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姉が絶世の美女なので、  作者: ウメバラサクラ
一章 候補

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46.やっぱり少しでも伝えたいので、

目前に迫ったイザラ領への出発準備に忙しく…と言いたいところだが、ファリヌの言うように特別そうすることはないらしく、ショコラは普段通りの生活を続けていた。



「――そして午後に、ミルフォイユ様とヴァンロゼ子爵様がいらっしゃいます。」


朝食後、ファリヌから本日の予定が告げられた。


「分かっているわ。用意しなくちゃね!」

「では、どのようにいたしましょうか?」


ミエルの問いかけに、ショコラは窓の外を見上げた。


「今日は…あんまりお天気が良くないわねぇ…。残念だけど、室内にしましょうか。!そうだわ、それなら温室にしようかしら。お父様は使用なさらないわよね?」

「確認いたします。」


家令のもとへ行くため席を外したファリヌを、ショコラとミエルは見送った。


「本当に、ショコラ様はお外がお好きですね。」

「だって気持ちがいいもの。テラスもいいけれど、本当はお天気の良い日に芝生の上でごろごろするのが一番ね!一日中でもそうしていられそう…まあ、お客様の前でそれは出来ないけれど…。」

「ふふっ」


想像しながらうっとりと話すショコラに、ミエルは思わず笑ってしまった。


そうこうしているうちに、あっという間に午後になった。無事温室も使えることになり、準備は万全だ。



「いらっしゃいませ!お待ちしておりました。ミルフォイユ様、サヴァラン様!」

「――ごきげんよう。先日はお見舞いにいらしてくださってありがとう。」

「いいえ!それよりも、お元気になられて本当に良かったです‼

今日はお二人を温室にお迎えしようと思っています、こちらへどうぞ!」


ミルフォイユはいつも通り専属侍女とじいやを連れ、サヴァランは()()執事を連れて来ていた。

…サヴァランのパーティーでの件があり、ファリヌは“彼”を少し警戒していたが、主人からきつく言い付けられたのか今日は大人しく静かにしているようだ。――が、その目にはらんらんとした期待の眼差しが感じられ、ファリヌは若干の鳥肌を立てたのだった。


温室に入り、ショコラたちがそれぞれ席に着くとミエルがお茶の用意を始めた。それを見たサヴァランの執事・ベトラーヴは、大層がっかりとした様子を見せた。…どうやら彼は、ファリヌが執事としての仕事をしている様を間近で見たかったらしい。

しかし、パーティーでの一件を知らないミエルの頭には大きな疑問符が浮かんでいた。ベトラーヴの無言の反応に、自分が何かミスをしたのでは?と疑心暗鬼になってしまった。


「わ…私、何かまずいことをしてます…⁇」


ショコラたちの前にお茶を出し終えると、ミエルはファリヌの側に行ってこそりと耳打ちした。


「いいえ何も。()()()の事なら気にせずに。」

「はあ…。」


そんなミエルたち、外野のことなど気にも留めずミルフォイユは口を開いた。


「――そうだわ、お茶を始める前に…。メラス。」

「はい。お嬢様。」


ミルフォイユは後ろにいた自身の専属侍女に合図をする。すると彼女は進み出て、ショコラの方に綺麗な包みを差し出した。


「まあ、何かしら。今開けても?」

「ええもちろん。こちらに伺うのに何がいいかしら、と考えたら、これしか思いつきませんでしたわ。」


ショコラは受け取った包みを開封した。


「わあ…何て綺麗で美味しそうなお菓子‼」


中には箱があり、ふたを開けるとそこには焼き菓子が詰められていた。ショコラは思わず目を輝かせた。


「ふふっやっぱり。貴女、よほど食べる事がお好きなのね。」

「はい‼ありがとうございます!」


その光景に、サヴァランは『出遅れた!』と焦った。


「あっあの、僕もお持ちしました!よろしければどうぞ‼ベトラーヴ!」

「はい()…サヴァラン様!ショコラ様、こちらを。どうぞお開けください。」


余程心臓が強いのか本人は何事もなかったかのように振る舞っていたが、ベトラーヴが“坊ちゃん”と言いかけた事は、その場の全ての者が理解した。が、聞かなかったことにした。ただ、サヴァランだけは恥ずかしさに顔を赤くしていた。


『…頼むよベトラーヴ!外でだけは本当に気を付けて‼しかもショコラ様の前で…』


手土産を渡すのに出遅れたばかりでなく、執事の失態まで重なりサヴァランは落ち込んだ。


「まあ!いい香り…。美味しそうなお茶ですね‼ありがとうございます、サヴァラン様!」


ショコラは嬉しそうに笑顔で礼を言った。…それだけで、サヴァランの沈んでいた気持ちは浮上した。


「頂いたお菓子はすぐにお出ししますね!お茶は今のものが空いたら、次に淹れさせますわ。ミエル、お願いね。テーブルの上が充実して幸せです‼」


それが社交辞令ではないことは、ショコラの顔を見れば一目瞭然だった。


「…ほらね。飲食物にしておいて正解だったでしょう?」

「う、うん。さすがだねミル…。」


はしゃぐショコラを見て、ミルフォイユが隣にいたサヴァランに小声で話し掛けた。…実は初め花束を持って来ようかと考えていたサヴァランだったが、彼女からやめておけと忠告を受けていた。そして今、そうしなくて良かったと心の底から思っていた。


『…まさか温室に通されるとは思ってなかったなぁ。花束なんか持って来てたら…考えただけでぞっとする!』



――それから三人は、和やかで楽しいひと時を過ごした。


「…そういえば、グゼレス侯爵様がお怪我をなさったそうよ。」

「そ、そうですか…」


グラスが怪我をした事自体は隠すことが出来ないだろう。世間の噂に疎いショコラは、先日の件がどう広まっているのだろうかと気になった。


「なんでも、弟のグゼレス子爵と真剣で手合わせして不覚を取ったそうですわ。猿も木から落ちると言いますけれど本当ね。…と言っては、子爵の(ほう)に失礼かしら。」

「そうなのですか…。」


“決闘”の事は伏せられたようだ。代わりに、傷はソルベに付けられた、ということになったらしい。…おそらくはそれが一番上手く誤魔化せる理由だったのだろう。人妻に横恋慕した挙句、決闘を仕掛け返り討ちにあった、では家の恥以外の何物でもない。それも次期陸上師団団長が文民相手に、などと知られれば、グゼレス家の名誉も地に落ちる。

だが一先ず、これでグラスの面目は保たれた。


「…ミル、今日は侯爵のことはいいじゃないか。別の話をしよう。」

「ただの世間話よ。目くじらを立てることではないでしょうに。それなら、貴方が何か提供なさいな。」


ムッとしていたサヴァランに、にやにやとしながらミルフォイユは会話の主導権を渡した。


「えっ⁉…と、じゃあ…今度、どこか一緒にお出掛けしませんか…?あっ、もちろん、ミルと三人で…。」


せっかくの勇気を出した“デートの誘い”に自分の名前まで出されたミルフォイユは、意気地なしはなかなか治らないわね、と溜息を吐いた。


「あの……ごめんなさい!」

「エッ!?」


困ったように、ショコラはサヴァランに頭を下げる。まさかの拒否に、サヴァランは青くなって声をひっくり返らせた。


「あっ違うんです!嫌だという事では無くて…その…。」


言葉足らずだったことに気付き焦って補ったものの言い淀みながら、ショコラはファリヌの方をちらりと窺った。彼は、「本当の事は言うな」という無言の圧をかけていた。


「どうかしましたの?」

「それが…ええと…」


ショコラは“言ってはいけない”と“言いたい”の板挟みで苦しんだ。

訳を知らない二人は、何をそんなに困っているのだろうかと思った。とりわけサヴァランは、そんなに困らせることだったのか、と静かにショックを受けていた。


しばらくの沈黙に、ショコラ側とミルフォイユたち側、それぞれが別の思いでショコラの返答を待っていた。


そして、悩みに悩み、ショコラはついに決意した。


『言えるところまでは言ってしまおう!』


「……わたくし、これからまた、とても大事なお勉強をしなくてはならなくて、近い内に時間を取ることが出来そうにないのです。」

「まあ、随分とお忙しいのね。でも、たまには息抜きも必要ではなくて?」

「そうなのですが、お屋敷を空ける()()()あるお勉強なのです。」


ここまで、嘘は言っていない。そして、旅に出るとも言っていない。ショコラはちらちらとファリヌの様子を確認しながら、話せるギリギリの線を探った。


「そんなに、大変なお勉強なんですか…?」

「大変というか…自分から言い出したことなので、頑張りたいのです。」

「そうなんですか…それは邪魔出来ませんね。僕、応援します‼」

「ありがとうございます、サヴァラン様。」


サヴァランの方は、上手く納得させることが出来たようだ。

もっとも、サヴァランとしては半分本音でもありながら、ショコラの心証を考えると物分かりよく引き下がるという選択肢しかないのだったが…。


「ふぅん…。一体、どんなお勉強なのかしら…興味がありますわね。」


ミルフォイユの方は、むしろ関心を引いてしまったらしい。


「わたくしもお話ししたいのですが、言ってはいけないと言われていて…。」

「あら。ますます気になりますわ!」


また、ショコラはちらちらと執事の方を気にしていた。

――そういえば、少し前にも勉強のためと言って雲隠れして、妙な噂が立つことになってしまった事をミルフォイユは思い出した。その時も今回と同じだったのだろうと察した。


「…まあ、あまり困らせてもいけないわね。それにしても、ご自分で大変なお勉強をすると言い出すなんて、相変わらず変わってらっしゃるのね。どこかの誰かに聞かせて差し上げたいわ。」


ミルフォイユが横目で見ながら言うと、サヴァランは視線を逸らした。


「わたくしはまだ後継“候補”なので、認めてもらうためには必要なのです。

でも!新しいことがいっぱいで、今とてもわくわくしていますわ‼これまでの事も、本当はお話ししたくて喉のここまで出て来ているんですっ!」


目をキラキラとさせ、ショコラは身を乗り出して熱弁した。その勢いに、ミルフォイユは呆気に取られてしまった。


「…ふ、ふふふっ何だか分かりませんけれど、また面白いことをなさっているようですわね。いいわ。わたくし正直な方、面白い方は好きよ。」


ショコラにはミルフォイユが納得したのかどうかは分からなかったが、彼女からその言葉を聞くと舞い上がった。


「わたくしもです!ミルフォイユ様、大好きです‼」

「…あら。わたくしの方が先に言われてしまったわね…。」


ショコラの告白(?)に一瞬きょとんとしたミルフォイユは、サヴァランの方を見てみた。…やはりというか、何というか…サヴァランはそわそわと落ち着かなかった。たぶん、自分も言って貰えるのではないかと期待しているのだろう、とミルフォイユは思った。


「――ふふふっあははっ……本当に楽しいわ!」


そんな光景に、ミルフォイユは笑いが止まらなくなってしまった。

その彼女を見て今度は逆にきょとんとしているショコラ、外出先での大笑いに心配する侍女、何が起こったのかときょろきょろとするサヴァラン――…。肩ひじを張る必要もないここは、ミルフォイユにとって居心地の良い空間だった。



「――…、それじゃあ、またしばらくは人前にお出にならないのね?」


ひとしきり笑い倒したミルフォイユは、それが収まるとショコラに尋ねた。


「いえ、今回は必要があれば夜会などに出るように、と父から言われているんです。」

「そうですの。ではそこでまたお会いできるかもしれませんわね。それまではわたくしたち、“ショコラ様は物凄くお勉強に励まれていらしたわ”と世間に広めて差し上げる。ね、サヴァラン?」

「うん、もちろん!頑張ってください、ショコラ様。」


…会う前はこれからの事について、ショコラは話さないか、嘘を吐かなければならないかもしれないと思うと、気が重く感じていた。しかし、思わぬ形で二人を味方に付けることになったようだ。


「あ…ありがとうございます!お二人とも‼」


胸が一杯になったショコラは、いつか二人に本当の事を話したい、と思った。頑張らなければと思った。そしてこの日の事を、いつかまた思い出話にして三人でお茶をしよう、と心に誓ったのだった…。


『今日、お会いできて良かったわ…!』




「さあ、これで心残りは無くなったわ‼ファリヌ、ミエル、私今すごくやる気に満ちているの!!イザラでもよろしくね!」


ミルフォイユとサヴァランを見送ったショコラは、決意を新たにした。


数日後には、いよいよ出発だ。イザラ領は国内と言っても、ショコラにとっては未踏の地。

ファリヌとミエル以外、頼ることのできる人間がいないという心細さなど微塵も感じず、そこで何が待っているのかとショコラは心を弾ませていた。

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