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四十四話 付け火

 

「ラトンク公からは毟り取れた。でもスブムンド公は駄目かな……」


 ナリカラ中南部のモシニクス城にて、イルムは魔族共通語が躍る巻物(スクロール)を流し読みしていた。


 モシニクス近郊の戦いで敗北したナリカラ軍だったが、ザリャン氏族軍はそのまま攻め掛かろうとはせずに一度後退して野営地を築いた為、現在はお互いに軍の再編をしつつ睨み合っている。

 イルムはこの間に書状の確認を行っていた。そこへずっと城に残っていたエルガとアミネが共に三白眼を向けて来る。


「今後の事はちゃんと考えてあるんだろうな?」

「城を枕に討死になんて御免ですよー……その前に逃げるけど」


 机を挟んだ二人の冷ややかな視線に、イルムは苦笑を浮かべてから口を開いた。


「大丈夫、エグリシ氏族諸侯の戦力だけでも取り敢えずの防衛は可能だよ。ロムジア氏族軍も遊撃隊として、敵の妨害に徹して貰う予定だから最低でも半月以上の猶予はあると思う」


 そう言うと、イルムは苦笑を解いて巻物(スクロール)を机に置き、眼前に広がる文書の一つを手に取る。そこにはゴブリンの文字が並んでいた。


「ラトンク公からの資金で、莫大な軍費も賄える様になった。これで兵力の補充も何とかなるかな」





 モシニクス近郊の会戦から二日後、野営陣地を拠点にザリャン氏族軍がモシニクス城へ攻撃を開始する。

 だが、それは然程激しいものでは無かった。


 投石機などの攻城兵器も無いザリャン氏族軍は、ゆっくりと坑道を掘ったり、モシニクス城を半包囲する様に攻撃拠点としての砦を建設したりするだけで、総攻撃の構えは見られない。

 時折破城槌や梯子(はしご)で城門を破ろうと攻め掛かって来る事もあるが、本気で攻めているとは到底思えない少数の兵による攻撃に過ぎなかった。


 どう見てもナリカラ軍を釘付けにしつつ時間を稼いでいるとしか思えない。


 遠くから戦闘の雄叫びが微かに聞こえてくる一室、諸将が居並ぶ軍議の場でイルムが発言する。


「向こうは完全に増援待ちだ、こっちが兵力を掻き集めても打ち破れる自信があるんだろうね。時間が経つほど不利なのはザリャン氏族の方とは言い難いかもしれない」


 諸将は眉間に皺を寄せて黙り込んだ。その中にロムジア氏族長アスピンザの姿は無い。

 アスピンザはロムジア氏族軍五百を率いて、ザリャン氏族軍の後背を撹乱するべく、昨日夜陰の中を出撃していた。


 モシニクス城に籠るナリカラ軍の戦力は、エグリシ氏族諸侯軍の一千余とオルベラ氏族軍五百、そしてモシニクス守備軍の四百を合わせての約二千。

 これに加えて、一週間以内にエグリシ氏族諸侯の所領から一千の増援が来る予定となっている。


 また懐事情が厳しい諸侯への資金援助の目処が付いている為、諸侯からは更にもう一千の兵力増強を見込んでいた。

 それでも合計は四千程、ザリャン氏族軍約四千といずれ来る敵増援を相手にするには、どこか不十分なのは否めない。


 エグリシ氏族諸侯を代表してギオルギが口を開いた。


「時が我らの味方でないのなら、機先を制すしかありますまい。聞くところによるとオルベラ氏族は数に勝るバガラン将軍の軍相手に、奇襲夜襲を繰り返して疲弊させたとか」


 ギオルギはオルベラ氏族の有力者達に目を向ける。諸将の視線を浴びたオルベラ氏族の面々は、スピタカヴォルを見た。

 当のスピタカヴォルは大仰に目を丸くするが、今や隻眼となったゲガルクニクが呆れた様子で言う。


「あれだけの指揮振りを見せておいて、今更惚けても意味が無いだろうが、説明してやれ」


 呆れ声を受けて、司教の姿をした色素の薄いゴブリンは肩を竦めてみせる。


「ええ、あの時は私の案に皆が乗ってバガラン将軍の軍を消耗させましたな。正面からぶつかり合うばかりが戦さではありませんから」

「では是非とも教授願いたい」


 教授という程の事ではありませんがと、スピタカヴォルは一言断ってから話し出す。


「攻撃というのは何も敵を討つ事に限りません、敵を疲弊させる事や士気を萎えさせたり動揺させるのも立派な攻撃です」


 一度言葉を切って、スピタカヴォルは例えばと続けた。


「敵を眠らせぬ為に見せかけの夜襲を繰り返す、良からぬ噂を流す、退路を断つ又は後方を荒らして回るなどですな」


 嫌らしい手を楽しそうに語るスピタカヴォルに、エグリシ氏族諸侯からぽつりと呟きが一つ漏れる。


「悪趣味な……」


 その場の全員が内心同意しつつも、呟きが聞こえなかった振りをした。スピタカヴォルは楽しげな笑顔のまま、再び口を開く。


「既にアスピンザ殿が敵の背中に回り込むべく出ておられているので、我らが無理に出張る必要は無いでしょうが、打てる手はまだありますとも。例えば……」


 その時、扉を開けて軍議の場へ一人のゴブリンが乱入する様に現れた。

 突然の無礼な入室者に諸将がじろりと白い目を向ける。圧の強い視線を目一杯浴びたゴブリンの使者は、気圧されながらも報告を始めた。


「あっその……リオニ城で火事が起きまして……」


 これを聞いたスピタカヴォルがにんまりとして諸将へ己の講義を再開する。


「そう、この様に相手の動揺を誘う噂を流すのはやる分には損が無い手です。敵もよく心得ているようですね」

「いえ、確かに城の一部が焼けまして……」

「ん?」


 色白のゴブリンの笑顔が固まった。胆力があるのかはたまた能天気なのか、使者は衝撃の報せを平然と報告していく。


「また、混乱の間に人間の冒険者達が行方を眩ませました」


 使者の言葉に、イルムが顔を赤くして怒鳴り散らした。


「何でそれを早く報告しない!? 行方を眩ませた? 逃亡したっていうのか!?」

「は、はい。城内のあちこちでいきなり煙が上がり、総出で文書の運び出しや消火を行なっている間に、押収した筈の武具と共に姿を消していました。恐らく彼らが、脱走する隙を作る為に付け火をしたものかと」

「ゴブリンだらけのリオニでどうやって逃走を……冒険者達の姿を見た者はいないのか?」

「民衆も城から上がる煙と騒ぎに気を取られていた上、中には冒険者達に買収されて情報を流してしまった者がいるらしく、証言も集まらずいまいち足取りが掴めません」


 イルムは苛立ちを露わに舌打ちする。ここで人間諸国との橋渡しを期待出来る冒険者達が逃亡したのは、総督府にとってかなり痛い。


 ディアウヒを始めナリカラ北西部のエグリシ氏族は、レッドキャップの北東部襲撃以前から、元々人間諸国に備えて兵をおいそれと動かせない状態にある。

 冒険者達を足掛かりに人間諸国との繋がりが形成されれば、北西部の対人間用の戦力を前線へ抽出して戦力の増強を図れた上に、経済発展をも見込んでいたのだ。それも冒険者達の逃亡で、全て御破算となってしまった。


「はぁぁ……冒険者達の追跡はナリカラ圏内に留めて、深追いするなとリオニに伝えて。国境の砦にも人間を極力刺激しない様にと厳命しないと」


 額に手を当てて重い溜息を吐いたイルムは、過ぎた事は仕方がないと思考を切り替える。

 対人間の方策については、繋ぎを作る事を一時放棄し、敵対を徹底的に避ける事とした。


「砦の指揮官には敢えて聖職領主を据えよう、荒事が苦手でなおかつ将兵を抑えられる人が適任だ。ディアウヒのスラミに書状を送らないと……」


 イルムはそう言って眉間を揉む。そしてふと思い出したかの様に、諸将へと向き直った。


「ああ、僕は書状を書きに席を外さなきゃいけないから今日の軍議はこれで終わりとしよう、解散」




 軍議の場を離れたイルムは、現在城の一室にて椅子に座らされ、仁王立ちのエルガとアミネに挟まれている。アミネがどこか蔑む様な歪んだ目でイルムを見降ろし、詰問を開始した。


「冒険者に逃げられたって聞きましたが、やっぱり甘過ぎたんですかねー? 条件付きとはいえ外出許可を出したのが不味かったんでしょう。何処かの誰かさんが出した外出許可が」

「いやだってゴブリンだらけのリオニから人間が姿を消してみせるなんて想像も出来なかったし……」

「失態を言い繕うな、それは無能がする事だぞ」


 縮こまるイルムの言い訳に、エルガが叱責という氷柱を胸へと突き刺した。その冷たさと鋭さに血の気の薄いイルムの肌が更に青白くなる。


「申し訳ありません……」


 がっくりと項垂れたイルムを見てエルガは溜息を吐きだした。誰にも聞こえない様に小さく呟かれた言葉が虚空に消える。


「……私の力が必要なのは外交だけではない様だな」


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