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八十三話 急募

 

 妙な事になったものだと、目の粗い安物の毛織物の服を纏った年若い男は思った。青年の名はルカ。かつてクロムの町中で主に冒険者を相手にした雑貨店を営んでいたが、今は職を失っている。


 噂上の存在に過ぎなかった万能薬、液薬(ポーション)を遂に作り上げたと主張する錬金術師に偽物を掴まされ、そうとは知らずにはしゃいで売り出してしまったのが運の尽きだった。

 彼は偽の液薬(ポーション)を販売したとしてクロム当局に捕らえられ、情状酌量により身体刑は免れるも、虚偽を象徴する黄色に染まった衣服を着せられ、衆目に晒される刑に処されてしまう。

 黄の衣服の着用を生涯義務付けられる事もなく復帰する事は出来たが、当然商売は続けられず、親が開いた店は畳まざるを得なかった。


 ルカは鼻から嘆息を吹いて視線を落とす。


「イーゴルさんのお陰で冒険者組合(ギルド)の裏方として食い繋げると思ってたのに、ゴブリンに負けたせいで冒険者組合(ギルド)があんな事になるなんて……果てにはこんな事やらされるって……」


 地面に向けた目を再び持ち上げると、視界にはごちゃごちゃとした小汚い小屋や天幕の群れが映り込む。クロムの南北に置かれた主要の門とは別に、東西それぞれにある小さな城門、その内外に溢れる貧民窟(スラム)の一つだ。

 商人や冒険者が使用する南北の城門では、治安や景観の点から貧民が勝手に住居を建てない様、徹底的に取り締まられている。

 その一方で、クロムの住民や周囲の村人が通用門とする東西の城門周囲は、失職して下層に転げ落ち、今は日雇い労働者や物乞などになった者達の荒屋(あばらや)で満ち溢れ、市壁外側の貧民街と同じく、事実上当局の手が及ばない法外の地と化していた。


 ルカはその明らかに治安が悪そうな薄汚い町並みを眺めていたが、ふと見知った顔を見掛けて駆け寄る。


「イーゴルさん! どうしたんです、こんなところで」


 三人の冒険者を連れた、背の高い重戦士姿の男が振り返る。男は確かに冒険者“鋭鋒”のイーゴルだった。


「ルカか! お前こそどうして此処に」

「……その、ゴブリンに負けた後、冒険者は殆どクロムを出て行っちゃったじゃないですか、それで組合(ギルド)も事務とかの人員整理を始めて……」

「クビになったか」


 ルカは首と肩を落としてしゅんとなる。

 彼だけではない。冒険者が激減した事で、ただでさえ魔王の死後に衰えを見せていたクロムの産業は軒並み衰退してしまい、失業者が大量に出ている。

 元は市が身分保証する「正規」の貧民中心であった貧民街も、雪崩れ込む失業者により日に日に規模が拡大し、市の管理が及ばない程に変容していた。


「俺達もクロムを出る事にしてな、故郷(キーイ)に帰ろうと思ってる。丁度今、西の門から出ようとしたところだ」

「そうですか……寂しくなりますね」

「お前は大丈夫なのか? 生まれも育ちもクロムだから外に伝手(つて)無いだろ」


 イーゴルが心配の言葉を掛けると、ルカはぱっと顔を上げる。だがその表情は、何とも言い難いという微妙なものだ。


「それがですね、北方騎士団が零細商人とか、とにかく識字、計算が出来る人を集めてたんです。てっきり北方騎士団の事務方を募集しているのかと思ったんですが……」


 言い澱んだルカは、二度三度視線を彼方此方へ這わせる。が、やがて言い辛そうに重い口を開いた。


「ゴブリンの国……ナリカラって言いましたっけ、そこで働く人間を集めて欲しいと言われてしまいまして……特に貧民街から集めろって」

「おい、それって」


 顔面を強張らせたイーゴルに、ルカが頷きを返す。


「奴隷ですよ。何をどうしたのかナリカラは北方騎士団を後ろ盾にして、奴隷を集めるつもりなんです」

「……なるほどな、人材の囲い込みか。それに貧民街の人間は物乞かその日暮らしの赤貧生活だから、寧ろ最低限の衣食住が安定して保証されてる奴隷になる事を歓迎するかもな。貧困層が募集に群がるのが想像出来るぜ」


 市民と違い、市長を選ぶ選挙権を含む市民権を持たない都市住民の多くは、商人や職人などの下働きとして働いている。だが、その生活は大抵貧しい。

 多くは(まかな)い付きだが給金は安く、その賄いも雇い主がしばしば切り詰める為、人夫などの最下層労働者に至っては、午前中に給料を受け取らねば昼のスープにありつけない事もあった。挙句、時には簡単に解雇されてしまう。

 そんな物乞と日雇い労働を繰り返しかねない不安定な生活より、質はともかく住居も食事も安定して保証されている奴隷の方がマシと、貧民が考えても不思議ではない。


 しかし、中流層に当たる位置に、最初から現在まで生きてきたルカにとって、理解し辛いらしかった様だ。ぽかんとする彼に、イーゴルが視線を彼方へ向けて言葉を続ける。


ウチ(キーイ)も奴隷使ってるし、輸出までやってるからなぁ。まぁ負債を返せれば解放される事もあるし」


 大陸西部を中心に、オルソド教圏では宗教上奴隷は認められない事が多いが、農奴や年季奉公人などの抜け道はあった。キーイ大公国もオルソド教圏でありながら奴隷が公的に存在している。

 だが奴隷の立場は落ちたり上がったりと流動的で、場合によっては自由民になれる事も少なくない。その為、下働きに従事する奉公人との違いは曖昧である。


 イーゴルは城門に繋がる貧民街の大通りを指し示して助言をした。


「貧民街で奴隷集めなら、このまま“乞食大路”を進んで城門近くの“吊るし首小広場”で集めるのが良いかもな。ただ横道には行くな、“盗人小路”とか“暴動横町”とか碌な所じゃねぇぞ」

「はぁ……」


 奴隷に反対するどころか肯定する様なイーゴルの態度に、ルカは気の抜けた返事をする。最後は「じゃあな」と味気ない別れの言葉で、イーゴル一行はルカとの別れを告げた。

 しばらくその場で立ち尽くしていたルカであったが、息を一つ吐いてから歩き出す。両脇から施しを乞う声と共に空の器や両手が差し出される中、彼は雑貨店経営で鍛えた声帯を震わせた。


「求職中の方は“吊るし首小広場”まで! クロムの外での就職となる事を御承知下さい!」


 響き渡る声に、色褪せた服を着た人々がわらわらと集まる。彼らの瞳はぎらりと輝き、鬼気迫るところがあった。

 ルカはその圧に思わず小さな悲鳴を漏らしたが、なんとか城門近くにある広場へ移動する。手近な木箱を演壇代わりにしてその上に立ち、見窄らしい群衆へ声を張った。


「現在、職を持たない方に御朗報! クロムの外ですが定員無しで募集が掛かっております。更に技能に関係無く職に就けられます!」


 広場を埋める失業者は一斉に(ざわ)めき出す。そこに見える色は歓喜ではなく疑念であった。やがて一人が(いぶか)しげにルカへ問う。


「そんなうまい話が何で急に出るんだい、外もそう景気が良いって話は聞かねぇが?」

「ええ、その疑問は尤もです。皆さんもご存知の通り、クロムはゴブリンの国、ナリカラに降りました。その影響で失職した方もこの場にいらっしゃるでしょう」


 群衆の多くが首を縦に振った。よく見れば職人姿の者や、体力仕事に関わりが薄そうな線の細い者も少なくない。中には野外活動に適した格好の、元冒険者らしい者までいる。ルカはそういった者達を見渡し、本題に入った。


「ですが、そのナリカラが素性も問わずに人を募ると言っているのです。とにかく人が入用なのだと」


 再び広場が騒がしくなる。口々に不安が()いて出た。


「そりゃ奴隷が欲しいって事か!?」

「ゴブリンの奴隷なんて冗談じゃない」


 クロム降伏後、市当局がゴブリンの情報を発信して印象改善を進めていたが、依然として人々の意識は変わっていない。人々は騒然とし、何人かは背を向けて立ち去ろうとする。

 だが、ルカは大仰に両腕を広げて注目を集め、彼らに強力な一撃を放った。


「ナリカラで働く方は漏れなく全員、衣食住保証に加えて報酬が現金支給だそうです。日当は少なくとも銀貨一枚」


 これには背を向けた者も、振り返って固まる。奉公人より遥かに待遇が良い。そして何より現金報酬という言葉が失職した者の心を惹きに惹く。

 しかし、すぐに疑念がぶり返した。いくら何でも話がうま過ぎる。群衆の視線に棘が含まれるようになったのを感じたルカは、とうとう最後の札を切った。


「この件は北方騎士団のお墨付きです。ナリカラは人間の知、技術を欲しており、また交易においても人間の人員が必要だと考えている様です。興味がおありの方は私まで、ナリカラの担当官と詳細を話し合って頂きます」


 北方騎士団が保証していると言われてしまえば、遂に彼らも陥落する。ルカの元へ生活の糧を求める人間が殺到した。




 冒険者“鋭鋒”のイーゴルは城門を潜って以降、顰めっ面である。そんな彼の後ろに続く従士(ドルジーナ)達は、周囲に人が見られなくなった途端、口々に主へ小さな不満を叩き付け続けていた。


「悪どい主だこと、クロムのやらかしを陰でほくそ笑んでたわけだ。クロムが粘れなかったから失敗に終わったけど」

「クロムとナリカラが争い消耗したところで大公国軍が進出。ゴブリンを軍の威圧で追い払い、弱ったクロムを保護と称して接収する手筈だったとはな。よくもまあ悪辣な手を思い付く」

「……最低……」


 堪らずイーゴルは振り返って怒鳴り付ける。


「最初に策を出してきたのは本国(キーイ)だぞ! 俺はナリカラの情報やクロムの状況を報告してただけだ。俺だってナリカラから帰還しての報告だけで早々にあんな事思い付いた国に寒気がしたわ!」

「……遠征軍の司令官(ヴォイヴォダ)に……任命されてたくせに……」


 細身の射手、ユーリイの呟きにイーゴルの顔色が変わった。何故知っているという顔に、仮面付兜を被る大男ドミトリーが呆れたっぷりといった様子で、一枚の書状を取り出して見せる。その書状は白樺の樹皮を紙として書かれたものだ。


(ふみ)の管理はしっかりしておかねば」

「あっおい、何勝手に」

「勝手したのはイーゴル様の方じゃねぇですかい、俺達に黙って本国と悪巧みなんて」


 肉付きの良い身体に鎖帷子(メイル)姿のアントンが不服そうに口を曲げる。だがイーゴルも譲らない。


「俺は(クニャージ)の長子だ。個人的に思う所があっても国の為に動かなきゃならん。それにイルムに恨みは無くとも、流石に魔族は憎くないとは言えんしな」


 彼は目付きを鋭くさせて、自身の従士(ドルジーナ)らの不満を押さえ付けた。また彼はそれに、と続ける。


「クロムを手に入れる策は第一段階、本命は次の策だ。寧ろクロムが想定よりかなり早く落ちて第一策が空振ったせいで、召集した兵が余ったから本命の策が前倒しになるだろうな。早めに親父のとこへ帰るぞ」


 (クニャージ)の跡取りとその従士(ドルジーナ)達は、足早にクロムを後にした。


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