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三十話 内情

 

 イルムの手によって、執務机の上にあるベルが鳴らされる。何も起きない。

 もう一度鳴らした。

 やはり何もない。三度目の正直と、更に激し目に鳴らす。


「御用ですかー?」


 小さく欠伸をしながらアミネが入室した。イルムは呆れの半目を向ける。


「……一度で来てよ、給金止められたいの?」

「その時は顧問殿を始め周りに、イルム様は春本を何冊も隠し持っているって言い触らします」

「やめて! そういう出鱈目吹聴するのはやめて!」


 給金を人質にして、やる気の無いアミネの態度を改めさせようとするが、(たちま)ち逆転されてしまったイルムが悲鳴を上げた。春本とはもちろん如何わしい本の事である。

 アミネは容赦も慈悲もなく攻撃を続けた。


「持って無いんですか?」

「あるわけないよ!」

「じゃあ、あの本は何なんですかねー?」


 にやりとした表情に、イルムは顔色を変える。


「ま、まさかあれを……」

「あれって何ですかー? え、本当に春本持ってるので?」

「あっ、違う。持ってない、違うから」


 アミネのはったりに、まんまと引っかかったイルムが必死に無駄な抵抗を図った。


「あれっていうのは詩本だから、うん、ただの詩本」


 イルムの言い訳に、アミネはずいっと顔を寄せる。


「ただの本なら私が読んでも問題無いですよね? ちょっとイルム様の本を何冊か借りますー」


 執務室を出ようとするアミネへ、イルムがとうとう観念した。


「分かった! 言うよ! 言うから! ……の詩本」

「は? 小さいですよ、もっとはっきり言って下さい」

「その……れ、恋愛ものの抒情詩(じょじょうし)の本」


 恋愛を題材にした詩などを纏めた本を隠し持っていたと白状して、真っ赤になってしまったイルムに対し、アミネは拍子抜けを通り越した呆れたっぷりの息を吐き出す。


「はぁぁ? つっまんないですねー。で、何の御用でしたっけ?」


 今度はイルムが大きな溜息を吐いた。首を振って赤らめていた面相を元に戻し、本来ベルを鳴らしてから最初に言う筈だった言葉を紡ぐ。


「保護下にある冒険者達を呼んで。いよいよ情報を聞き出す時期が来た」




 執務机の前に四人の男達が立っている。椅子に座るイルムから見て、左からアントン、イーゴル、ドミトリー、ユーリイだ。

 改めて見るとそれぞれ、中背で少し太め、長身、大柄、小柄でやや痩せぎすと見事に特徴がはっきりしている。

 一応は捕虜となっている為、武器防具を一時的に接収された彼らは、リオニ城の元は客間だったらしい一室で過ごしていた。


「……防具も全て預かっている筈なんだけれど、そこの人は何故鉄仮面を付けたまま何ですか?」


 イルムは、ドミトリーの顔を覆う仮面を見る。表情は見えないが、身に纏った雰囲気で真剣さを表現するドミトリーから沈痛な声が漏れた。


(それがし)、実は……皮膚を患っており申す。武具を預かるゴブリンらも心優しく理解を示して……」


 俯いたドミトリーにイルムが同情を浮かべようとした時、イーゴルがドミトリーを軽く指さして口を開く。


「いや、こいつはただ、にきびの跡が酷く残ってるだけだぞ」

「何故明かすかぁ!?」


 ドミトリーがイーゴルの胸ぐらを掴んで激しく揺らした。



 我を忘れてイーゴルを責め立て続けたドミトリーがようやく落ち着くと、呆気に取られていたイルムは改めて仮面の付いた兜を取るよう促す。

 万が一逃走された時などに、素顔が分かっていないと不都合が生じかねないからだ。


 ドミトリーは渋りに渋ったが、イーゴルの命令を受け、ゆっくりとした動きで仮面付き兜を外す。露わになったのは、イーゴルの言った通りのにきび跡が目立つあばた顔だった。

 が、それを抜きにしても、太い鼻と窪んだ目、そして垂れ下がる瞼という顔立ちは、整っているとは言い難い。素顔を晒したドミトリーは、恥ずかしくなってきたのか徐々に顔を赤らめて俯きだした。


「ああ、もういいですよ。楽にして下さい、その兜は例外として一時接収の対象外とします」


 イルムの許可が下りた瞬間、あばた顔の男は素早く兜を被り顔と仮面を合わせる。イルムはイーゴルに顔を向けた。


「出入り以外は自由にさせているつもりですが、気楽に過ごせているでしょうか?」


 四人の男達の中で最も背の高い男が、従士の三人と視線を合わせ合う。そして四人で頷き合い、イーゴルが代表するように一歩前へ出た。


「部屋は悪くないが、外出はさせて欲しい」

「……まあ、何日も同じ部屋に閉じ込められたら、それは外に出たいでしょうね」


 イルムは苦笑を浮かべる。彼らの扱いは、人間同士での戦さで捕虜になった貴族や騎士の扱いに準ずるものだが、行動の自由は大きく制限されていた。

 逃走を警戒しての軟禁状態であったが、イルムはもうその必要はないと考えている。


「外出は許可します。案内の者を付けますが、別に監視ではないので御心配無く。というか常に好奇やその他の視線を浴びる事になるでしょうし」


 何しろリオニにいるのはゴブリンだけだ。人間など目立ちに目立ってしまい、人目を盗んで逃げ出すなど不可能だろう。

 イルムは提案の形で、本題である尋問を開始した。


「外出許可の代わりと言っては何ですが、色々聞かせて貰ってもよろしいでしょうか?」

「……聞きたい事は?」

「まずは貴方方を含む人間達がこの地をどれだけ把握しているのか、どのように感じているのかですね。それと人間諸国の最近の動向」


 イーゴルは考えを纏める為か、一度腕を組んで首を傾げる。やがて、首を戻すと淀みなく答えた。


「ここらじゃ山脈の向こう側は魔族の領域ぐらいの認識だな。ここがゴブリンだけの地とはっきり知る奴はあまりいないとは思うぞ。それと、ゴブリンが普通に国を築いている事もな」


 ナリカラは幾度か人間諸国からの攻撃を受けた事があるが、(いず)れも山脈かその背後に控える砦で食い止められている。その為、人間達にはナリカラ内部の情報はほとんど伝わっていない。


「そもそもゴブリンが人間の言葉を喋れる事を知っている人間がいるかも怪しい。武装を預かりに来たゴブリンがヘッタクソなグラゴル語を喋った時は、俺も顎が外れるかと思ったしな」


 イーゴルはリオニに到着して間もなかった時の事をそう振り返った。


 グラゴル語は今イーゴル達が喋っている言語で、主にナリカラの西隣に広がる人間諸国で話されている。今やイルムの外交顧問となっているエルガもグラゴル語話者だ。


 ゴブリンの中には、いつか人間との交流が復活した時に備えて、或いは盗みなどの為に人間の領域へ忍び込んだ際に情報を得られるように、人間の言語を身に付けている者が少なくない。

 ほとんど独学な為、片言以上に酷いものだが。


「諸国の現状については、まあ対魔族の機運も落ち着いたもんだ。魔王が死んでからは、人魔密貿易の発覚もあって対魔族同盟も随分結束力が落ちたし、人間同士の小競り合いも増えた。魔王軍侵攻以前の古い時代に戻りつつあるって声もある」


 アントンが、人間側の内情を話すのは不味くないかと言わんばかりに、口をひき結んでイーゴルを見る。それに何も構う事なく、イーゴルは話を続けた。


「つっても、北西じゃ騎士修道会が中心の聖討軍が亡者共にガンガン攻勢掛けてるし、東方砂漠の国々も魔族領へ攻め入ったって話だ。冒険者が最前線に出張る事が少なくなっただけで、魔族との戦さが終わる気配はねえな」


 イーゴルが語る言葉に、イルムは何度も頷いて聞き入っていた。特に諸々の人魔密貿易が発覚した後も、対魔族の姿勢を乱さなかった聖討軍の猛進はイルムの耳にも入っている。

 昨年もラトンク公支配下の城を二つ陥落させ、南隣のスブムント公領をも脅かしつつあるという。故に両公は潰しが効く都合の良い補助戦力として、ゴブリン兵を欲していた。


 目を閉じて頷いていたイルムが、視線をイーゴルに戻す。


「なるほど、では次の質問です。人間とゴブリンが交易を行う事は可能だと思いますか?」


 イルムは大きく切り込んだ。


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