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十四話 バガラン

 

 真っ赤な瞳を持つロバに跨った鎖帷子姿のゴブリン、ザリャン氏族の将軍バガランは、やれやれと言わんばかりの表情で目の前の戦場を眺める。


 オルベラの支族との戦いでは、戦闘による損耗は少なかったものの、散発的襲撃を受け続けたことで元々士気が高いとは言い難い鉱民兵の脱走が多発し、今や鉱民兵は百程度しか残っていない。

 挙句にソハエムスがオルベラ氏族に奪還されたことで退路が断たれたも同然となり、オルベラ支族制圧を中断して修道院占領を急ぐ羽目となっていた。


 が、ザリャン氏族にとって悪い事ばかりとは言えない。のこのことナリカラ総督とオルベラ氏族の長が、揃って戦場に現れたのだから。


「ソハエムスが落ちたと聞いた時は流石に焦ったが、蓋を開ければこんなものか」


 バガランはそう呆れたように呟くと、自軍左翼と戦う敵軍右翼を観察した。

 そこには長槍でザリャン氏族兵を寄せ付けないオルベラ氏族ゴブリンを指揮する黒髪の青年が見える。

 しかし、最早ザリャン氏族は中央を突き崩す寸前であり、オルベラ氏族軍中央と両翼の隙間にも入り込んで、中央、右翼、左翼をそれぞれ半包囲しつつあった。

 このままオルベラ氏族軍が、各個に包囲殲滅されるのは疑いようがない。


「ナリカラ総督のイルム、魔王の子息と聞いていたがこの程度か? 儂の知る魔王はこんなものではなかったぞ」


 かつて魔王軍の遠征に参加した経験を持つバガランからすれば、肩透かしもいいところである。


「武勇に優れずとも将や王としての才ぐらいはあると思うたが……兵をそれぞれに纏めて編成する程度は儂もやっておるわ」


 イルムもバガランも当たり前の様に兵科毎に部隊を編成しているが、これはゴブリンや魔族においては異質だ。


 魔族は各々が優れた個の力を自由に奮う個人戦が原則であるし、ゴブリンは戦士が配下の民兵を率いて突っ込むだけの単純な力押しばかりだった。

 一方で人間達は、個で勝る魔族に対抗する為に集団戦術を発展させ、様々な兵科に分かれた部隊運用を行なっている。


 穂先を揃えた槍の壁は巨人ですら足を止め、止む事の無い矢の嵐は飛龍(ワイバーン)さえ追い払い、騎兵の群れは白骨兵(スケルトン)の軍団を蹴散らし、複数の魔術師の同時詠唱によって放たれる強力な魔術は悪鬼を炭に変えた。


 人間は常に集団対個を持って魔族に抗い、時に破って来たのだ。それに注目する魔族も少数ながら存在する。


 バガランの兵科別部隊編成は、魔王軍参加時の経験から人間達のものを模倣したもので、今ではザリャン氏族全体に浸透しつつあった。

 イルムの部隊運用も人間達のものを取り入れただけで、バガランにとって目新しいのは無い。


「こうなってしまっては、背後を突く程度はしないと逆転できん、だが修道院に籠るオルベラ氏族二百はアニが率いる同規模の軍の包囲を突破しなければならん、向こうはもうどうしようもないな」


 バガランはイルムに興味を失った様子で、今度は自軍右翼へ視線を移す。そこではクムバト率いる戦士団とザリャン氏族兵がぶつかり合い、激闘が繰り広げられていた。

 オルベラ氏族最精鋭ともあって、クムバトの戦士団は数に勝るザリャン氏族相手によく戦っている。


「修道士くずれがようやるわ、思いの(ほか)持ち堪える」


 自身も鍔の無い直剣を振るうクムバトの姿を、バガランは少し感心した様子で見つめた。

 奮戦するクムバトを守ろうとオルベラ氏族の戦士達も奮起して前に出るが、幾ら手斧や剣を振り回しても一向にザリャン氏族の数は減らない。

 やはり多勢に無勢か、最初に比べて勢いは落ち始めていた。


「惜しいのう、悪くないのだが仕えるべき相手を間違えた」


 バガランはそう、やや残念そうに呟く。

 そしてとどめを刺すべく、予備として待機している己の戦士団の一部を右翼側に投入しようとした時、右斜め後方が(にわ)かに騒がしくなる。


「何だ?」


 不審に思ってバガランが振り向くと、二頭立ての荷馬車がザリャン氏族兵を蹴散らしながら突っ込んで来ていた。

 御者台には薄紫の髪を揺らす灰色肌の女性が座り、荷台には弓を構えるゴブリンが満載されている。

 荷馬車を曳く二頭の一ツ目馬はいとも容易くザリャン氏族兵を蹴り飛ばし、或いは踏み潰して死体の道を作りながら、ザリャン氏族軍の中央、つまりバガランの居る場所目掛けて突き進む。


「な!? 包囲を突破して来たのか!?」


 若さ故の欠点も多いが、信頼できる部下であるアニが包囲軍二百を指揮していた筈だが、修道院の方へ目を向けると包囲軍は散り散りとなっていた。

 既に修道院籠城軍が、包囲軍を掃討しつつザリャン氏族軍背後に陣取っている。


「おのれ……だが荷馬車一台で軍は崩せん。それにまだ我が戦士団八十が予備兵力として残っておる、二百の雑兵如き屁でもないわ!」


 バガランの護衛兼予備部隊であったザリャン氏族戦士八十が、向きを修道院籠城軍へと変え、味方に背を向ける形になった。


 その時、ザリャン氏族軍に異変が起きる。


「ん? お、おい! 何をやっておる!?」


 バガランはイルム率いるオルベラ氏族軍本隊と戦闘中の、自軍主力の異変にすぐさま気付いた。


 一部の兵が勝手に持ち場を離れて逃げ出しているのだ。


 更にそれを見た付近の兵も連れられる様に一人二人と逃げ出し始める。それを見咎めた指揮官らが何か叫んではいるが、確実にザリャン氏族軍はぽろぽろと崩れ始めていた。


「しまった……! 背後を取られたことが兵に伝わってしもうたか……しかも戦士団が背を向けたのを撤退と誤解されたか」


 バガランは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませたが、すぐに持ち直す。まだ軍が崩壊したわけではない、十分巻き返せると判断し、バガランは声を張り上げた。


「全軍聞けぃ! 前方のオルベラ氏族は最早死に体である! 背後を取った気でいる軍も大した脅威ではない! 落ち着いて敵を撃滅せよ!」


 その大音響に逃げ出そうとしたザリャン氏族兵も肩を跳ね上げたと思うと、落ち着きを取り戻した様子で敵の方へと向き直す。

 ザリャン氏族軍の動揺が収まっていくのを見たバガランが満足気に頷いた瞬間、彼は左肩に熱と激痛、そして衝撃を感じた。


「がぁっ!?」


 そのまま自身が乗っていた赤目ロバから転げ落ちる。

 落下していく視界の中に、火の玉を飛ばす薄紫色の髪を持つ女性の姿があった。


「バガラン様が落馬なされた!」


 護衛の戦士が思わず叫んだ言葉にザリャン氏族軍の動揺が再燃する。なお悪い事に落馬した事実が混乱に拍車を掛けていた。


「バガラン様が落馬!?」


「まさか討死なされたわけではあるまいな!?」


 オルベラ氏族軍本隊と戦うザリャン氏族の各部隊は指揮官自体が平静を失ってしまい、収拾が付かなくなっていく。

 更にイルムとクムバトが混乱を助長させていった。


「アミネが敵の総大将を討ち取った! このまま敵を討ち破れ!」


「バガランが死んだ今、ザリャン氏族も敵ではないぞ! このクムバトに続け!」


 あたかもバガランが戦死したかのように振る舞うイルムとクムバトの激励は、オルベラ氏族を発奮させザリャン氏族を恐慌させる。


「バガラン様が死んだならもう駄目じゃねぇか!」

「こら! 逃げるな! 落ち着け!」


 統制を図る指揮官達の声も虚しく、ザリャン氏族の軍勢は崩壊した。

 我先にとザリャン氏族兵が、西のオルベラ氏族軍本隊と北東の籠城軍から逃れようと、南や南東の方角へ一目散に駆けていく。


「ぐっ……してやられたか……」

「バガラン様! 気が付かれましたか!?」


 落馬した衝撃で、一時的に気絶していたバガランが意識を取り戻した頃には、ザリャン氏族軍は鉱民兵どころか民兵も殆どが敗走、戦士からも逃げ出す者が出始める悲惨な状況だった。


「どうにも……ならんな……今更かもしれんが全軍にザリャン本領への撤退を命じる。我が戦士団は殿(しんがり)だ、いいな?」

「ははっ」


 バガランは、鎖帷子が引き千切られたかのように吹き飛ばされ、酷く焼け(ただ)れた左肩をちらりと見ると、護衛の戦士に手助けされながら赤目ロバに跨る。

 右手で腰に下げていた手斧を抜いて高く掲げると、あらん限りの大声で叫んだ。


「儂はまだ死んでおらんぞ! ザリャンの大将軍バガランここにあり!」


 そこへ長槍を構えるゴブリンの軍勢と共に、黒髪の青年がバガランの前に現れた。


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