第21話 俺だからできる戦い方
「ーーく、そが」
透明な海に包まれ、口の端から色のないシャボン玉に近い泡と共に悪態をつく。自分自身に。
思考や言動も形ならず、俺は状況に振り回されっぱなしだった。
正しく、戦闘経験のないど素人の醜態だった。
なにもできず、なにもさせてもらえなかった。
あの決意から数秒経過し、決意の延長線上にあの選択した、自らの愚行を思い知る。
「なにが、殺してみろ……だ。生かされてたんだろうが……今まで俺は……っ!」
『認め否』という、キョーガの殺さずに、苦しめて精神的に屈服させる戦法。
加えて、マフォルの指示なく行われた『魔力』による苦痛軽減と肉体回復。
前者がもし違う考えなら、後者が少しでも手元を狂わせれば、今の自分がいないと思える。
そう思えるほど、俺は生かされていた。
死を厭わないと叫んだ俺を、惜しみながら殺害を選択したキョーガに、マフォルが周りに助けを求めたことが、なによりの証拠だ。
なにより俺は今の今まで、自分の力で戦ってきていない。
全てマフォルの力だ。一心同体だの、一つになっただのと、盛り上がっていただけ。
俺の願いを、マフォルの文字通りの尽力で叶えてもらっていただけ。
俺はなにもできていない。なのに、なにかした気でいたのだ。
恥辱と痛感した無様さに奥歯を軋ませた。目の縁が熱く痛くなる。
「ぅう……ぅうううっ!」
喉の奥から呻き声が漏れ、四肢に意図せず力が入り、両腕と両脚が攣った。
だが、そんな痛みも生優しく、その優しさが更なる恥を生み、感じ、悔恨と共に色濃くなる。
俺はなにをしていたのか。なにもしていないのに、なぜあんなに粋がったのか。
『人違い』が、『異世界の特殊認識』の『誤認者』と呼ばれ、厨二病の心にでも響いたというのか。
命のやり取りまで覚悟していながら?
「ぅうううっ!」
込み上げてくる内臓を締め上げる苦しみに、俺は顔を両手で塞ぐ。
力一杯押さえつけ、ひとしきりそうしてずり下ろす。
「ーーぁ」
滲む視界に新たな景色が変わった。
ーー透明な液体の海から、ガラス張りの向こう側にある、一面の花畑へと。
鳥籠みたいに、透明な区切りと、その間を覆う透明な壁。
何枚ものガラスを繋ぎ合わせて、作られた空間といったところか。
だが、先の少女の口振りからそうではないのだろう。
ーーパンドラ。元いた世界では禁じられた箱を好奇心で開けてしまった愚かな少女の名前。
もしくはその禁じられた箱の名前であり、そこから彼女は箱の役割を持つ、箱の少女なのだろうと推察する。
食べる。ーー口で取り込むことで、対象を封じ込める。もしくは保管する力を持っている。
だからこそ、紫色の少女が叫び、食べろと指示したのだろう。
「問題は……なぜ彼女がパンドラにそれを望んだか、だよな……」
彼女も対象を取り込み、ある意味では拘束し、ある意味では保護する力がある。
だというのに、自身の力ではなく彼女の力を望んだ。
先の戦闘ーー、否、逃亡で重傷を負ったから。そう考えられる。考えずともわかる。
だが、なぜパンドラとその少女の名を瞬時に叫んだのか。
それを最も厳重に守れるのがその少女だからだと、考えても、なぜだと疑念が巡る。
知らないと断定し、解決を保留にはできなかった。
俺は、謎があると自身の考えを巡らせ、答えを得なければ気が済まないたちなのだ。
「パンドラ……触れてはならない。触れれば災いを引き起こすから……? それもあるのだろうけど……厳重に守れる理由としては弱いよな……」
触れてはならない、なら、触れなければいい。そう思わせる方法をキョーガは先に見せている。
姿を変化させ、目にも止まらぬ勢いで黒い光線を放っている。
そして、その力を使ってか、紫色の少女を負かしている。
パンドラが以下のデバフしかないなら、彼女同様、負かして無理やり引き摺り出せばいい。
紫色の少女がそれを考えられないとは、思えない。なら、彼女に託すだけの理由がある。
「パンドラの箱は……災いが入ってて、少女が開けた。残ってたのは……希望……希望?」
知りうる情報を並べ呟き、俺はある気づきを得る。
「残っていたのが希望なら、裏を返せば、箱の中には希望がある。神話ではどういう意味かはわかんないけど、この異世界なら、その希望が、対象を守る上で働くんじゃないか……?」
単なる言葉遊びかもしれない。
だが、俺の頭ではそれ以外に考えられない。
紫の少女が、自身の思い人を自身が守り抜かず、パンドラの少女に託す理由。
希望があると言えるほど、その守りな絶大であるということ以外に。
「また、守られるばっかりかよ……っ!」
考える事柄があり、頭を巡らせていた意思がまた再び自己嫌悪の闇に沈む。
またどうして、俺はとやってしまった行いに悔い、恥に悶えてしまう。
「どうして……俺は、俺は間違われるばかりで、なにをできないんだよ……っ! なにもできないくせに、なんで突っ走っちまうんだよ……っ!」
過去の出来事と重なる。
俺ではない誰か、それを探そうと常に奔走していた日々を。
間違われて、間違いを正そうとした。
だが、正す力もなく間違いを重ねて、結局は正して繰り出そうとした関係を壊してしまう。
似た者として間違われた当人を愚弄した、偽物だと罵倒される。
もしくは、別人のふりをし始めたと、当人と彼らの関係を破壊してしまう。
お前になにができたのか。
必死に探して、でも見つからなかった。一度目にしでかした間違いを、なぜこうも重ねる。
今度こそ、間違えを正せると。
その認識だけは変えられないというのに。
やっと、キョーガの言葉で気づけた。
これは世界という大きな力によってもたらされたもの。
お前一人のちっぽけな力でどうこうできるものかよ。できない。できたら、こうはなってない。
「……あ、れ?」
でも、なんでだ。疑念が生まれる。だが、なぜか、なんでか、疑問という形にならない。
簡単に、なにも考えずに浮かんだはずなのに、その違和感が、気持ち悪さが、なぜだかわからない。
「ーーっ!」
とん、と優しく背中を押された気がした。
思考が真っ白になり、反射的に後ろをゆっくり振り返る。
ゆっくりと風も起こさない落下を続けていたが、今は透明なガラスを背にしていた。
「一番下までついたのか……」
辺りを見渡しながら、戦いで蓄積された疲労で重みを感じる身体を起こそうとした。
『解除ーっ!』
「うおわっ!?」
突如、胸元が六つの光が放たれて、目の前にマフォルが現れた。
反応もできず、起きようとした上体にマフォルの胴がぶつかり、再び倒れてしまう。
軽い痛みに震わせた瞼を開けば、俺の身体に彼女が馬乗りになっていた。
「ま、マフォル……っ? 『魔力』が切れたのか?」
「んーっいや、今は出てくるべきだと思ってね」
「出てくるべき……ぅおっ」
出番だと告げるマフォルに、問いかけようとして俺は胸にのしかかる圧力に声を漏らす。
マフォルは俺の胸を抱いていた。
自身の豊かな胸を押し付けるように、温かな鼓動と感じ取っては成らない柔らかさに目を剥いた。
だが、声を張り上げかけるも、その意思は形に成らず頓挫する。
「大丈夫だよ」
「な、にが……」
「君は、そこまで追い詰めなくていい。君は、君一人で戦わなきゃならないわけじゃない。だから、力不足を呪ったり、自身を疎まなくて、いいんだよ」
「ーーっ!」
温かな言葉をかけられた。
自身の認められなかった非力も、自己嫌悪も、マフォルは認めてくれた。
だが、それではーー、
「ダメだ……っ! それじゃまた、俺は君を頼っきりになっちゃう。あの子達に戦わせるだけなんて、嫌だっ!」
「いいんだよ。みんな、喜んでくれる。多分、君に力を貸す形ではないだろうけどね。けど、君は頼めば、みんな力を貸すよ。それでいいんだ。それが君だからできることだ」
「なにも、できちゃいないじゃないかっ! 手足を振るうだけで、自身の力を使っちゃいないっ! 自身の特技も、能力もなにも、なに一つ、していないなんてっ!」
悔しくて、恥まみれの、なにもできない自分であることを認めるだなんて、とても出来ない。
「なにか、しなくちゃいけないんだ……っ! みんなあれだけ傷ついたんだ……俺のせいで、俺が不甲斐ないせいで…….だから、俺がーーっ!」
「むーっ! ぎゅーっ!」
「ぶぇっ!?」
なんとかしなければ、と、なにもできない自身を自責する俺に、マフォルは頬を膨らませ、その身体を押し付けてきた。
それだけではない。首の後ろに回した腕に力をこめてきた。
徐々に閉まっていく首と圧迫感を味わう身体に俺は顔を赤くして叫ぶ。
「お、おい、なにしてんだよっ! なんで……っ!」
「はぁーっはぁはぁっ!? ニーゴくんはまぁーたそういうこと言うっ! なにをしているかって? そんなの決まってるじゃんっ! 言わなきゃわかんないかなぁっ!?」
「わかんないよっ! 決まってるのは痛みと苦しさでわかるけど、なんで決めてるのかわからないって!」
「決まってるって、そう言う意味じゃなぁーいっ! 私がどうしてそうするかが決まってるのっ! わかるでしょうっ!」
今度は首に回した腕に力をこめたまま、身体を前後に振って、俺を振り回す。
苦しさに気持ち悪さもプラスされて、俺は限界とばかりに彼女の背を叩いた。
「わかったから、ギブ……ギブだからやめて……っ!」
「なぁーっいないないっ! 絶対わかってなぁーいっ! 私の気持ちなんてっ! 言ってごらんっ! なんで私が怒っているのかっ!」
「周りの力を借りないから……?」
「また自分を蔑ろにしようとしているからだよッ!」
目を剥き、俺の失言を思い出す。
あのとき、友がいないと確信を抱かされて、自暴自棄になっていたときのことを。
俺は思わず顔を押さえて、笑ってしまう。
強引な叱責と勧誘を受け、自棄になっていた愚かさを思い知った。
そして、この思いに蓋にしたというのに、またこんな思いを抱いてしまった。
全く、俺というやつはいつまで経っても、考えたはずで楽観的に務めても、すぐに悲観的になる。相変わらず、変わらないな。
変わらなければ、戦えるようにならなければ、ならないというのに、な。
「そんな俺だからできることなんて、間違われることぐらいだろうし……な?」
ふと、俺のなかになにかが瞬いた。
今も苦しさ、気持ち悪さは健在だが、今はそんなもの一ミリも意識が向かない。
今はその違和感を確かなものにするために、自嘲の言葉を脳裏で重ね、なにが引っ掛かるのかを考え出す。
なぜ、引っかかったのか。なにかの言葉が、関係しているのか。どう関係する。
なにが閃くというのか。あの言葉の、どのフレーズに。どんな必勝法が。
疑問を重ねて、俺はゆっくりと顔を上げて、震える声で気づく。
「わかった……いや、俺の、俺だからできる戦い方が……ッ!」
「な、なんだーー」
「頼むっ! 皆を呼んでくれっ! 俺が戦うには、皆の力が必要なんだっ!」
マフォルの見開く目に視線を合わせ、彼女の反応を待たずして指示を出す。
「まぁーったく、私の伝えたいことフル無視で勝手に立ち直っちゃうんだから、ニーゴ君は本当に、人騒がせだよね」
「物騒がせっていうべきじゃない?」
ため息をこぼし、苦言を呈するマフォルに俺は茶化す。戦い最中に茶化してきた、その仕返しとばかりに。
「上手いこと言わなくていいよっ! でも、呼ぶ必要はないよ。もうみんな、ここにいるからね」
「え?」
マフォルの指差す方向を見つめ、俺は呆けた声を発する。
振り向いた先には皆がーー、いなかった。
視線を戻せば、マフォルもいなくなっていた。
「なに、が起きた?」
わけもわからぬまま、また俺は視線を戻す。
暗闇のなかで数箇所だけ、上から光に照らされた場所を。




