十三話 修道院の戦い
「包囲下にあるバゼー修道院を救うぞ! 全軍、進め!」
バゼー修道院へ向けて出発したクムバト率いる戦士二十に遅れて、イルムは二百六十の軍を四列縦隊に並ばせ進軍する。
百本の長槍が二列になって並び、その間にザリャン氏族の捕虜を兵としたザリャン虜囚兵が、肩身が狭そうにとぼとぼと歩く。
その背後を弓を持つ平民ゴブリンと戦士団が続いた。
彼らの中で長槍を携える百のゴブリン達の半数は、かつてイルムの指揮下で戦った元オルベラ氏族残党である。
よく見れば顔付きも実戦を経験したからか、ソハエムス奪還後に募兵、訓練された民兵とは違って、やや精悍になっていた。
「長槍兵は全員民兵とはいえ、実戦経験のある者がいると様になるね。練兵が上手くいっていたみたいでちょっと安心したよ」
また防具も今回からは、イルムが考案した二枚の木の板を紐で繋ぎ合わせた簡単な木製胴鎧と椀型の革製兜を身に付けており、今までの普段と変わらぬ服一枚より遥かにマシになっている。
といっても、急造の粗雑な作りな上に、木製胴鎧は革を貼り付ける時間が無かった故の未完成品なのだが。
「製鉄技術が未熟でも、木材加工の技術はそれなりなら木製防具を作らない手はないね。鉄も十分じゃないナリカラならこれでも急場凌ぎにはなる」
イルムはそう自分に言い聞かせる様に独りごちながら、百に上るザリャン虜囚兵を眺める。
ソハエムス奪還戦の際、当時七百のザリャン氏族軍がソハエムスに駐屯していた。
しかし、蜂起した住民の襲撃やオルベラ氏族軍との戦闘で、二百以上が戦死或いは負傷後に死亡し、百程度が逃亡。
領主館で降伏した八十と合わせて百程が捕虜となったが、残る三百近いザリャン氏族兵は怒りが収まらぬ住民やオルベラ氏族兵によって、投降しようとしたところを虐殺された。
運良く捕虜として生き残ったザリャン氏族ゴブリンは、ナリカラ総督であるイルムに忠誠を誓うことで、イルムの保護下に置かれている。
が、彼らの生命を担保するのはそのイルムへの忠誠心のみ。即ち、イルムの命令は絶対であり、捨て駒として使われても何ら反抗することもできない。
もし、反抗の意思を示せば忽ち未だ恨みの念を持つオルベラ氏族兵に殺されるであろう。
そんな哀れな虜囚兵を眺めながら、イルムは考えを巡らせる。
ソハエムスのオルベラ氏族が持つザリャン氏族への怨恨は、虜囚兵までで終わらせなければならない。
何故ならナリカラ総督としては、オルベラ氏族の鬱憤が晴れるまでザリャン氏族を滅ぼし尽くすというわけにはいかないからだ。
一方で、ザリャン氏族を支配下に置くのであれば、ザリャン氏族を屈服させた上でザリャン氏族と他氏族のゴブリン達との融和を図らねば、厄介な内部対立を抱えることになる。
どうしたものかとイルムは頭を悩ませるが、しばらくしてその思考を棚上げにした。
まずはバゼー修道院を包囲下から救出しなければ、統治も何もない。
やがて森の中の道を先行していた戦士達とクムバトが、偵察の報告をするために引き返して来た。足早に行動していたのか、薄めた葡萄酒で喉を潤し、荒い息を落ち着ける。
「バゼー修道院は少なくとも、五百を超えるザリャン氏族に包囲されております。将は名将と誉れ高いバガランの様です」
「アミネやノリス殿は?」
「恐らく御無事かと、石垣から火の玉がザリャン氏族目掛けて飛んでいったり、突然の突風で矢が逸れていたりしていましたので」
「アミネの魔法だね。……このまま進むと夕刻前には到着するかな」
「ええ。それとザリャン氏族は陽が落ちるからといって攻め手を緩める積もりは無い様に見えました。ソハエムス奪還を察知したのでしょう」
ソハエムスを陥落させ、クムバトを追討していたザリャン氏族軍は、オルベラ支族の制圧に失敗し、ソハエムスを取り戻されたことで敵中に孤立した状態に陥っている。
そのため何としてでもバゼー修道院を拠点として確保して、スブムンド公領への抑えとなっている国境のザリャン族千五百との合流を図っていることは容易に想像出来た。
「ならこのまま前進、修道院が見えたら隊列を整えて虜囚兵を前に出そう」
「承知致しました」
小休止を挟みながら行軍を続け、木々の間から覗いている空が、そろそろ赤く染まり始めようかという頃に、修道院の尖った屋根が見えてくる。
修道院近郊に到達した時点で、既に攻防戦の雄叫びが聞こえており、進軍するオルベラ氏族軍は緊張に包まれていた。
「全軍、一度止まれ。横列に移行する前の準備として先頭に集合せよ」
イルムの指示で、ゴブリン達は細長い行軍隊列から密集した塊となっていく。
ザリャン虜囚兵が前方に集まり、その後ろへ長槍民兵が居並ぶ。弓兵も長槍民兵の背後に続き、戦士団は最後方に立つ。
「進め! 森を抜ければすぐに敵と相対することになる、気を引き締めろ!」
オルベラ氏族軍はゆっくりと木々に挟まれた道を前進した。やがて草木が途切れ、視界が開けていく。
森から出ると短い草に覆われた丘があり、その上に石造りの建屋に木造の塔を持つバゼー修道院がどっしりと座っている。
そして、その修道院を丘ごと包囲する二百のゴブリン達とイルム率いるオルベラ氏族軍の間を塞ぐ様に四百のゴブリンが隊形を組もうとしていた。
「対応が早い。土地勘のあるクムバトの斥候は気付かれなかったけれど、流石に軍勢は察知されるか」
イルムはそう言うと自軍の隊形も整えさせる。
虜囚兵を前に並ばせると、その左側に弓兵三十が纏まって配置に就き、長槍民兵が二列横隊で中央に陣取る。戦士団は予備戦力としてその左斜め後方に待機した。
オルベラ氏族軍とザリャン氏族の軍はほとんど同時に戦闘態勢を取り終える。
「ザリャン虜囚兵突撃! 弓兵は彼らを援護せよ!」
イルムの命令を受け、ザリャン虜囚兵は支給された粗末な武器を手に、大声で叫びながら決死の覚悟で駆け出す。
迎え討つザリャン氏族の軍勢は、あからさまに動揺が見えた。迎撃するべくザリャン族軍から放たれる矢も、どこか纏まりを欠く。
動揺するのも当然だ、同族が何故か敵として突っ込んで来るのだから。
虜囚兵はばらばらと飛んで来る矢を掻い潜り、敵中央に飛び込んだ。忽ち中央では、ザリャン氏族ゴブリン同士で血みどろの戦いが始まる。
最早、虜囚兵の彼らに逃亡や不戦の選択肢は存在せず、ただただ目の前の敵を屠り続ける以外に道はない。
「長槍兵前へ! 我らは右手側から中央を援護する!」
イルムは長槍民兵を率いて中央よりやや右へ前進、虜囚兵を囲もうとするザリャン氏族軍左翼を攻撃した。
しかし、これではオルベラ氏族軍の左翼はがら空きとなってしまう。それを見たザリャン氏族軍右翼が回り込もうと動く。
だがオルベラ氏族弓兵が、武器を握っているが故に無防備な右手側へ向けて矢を放ち妨害を図る。更に予備として待機していた、クムバト率いる戦士団五十が敵右翼に突入した。
こうしてイルムが指揮するオルベラ氏族軍二百八十の全てが戦闘に入ったが、対するザリャン氏族四百は数だけでなく質においてもオルベラ氏族の軍勢に勝っていた。
特に戦士の差が大きい。クムバトの戦士団が五十であるのに対して、ザリャン氏族の戦士は百二十に上るのだ。
ゴブリンの戦士は特権階級ではあるが、常に精強であることが求められるため、決して世襲制であるとは言えず、戦士の子であっても戦士位は受け継がれずに平民として扱われる。
つまり戦士は一代限りの地位なのだ。
結果、偉大な戦士の息子でも軟弱であれば戦士位を得られなかったり、平民でも実力が認められれば戦士に昇格することもある。
といっても広大な領地を持つ戦士の子は良質な武具や訓練環境を得やすく、戦士に昇格する可能性が高いという事実上の世襲状態も存在するが。
そんな選りすぐりのゴブリンである戦士の数に二倍以上の差があるのは致命的と言えた。
そして当初は死兵と化して暴れていた虜囚兵の勢いも既に衰えつつあり、中央が崩壊して両翼が分断される危機を迎えようとしている。
だが、イルムの顔に憂いの色は見られなかった。
「さあ、今だ」
僅かな笑みすら見えるイルムの口から発された小さな呟きは、戦場の喧騒に消えていった。
――あれ? そういえばアミネって僕が渡した羊皮紙、ちゃんと読んでるのかな?




