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十二話 包囲

 

 バゼー修道院がザリャン氏族に包囲された。


 クムバトが(もたら)したその報せは、イルムから平常心を容易に奪った。


「早過ぎる! オルベラ支族が襲撃して足止めしている筈じゃあないのか!?」

「と、とにかく解囲の軍を整えねばなりません。急ぎ領主館へ!」


 クムバトに促されてイルムは、領主館へと全速力で駆ける。

 息を切らせて領主館に着くと、一階右手側に置かれた役人達の巣窟、行政局へと入った。


 そこでは領主館に勤めるゴブリンの役人達が、混乱しつつも、羊皮紙の書類片手に降って湧いた業務に追われていた。

 役人を取り纏める文民衣装の戦士ゴブリンが、イルムの姿を認めると駆け足で近寄り、良く響く声で報告する。


「総督閣下! 御報告申し上げます! 我らはバゼー修道院包囲の報を受け、既にソハエムス民兵の召集及び物資調達を行なっております! 現在、ソハエムスにある戦力は戦士が五十に長槍民兵百五十、弓兵が三十と投石杖兵五十、そして急遽徴集した民兵百とザリャン虜囚兵百であります!」


 その大声にイルムは呆気に取られたが、お陰で冷静さを取り戻せた。


「……そこまで済ませるとは手早いね、指示はクムバトが?」

「はい、私が役人の彼らに命じて。勝手を致しました」


 クムバトは頭を下げる。イルムは気にしないでとばかりに右手を振った。


「いや、今回は助かったよ。準備が整い次第出発しよう。戦士は一部先行させて斥候を兼ねさせる」

「はっ」

「長槍民兵百五十の内五十と投石杖兵、徴集した民兵は防衛に回して、長槍兵と弓兵を解囲軍とする。ザリャン虜囚兵も出そう」


 イルムは先程の戦士ゴブリンに状況を詳しく聞こうとした時、室内へ一人のゴブリンが転がり込む。


「ほ、報告! ザリャン氏族、ノリス領へ侵攻の気配あり!」

「なっ!?」


 クムバトが驚愕の声を上げている間に、別のゴブリンが現われた。


「報告!オルベラ支族連合軍はザリャン氏族との決戦に至り、ザリャン氏族の撃退に成功! ザリャン氏族の軍勢は全てザリャン領へ向けて退き始めたとの報せが」


 また別のゴブリンも次々と報告に来る。


「バゼー修道院から火の手が上がったという報せが。しかし修道院の方角に煙が登っているようには見えぬ為、誤報と思われます」

「オルベラ支族より使者が来ております。どうやら戦後処理と論功行賞について相談があるとか」

「一体何がどうなってるんだ?」


 次から次へと舞い込む情報にイルムは困惑したが、クムバトはぴしゃりと叩くように右手で目を覆う。


「情報が錯綜(さくそう)しているようです。一応噂など曖昧で信用度の低いものは弾いているのですが……」

「うーん、支族から戦後処理相談の使者が来るということは少なくとも支族の勢力圏からザリャン氏族は退いたということかな。問題なのはザリャン氏族軍が何処へ行ったかだ」

「とりあえず戦士団を派遣して修道院の状況を調べるしかありませんね」


 イルムとクムバトは揃ってため息を吐いた。


 情報というものは、そう都合良く正確な物が集まるわけではなく、大抵は不明瞭だったり誤報である事が多い。

 特に現在のオルベラ氏族は実戦経験のある者が多い訳では無い為、混乱によって情報が余計に錯綜しやすいのもある。


「ザリャン氏族から兵の脱走が起きているという情報を信じるなら、ノリス領侵攻は脱走兵によるただの盗賊行為の事かもしれない。なら当面の危機は修道院だけだ」

「いえ、スブムンド公領との国境にいる千五百のザリャン氏族が動いたという可能性もあります」

「……そうだったら最悪だね。オルベラ支族に急ぎの使者を送って援軍を頼もう。どちらにしろ国境のザリャン氏族は僕らだけじゃ手に余る」


 二人は出来得る限りのことを尽くそうと、頭を巡らし始めた。ややあってイルムは不安気味に呟く。


「アミネとノリス殿は無事なんだろうか」





 アミネは眼下の光景にため息を吐いた。


「これはちょっと不味いかもしれないですねー」

「アミネドノ、ソンナユーチ……チェ?チョ?」

「悠長?」

「ソレデス。ユーチョーナコトイッテルバーイチガウ!」


 ノリスの片言ながらも必死な魔族共通語の剣幕を受けたアミネは、尚も普段の気怠げな態度を崩さない。


 バゼー修道院の周囲はザリャン氏族の軍に囲まれている。

 その中に鉱民兵の姿はあまり見当たらず、鱗鎧(スケイルアーマー)鎖帷子(メイル)姿の戦士と、布鎧(キルディングアーマー)の民兵ばかりだ。


「オルベラ支族は何をやってるんだか」


 二日前には、散発的襲撃が功を奏し、ザリャン氏族の軍は脱走が頻発しているとの報が、オルベラ支族から届いたばかりであった。

 が、その翌日にはバゼー修道院近郊にザリャン氏族軍六百余が出現。

 修道院が包囲されて丸一日が経った今、八十の戦士と包囲前にソハエムスから帰還して間もない民兵百二十の計二百を、ノリスが指揮して何とか持ち堪えていた。


「ザリャン氏族戦士とオルベラ氏族戦士ではどうも地力が違うみたいですねー。五十の損害を与えた一方、こっちは十討たれて二十以上が負傷とか一応壁があるのにおかしくないです?」

「ザリャンハ、イロイロト、タタカウコト、オオイ、ダカラツヨイ」


 ナリカラ東部は、北から東にかけてカシィブ公領に接しており、南は人間諸国との国境となっている。

 そのため、北東のオルベラ氏族はカシィブ公領への商業的繋がりがあるが、東のザリャン氏族は対人間の傭兵としてカシィブ公領へ戦士を派遣したり、時たま南で人間との小競り合いを行なっている為、オルベラ氏族よりも武闘派の()が強い。


「実戦経験豊富ですかー、それは面倒くさい」


 アミネは相変わらずの様子で、修道院の木造楼から外を見下ろす。


 視線の先には、樹皮もそのままな細木を組んだ枠に毛皮を張っただけの簡易な大盾に身を隠しながら接近する、ザリャン氏族ゴブリンの集団がいる。

 修道院を囲う城壁の様な石垣から石が投げ飛ばされるが、毛皮の盾に受け止められてしまい、あまり損害を与えられていなかった。

 反撃とばかりに、ザリャン氏族の弓兵が矢を射かけるが、こちらも石垣に阻まれ効果が薄い。今度は矢をやり過ごしたオルベラ氏族戦士が、石垣から身を乗り出して弓を応射する。


 矢に関しては投石より高い効果を上げているものの、弓を扱える戦士は八十の内五十程度と、絶対数の少なさから矢の雨を降らせて敵の足を止めるという戦術も取れず、パラパラとした小雨以下の射撃に留まっていた。


 密度の低い射撃の中を進むザリャン氏族兵は、石垣が途切れる門に破城槌代わりの丸太を打ち付け、枝を縄で組んだ即席の梯子(はしご)で石垣を越えに掛かる。

 (たちま)ち石垣では乱戦が始まり、激しく打たれる門扉ではゴブリンの修道士達が、机や椅子などを積み上げて必死に抑えようとしていた。


 しかし、アミネの面相は変わらない。


「乗り込んで来ても撃退は出来ますが、その度にこちらが激しく消耗しますし、今日明日に援軍が来なかったら終わりかもしれませんねー」

「アミネドノ‼︎」

「事実じゃないですかー。それとも退路は確保出来そうですか?」


 その言葉にノリスから先程までの剣幕が消え失せ、しゅんと視線を落とした。


「……イイエ」

「向こうも飛び出して来るのを手ぐすね引いて待ち構えているでしょうし、イルム様が駆け付けて来るのを待つしかないですねー」


 アミネは外の眺めから視線を外し、簡素な庇があるだけの窓を離れると修道院一階へ降りる。


「ではノリス殿、指揮をお願いします。私は精々援護を頑張りますよー」

「ハイ!」


 ノリスは一部が凹んだ青銅製兜を被ると外の石垣へと走った。

 そんなノリスの背をのんびりと歩いて追いかけるアミネは、肘を曲げて右の手の平を上に向ける。

 すると手の上にふっと火の玉が現れた。


「さーて、一丁やりますか」


 魔族五公の一角、カシィブ公から魔法の才能を見込まれ、名指しでイルムの護衛兼世話役に任命された女屍食鬼(グーラ)は、やる気がなさそうな表情と声で、そう気合の言葉を呟いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 情報が錯綜する描写がリアルですね。 面白いです。
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