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三十二話 官吏

 

 リオニ城内の一室に置かれた執務室では、相も変わらずイルムがナリカラ総督としての業務に追われている。

 現在、イルムが権力を行使出来るのはナリカラ北東部から西部にかけての範囲で、ナリカラの三分の一近くが総督府の影響下にあった。

 これは、当初を思えばかなり順調とも言える。


 だが、その一方で総督府の業務が爆発的に増えた為、実務や事務を担う官吏が圧倒的に不足していた。結果、その皺寄せがイルムなどの一部の者に集中する事態となっている。

 しかも官吏となる人材の大半を、未だ互いに信頼関係を築き切っているとは言えないエグリシ氏族ゴブリンに頼っており、イルムは常に不安を抱えていた。


「うぅ……魔都(ファウダー)から官僚団来ないかな……カシィブ公経由で要請はしているけれど、何も返事はないし……」


 ナリカラに駐屯していた魔王軍の軍政を取り仕切っていたのは駐屯軍の主計官などであったが、彼らは駐屯軍壊滅後に行方を眩ませている。

 恐らく、軍壊滅の責任又は今までの横暴に対するゴブリンの報復から逃れようとしたのだろう。


 故に、文官としての業務を担える魔族は、ナリカラ内ではイルムとアミネのみであった。もちろん、アミネは文官としては頼りにならない。

 総督府の外交顧問となったエルガも一度自分も読み書きは出来るがと申し出たが、流石にいきなり行政文書を任せる訳にもいかず、イルムは断腸の思いで断っている。


 当然、イルムはファウダーへ何度も官吏派遣の要請を送っているが、依然として何の反応もなかった。


「はぁぁ、自分で仕事増やしてしまったけど、開墾はなるべく早くからやらないと成果が出るのが遅れるから仕方ない。仕方ないけど、きつい……」


 そう漏らしたイルムは、両腕をだらりと下げて机に突っ伏す。


 ナリカラは山岳地域ではあるが、西部は比較的に平野部が多い地で、ナリカラで最も農耕に向いている。だからこそ西部のエグリシ氏族は、農業による安定した食糧生産を背景にナリカラ最大の勢力であり続けていた訳だが、イルムは更に開墾による食料供給増大を図っていた。


 無論西部に限らず、他地域でも盆地などを開発し尽くす事を目指して総督府の影響が及ぶ範囲全てに、土地を開く者には農具を無料で貸し付ける上に今年の税を免除するという開墾令を布告している。


「畑仕事は重労働、農民は自然に頑強な身体が作られて民兵として使える者が増えるし、後々土地の収益も上がる。それに戦で疲弊した魔族領へ食糧を輸出して儲けられる、良い事尽くめだ」


 そう言って顔を上げたが、イルムの表情は暗いままだ。


「……と言いたいけれど、業務が……新たに開墾する土地の徴税に関しては来年まで放置しても大丈夫だろうけど、他の仕事が多過ぎる!」


 イルムは泣き言を喚きながら、執務机をばんばんと叩く。その度に机の上のインク壺が極僅かに震えた。


「文官は何処だ!? 彼らの事務能力が必要だ! どうして僕だけが苦しむ!?」


 昔読んだ戦記にあった台詞を(もじ)って叫んだイルムは、再び力無く突っ伏して身体を机に預ける。そこへ前触れも無く、扉が開く音がイルムの耳朶(じだ)を打った。


「イルム様ー、カシィブ公様より御手紙ですよー」


 ノックもせずに入室してきたのは、折り畳まれた亜麻製紙を手にしたアミネだ。いつも通りのやる気が感じられない間延びした声に、イルムはがばりと身を起こして目を見開く。


「遂に来た!?」


 飛び上がるように執務机から立ち上がると、凄まじい勢いでアミネに駆け寄り、手紙を引っ手繰った。破りかねない程慌てた動きで手紙を開き、内容に目を走らせる。


「えーと、五公会議は結局結論が出ないまま、一度閉会して五公は自領に戻った? どうでもいいよ。ゴブリンの王子がナリカラに向けて出発した? それで? 官吏は? ……いや、人間諸国相手の戦さの状況は別にいいから、官僚団は? 読み書き、算術出来る魔族は? ……何も無い!」


 イルムは膝から崩れ落ち、真っ白に燃え尽きた。アミネがあーららと呟きながら、両手を腰に当てて天井を仰ぐ。

 少しそのまま時が過ぎてから、開かれた扉の向こうより声が掛けられた。


「総督閣下、御報告が」


 現れたのは、城勤めのゴブリンだ。彼曰く、カシィブ公領より総督の元へ派遣されて来たと言っている一団が、リオニ城前に来ているという。


 それを聞いた途端にイルムは執務室を飛び出した。アミネもその後を珍しく早足で追う。

 時折羊皮紙の書類を抱える文官のゴブリン達と何度かぶつかりそうになりながら、イルムはいくつもの階段と廊下を駆けてリオニ城の城門に辿り着く。


 そこでは鎖帷子(メイル)と青銅製兜を身に付けた十数人の衛兵が、馬と共に立つ一団を囲んでいた。

 囲んでいるといっても、衛兵達は一団を害する積もりはこれっぽっちも無い様子で、手に持つ槍も穂先が天に向いたままである。ただ、この一団は一体何なのかとお互いに囁き合っていた。


「総督閣下にぃー、直れ!」


 イルムが姿を見せると、衛兵達は慌てて姿勢を正す。そんな衛兵達を尻目に、ゆったりとした長衣を着て頭にも布を巻き付けた一団から、一人の蛇人間がイルムへと歩み寄って来た。

 蛇人間はイルムに向けて丁寧な礼をする。


「イルム殿、いやナリカラ総督閣下。カシィブ公代理のヘファウ様より、官吏の派遣を命ぜられましたメケルゥと申します。閣下が要請された官吏達は――」

「よくぞ連れて来てくれた!」


 イルムは喜色満面の笑みでメケルゥに駆け寄ると、彼の手を掴み取りぶんぶんと上下に振った。その勢いに気圧されつつも、メケルゥは中断された言葉の続きを言う。


「官吏達は背後(うしろ)に。全員、ヘファウ様が選抜した者達です。皆様、この御方がナリカラ総督のイルム閣下です」


 メケルゥが一団へ振り返り、イルムを紹介した。すると、代表としてか一人が前へ出る。

 頭を覆う様に巻き付けていた布の口の部分を下げて顔を露わにしたが、現れたのは黒い肌の人間の顔であった。


「に、人間!?」


 ゴブリンの衛兵達が動揺する。だが、イルムはゴブリン達とは別の意味で驚いた。


「まさか……マンデ帝国の?」


 イルムの思わずといった問いに、黒人の男が答える。紡がれたのは流暢な魔族共通語だった。


「はい。マンデよりカシィブ公領にて魔族の知と技を学んでいた者です。フウトで官吏を勤めておりましたが、ヘファウ殿の頼みでこちらに派遣されました。これからどうぞよろしく御願い申し上げます」


 マンデ帝国、カシィブ公領の東にある「死の砂漠」を超えた先にある黄金郷の国。


 そう伝えられている国の人間は皆一様に黒い肌をしていると聞いていた為、イルムはすぐにピンと来たが、それでも驚きを隠せない。

 イルムがまだカシィブ公領に居た頃、マンデ帝国の事をよく耳にはしていたものの、あくまで風聞程度でマンデ帝国人の姿を見かけた事は一度も無かった。


「……人魔交流の噂はよく知っているけれど、カシィブ公もどっぷりだったとは……」


 呆然とするイルムに、メケルゥが補足する。


「マンデ帝国だけです、彼の国は魔族に対して敵意を持った事がありませんから。それに何より――」

(きん)か……流石カシィブ公」

「御理解が早くて助かります。とはいえ表立って人材交流や貿易は出来ませんので、隠し通路やら地下施設やらを使って隠し倒しています」

「道理で噂が溢れていても、全く気配が無いわけだ。で、カシィブ公領に勤めていた官吏だった彼らが、何故ここに?」

「それはもちろん、閣下の要請に応えての事で御座います。閣下によるナリカラ安定への期待は、閣下が思っている以上に大きいのですよ」


 メケルゥの言葉にイルムは顰めっ面を作った。


 イルムに何かと気を使う事が多いとはいえ、基本的に守銭奴であるカシィブ公がタダで支援するなどあり得ない。

 確かに以前、単眼巨人(キュクロプス)の武器を輸出する様にするから支援して欲しいと伝えてはいる。


 だが、まだキュクロプスと接触もしていないのに支援を行うなど、イルムの知るカシィブ公ではない。どう考えても裏がある。(いぶか)しむイルムを見てか、メケルゥは再び口を開く。


「御安心を、此度の官吏派遣はしっかりとカシィブ公領に益を齎す事で御座います。はっきり申せば、ナリカラの()()はナリカラだけの問題ではなくなっているのです」

「というと?」

「ザリャン氏族です。奴等は隊商の護衛にと傭兵を輸出しておりますが、傭兵の給金がザリャン氏族に送られ、そのまま人間諸国へ流れている様なのです。そしてその資金を軍費に充てて人間諸国は攻勢を維持していると見られます」

「え? そんな事になっているの?」


 イルムの驚きにメケルゥはゴブリンの衛兵達に聞こえない様、顔を寄せて小声で答えた。


「はい。隊商にゴブリンを雇わぬ様言おうにも隊商を組める商人はどれも大物、こちらもあまり強くは出れません。当のゴブリン共も護衛の合間に私貿易を行って小遣い稼ぎをする始末、かといって人間諸国を相手にしている軍からザリャン討伐の戦力を抽出する事も難しいのが現状です」


 思っていた以上に事態が複雑化している事に、イルムは黙り込むしかなかった。しかし、軍事的な支援が出来ないから、代わりに要請のあった官吏を派遣するという言い分も理解できる。

 そもそも貰えるものを選り好みする余裕は総督府に無い。


「分かった、彼らを官吏として受け入れる。カシィブ公にも謝意を伝えておいて」

「はい。それでは私は、カシィブ公領へ戻らせて頂きます」


 すべき事は済んだとばかりに、メケルゥは己の馬に跨ると忙しげな速歩(トロット)で去っていった。メケルゥを見送ったイルムは、残された黒人官吏達へ向き直る。


「皆さん、改めてナリカラ総督のイルムです。早速ですが業務が山積みになっているので、早急に仕事に入ってもらいます。住まいは後々用意させますが、給金に関しては今日中に定めましょう。それと――」




 この日を境に、ナリカラ総督府の業務は加速度的に円滑となっていった。しかし、一方で新たな問題も噴出する事となる。


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