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四十三話 ラトンク公の憂鬱

 

 振り下ろされた槌によって、地に立った骸骨が粉々に粉砕される。


 動く白骨死体が辺りを埋め尽くすという、地獄が湧いて出た様な光景の中に、白地に黒の斜交十字が描かれた白装束を纏い、頭を大兜(グレートヘルム)で覆う大勢の騎士達がいた。

 今さっき白骨兵(スケルトン)を破壊した騎士は、己の握る槌を別の白骨兵(スケルトン)に振るい、兜を被り槍を構えた骸骨の兵士をいとも簡単に打ち砕く。


 騎士達と共に戦う、鎖帷子(メイル)の上に白装束を纏った兵士達も狼狽える事も無く、淡々と無言で白骨兵(スケルトン)を屠っていた。

 時折、(もや)が鎧を着た様な亡霊の騎士も出現するが、すぐさま騎士や兵士と同じ白装束を着た魔術師が放つ魔術の餌食となって消え失せる。


 白地に金の縁取りの付いた黒い線が斜めに交差する旗を掲げた白装束の軍勢は、一刻も経たずに亡者の軍勢を殲滅した。

 先程まで先頭に立ち、槌を振るって白骨兵(スケルトン)を叩きのめしていた騎士へ、兵士が一人駆け寄る。


「ロイエ卿! 白骨兵(スケルトン)の残骸処理、完了しました! ですが、指揮官と思しき者は最後まで確認出来ませんでした」


 ロイエ卿と呼ばれた騎士は、目の部分だけが空いている大兜(グレートヘルム)を被ったまま、小さく頷いた。


「報告御苦労」


 言葉短く兵士を労った騎士、ロイエ・フォン・プルツェンラントは威厳と気品のある佇まいで前を見据える。

 目の前に広がる荒野の果てに、土埃が勢いよく立ち上っているのが見えた。ロイエは不動のまま一言叫ぶ。


「馬を!」


 その言葉だけで、戦闘を終えて一息ついていた騎士も兵も素早く動き出した。


「各隊再集合!」

「騎士は全員騎乗だ! 急げ!」


 兵が引く馬に次々と白装束の騎士が跨り、馬上槍(ランス)を己の従者から受け取る。兵士達も鞘に収めていた剣を引き抜き、肩に立て掛けていた槍を掴み直した。

 白い馬衣で覆われた馬に乗るロイエが、右手で槌を掲げる。


「我に続け!」


 ロイエを先頭に走り出した騎士団は、やがて前方で土埃を上げる存在をはっきりと視認した。


 それはぼろぼろの旗を掲げた骸骨の大軍であった。

 肉の一欠片も無い骨の馬に騎乗し、鎖帷子を纏った白骨の騎士、白骨騎士(スケルトン・ナイト)を中心に、白骨の兵士達が列を成しつつ疾走している。


 そんな白骨兵(スケルトン)の大軍を率いているのは、随分と古臭い鱗鎧(スケイルアーマー)を身に付けた骸骨の将軍だった。円錐型兜を被った骸骨が、暗い眼窩(がんか)に青い焔を灯して名乗り上げる。


「我が名はフヴェルゲル。人間共よ、今までようも暴れてくれたが、最早ここまでぞ!」


 吸血鬼ラトンク公の配下にして、魔王軍幹部の一角“叫喚”のフヴェルゲルは、そう言い放って手斧を振りかぶった。

 骸骨将軍に続く白骨騎士(スケルトン・ナイト)らが、それに呼応するかの如く顎骨を震わせ、がたがたと気味の悪い音色を掻き立てる。対する騎士達も鬨の声を上げた。


「神は我らと共に! 神は我らの勝利を望まれる!」


 喊声の後に、鉄がぶつかり合い骨が砕け散る音が響く――




 冷たい光を放つ月が、不気味な雰囲気を纏う古城を見下ろしていた。月光に照らされるストリガ城は、魔族領域西部の支配者ラトンク公の居城である。

 その城の中枢にて、両目をどす黒い染みだらけの包帯で覆う吸血鬼が、品の良い調度品に囲まれながら杯を(あお)った。


 長い年月を経た事によって、えもいわれぬ気品を醸し出す椅子に身体を預けるラトンク公の隣には、彼と同じ血の気の無い青白い顔の女性が立っている。彼女は手に持つ巻物(スクロール)を上下に広げ、その内容を要約して簡潔に読み上げていた。


「聖討軍の主力を担っている北方騎士団によって、フヴェルゲル軍が壊滅した模様です。“叫喚”のフヴェルゲル卿も討たれたとの事」


 ラトンク公の口元から離れつつあった黄金色の酒杯が、べきょりとへし曲がる。僅かに残っていた赤い中身が細い線となって流れ出た。


「また撃破された白骨兵(スケルトン)の骨も全て砕かれるか焼かれた為、回収して再戦力化する事が出来ません」


 独りでに動く骸骨の兵士、白骨兵(スケルトン)の強みは、体力や士気というものが存在しない事と補充が容易な事だ。


 睡眠も食事も必要とせず疲労する事も無い為、一日中疾走させてとんでもない戦略機動を行う事も可能であり、昼夜問わず攻め続けて相手を疲弊させる事も出来る。

 挙句に人骨さえあればいくらでも生み出し、倒されても骨が原型を保っていれば復活まで出来るのだ。一体一体の強さがそれ程でも無い事に目を瞑れば、理想的な兵士と言えた。


 だが、骨が処理されてしまえば利点である再戦力化も無効化されてしまう。


 ラトンク公は自ら握り潰した酒杯を投げ捨てた。床に敷かれた華やかな絨毯では衝撃を吸収しきれず、酒杯が派手に音を立てる。


「また北方騎士団のロイエか! 何が“亡者(ハンマー)への(・オブ・ザ・)鉄槌(ゴースト)”だ、忌々しい」


 ラトンク公は“亡者(ハンマー)への(・オブ・ザ)鉄槌(・ゴースト)”こと北方騎士団総長ロイエ・フォン・プルツェンラントへの呪詛を口にした。彼の脳裏に白地に黒の斜交十字が描かれた白装束を纏い、頭を大兜(グレートヘルム)で覆う騎士の姿が浮かぶ。

 副官である女吸血鬼も、表情は変えずに同調の言葉を紡いだ。


「聖討軍のほとんどは騎士修道会が占めていますが、連中の戦闘能力と規律、そして亡者対策の徹底振りは厄介極まり無いと言う他ありません」


 騎士修道会とは信者や教会関係の団体を保護、警護する為に武装した修道士による軍事組織だ。


 騎士修道会の人間の立場は公的には修道士となっているが、上層部を始め高位の者はほとんどが騎士身分又は貴族子弟出身者であり、信仰心以外の理由として家督や領地を得られなかった為に、武具と従者を伴って修道士となった者も多い。


 そんな戦闘向きの人材が豊富である騎士修道会の中でも、取り分け活躍しているのが、北方騎士団であった。


「北方騎士団と足並みを揃える帯剣修道会も勢いが止まりません。特に亡者の一大供給源の一つであったパスィオーン大納骨堂や亡霊平原の古戦場を押さえられたのは大きいかと」

「そんな事は分かっている。とにかく兵が足りん、スブムンド公からの援兵だけでは不十分だ。ゴブリン共で時間を稼ぎたいが……」

「そのゴブリンについて、ナリカラ総督のイルム殿から書状が来ております」


 副官がそう言って、どこからか低品質の羊皮紙製の巻物(スクロール)を取り出し、紐を解いて上下に広げる。ラトンク公は何も言わず、顎をしゃくって先を促した。


「……大規模反乱によって、ゴブリン兵を供給できる状態ではないの一点張りです。ただ、ゴブリン兵を供給できるようにする為として資金提供を要請してもいます」


 ラトンク公は机に拳を叩き付ける。磨き上げられた美しい机は、木片と悲鳴を撒き散らして二つに割れた。


「派兵要請に対する返事が、どうして金の無心になる!?」

「ナリカラは随分と荒れている様で兵を回す余裕は一切無く、逆に兵が欲しいとの事。資金を出せば出した分、早く兵を送れる様になると書いてあります」


 副官は一度言葉を止め、ちらりと主君の吸血鬼へ瞳を向けると再び書状に視線を戻した。


「……死人に金は必要無いのではないかとも」

「言ってくれる……」


 ラトンク公は苦々しく呟く。確かにラトンク公の軍勢は、白骨兵(スケルトン)を始めとする亡者の兵ばかりで、維持費はほとんど掛からず俸給どころか食糧すら必要無い。

 魔王軍侵攻時に人間諸国から略奪した莫大な財宝も、手を付けずにラトンク公の懐に丸々残っていた。今では軍事支援の見返りとして、スブムンド公の元へ流れつつあるが。

 それをイルムは自分にも流せと言っている。


「……」


 暫し沈黙するラトンク公だったが、やがて副官へ首を回した。


「背に腹は変えられん、金を送ってやれ」

「よろしいのですか?」

「よろしいわけがあるか! だが、このまま座していては西部は、私は、どうしようもなくなる。やるならまだ何とか持ち堪えられている今の内にやらねばならん」


 現在のラトンク公の戦力は、魔王が存命だった最盛期の影も無い程に弱体化している。ラトンク公もこの先十年は持たないと見ていた。

 だが、一つだけ道がある。


 スブムンド公とラトンク公が次代の魔王として推挙している魔王第一子ドゥルジが、無事魔王に即位する事だ。ドゥルジからも即位の暁には魔王軍を再編し、西部に大攻勢を仕掛けるとの約束を取り付けている。

 だからこそ、ドゥルジの魔王即位まで何をしてでも時間を稼がねばならなかった。


「金で時が買えるならば、喜んで買う。袋の紐を締めようとは考えるな、殿下が即位されるまでは(くら)を開け放し続けるつもりでやれ」


 ラトンク公の言葉を受けて、女副官は胸に手を当てた礼をする。


 ラトンク公は矜持を持たないわけではない。だが、良く言えば誇り高い、悪く言えば傲慢で頑固な魔族の中では珍しく、矜持より実を優先出来る者である。


 ――そこを突かれたのであろうな、ドゥルジ殿下にも庶子殿にも。


 ラトンク公は心中で重々しく溜息を吐くと、副官が退室する扉の音に聞き入った。


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