↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/157

八十四話 面接

 

 ナリカラ軍に降ってから三日経ったクロムの町中では、各所で駐屯しているゴブリン達に大勢の人間があれこれ尋ねては、文官姿のゴブリンの元へ群がっている。

 ゴブリンの国ナリカラへの奴隷という形で、人間の就職を斡旋するとの情報が広がり、北方騎士団の保証付きという事もあってクロムの失業者が方々で列を作っていた。

 列に先ではゴブリンが人間達に名前と元の職業や得意技能を聞いては、名簿を作り上げている。


 クロムに異様な景色が生まれている一方、ゴブリンを率いる魔族の青年は宿代わりに滞在している屋敷で、婚約者である人間の女性に詰め寄られていた。


「奴隷とはどういう事だ。人集めの筈だったろう」

「え、人集めって普通は奴隷じゃないの?」


 ナリカラ総督府総督顧問のエルガは、ナリカラ総督イルムの純粋に驚いたという様子に呆れ返る。


「……魔族の感覚ではそうなるのか……北方騎士団に何言われても知らんからな」

「大丈夫! ちゃんと解放奴隷にして総督府の一員として働いてもらうって言ってあるから。ゴブリンだけじゃ人間との交流にも限界があるって向こうも納得してたし」

「……」


 彼女は、昨日会談を終えて宿へ向かうロイエの副官が、眉間と顎を(しわ)だらけにしていたのを思い出し溜息を吐いた。


「北方騎士団が狂信集団でなく、実利を取れる者達で良かったな……」

「ん? エルガ何か言った?」

「いいや……ナリカラに帰ったら教育だなこれは」


 エルガが最後に呟いた言葉は、イルムの耳に届いておらず、彼は首を傾げる。そんな彼にエルガはもう一度溜息を吐いた。それを見たイルムは更に首を捻ったが、首を戻すと話を変える。


「ところで、人集めを頼んだ商人達の中から、ナリカラで働きたいって言ってくれる人が結構出てきてね、興味深い人も居たよ」


 そう言うと、エルガを連れてイルムは別室へ向かった。扉を二度叩いて入室する。室内では一人の若い男が椅子に腰掛け、こちらを見ていた。彼は立ち上がるとぎこちなく一礼する。


「も、元雑貨商のルカです」


 イルムはエルガに、彼が三流錬金術師に騙されての偽液薬(ポーション)販売で罰された事があることと、最近まで冒険者組合(ギルド)の裏方をしていたことを説明した。


「そして人集めを担当した一人、クロムではもう働けないと思ったからナリカラでの就職希望だそうだよ」

「なるほど、だが他にもそういう奴はいるだろう。何で個別に会うんだ?」

「彼の持つ人脈さ。冒険者相手の雑貨店を経営し、その後は組合(ギルド)の裏方をやっていたから冒険者との繋がりや情報を大分持ってる」


 そしてイルムはエルガのみに聞こえる様、潜めた声で伝える。


「イーゴルの事もね」


 それだけで彼女は首を一度ゆっくり縦に振った。彼だけ個別に面会した理由はそれが一番だっただろう。

 冒険者イーゴルはナリカラの情報を最も多く握った人間だ。おまけに冒険者組合(ギルド)から調べ上げた情報ではキーイ大公国の貴族出身という事が分かっている。


「彼によるともうイーゴルはキーイへ帰ったみたいだ。もしかしたら厄介な事になるかもしれないし、情報はなるべく集めときたい」


 エルガは再び頷いた。彼女からルカへ、イルムの首が戻る。


「それにクロムとの商取引に関われそうな人材はいくらでも欲しいしね」

「そうは言っても、所詮僕はしがない元雑貨商です。どこまでお役に立てるかは……」


 しかし、水を向けられたルカは急に及び腰になった。イルムは逃したくはないが無理強いにならぬ様にと慎重に言葉を選ぶ。


「荒くれ揃いの冒険者相手に商売を続けるのは中々出来る事じゃない。それに日用雑貨と違って冒険者の道具は特殊な物が多い、それらを取り扱うにはちゃんとした職人達との繋がりが必要だ」


 褒められ慣れていないのか、ルカは頬を掻いた。


「君は人との関わり方が上手いんだろう、ナリカラとクロムの交易に是非その能力が欲しい。人間とゴブリンを繋ぐのに君が打って付けなんだ」


 イルムの説得を受けた青年はほんの少し瞑目すると、気恥ずかしそうに耳をちょっぴり赤くさせながら瞼を開いて力強い眼を見せる。


「そこまで言って頂けるのなら、やってみます」




 ルカとの面談を終え、彼が案内のゴブリンに連れられて退室すると、今度は別のゴブリンがくたびれた黒の衣服に身を包んだ男を連れて来た。やや歳のいったその男は小皺のある顔面を驚きに染める。


「ややっ、貴女様は」


 エルガも見覚えのある彼の格好を見て、「ああ」と声を上げた。イルムが小さく首を傾けるが、すぐに男の言葉で二人の関係が判明する。


「あの時は悪童達を追い払って頂き、真に感謝申し上げます。あの様な事をして頂いたのは初めてでした」

「小僧共が目障りだっただけだ、礼を言われる事でもない。それに馬鹿騒ぎする“遍歴学生”同様、“学校(鞭打ち場)”通いの小僧はどいつも生意気で嫌いなんだ」


 黒尽くめの男の礼を、エルガは素っ気なく受け流した。男はそれでもとばかりに、頭を更に深く下げる。イルムは傾げていた小首を戻して僅かに瞳を大きくさせた。


「あら、二人は面識があったんだ」

「面識という程でもないが」

「……ですが大変嬉しゅう御座いました。私の様な刑吏(けいり)を庇うなんて、常人ではまずあり得ません。たとえ気まぐれでも有り難い事です」


 そう言って刑吏の男は改めて頭を垂れる。刑罰の執行にあたる刑吏は、秩序維持において重要な役割を担っているにも関わらず、人々から忌み嫌われる存在だ。

 その重要性を最も理解している筈の当局からも、結婚や衣服など多岐に渡る制限を押し付けられている。彼の纏う黒い服も、一目で刑吏と分かる様にと常時着用を当局に強制されている物であった。


 イルムはこの刑吏が何度も苦杯を()めてきたであろう事を察し、ナリカラに招き入れようと考えて、この場に呼び出したのである。無論、同情だけが理由ではない。


「貴方は刑吏故に多くの苦労があったと思います。そこで刑吏としての経験を活かし、ナリカラで医術を教育しつつ施療院を開いてはくれませんか」


 イルムは彼を使って、人間の医療技術をナリカラに取り入れるつもりだった。


 刑吏は晒し刑などの軽度なものから斬首や吊るし首といった死刑まで、幅広い刑罰の執行を担うが、刑の中には受刑者の身体を激しく傷付ける一方で、死なせる事が目的でないものもある。

 そうなると当然そういった刑が執行された後、受刑者に止血を始めとする治療をしなければならない。そうして自然と、刑吏は医療技術とその経験を蓄積していた。


「刑吏は職種上、外科医としての技術を持ち合わせている。ナリカラで専門の外科医になりませんか?」

「賎民の私が……医者に……」


 イルムは呆然と顔を上げた刑吏の肩に手を置いて、一気に畳み掛ける。


「人から白い目で見られ、刑吏の一族同士でなければ結婚も出来ず、挙句に汚物拾いなどの汚れ仕事まで押し付けられる。そんな生活をせずに、医者としてナリカラでやっていきましょうよ!」


 刑吏の男は感極まったのか、瞳を潤ませて視線を落とした。


「は、はい……! 是非とも!」


 身体を震わせる彼に、イルムが微笑みを向ける。手を肩からそっと優しく背へ移した。しばらく男は喉と息が小さく震えていたが、やがて落ち着きを取り戻す。


「……荷を纏めなければなりませんね。この“鼻摘み”のヤン、ナリカラでの医術教育と施療院の設立、受けさせて頂きます」


 ヤンと名乗った男は小皺を深くさせた笑顔で、イルムの提案を受け入れた。書面でも彼がナリカラで施療院を開く事が約束される。

 しかし、その後に飛び出したイルムの言葉で、彼の笑顔は固まった。


「じゃ、君の財産の半分は施療院設立の費用としてナリカラ総督府が預かるね」

「は……?」

「経営資金も自費負担でよろしくー」

「いやいやいや! 何ですかそれは!? 一体全体どういうつもりで」


 血相を変えたヤンが当たり前の抗議を叫ぶ。が、それはばっさり切られてしまう。


「だって自費で設立も経営も出来ちゃう程、資産あるでしょ? 富裕層相手の治療で随分儲けているそうじゃないか」


 いつの間にか敬語を投げ捨てたイルムのにんまりとした顔に、ヤンは口ごもった。


 刑吏の医療技術は豊富な経験に裏打ちされた確かなもので、魔術を含めても医療体制が甚だ不十分なこの世界での信頼度は高い。少なくとも怪しげな薬や(まじな)いを医療行為と称する似非医者よりはよっぽど信用されている。

 その為、富裕層を中心に治療の依頼をされる事は珍しくなく、その度にたっぷりと謝礼を弾んでもらっていた。

 刑吏という賎民扱いされる立場上、屋敷を建てるどころか普通の買い物も難しく、貯め込んだ財を吐き出す機会は滅多に無いが。


「使いどころのない富を盛大に使わせてあげようという気遣いだよ、ぱーっと世の為ゴブリンの為に使おうとは思わない?」


 爽やかな笑顔に、ヤンは諦めの表情を浮かべつつ、分かりましたよと投げやりな笑みを返す。


 ナリカラに新風を齎す人材が、続々と集まりつつあった。



学校(鞭打ち場)

中世盛期以降の都市には庶民の子供も通える幼年学校がありましたが、当時は子供を「未熟な大人」として扱っており、今の様な「子供」という概念が乏しかった事もあって、「罪人に当たる様に教育するべし」とばかりに枝鞭や棒で叩くなどの体罰が常態化していました。

(「それ(学校)は、学校と呼ぶよりもむしろ牢獄と呼ぶにふさわしい。そこには、笞と棒でなぐる音が鳴り響き、そこから悲鳴とすすり泣きと、そして恐ろしい威喝の声以外の何物も聞こえてこない」――1529年『幼児教育論』)

この為、“学校”に通う都市の子供より、通っていない地方の子供の方が素行が良かったそうです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。