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第19話 黒い『否認』


 指先から全身へかけて、鋭い痛みが駆け巡った。

 なぜと問う疑問が普段よりも遅く、痙攣すると体の輪郭や血管を幾つものピリつく電気がゆっくりと巡ってゆく。


「んぁ、ん、え……」


「攻撃シたノかッて?」


 やはり、口を開き、喉と歯が、声であり言葉を発するのに、ぎこちなさを感じる。

 まともに言葉を形作るのもままならず、しかし、その疑問は先んじて当人から告げられた。


「に、ぅい、のか……?」


「憎カなイよ。文句モなイ。寧ろ、嬉シかッたグらイだ。出来ルなラ、友達に成リたイくラいダ」


「なら……っ!」


「デも、成レなイ。其れダけノ、目的が俺ニは有ル」


 またも先に答えを告げられて、まだ思考がままならない脳内で、三度に渡って疑問が上塗りされた。


 憎かったのだろうか。

 今の今まで怖がられ、化け物扱いされてきたうちの一人が今更友達などとほざいたからかと。


 だが、疑問が変わった。

 憎くなく、文句もなく、嬉しく思っていて、友達になろうと思っている。

 そこまで思っていてなぜ、攻撃を仕掛けたのか。憎くないなら、嬉しいのなら、攻撃する理由があるのか。


 またしても、疑問が変化した。

 友達になりたいと思いながら、なれないと拒み、目的を遵守して攻撃した。

 なぜ、そこまで目的に固執するのか。固執するほどの目的は一体なんなのか。


 友達という、嬉しいと思えることを選ばないと選択できるほどの、目的とは一体ーー。


「斯ノ異世界を破壊スる事。其ノ為に異世界ノ命を絶命サせル」


「……特殊、体質か?」


「其ノ為だヨ」


 苛まれし、特殊体質からの脱却。

 キョーガの『否認者』の体質からすれば、頷けてしまう目的だ。


 だが、俺は頷けても、容認はできない。


「君ナら、其ノ目をスるト思っタ」


「……なら、どれだけ言葉を交わしたって、考えなおしてはもらえないよね」


「考エを改メるダっテ? 冗談でモ笑え無イよ。俺ト言う自己モ他者も認メる視覚災害ダぜ? 其レを如何二か出来ルんダ。斯の異世界ヲ壊すダけナら、是ガ非でモすルさ」


「……だろな」


 苦労は計り知れず、僅かでも苦労はわかるつもりだ。

 人違い。俺ではない誰かに間違われる異世界の特殊認識は、いつもこれを苦しめ、他者をも傷つけた。


 人的災害ともいえる認識が消えるとならば、俺だって可能性を模索し、掴んだ可能性を叶えようと奔走しただろう。


 だが、それは、それだけはーー、


「ダかラ、俺ハ君を殺シはシなイ。数少なイ共感出来る者ダかラな。唯一ツ。守っテくレれバ、お前ヲ傷つケはシなイよ。ナんナらーー」


「断る」


 キッパリと言い放つ。


 恐怖は未だ健在。けれど、全身が震えたり、思考が恐怖で埋め尽くされてはいない。


 ようやく全身を穿つ痺れが治り、口も体も攻撃を受けた直後よりも動かせるようになった。


 そのおかげだろう。少しづつ『否認者』への恐怖が薄まっている。慣れ、というやつか。


 キョーガの父親、母親同様、恐怖はあれど全身や動作に支障をきたすものではなくなってきたのだ。


 同時に今、俺には恐怖に苛まれようとも、貫かなければならない意思がある。


「彼女らを殺すってことだろ? なら俺は全力で止める。殺させるのを黙って見ているなんて、絶対にしない」


「……如何シてダ? 奴らハお前ヲ誤認すル存在だゾ? お前ヲお前トーー」


「認められちゃいないさ。だからなんだ。そんなことで、俺は彼女らを憎んだりしない」


 さっきの仕返しとばかりに、キョーガの疑問に重ねて答える。


 確実に間違われて、認められず、ときには否定しようとも、否定できない状況に追いやられてしまう。


 監禁、恫喝、誘拐。元いた世界でもあり、この異世界でも経験した。


 なんとも無い。なんて言えやしないけど。


「……まだ、俺を俺だと言ってくれる人はいたよ。

わかってくれていたかはわからないけど、少なくとも俺はそう信じる」


「ソうカい」


「……ごめん。君の『否認』される認識はきっと、俺の『誤認』される認識以上の仕打ちを受けたはずだ。だから、俺はその考えをおかしいなんて言わないし、けど、理解できるとも言えない。俺は俺で苦労はしたけど、その分俺だけの騒がしくて楽しい時間を過ごせたよ。少なくとも、この異世界では。だから、壊させはしない」


「……良カっタね。デも、破壊モ君で言ウ殺人も、止メはしナいヨ」


 交渉決裂。俺は友好的に、キョーガは協力的な関係になれると思っていた。

 だが、両者のある意味で認識の違いが、築こうとした関係を瓦解させる。

 

 彼は常に化け物扱いする異世界を憎み、破壊によって活路を見出した。

 俺は常に別人扱いする異世界にも楽しさを見出した、破壊を良しとできなかったのだ。


「……もしもし、マフォル。動けるか?」


『ちょちょい、ちょいちょいいぃっ! 動けるかどうかだってっ!? 相手誰だと思っているんだよぉおおっ! あれはもはや化け物って言葉だって適していない、化け物以上に悍ましい奴じゃないかぁっ! 逃げようっ! 逃げて逃げて逃げてっ! もう二度と会えない場所へ行こうっ! ねっ!? ねっ! ねっ!?』


 俺は姿勢を低く、首筋の血管を押さえる。

 まさに脈拍を図る仕草で一体化したマフォルに、確認を取った。


 だが、マフォルはまだ動揺しきっている。

 震え、上擦る声からキョーガへの恐怖がありありと伝わってきた。


 見える姿や聞こえる声の異質さからも無理もない。


「おい、キョーガを化け物以上扱いすんなよ。もしかしたら、友達になれるかもしれないんだぞ」


『な、なな、なっ! なりたいのっ!? あれと!?』


「うん、彼とね。親友にもなれると思ってる」


『いぃいやっ! いやいやぁっ! なっちゃダメでしょっ! なるべきじゃないよっ! わかってるっ!? 彼はきっとあの『獣魔縫包』だってけしかけてるんだよっ!?』


「いや、『獣魔縫包』はまだ可能性の話だろ。キョーガが後に現れたからって、連れてきたって話にはーー」


 マフォルは、必死に俺の望みを危険だと悟らせてくる。見た目な中身云々の話ではない。


 魔導具少女と、俺たちを襲った『獣魔縫包』との関係を鑑みて、彼は敵だと断定したのだ。

 だが、直接関係する姿も、肩を並べて襲撃する様子も見ていないなら、それは予想の域を出ない。

 

「誰ト喋っテんノか知ラなイけド、『獣魔縫包』ハ俺が脅シて連レて来たゼ?」


「マジかい……」


 けれど、当人から宿敵だと認められ、俺は言葉を失い、口元を抑える。

 これで、名実共にキョーガは敵となってしまった。


 脳裏に浮かべた関係修復の策が砕けてそうになるが、両頬を叩き、やってやるという覚悟で形を保つ。


「無理を言う。マフォルッ! 戦うぞッ!」


『むーっうむうむう……っ! 拒否権ないのかよぉお……っ! やるよぉ……やるやるぅ……っ!』


 嘆き声を発したマフォルだが、どうやら諦めがついたようだ。

 でなければ困る。俺は言葉を待たずして走り出し、拳を振り翳していたのだ。


 空中で放つ連続乱打から放たれる、『魔力』の一斉放火。


 鮮やかな六色が、俺とキョーガとの距離を彩りながら、標的へと差し迫る。


「成程。ド素人、と言ッた所カ……」


 だが、キョーガはそれを右足を挙げて、踏みしめる動作で一蹴した。

 正確には、足元から伸びる鋭利な歯がついた口が放たれた魔力の全てを薙ぎ、喰らうことで。


「目の錯覚ってだけじゃなかったのかよ……っ!」


「目ノ錯覚を利用シたトも言ウべキかナ」


「錯覚の利用だと?」


「『異世界ノ特殊認識』でアる『否認者』トしテ、他者ノ見え方ヲ利用しタのサ」


「なに……ッ!」


 キョーガから知った『体質』の正式名称だったが、またも新たな情報が俺を殴り、平静を乱す。


 正確には、両者に備わった別々の『認識』を、利用する術があるのだと。

 だが、俺には思い浮かばない。人違い、および『誤認』をどうやって利用するというのか。


「って危ねぇ……俺には『魔力』があるだろうが……っ!」


 興味で傾きかける意識を、別の戦術を声にして立て直す。


『そこはマフォルがいるって言ってくれたら、このスーパー知的お姉さんは嬉しくって、もっと強くなれちゃうかもなぁーっ?』


「うるせいっ! 今茶化してる場合じゃねぇだろっ! 限界じゃないなら、限界まで出してくれっ! なにか秘策があるなら、思いつきでもいいから教えてくれよっ!」


 さっきの怖がりぶりはどこへやら、マフォルは俺の言葉に茶々を入れて来た。

 こっちは頼りの戦闘法で遅れを取っていると言うのにと、焦燥感から声を荒らげてしまう。


『はぁーっいはいはいっ! んじゃあ、ビーム行っくよーっ! 拳は突き出したままで、お願いねぇーっ!』


「わかったっ! 拳は突き出したままでっ!」


 マフォルの作戦を受け、俺は乱打を辞め、左手を突き出したまま、拳から『魔力』を放出し続けた。


「オっ、攻撃ガ変わッたナぁ? デも、対処可能ッ!」


「ーーっ!」


 キョーガはただ右手を差し出した。

 するとその右手から飛び出した触手が回転し、魔力の奔流をぶつかりかき消されてゆくのだ。


「くっそ……っ! またなのかよ……っ!」


 二度目に渡る相殺による圧倒的で歴然な実力さ。

 一度も攻撃されたわけでも攻撃を仕掛けられたわけでもない。


 なのに、俺はすでに敗北したと思わされた。

 攻撃を一度も喰らってはいない。して、二度の攻撃を、命中させた。


 だが、相手から望んで、そしてそれを無に返されたのだ。

 

 ダメージなどなく、相手には余裕がある。

 もはやどんな攻撃をしようとも対処されると頭が臆してしまっている。


 もう、キョーガを倒せない。勝てないとまで、脳が限界を定めるほどに。


『ふぅーっむふむふむ……っ! なるほどなるほど……っ!』


 だが、胸元では一体化したマフォルが、なにかを気づいた口ぶりを見せた。

 わずかに俺を期待させる言動で、マフォルは『よし!』となにかを決心すると。


『ニーゴくんっ! もう一度だっ! もう一度ビームを出すよっ!』


「もう一度っ!? わ、わかった……っ!」


 さっきの同じ手段で、結果はなにも変わらないのではないだろうか。

 だが、対処法など見つからない俺は頷くしかなく、次はと右手を突き出し、『魔力』を放出。


「次ハ変えナいノか? ナら、対処ハ先の方法デいイっ!」


 彼は鏡合わせのように、今度は左手を出し、触手を振り回して『魔力』の奔流を消し飛ばそうとした。

 現に、黒い触手の荒ぶりに六色の光線は、先から徐々に削られていく。


「だよ……なっ!」


 しかし、俺が確信を抱いた直後に戦況が変わった。

 潰し荒ぶる触手の流れが鈍くなり、かき消そうとする『魔力』の光線みたいに、端から抉れて勢いを衰えてゆくのだ。

 そして、一本ずつ、音を立てて分散。黒い飛沫を周囲に放つ。


「ナ、何が……ッ!」


『君、魔力の特徴的に、『漆黒』が多めだなぁ? 私そういうのわかるんだよねぇ。なにせ私自身みたいなものだからねぇ、『魔力』は』


「キョーガには聞こえないんだから、煽らず説明してくれっ!」


『ほぉーっらほらほらっ! さっき行ったじゃんっ! 『漆黒』が多いってっ! 人は魔力を使って攻撃する際、意識的だけではなく、無意識でも六色の配分に偏りがあるんだよっ! だけど、彼はそれがすごく偏ってた! 『漆黒』が一番多いんだっ! 君でもわかるんじゃないかなぁ?』


「俺でも……?」


 わかる特徴があるのかと、俺は目を凝らす。

 戸惑うキョーガが、触手の数を増やして対抗する姿を、注意深く見つめたが、わからない。


 だからか、俺の目は彼の全身へと映し、ふと思った。


 なぜ彼は、黒い姿なのか。

 全身真っ黒なのは、本当に『否認者』だからなのだろうか。


 そんな疑問が、彼女の言葉と結びつき、ある一つの考えを導く。


「全身真っ黒なのは、全身から放出されている『魔力』が、過剰に『漆黒』の配分が偏っているからか……っ?」


『正解っ! だからその分、こっちも有利な『薄白』の配分を増やせばぁッ!』


 マフォルの狙い通り、黒い触手は徐々に削り取られていき、光線はついにキョーガの東部へ狙いを定めた。


『攻撃できーー』


「オっと、緊急回避」


 だが、目の鼻の先まで接近した光線を、キョーガは頭部を開閉して、回避した。


『はぁーっ!? そんなのあーー』


 目の前の信じがたい光景に、マフォルは声を荒らげるが、次には言葉を失った。


 姿が変わった。あの針じみた細い線に、球形が突き刺さった姿に。


 俺も思わず息を呑む。何度見ようと恐怖がすぐに駆り立てられ、思考が停止してしまう。


 だからこそ、


「ーーか、ッ!?」


 胸元を穿つ一撃に、抵抗もなにもできなかった。


「認メ(いナ)

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