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三十一話 リオニ見物

 

「人間とゴブリンの交易……ねぇ? まだ分からねぇな。もう少しゴブリンの事を知らねぇと」


 イーゴルは片眉を上げて腕を組む。先程までイーゴルに視線を送っていたアントンが、何かに納得したように小さく頷いた。イルムは、イーゴルが情報収集を図ろうとしている事を察しつつも、敢えてそれに乗る。


「では、これからこのリオニの町を見て頂き、後日改めてお話を伺いましょう」


 目を合わせるイルムとイーゴルは、お互いにニヤッと口角を上げた。




 リオニ城を背に、イーゴルら冒険者四人が一人のゴブリンに先導されて大通りを進む。

 リオニの町は、イルム率いるナリカラ軍が入城後、しばらくはこれからどうなるのかという不安が立ち込めていたが、今ではすっかり元の活気を取り戻していた。

 彼方此方で客寄せの声が響き、雑踏の中をロバが牽引する荷車が押し通る。


「何と賑やかな事か、人間の大都市に引けを取らんぞ」


 ドミトリーの感心した声に、案内役のゴブリンは頬を緩ませた。ナリカラが魔族の属領になり、今では内乱状態とはいえ、リオニは腐っても旧王都である。常にナリカラで最も栄えて来た都市だ。

 寧ろ魔王軍の軍政が崩壊した現在のリオニは、属領化以降最大の活気を帯びている。


「ん? ありゃ何だ?」


 イーゴルの視線の先には、一軒の店舗があった。そこには葡萄酒や干し葡萄など葡萄に(まつ)わる様々な商品に混じって、酷く歪な茶色い棒状の物が、いくつも吊り下がっていた。案内のゴブリンが小さく驚く。


「オヤ、この時期に珍しイ。アレハ胡桃(クルミ)を何個も紐に通しテ、葡萄の汁へ小麦粉を入れて煮込んだ物に浸ケ、天日干しや火で炙って固めた飴菓子デス。普通ハ秋に作られるのデスガ」


 案内役に選ばれるだけあって、流暢に限りなく近いグラゴル語を話すそのゴブリンは、飴菓子を売る店主にゴブリンの言葉で何かを尋ねた。答えが返って来ると、イーゴル一行に向き直る。


「アノ店主ハはやりマスネ。冬の間に山から仕入れた氷を使った氷室を持ってイテ、そこデ葡萄を保存しテイるソウデス」


 お陰で葡萄の収穫を待たずに、もしくは競争相手がいない時季に売る事が出来るのだという。店主のゴブリンは、どうだとばかりに歯を見せて笑った。


「はぁー、いままでのゴブリンの印象がどんどん壊れていくなぁ」


 そう呆然とするアントンの隣で、ずっと黙っていたユーリイが首を傾げる。


「……ゴブリンも……お金を使っている……? 物々交換じゃなくて……?」


 これに他の三人も、そういえば確かにと頷いた。ゴブリン達は普通に商売を行なっているが、それは経済が存在し同時に貨幣も存在している事になる。

 イーゴルは、案内役に尋ねた。


「ゴブリンの貨幣ってどんな物なんだ?」

「概ネ、人間諸国の物をそのママ使っテマス。ただ銅貨ハ使われてイナイデス。ナリカラハ銅が豊富なのデ、貨幣としテハ価値ガ低くなりマスカラ。銅ハ専ら外貨獲得の為の輸出品デス」


 ナリカラでは貨幣が製造されていない。金銀を得ても、それを貨幣製造には使おうともせずに、売却する事で貨幣に変えている。

 理由は単純。自分達で一から作るより、既に一定の信頼を持つ人間諸国の貨幣をそのまま使った方が、遥かに楽で便利だからだ。


「ほーん、ゴブリンが金目の物を好んで奪うのも貨幣を知っているからか。って、そりゃそうか、貨幣の価値が分からなきゃ食料以外を奪おうとも思わんしな」


 イーゴルは案内役に聞こえないように呟く。

 既にイーゴル達は、ナリカラ外のゴブリンの正体は賊化した魔王軍残党や逃散民である事を聞かされていたが、改めてゴブリンを知能の低い魔物として見ていた人間の認識がいい加減であった事を知る。


 ――人間とゴブリンの交易は可能かって? 十分可能性はあるだろうよ。言葉が通じる奴がいる、同じ貨幣を使っている、同じ教えを奉じている、正しい情報を持てれば誰だって簡単に否とは言わねえだろう。


 イーゴルは視線を上げた。そこには木造の家屋が並ぶ中から、小さな丘が頭を覗かせている。

 丘の上には石造りの大建造物があり、線を斜めに交差させた十字架が、尖塔の天辺から地上を見下ろしていた。


 その尖塔の持ち主はナリカラ最大の大聖堂、ダヴィディ大聖堂である。大聖堂は統一王国誕生前に建てられたもので、統一王国を打ち建てたバグラティオニ大王の即位もここで行われている。


 案内役によって、一行はそのダヴィディ大聖堂へと導かれた。人間諸国の大聖堂に引けを取らない威容と荘厳さに、つい一度足を止める。

 大貴族の城館かと思うような石造りの三階建てに、釉薬(ゆうやく)が塗られた青い屋根瓦が()かれ、中央に大きな尖塔が天へと伸びていた。


 四人は見上げていた顔を元に戻すと、再び足を動かして大聖堂の中へ入る。控えめな一軒家程はあろうかという外側へ突き出た形の入り口を潜ると、足を踏み入れた者は皆、厳粛な空気に包まれた。


 酷く広い空間の壁には、オルソド教の預言者やナリカラにオルソド教を広めた聖女ニヌアを始めとする亜使徒の物語の場面の他、王衣に身を包むバグラティオニ大王の姿が壁画として描かれている。

 上に広がる台形型をして、宝石が散りばめられた王冠を頭に乗せた大柄なゴブリンが、壁の中から力強い瞳を正面に向けていた。


「このダヴィディ大聖堂ハ、バグラティオニ大王の先祖が建てられたものデ、こちらの大王の壁画ハ、ナリカラ統一を果たした記念に後カラ描カれた物デス」


 案内役のゴブリンの言葉を裏付けるように、バグラティオニ大王の壁画の近くにある別の壁画は、大王のものより擦り減りが見られより古いものと分かる。

 描かれているのは、空から舞い降りた天使から受け取っているかのように、天使を見つめながら建物の模型(ミニチュア)を両手で持つゴブリンだ。よく見れば手に持つ建物はダヴィディ大聖堂である。


「なるほど、こっちのはこの大聖堂を建てた王なんだな」

「ええ、バグラティオニ大王の先祖、ダヴィド王デス。人間の大工まで呼び寄せ、当時の技術の粋を集めてこの大聖堂を建てたそうデス」


 イーゴルの呟きに近い言葉を拾った案内役が、丁寧に答えた。それを聞いた一行は、それならば大聖堂の威容も納得だと頷く。

 大聖堂内部には預言者や聖人の姿を写した聖像(イコン)と呼ばれる壁画や板絵も数多く置かれていた。それら聖像の前には、祈りを捧げに来たらしいゴブリン達が目を閉じて頭を下げている。

 やはりと言うべきか、聖像(イコン)を通して聖女ニヌアへ祈るゴブリンが最も多い。


「変わらぬな、人もゴブリンも。祈る姿は皆同じだ」


 独白のように、ドミトリーがそう吐き出した。アントンもゴブリンを見る目が、初めとすっかり変わっている。


 だが、イーゴルの目だけは僅かに険があった。


 それに、案内役のゴブリンどころかイーゴルの従士(ドルジーナ)である三人さえ、気付く事は無かった。



 ダヴィディ大聖堂を出た一行は、大聖堂が建つ丘の上からリオニの町を見渡す。

 木造家屋が埋め尽くす町並みを眺めていた一行は、ふと町を出るゴブリンの集団を遠くに見かけた。案内役に一体何なのか尋ねてみる。


「あれは……開墾デスネ」


 手で(ひさし)を作って目を凝らしていた案内役はそう言った。アントンが思わずその言葉を繰り返す。


「開墾?」

「ハイ、総督閣下ハ農地拡大を考えテいるようデス。各地デ、ゴブリンを募っテ免税と引き換えに開墾させるようにとの令も出していマスし、貸し出ス為の農具の増産も進めていマス」

「何でまたそんな事を?」


 案内役のゴブリンはさぁ? と肩を竦める。アントンも、案内役がイルムの考えを詳しく知る筈も無いというのは分かっている為、それ以上聞くことはなかった。

 しかし、イーゴルはまたも目を鋭くさせる。


「まさか……」

「ん? 如何(いかが)したか」


 ドミトリーが、そんなイーゴルの様子を気にしたが、イーゴルは何でもないと首を振った。ならばよいがと、ドミトリーはリオニの町へと視線を戻す。考え込むイーゴルは一人、思案した。


 この世界に存在する種族の中でも、人口が多いゴブリンだが、ナリカラは山岳地故に農耕がし辛い為、狩猟や果樹栽培、畜産に依存しており食料事情は十分とは決して言えない。

 だから、安定した食料供給を望める麦などの作物を育てるべく開墾するというのは納得出来る。だが、内戦状態だという今のナリカラにそんな余裕があるとは思えない。


 であるにも関わらず、軍備より開墾を優先する理由は何か?


「野郎……兵を育てつつ金を稼ぐ積もりだな?」


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