442-22-4_刺客
そっと部屋に入り、二歩ほど進んだところで立ち止まる。瞳をぐるりと動かして周囲を確認した。
それほど大きな部屋ではないけれど、まるで、月を眺めるために作られた部屋のような印象だ。壁は水色で縦の金色ストライプ柄、床は手前の部屋と同じふかふかの赤絨毯。部屋の中には殆ど家具はなく、小さな風景画が幾つか飾られている。左手には大きな観音開きのガラス扉があり、外は広いバルコニーとなっていた。
月明かりが、格子の枠の影を床に映している。
扉のすぐ側と反対側の壁に女騎士が立っていた。
騎士の間の空間が、密度を濃くしている。
へぇ〜、二人の騎士が結界を張ってるんだ。やっぱり警備は厳重ね。
結界の奥のスペースには小さな暖炉があり赤い炎が揺れている。その暖炉を挟むようにして人影が二つ。右側は優雅に曲がった足の椅子、左側は、どうやら車椅子らしい。しかし、暖炉の灯りだけでは薄暗く、顔は見えない
部屋の中心線まで進み、ドレスの裾を摘んで腰を落とした。
「お招きいただき、大変光栄に存じます」
サナレも、斜め後ろで腰を落とす。
「前に進んで顔を見せなさい」
暗がりの中から、そう声がする。
「はい」
ゆっくりと立ち上がりバルコニーのガラス扉前まで進むと、もう一度腰を落として頭を下げる。左側面から月明かりが身体全体を照らし出した。仮面を外し、顎を上げて視線を前方に向ける。
「ハッ」と息を飲む声がした。左の人影は、両手を口元に当てたようだ。
右側の女性が静かに、しかし、威厳を響かせて言った。
「名を、名乗りなさい……」
さっき雛壇で挨拶をしていた声……。
一呼吸おいた後、静かに答える。
「エリアと申します」
一瞬の静寂。
すると、暖炉の薪が、パチンッと爆ぜた。
「……エリア……そうですか……」
その後に、何か言葉が続くのだろうと身構えていたが、特に何か聞かれる様子もない。
沈黙が流れ、重苦しさを感じ始めた時、入り口付近で騒々しい靴音がした。
二人の女騎士が部屋の入り口を見やると同時に、男の声がする。
「ご報告いたします!」
「どうしたのだっ!?」
女騎士の一人が厳しい口調で男に訊ねる。
「はっ! ただいま館内で不審人物を取り捕えました。なお、その者の仲間と思われる者も数人、拘束しております」
「何だと!?」
フフ、もう終わったみたいね……。
◇
数分の時を遡り、エリアが王妃の部屋に入るところ。
ヴィースから緊急の念話が入った。
『エリア様、不審な人物を検知したしました』
『殺し屋?』
『いえ、まだ分かりません。ただ、奴は周囲を警戒したような動きをしています』
『分かったわ。ヴィースはその人物の監視をお願い。アリサはイーサンに連絡を』
『『はっ!』』
う〜む、やっぱり来たわ、餌に食いついたみたいね。
殺し屋をおびき寄せるため、お茶会の慣わしを利用させてもらった。今日のお茶会では、王妃様や第二王女様に献上の品を持参する事になっている。ボズウィック家から献上したのは、サナレさんの鎮痛薬。こうした献上の品々は、全て事前に使用人たちが検分する事になるので、第二王女様へ鎮痛薬を献上すれば、サナレさんの生存が知られることになる。そして、今日のお茶会では、ボズウィック家から令嬢の従者随伴申請が出ている。となれば……。
私の従者がサナレさんだって事は、王宮内の人物なら察しが着くでしょ、フッフッフ。
第二王女様が鎮痛薬を使っているなんて情報は機密事項なはずだ。つまり、薬師のサナレさんが襲われたのは、王宮から情報が漏れていたからに他ならない。王妃様周辺の関係者に、アトラス派貴族への協力者がいることは間違いないのだ。
裏切り者はどう動くかな? まぁ、今頃慌てても遅いけどね。どれだけの協力者がいるのか知らないけれど、この際、一網打尽にするしかないわ。
再び、ヴィースから念話が入った。
『監視対象が怪しい人物を館に招き入れました』
『早速、動いたわね』
『いかがいたしましょう?』
『そうね、アリサの方はどんな感じ? イーサンの準備は出来てるのかな?』
『はい、第二王女様親衛隊の方々には会場の隣で隠れてもらっています』
『打ち合わせどおりね。じゃぁ、不審人物はイーサンに任せてヴィースは奴らの仲間のことを聞き出してくれない?』
『はい、監視対象を捕えます』
『お願いね。アリサはイーサンに伝えてちょうだい』
『かしこまりました』
よし、イーサンが不審者を捕まえれば、後は協力者を洗い出せば終わりだ。
部屋の中央に進み、挨拶をする。
「お招きいただき、大変光栄に存じます」
「前に進んで顔を見せなさい」
「はい」
またヴィースから念話が入った。
『不審者の仲間は全員捕えました。門番を含め使用人ばかり十名です』
『早いわね。でも、そんなにいたの?』
どうなってんのよ王宮の警備って。まぁいいわ。あまり騒ぎを大きくしないようにって思ってたけど、こうなったら王妃様にも分かってもらう必要があるわね。貴族の派閥争いから距離を置くのもいい加減にしてもらわないと国が傾いちゃう。
『アリサ、不審者の方はどう?』
『はい、残念ながら自害いたしました』
『なんて事を! う〜む、アリサに捕まえてもらったら良かったかな、でも仕方ないわね。兎に角、作戦変更よ。イーサンにここへ来てもらってくれない? 今すぐ王妃様に報告をするよう彼に言ってちょうだい』
『かしこまりました』
しばらくすると、扉のところで男の声がした。
「ご報告いたします!」
イーサンだ。
「どうしたのだっ!?」
女騎士の一人が厳しい口調で男に訊ねる。
「はっ! ただいま館内で不審人物を取り捕えました。なお、その者の仲間と思われる者も数人、拘束しております」
「何だと!?」
フフ、終わったみたいね、それなら次は私の出番。




