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逆さまの聖母  作者: スク
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       ◆



「呼んだ?キエフ」



声が聞こえるよるも先に濃密な魔力を感じ取り、魔王の右腕であり宰相でもあるキエフ=イリゴスはモノクルに指を当てながら静かに振り向いた。

振り向いたキエフの視界には、小首を傾げながら空中に浮いている愛らしい少女の姿が映る。



「あぁ、クド…来てくれたのですね」



視界にクドミを捉えた瞬間、キエフは目尻を下げながら微笑んだ。

その笑顔が持つ破壊力は凄まじく、見る者を虜にする確率はほぼ百パーセントに近いと言っても過言ではない。

元々彼が持つ魅了の力は、格下の魔物や魔族、人間達には力を抑えていても効果を発揮する。

もしも彼の箍が外れ魅了の力が滲出すれば、心を奪われた廃人があっと言う間に何千何万と出来上がるだろう。


そして、蕩ける様な笑顔でこちらを見つめる金糸の髪と蒼い瞳を持つ天使の容貌をした美麗なるキエフは、悲しい事にその容貌を裏切る心根の持ち主だった。

彼が本物の天使ならば、心を奪われ廃人となった者達にさえもその広く深い懐に招き入れ慈しむだろう。

しかし、残念ながら彼は天使でもなければ悪魔でもない。

狭く浅い懐と、他人の命等毛ほども気にしない悪魔の心を持ったただの魔族なのだ。

勿体無さ過ぎる、クドミがそう思いながらキエフに人知れず溜め息をついていると、美しいキエフの柳眉がひくりと引き吊る光景が視界に入る。

そして、突然の悲劇がクドミを襲った。



「あれあれあれれ〜?流石の"無慈悲な麗人"も、クドちゃんの前だとデレデレになっちゃうんだねぇ!?」



「ぐっ!?」



第三者の声が耳を掠めた瞬間、何者かがクドミの身体を背後から抱き込んだ。

"あの"クドミにこんな事をしてくる命知らずな者は、今の所一人しか居ない。



「め、メルッ…!メルキオルク〜〜!!苦しい!じ、絞まってる絞まってる!」



手加減無しなのでは…と思う程の強い力で抱き締められ、ふわりと漂う己の侍女と同じ香りがクドミの鼻腔を刺激する。

ここまで強く抱き締められてはいないが、全く同じ動作をする二人をやはり夫婦なのだとクドミは悲しいかな再認識した。



「メルキオルクッ…!その汚い手を今すぐ放しなさい!クドが汚れるでしょう!」



蒼い双眸をきつく細め、クドミの自由を奪う細腕を掴もうとキエフは手を伸ばす。

しかし、クドミを抱いたまま、軍医メルキオルク=ダナシスはひらりと後退した。

口元に弧を描いたメルキオルクの白糸の髪が宙を舞い、紫色の双眸が愉快そうに細められているのを目にしたキエフは不機嫌そうにぎりりと歯を食いしばる。

クドミを抱き締めたままクドミの頭を己の頬を使ってぐりぐりと愛撫してやると、キエフの周囲の温度が面白い程に急降下して行くのを感じ取り、白衣姿のメルキオルクは更に笑みを深くした。



「ぎゃぁああああ〜っ!!私のクドミ様が押し花の様に可憐に麗しく、そして気高く潰されているわ!」



私は一体どんな風に貴方の目に映っていると言うの…。



押し潰されている事に可憐もくそも無いのだが、いつの間にか現れたイルイアンナの中でクドミはやたら美化されているせいか、クドミの行動一つ一つが美しく見えるらしい。

イルイアンナはぎゃあぎゃあ叫びながらメルキオルクの腕を掴むと、そのまま力任せにメルキオルクを吹き飛ばした。

重力に逆らう事無く壁に吸い込まれて行くメルキオルクの前にイルイアンナは転移すると、スカートから惜しみ無く食み出る白い脚を天に昇る程高く掲げ、メルキオルクの顎下を容赦無く捉える。

血飛沫を吐いたメルキオルクの腕から素早くクドミを奪い取ると、まるで悪漢からヒロインを助けたヒーローの如くひらりと着地し、それと同時に凄まじい音と埃を立ててメルキオルクは壁にめり込んだ。



「お怪我はございませんか、クドミ様!?」



「…私は大丈夫。だけど、メルの安否が気になるわね」



ふうとため息を付いて床に足をつけると、瓦礫の中から白衣を真紅に染めたぼろぼろのメルキオルクが高笑いしながら立ち上がる。

それを確認したキエフとイルイアンナから聞こえてきた舌打ちは、きっと空耳だったに違いない。

否、そう思いたい。



「うふふへふっ…!イルイアンナ、君の蹴りは相変わらず素晴らしいね!今まで何度僕の顎を粉砕したのか分からないよ。君の蹴りは、闘神と名高いかのサテュライリスにも匹敵するんじゃないかい?あぁでも、そのお陰で嫁の貰い手がないんだっけ?残念だねぇ…。ざまあ見ろだけどね!!」



褒めている様で確実にイルイアンナを貶す言葉を吐き、メルキオルクは拍手しながらゆっくりと歩き出す。



「…キエフ様、奴を殺しても良ろしいでしょうか。あんなマッドサイエンティストの一人くらい居なくなっても困りませんわ」



いつもキラキラと光を宿していたイルイアンナの美しい瞳が恐ろしい程に据わっていた。



「良いでしょう。許可します」



愉快そうに笑うキエフを見て、クドミは焦った。

本当にこの二人は遣りかねない。

二人はメルキオルクに特に容赦が無いのだ。



「だ、駄目よ!?駄目駄目!いくら鬱陶しくて生きている価値が無くても、メルはディンヌの旦那様なの。ディンヌが可哀想だからそれは絶対に許可出来ないわ」



「うぅ〜ん。クド、君は無意識にいつも酷いよねぇ?僕の繊細な心が粉々になっちゃいそう」



実は、クドミもメルキオルクに容赦が無かったが、本人は無意識らしい。

泣き真似をしながらいつの間にか傍らに立っていたディンヌを抱き締め、メルキオルクはディンヌの控え目な胸に顔を埋めた。

ディンヌは無表情のままメルキオルクの頭を撫で、まるで子供をあやす母親の様だ。



「ディンヌ、貴方メルキオルク様を甘やかし過ぎよ。夫の手綱は妻が握っていなければ」



「………」



イルイアンナは腰に手を当て苛立たしげにディンヌに説いたが、ディンヌからはなんの反応もなく、頭を撫でる手は止まらない。

優越感に満たされざまあみろとメルキオルクは極彩色の笑みを浮かべるが、それはなんとも儚く消え去る事となる。



「うふふっ…何を言っても無駄だよぉ?ディンヌは僕の味方だか――…」



「大切なクドミ様が汚れるわよ」



「躾を開始します」



この間、僅か0.5秒。



「あれぇ〜?ディンヌ、その手に持っているのは何かなぁ??」



ディンヌの手にいつの間にか握られていた手綱から奇声を上げて逃げ回るメルキオルクを目にしながら、クドミは何度目かの溜め息をついたのだった。

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