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交差した思惑とリュオスの過去

あれ?褒めてくれないの?

と、不満そうなリュオスを他所に、フィオナはゆっくりと壁に埋め込まれている人物をみる。


そうだ。


何故先程気づかなかったのか。


リュオスが大量に冒険者の品を持っているということは、拾った場所に冒険者がいた可能性は充分に高いということだ。

はたして、あの宝の山は本当に拾ったのか?それとも……。


考えてははいけないことを考えてしまう。

しかし、考え出すと自分で自分の思考を抑えられない。


まとまらない思考でフィオナは封氷壁をみる。

見続ける。


知っている顔もある。

いや、個人的に付き合いがあったと言うわけではない。

しかし、知っている顔はどれも現在では行方の知られていない世界に名を馳せたような上級の冒険者だった。


そして左端に埋め込まれている人物。

諦めた様な顔でその生を終えたであろう冒険者にフィオナは驚く。


キャロル・クラリネット。


かつて世界に名を馳せた彼女はSSクラスの冒険者で、フィオナの憧れの冒険者だった。


まだ、フィオナが幼い頃にフィオナの村を訪れて依頼をこなした事がある。

幼いながらフィオナはキャロルの勇姿を見て私もこう成りたいと冒険者に憧れたものだ。


そう、フィオナにとってキャロル・クラリネットはまさしく英雄だったのだ。


とっくに冒険者を引退して何処かの田舎でゆったりと過ごしていると思っていた。


いつか会って、貴方に憧れて冒険者に成りましたと伝えたかった。


それがまさか、こんな形での再開になってしまうとは。

こんな薄暗い所に死してなお閉じ込められているとは。



「あっ、」


言葉にもならない声を出してフィオナはキャロルとは真逆、つまり右端に埋め込まれている人を見て震えだす。


その男は胸を一突きで殺されたように呆然とした顔をしている。


ゾイド・ルスダッド。

Sクラス冒険者であり、魔法武器の怪棍を使う事で有名な冒険者だ。


忘れるものか。


忘れるものか。


フィオナは震えながらも考え続ける。


ゾイドはフィオナの純血を無理矢理奪った男だ。


まだ、Bランクの冒険者であったフィオナと共に依頼を受けて、野営中に無理矢理押し倒してきた卑怯な男。

フィオナの必死の抵抗をあざ笑うかのように押さえつけた汚い男。


フィオナの頭には当時の記憶と感情が浮かび上がる。


悔しさと惨めさと恐怖と諦めが。


駆け巡るように。


身体が拒否するように。


フィオナの身体はガタガタと震え続ける。


いつか殺してやると思っていた。


その為に強くもなった。


しかし、どうだ?

実際に会ってみると、例え相手が死体であろうとこの様だ。

いや、死体だからか?

実力の彼我はともかく震えが止まらない。


「フィオナ?」


ビクッ!っとフィオナは、身体を震わせて隣にいるコボルトの顔を見る。

その顔は、今にも吐き出しそうな位に青かった。


「フィオナ、ドウする?ニックくう?」

「ひっ!」


リュオスの何の感情も含ませない言葉が怖かった。事務的な言葉が怖かった。


キャロルの死の悲しみと。

ゾイドによる恐怖とが、混ざりあってフィオナを飲み込んでいく。


したかない。


一般に高位の冒険者は、死など覚悟して恐れはしないと言われてはいるが、それは間違いだ。


ただ、強くなった。


恐れるだけの敵が居なくなった。

どんな敵でも、戦えると自負があった。

死ぬとしても存分に戦い誇りを胸に死ねると。


それが死の恐怖から冒険者を遠ざける。


それは森に入る前のフィオナの誇りだった。

自分はどんな敵とも戦えると。1人でも生きていけると。


しかし、フィオナはこの森で知った。


知ってしまった。


本来の魔物の強さを。


目の前のコボルトの強さを。


目の前のコボルトがその気になれば、自分など一捻りで殺せてしまうことをフィオナは既に知っている。

そこに抵抗の余地など存在しない。


さながら、村の小さな子供が飢えたグリズリーに出会うようなものだ。

自分はそれに怯えることしかできないのだ。


既にフィオナにはSクラスの冒険者の誇りなどない。そんなものこの森でとっくにへし折られていた。


そこにいるのは圧倒的な強者と圧倒的に弱者な自分。


キャロルやゾイドを見た悲しみと恐怖が。

わかってしまう自分とコボルトの力の彼我が。


フィオナの正常な思考を奪いとる。

ただ怯えるだけの女へと変わらせる。



「フィ、フィオナ?」


リュオスは、尋常ではないフィオナの態度に心配になり手を伸ばす。


「ヒッ、イヤ!!」


所が、フィオナは伸ばすリュオスの腕を振り払い、腰の刀を握りしめた。


それは冒険者の性である。


しかし、リュオスにそんなことが分かろう筈がない。


しかし、リュオスは知っている。

これは、自分に怯えているものの目だと、行動だと。


何故だかは分からない。

しかし、これは怯えに怯えて何も考えられなくなったものの目だと。


賢いリュオスはわかってしまう。

わかってしまうが故に悲しかった。


リュオスはそっとフィオナから離れる。

できるだけ刺激しないように、できるだけ恐怖を与えないように。


久しぶりに出来た仲間が壊れてしまわぬ様に。


リュオスは突き放された子供のように悲壮な顔を浮かべて部屋を出て、そして洞窟を出た。


フィオナはリュオスが部屋を出て行ったあと、腰を抜かしたようにその場に座りこみ。


泣いた。


大きな声で。


子供が泣くように。





--------



洞窟をでたリュオスは思う。


何がいけなかったのかと。


リュオスがいたコボルトの集落では、死んだ仲間を皆で一口づつ食べるという弔い方がある。

現にリュオスも、集落が滅んだときに皆の肉を一口づつ食べた。ジジの肉も。


それは、己の中に仲間を取り込み、決して忘れはしないというコボルトなりの弔いである。


リュオスは、森で人が死んでいるのを見つけるたびに巣に持ち帰り、封氷壁に閉じ込めた。

人にも弔うという概念があることをリュオスは知っている。それはコボルトも持っていた概念だったから。しかし、人の弔い方を知らない。人とコボルトの弔い方が違うのも知らなかった。それはジジが教えてくれなかったから。


だから、リュオスは閉じ込めた。


自分は、同じ集落ではないので口にすることは出来ないが、いつか生きてる人を見つけたら見せてみようと。


人は国という大きな集落を持つと聞く。


ならば1人くらいは同じ国の人がいるだろうと。


その人に食べて貰えれば、この人も浮かばれるだろうと。


それはリュオスの優しさだった。ジジから教えて貰った人間には酷い奴もいるが優しい奴も多い。

それは、コボルトの集落でも同じことだ。

幸い自分は人と意思の疎通ができる。

なら、これ位はしてやるべきだろうと。


リュオスの出した結論は、実にリュオスらしい人を好意的に捉えた行動だったと言える。

ただそこには人の文化への知識が足らなかった。フィオナに見せるにはあまりにも重い人選だっただけだ。


勿論、リュオスに人選を選べとは言えはしないが。




リュオスは考える。


やはり、あれがいけなかったのではないかと。

実はあの中には1人、リュオスが殺した人がいる。

リュオスは名前を知らないが、それはフィオナがゾイドと認識した人だった。


しかし、リュオスは再び考える。


いや、でもあれは仕方ないと。



リュオスは自身の群でさえ異端であった。

群のボスに嫌われ、他の仲間も何処かリュオスとは距離を置いていた。

狩りすらもリュオスは1人で行かされた。他の仲間は集団で狩りに行くにもかかわらず。


距離を置かなかったのはジジだけだ。

ジジは途中から群れに加わった新参者だった。

保存や革の舐めしかたを教えることで、群に入ることを認められた老コボルトだ。


ジジは、リュオスのようなコボルトを見たことが有ると笑ってくれた。

そして、森の外のことを教えてくれた。人という生き物がいること。

ジジが、人と旅をしたことを。


人はコボルトを殺すこともあると。

しかし、仲間のコボルトを大切にする人もいると。


リュオスが群の不満をぶつけると、この集落は閉鎖的だから仕方が無いと教えてくれた。

お前の様な他と違う魔物は大抵が1人で生きていると。

しかし、群に認められて立派に生きているものもいると。

それを認めさせるのはお前の頑張りしだいだと励ましてくれた。


リュオスは頑張った。

1人での狩りも文句も言わずに頑張り、大きな獲物を持ち帰った。

他の仲間にも積極的に話かけて、基本的に陽気なコボルトの中でも一際陽気に振舞った。


ジジは、そんなリュオスを見るたびに頭を撫でて人についての話を聞かせてくれたものだ。

人の言葉を習ったのだって、本当はジジとの繋がりが欲しかっただけだ。


そんなリュオスを集落のコボルト達も認め出す。

ボスは一向に振り向いてはくれなかったが、他のコボルトは徐々にリュオスとの距離を近くした。


リュオスはそれが嬉しくて一層頑張った。


これならいつかボスも認めてくれると。


しかし、そんなリュオスの小さな幸せはいつ迄も続かない。


ある時リュオスは大物を長い時間かけて倒して集落に辿りついた。

しかし、そこに拡がるのは荒れ果てた集落だった。恐らく何かしらの魔物に襲われたのだろう。

集落のコボルトは食い荒らされたようにバラバラになっていた。


ジジまでも。


リュオスは知っている。

この森に生きているのだ。食い食われるのは仕方が無い。

それが森のルールだ。


リュオスは涙に咽びながら、見つけたコボルトの仲間の肉を一口づつ食べていく。

腹が苦しくなっても、例えジジであっても、ボスであっても。


それからリュオスはずっと1人だ。


他の群に入ろうと訪れたことも何度もある。


しかし、その度に群のボスに追い帰えされた。


仕方なしに仮の巣をコボルトの寄り付かない森の中頃に置いた。丁度よい洞穴も見つかった。


そしてしばらくして、リュオスは気づく。

どうやら自分はコボルトに嫌われるようだと。このままではずっと1人だと。

しかし、それは嫌だと。


コボルトは本来、個体が強くない為に群れる生き物だ。

リュオスは強い。この森でも奥深く行かなければ、そうそう負けることなどない。

しかし、1人は嫌だと。

コボルトの本能なのか、それとも単に寂しがり屋なのか、それを嫌う。


考えたリュオスは一つの結論に辿りつく。


人と群になろうと。

ジジが言っていた。

人は様々な姿をしていて手を取り合っていると。コボルトまで仲間にいるらしい。


リュオスは従魔の契約魔法を知らなかったが、ジジからはそう聞いていた。


ならばいけると、自分の様に変わったコボルトでも群に入れてくれると。


リュオスは早速人の里を目指して森をかける。

しかし、その時に見つけてしまう。


キャロル・クラリネットの死体を。


そして、リュオスは気づく。これは人だと。初めて見るがジジが教えてくれた人の特徴とそっくりだと。


見つけた死体はまだ暖かい。

死にたての証だ。

恐らくこれを殺した魔物はリュオスが近づいてきたことを察知して逃げたのだろう。

この辺りの魔物ならリュオスを見つければ、逃げるのは当然だ。それ程に力の差がある。


リュオスは考える。

この死体はどうしようと。


放って置いてもよい。

しかし、リュオスはこれから人の群に加わるつもりだ。

ならば、弔ってやらねば。


そう考えたリュオスは、仮の巣にしていた洞窟に持ち帰る。

そして、万が一にも腐らぬように、他の魔物が食わぬように奥深くに持ち込み。氷で閉じ込めた。


リュオスはまだ人の集落の仲間ではない。

ならば食うことは出来ない。


仕方が無い。

ならば、待とうと。


来る日も来る日もリュオスは森の浅い場所を歩いて人を来るのを待った。

それは長い長い時間だった。


しかし、見つけるのは死体の人ばかり。

どんどんと死体ばかり増える。


それは、仕方が無いことだった。

リュオスが歩くのは森の浅い場所。しかし、そこは人にとっては、未踏破と踏破地の境だった。


何故そんな所にいるかというと、仮の巣から一日でこれる限界地点だったのと、ジジに話では人はコボルトより強いという説明からだ。


ジジの中でのコボルトは、この森の外のコボルト基準だったのだが、リュオスはそんなことまで知らなかった。



そんな中で見つけたのが、ゾイドだった。


リュオスは喜んだ。


これなら褒めて貰えると。


仲間に入れてくれると。


リュオスは、嬉々としてゾイドに語りかけた。お前の仲間の死体を持っていると。同じ集落の仲間なら食って上げてくれないかと。


尻尾を振り回して、ゾイドに語り掛けた。


しかし、待っていたのは、リュオスに対する攻撃だけだった。


当たり前だ。ゾイドからしてみれば野生のコボルトが喋るだけでも奇妙だ。しかもこのコボルトは見た目からユニーク種だ。何があるか分からない。


そんなコボルトが、人の死体を持っているから食ってくれなど可笑しな言動で走り寄ってくる。


ゾイドは懸命にリュオスに攻撃を加える。

リュオスはその攻撃を避けて、ゾイドに話掛け続けるが、自在に変化する怪棍をよけ続けるのは難しかった。


別に大して痛くはない。

痛くはないが、何故攻撃されているのか分からない。


避けるのが悪いのか?


そう考えて攻撃を受け続けることも試した。

しかし、それはゾイドからしてみれば一層の恐怖を味わうものだった。

攻撃が通じない。それどころか、奇妙な共通語で絶えず話掛けてくる。


ゾイドは逃げることも考えたが、コボルトから逃げることを、己のプライドかそれを許さなかった。


ゾイドは更に過激に攻撃を加えていく。


しばらくして、リュオスは閃く。

さてはコイツはジジが言っていた悪い方の人間だなと。

人の仲間入りをしたいリュオスにとっては許せない存在だ。


ましてや、リュオスは殺気を強く帯びた攻撃を抵抗無しに受け続けたのだ。

これなら例え集落のコボルトの仲間だって殺してる。殺そうとすることは殺される覚悟があるということだと、リュオスは生きる上で学んできたのだから。


そうと分かれば、リュオスの行動は早かった。こんな相手魔法を使うまでもない。


一瞬でゾイドの後ろに回りこむと胸を一突きで貫通した。

リュオスは倒れこむゾイドの死体をみて、こんなでも人だ。なら、次に来た人に仲間がいるかも知れないと洞穴に連れ帰ったのだ。


それからもリュオスは毎日、森を歩き回った。


しばらくして人を見つける。

倒れているが、生きてはいるようだ。

身体中傷だらけで、眠っているようだが。


死なせる訳には行かない。

リュオスは手に持つ皇帝ウサギを見て、洞窟に全力で駆け出した。


これなら救える。


そして今度こそ褒めてくれると。


良くやったと、仲間にして貰えると。



それからは、上手くいったように思う。


多少の食い違いはあったようだが、フィオナと言う女はリュオスを行為的に捉えてくれた。

ご飯を持っていくと頭を撫でてくれたし、一緒に寝ても怒らなかった。

料理まで作ってくれた。

フィオナが使った変わった魔法をアレンジして使った時には、酷く怒られたがちゃんと仲直りできた。


この人なら大丈夫だとおもった。

いい人だと。

同じ集落の仲間がいれば食べて貰おうと。


しかし、フィオナは集落の仲間を食べると帰ってしまうかも知れない。

自分はまだ、残る死体の為に新たな人を待たなくてはいけないだろう。

それがとても寂しい。

このまま隠してしまおうかと。


そう思ったが、意を決して見せることにした。フィオナはいい人だ。

少しの間でも群になれて良かった。ならば自分も誠意を見せようと。


しかし、フィオナは急に自分に怯えだした。

先程まで、死体を見せる直前まではとても仲良くしてくれたのに。



リュオスはここまで考えて空を見上げる。

辺りはすっかり暗くなっていた。


ねぇ、ジジどうして?


オレの何が悪かったのかな?


オレずっと1人なのかな?


そう夜空に浮かんでいるはずのジジに語り掛けた。




--------





リュオスが洞窟を去ってからフィオナは一頻り泣いた。


泣いて。


泣いて。


己の愚かさにまた泣いた。



いつしか涙も出なくなり、それと同時にゆっくりと頭が冷静な思考を可能としていく。


始め、フィオナは憧れの人の死を知って悲しんだ。


次に、憎い相手の死体を見て恐怖を思いだしだ。


そして、こともなげに食べる?と聞いてきた圧倒的強者に恐怖を覚えてしまった。


それは、仕方のなかったように思う。

他の誰が同じ状況で、冷静な判断をとれるというのか。


少なくとも私には無理だったと。



しかし、冷静な頭を取り戻した今なら違う。


フィオナはしっかりとリュオスが自分にしてくれたことを思いだす。


死にかけの自分を拾ってくれた。


ご飯も食べさせてくれたし、傷も直してくれた。


この森で弱者な自分が、万が一にも魔物に襲われないようにと、常に一緒にいてくれた。


何より忘れ掛けていた、寂しく思っていた自分に暖かみを感じさせてくれた。


そんな、リュオスがフィオナを傷つけるだろうかと。


答えは否だった。


殺すならとっくに殺してる筈だ。

リュオスにはそれが出来るし、保存まで完璧に行える。生かす意味はない。

食う?の意味は分からないが、なにかリュオスなりの意味があった言葉だろう。

忘れがちだがリュオスはコボルトだ。


人とは違う。


リュオスは魔法により人の概念をある程度理解したが人の知識は知らない。

それは、フィオナも同じだから分かる。


と、理論的にフィオナは考えるが、心ではとっくに分かっていた。


あんなに、楽しそうにしていたリュオスが。


あんなに、仲良くしたリュオスが。


自分を傷つける筈がないことを。

フィオナは気持ちで理解した。



同時に衝撃を覚える。


自分が何をしたのかを。


自分のした事は、仲間のように。家族のように。リュオス風に言えば群のように。


そう接してくれた命の恩人を裏切った行為だったのだ。


憧れの人が死んで悲しかった?


憎き相手を見て恐怖が蘇った?


己の弱さを再認識して怖くなった?


それを綯い交ぜにしてリュオスにぶつけてしまった?


仕方ない。あんな風になるのは仕方が無い。

しかし、それはフィオナから見た場合だ。


リュオスには関係ない。


仲良くした。


慈しんだ。


命を救った。


そんな相手に裏切られたという事実だけではないか。


フィオナは自嘲気味に一つ笑う。


まったく、自分はなんど無禄にはしまい。という自分の決意を反故にするのかと。


フィオナは立ち上がる。


何処にいるかも分からない。


許してくれるかもわからない。


だけど、この死の森を這いずり回っても、罵倒されてリュオスに殺されようとも、言わなければならない。


一言。

ごめんなさいと。



フィオナは出口に向かって走りだす。

リュオスが居ないのを確認しながら。

己の過ちを詫びるために。








---------




切り立った崖の中頃に少し大きな棚田がある。

その棚田には奥深くへと続く洞窟の入口が。


その、洞窟の前には一匹の銀色の毛を持つコボルトが夜空を見上げて座り込んでいる。


淋しそうに。


辛そうに。


けれども何かを背中に護るように。



そんなコボルトに背中から近寄る影が一つ。


人間だ。

その人間は真っ白な髪を長く伸ばした女性だった。


その人間は、コボルトへと近づく。

恐る恐るといった風に。


まるで、コボルトを捕まえようとするかのように。


コボルトが逃げてしまわぬように。


「ッ!」


しかし、コボルトは気づく。むしろこのコボルトにとっては遅過ぎるくらいだが、コボルトは女性の接近に気がついた。


コボルトは女性を見ると目を大きく開かせて、飛び退いた。

そして、そのまま走って逃げようと足に力を込める。


「ま、待って!お願い!」


女性は、逃げようとするコボルトを大きな声で呼び止めた。


コボルトはその声に足をとめる。

しかし、コボルトは女性に背を向けたまま、一向に女性の顔を見ようと振り替えらない。


「お願い。少し話をさせて。」


女性はそうコボルトに話掛けると、ゆっくりとゆっくりとコボルトに近づいていく。


コボルトに近づいた女性はコボルトを後ろからゆっくりと抱きしめた。


ビクッ!


っとコボルトは身体を震わせて、女性を振りほどこうともがく。


それは、コボルトにとっては酷く弱く。

さりとて、女性には酷く強い力だった。


女性は全力でコボルトを抱きしめて、決して離さないと歯を食いしばる。


少しの時間、コボルトと女性はもがき続けた。


しばらくして、コボルトが抵抗を辞める。

しかし、コボルトは一向に女性を見はしない。


女性はコボルトを自分の足の上に抱え込む様にして、胡座をかいて座り込んだ。



「……。」

「……。」


しばらくの間。

1人と1匹の間に静寂が流れる。


「魔物が来ないように護ってくれていたの?」


静寂を切ったのは女性の言葉だった。


コボルトからの返事はない。


女性は言葉を続ける。


「ありがとう。私を助けてくれて。護ってくれて。」


「………。」


コボルトは返事を返しはしない。


………。


……。


…。



「ごめんね。」


緩やかに過ぎる時間の中。女性は謝罪の言葉を口にする。その声は涙で咽ぶように震えていた。


「ごめんね。言い訳なんてしない。……でも、これだけ言わせて。私はもう二度と貴方を怖がったりしないわ。」


涙で掠れる声を震わせながら女性はコボルトに囁く。






「ホントニ?」





長い間をおいてコボルトが口を開く。

その声は、明らかな怯えと悲しみを含んでいる。


「えぇ、えぇ!ホントよ。決して、決してしないわ。」


女性は返事が帰ってきたことに喜び泣きながら答えを返す。


「決して、決して!怖かったりなんか……。」


溢れる涙を抑えられずに女性は言葉を詰まらせた。





ペロッ。





すこしして、瞼を閉じてひたすら涙を流す女性の頬をざらりとしたものが触れる。


女性が目を開けると、そこにはコボルト振り返り女性の頬を舐めていた。


まるで泣き止むのを待つ様に。


女性も涙に濡れたコボルトの目元を拭う。


慈しむように。


微笑むように。


家族のように。


しばらく、お互いの涙を拭きあった1人と1匹はゆっくりと抱き合っていた。


そこには男女の感情などはない。


あるのは、ただ純粋なまでの愛情だった。



「ねぇ、聞かせて。貴方のことを。ジジのことを。コボルトの文化を。」


女性は抱き合ったまま、そうコボルトに尋ねる。


「イイヨ。」


コボルトがそう答えた。


「私も話すわ。私のこと。人の文化を。」

「ウン!」


再び女性が見たコボルトは、初めて女性がみたときの、あの弾けんばかりのコボルトの笑顔だった。






それから夜がふけるまで長い間。


目を腫らした女性とコボルトは、ゆっくりとお互いのことを語り出した。


コボルトの過去を。


女性の過去を。


寂しかったことを。


辛かったことを。


これからのことを。



それは1人と1匹に流れる確かな幸福の時間だった。


















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