエの前で手を広げると、そこには貸していた母親の形見の髪留めがあった。


「まさか、これを届けるために外へ…?」

「とても大事な物だもの。それにお守りって言っていたでしょう?もしかしたらこれが無かったせいで、カイエは誘拐に遭ってしまったのかも…。」


しゅんとするショコラに、カイエは少しだけ笑ってしまった。


「…そんなわけないわよ!でも、ありがとう…。」


カイエは髪留めを受け取り、大事そうに抱き締めた。

…実の事を言えば、ショコラの姿に気付いた時どれだけ心強かったことか…。それだけではない。本人にその自覚は無いのだろうが、こうして和ませてくれるのだ。不謹慎だが、ここにいてくれて良かったと思った。




「ところで…ここはどこなのかしら?」


ショコラは自分が置かれている部屋の中を見回した。

軽く見たところでは、あまり頑丈な造りには見えない。さほど広くない部屋は、壁も床も天井も、全てが板張りになっていてイザラでよく見るような住居とは少し違うようだ。どちらかと言うと、山小屋や物置小屋のような…人が住めないわけではないが、居住するために建てられた物では無いようだった。


「分からないわ…。私も、目が覚めたらこの状態で…。私を捕まえたやつらにも、起きてからまだ一度しか会ってないし。」

「そう…。」


“あれ”から、時間は一体どのくらい経ったのだろう…。眠っていたのは、数時間なのか、数日なのか、…もしくは数十分程度なのか、恐らくカイエにも分からないだろう…。

ここには時計だけでなく、窓もない。外の景色が見えないので、夜なのか昼なのかも定かではない。


『……でも、お腹は空いていないわね…。という事は、あまり時間は経っていないのかしら?』


こんな時にも関わらず、ショコラは腹時計を参考にした。恐怖で空腹も忘れる、という意識が無いのかもしれない。


「ねえ、カイエは起きてから一度だけ誘拐犯さんに会ったのよね。何か言っていた?」

「…そうね…、“騒ぐな”とは言われたわ。あと、逃げようとは思うなって…」


…それには、さすがに世間知らずのショコラでさえも、“普通だな”と思ってしまった。


「それじゃあ…どうして捕まえられたのか、分からないのね。」

「そうね…。」


ここでただ助けが来るのを待っているより、何か情報が欲しいと思ったショコラだったが、カイエもまだあまり詳しく状況が分からないようだった。


「あっそういえば…。私に話してきた時は()()だったんだけど…。何だか変なのよ。」

「変?変って、何が?」


カイエは表情を強張らせた。


「…何人か仲間がいるみたいで、部屋の外から話し声が聞こえてくるの…。でもよく分からなくて…。初めはドアとか壁があるから聞き取れないんだと思ったの。でも違った。ドアのすぐ近くで、はっきり聞こえたことがあったんだけど、何を言ってるのかまるで分からなかった。」


そう言いながら、カイエは声を潜めた。


「あいつら仲間内では、知らない言葉…外国語で喋ってる。それが気味悪くて…!」


カイエはぎゅっと自身の両腕を掴んで身を(すく)ませた。


『外国語…。誘拐犯さんたちは、外国の人…なのかしら?』


カイエの連れ去り現場で見た人物たちは、見た目があまり自分たちと違うようには見えなかった。言葉も流暢で、外国人がガトラル語を喋っているようには感じなかった。

――ショコラがそんな事を考えていると、この部屋の近くで足音が聞こえた。そして笑い声の混じった話し声も聞こえる。それを聞いたカイエはさらに身を固くしていた。


早くこの部屋の前を通り過ぎて行け!カイエの表情(かお)は、そう言っていた。

しかし、無情にも足音はここの前で止まった。


ギイと音を立てて、扉が開いた。

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