聖なる涙を求めて③
時はほんの少し遡り……。
「寄るな!!」
ストレアード・カスタムは銃を召喚、そして発射した。
バン!バン!バァン!!
弾丸は真っ直ぐとジエールの下へ。彼の銀色の皮膚に着弾する……が。
クン!クン!クゥン!!
「何!?」
僅かに動いたと思ったら、弾丸は彼の身体を滑り、地面や木へと逸らされてしまった。
(今の動きはジョゼットと同じ……!瞬時に弾道を見極め、自らの最も硬い部分でダメージを流す受け方をする超高等技術……力だけではないということか……!!)
トラウゴットの身体にまた悪寒が走る……暇も、ワニ男は与えてくれなかった。
「ぐあっ」
「!?」
ジエールは大きな口を限界まで開く。そこにはびっしりと鋭い牙が並んでおり、噛みつかれたら一巻の終わりだと見る者に直感的に教えてくれる。
「まさか……!?」
「があっ!!」
あろうことかその状態でジエールは突っ込んで来た!
ターゲットにされたストレアードは全力で地面を蹴り、逃げる!
ガブッ!!
攻撃は目標の後ろの大木に命中。するとジエールは……。
「があっ!!」
グルゥン!!
高速で回転!その勢いと咬筋力の力で大木を抉り取った。
「……ぷっ!さすがにこのレベルの相手には虚を突かないと当たらんか」
ジエールは噛み千切った木を吐き出し、口元を拭いながら、ストレアードの方を向き直した。
「どうする?」
「どうするとは……どういうことだ?」
「そのままの意味だ。オレの力は見ただろ?貴様じゃ勝てないってわかっただろうから、降参するかって」
「舐められたものだな……!」
トラウゴットという男は普段のポーカーフェイスから感情の起伏が小さいと思われがちだが、その実誰よりも激しい情熱を胸に秘めた男だ。そんな男にこんなことを言ったら、負けず嫌いの炎が燃え盛るに決まっている!
「その通りだ!お前の力を見た!だからどうすればいいかもわかる!!」
ストレアードは銃を投げ捨て、代わりにナイフを召喚!そしてそのまま獣人に突撃した!
「あれだけの力を見せられて、接近戦を挑むか」
「リスクを冒さねば、お前には勝てん!」
ヒュン!!
ストレアードの第一撃、ナイフの突きはジエールの頬の横を通過した。当然外したわけではなく、獣人が反応し、回避したのだ。
「ちっ!ならば!!」
落ち込むことなく、ストレアードの第二撃!太腿を狙ったローキックだ!
ゴッ!!
「ふん」
「くっ!?」
しかし、これも脚を上げ、強靭なふくらはぎでカットされてしまう。
「上に意識を集中させてから、足を狙い機動力を奪う……セオリー通りだな」
「だから読めたと……」
「いや、お前程度のスピードなら、読めなくとも対応できるわ!」
チッ!!
「くっ!?」
反撃のナックル!最短距離を猛スピードで撃ち抜くそれをストレアードはギリギリで回避……できずに頬に掠めてしまった。
「ほう……今のをかすり傷だけで済ませるか。少しだけ見直したぞ」
「あなたほどの戦士に褒められるとは嬉しいよ……今すぐ泣き出したいくらいにね……!」
「フッ……口だけは達者だな!!」
ブゥン!ゴッ!ブゥン!チッ!チッ!
「ぐうぅ……!!」
ジエールのラッシュ!ストレアードは全力で防御に専念するが、そのスピードに対応し切れずに傷を増やしていく!
「どうした?急に大人しくなって?やっぱ最初に言われた時に降参しておけば良かったと後悔してるのか?」
「ちょっとだけな。だが、まだ諦めたわけでは……」
「この期に及んで勝てると思っているなら……貴様はバカだ!!」
ジエールの渾身のストレート!最初に食らったあの最短距離をぶち抜いてくるあのパンチだ!
「それを待っていた!!」
ブゥン!!
「……何?」
今回のストレアードは完全に回避!初撃でタイミングを見切っていたのだ!
「これで!!」
そして反撃のナイフ突きを繰り出す!切っ先はジエールの顔面に命中……。
ブゥン!!
「な!?」
命中せず。獣人は限界まで身体を仰け反らせ、回避したのだ!
「残念だった……な!!」
反撃の反撃!ジエールはその体勢からストレアードの顎に向かって、拳を伸ばした!
(この状況からカウンターだと!?いや、あんな格好から強打が打てるわけない!ならばまた回避して、カウンター……)
ドゴッ!!
「――ッ!?」
ストレアードが宙を舞った!トラウゴットの考えに反し、拳は顎を捉え、彼を殴り飛ばしたのだ!
「悪くはないが良くもない……それが貴様に対するオレの率直な感想だった。しかし改めよう、貴様は……それなりに良い、それなりにな」
「ぜぇ……ぜぇ……!!」
ストレアードは自分への寸評を息も絶え絶え、膝立ちの状態で聞いた。かろうじて意識だけは保つことができたのだ。
「オレのパンチを一回見ただけで見切り、あまつさえカウンターを繰り出すなど思いもしなかった。今の一撃も意識を断ち切るつもりで撃ったのだが……避けられないと悟ると、反射的に力を抜いて、衝撃を受け流したな?」
「その通りだ……と言いたいところだが、単に予想以上の攻撃が来て、驚いて、それがなんかいい感じに作用しただけだ……」
「だとしても、そういう風に身体が動くというのは修練を積み重ねた証、謙遜するな」
「運も実力のうちっていうしな」
「そうだ。だが、ここからはラッキーではどうにもならないぞ」
「わかっているさ……だから交代だ、ドラグゼオ」
「はい」
もう一方の戦いもちょうど決着のついたところだった。勝者である桃色の竜は傷一つつけずに合流する。
「……ぼくが来ても動揺しないんですね」
「あいつらじゃ貴様には勝てないと思っていたからな」
「わかっていてやらせたんですか?」
「あぁ、あいつらはオレとある程度やり合えるようになっただけで満足してしまった感があった。外の世界にはオレでも手も足も出ない人間やオリジンズなどいくらでもいるというのに……」
ジエールは大きな頭をやれやれと振った。
「それでぼくを使って発破かけようとしたってことですか」
「そうだ」
「そんな悪びれもせず……勝手に利用されるのは……好きじゃないんですよ」
ドラグゼオは堂々とした様子を崩さないワニ男に向かって歩き出す。
「トモル……」
「トラウゴットさんはそこで見ていてください……ぼくが勝つところを」
「お前のことは最初から認めているが……それは驕り過ぎだ、桃色の」
桃と銀、竜とワニは手の届く距離まで接近、立ち止まると視線を交差させた。そして……。
「すぐにわかるからいいでしょ、どちらが正しいのか」
「うむ……それもそうだな!!」
ドゴォッ!!
間髪入れずに戦闘開始!拳をぶつけ合い、その衝撃で木々が揺れた!
「うおっ!?」
ドラグゼオの拳が押し負ける!力ずくで弾き飛ばされた!
「ウラァ!!」
そこに追撃のパンチ!
「調子に乗るな!!」
ヒュン!!
「ちっ!!」
しかしこれは躱されてしまう。いや……。
ゴッ!!
「――ッ!?」
躱されただけでなく、すかさず反撃!今日初めてジエールが被弾した!
「……やるね」
けれどもダメージは無し!銀色の硬くも柔らかい矛盾した要素を両立させた皮膚は衝撃を分散させたのだった。
「まだ……トップギアにはほど遠いですよ!」
「奇遇だな……オレもだ!!」
ヒュン!パン!パン!ヒュン!ヒュン!!
片方が拳を放てば、もう片方が捌き、片方が蹴りを放てば、もう片方は避ける……それを凄まじいスピードで延々繰り広げる!
(パワーと防御力はあちらが上、スピードはドラグゼオの方が若干上回っているって感じかな。だけど、ピースプレイヤーにはない仙獣人独特の攻撃の伸びとキレがある。スピードにかまけた回避だと足元掬われるかも。油断しないように慎重に対処しないと)
(違う……先ほどの奴とは違う。実力というよりも根本的なものが……こいつの装甲には血と神経が通っている感じがする。オレ達仙獣人にどこか似ている……これが特級ピースプレイヤーか。面白い!!)
パン!ヒュン!ヒュン!パン!パン!
お互いにお互いの力を見極めるような一歩引いた攻防……それがしばらく続いた。
(このままだと集中力とスタミナ勝負になりそうだな。そこで戦うのは自信がない……こうなったらまたぶっつけ本番で試してみるか)
覚悟を決めたドラグゼオは半身になり、身体から余計な力を抜き、拳の握りも緩め、前方の右腕を振り子のように揺らし始めた。
(これは……?)
「あれはまさか……」
ジエールよりも先にトモルの意図に気づいたのは、観客となったトラウゴットだった。
「いきますよ」
パン!パン!パパパン!!
「――なっ!?」
「やはり……フリッカージャブか!!」
脱力したドラグゼオの右腕は鞭のようにしなり、ジエールへと襲いかかった。縦横無尽なその動きに獣人は反応できずにもろに食らってしまう。しかし……。
「だから……どうした!!」
今回もダメージは与えられず。それはそうだろう。
(フリッカージャブは威力と射程に長けた技だが、所詮はジャブ。あくまで手数と当てることに重きを置き、本命のパンチを当てるための牽制のためのもの。不規則な軌道でそれなりの速度と破壊力を伴った拳は脅威であり、それを完全に捌き切るのは困難だが、あれだけの耐久力を持つ相手を倒し切れるものでは決してない。利き手である右手を使ったとしても、たかが知れている)
実際にこうしている間にもドラグゼオの拳はジエールに当たり続けているが、ダメージどころか怯ませることもできていなかった。
(ジャブらしく、他にKO必至の必殺技を隠しているのか?それとも本当にフリッカーだけで倒すつもりか?どうするつもりなんだ?トモル……!)
「そんなパンチを繰り返したところ……」
ボッ!ドゴッ!!
「――で!?」
「なっ!?」
突然、本当に突然のことだった。フリッカーを食らったジエールの体勢が崩れたのだ。今までは微動だにしなかったというのに!
「こんなパンチいくら食らっても問題ないんじゃなかったんですか?」
「貴様……一体何を……!?」
「さあ?敵に教える義理はないですよ!!」
ボッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!!
「ぐあぁぁぁっ!!?」
まさに滅多打ち!一進一退の攻防はフリッカーによってドラグゼオの圧倒的な優位へと塗り替えられた。
(そういうことか……!)
そのフリッカーの秘密に気づいたのもまた遠目で見ているトラウゴットであった。
(ジャブを撃つ前に鳴る炸裂音と、桃色の閃光……間違いない!瞬間的にドラグゼオは手の甲や手首から炎を吹き出しているんだ!)
正解だと言うかのように、ドラグゼオの周りを一瞬で咲いては散る桃色の花が彩った。
(あれなら炎の力で威力を増強できる上に、さらに軌道を変幻自在の避けにくいものへとできる。しかも炎を使うのは一瞬だから消耗も少なくて済む。考えたな、トモル!)
「名付けて、“桃闘拳、ドラグゼオ式フリッカー”」
ボッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!!
「――ぐふっ!?」
コツを掴んだのか、さらに竜の拳は加速していき、ジエールをただのサンドバックのように一方的に叩き続ける!
(いける!このままフリッカーだけで、KOできる!!)
トラウゴットがそう思うのは無理はない。それだけ形勢はドラグゼオに傾いていた。
しかし忘れてはならない……ジエールにはそれを一撃でひっくり返せるだけのパワーがあることを!
ブゥン!!
「な……!」
「にいぃぃぃぃぃぃっ!?」
ジエールはドラグゼオの拳を避けた……大きく仰け反って。
そしてトラウゴットは見た、自分がなぜ敗れることになったのかその秘密を!
(あいつ!地面に尻尾を!!)
ジエールは仰け反ると同時に地面に太くたくましい尻尾を突き刺していた。
それが第三の足の役目となり、前方や上から見た時と不安定さとは程遠い、遥かに安定した体勢として成立させていたのだ!
(あれだけ安定しているなら、あんな格好でも強打が打てる……!いや……もしかしたら尻尾で地面を押し出した勢いを利用すれば、スタンドの時よりも強いんじゃないか?なぜワタシはあれに気づかなかった!なぜ奴の尻尾の存在を失念していた!……それも奴の策略か……ワタシの意識から尻尾の存在を消すためにド派手な噛みつきを見せたり、あえて殴り合いに乗ったりしたのか……!)
悔しさで、自分のあまりの不出来さに対する悔しさでトラウゴットは思わず歯噛みした……が。
(今さら悔やんでも仕方ない!ワタシがするべきことは、このことを仲間に伝えること!!)
「トモル!!」
「もう遅い」
ブゥン!!
「なっ!?」
トラウゴットの気持ち見透かし、嘲笑うかのように、ジエールの拳が放たれた!
それはドラグゼオの顎を……。
スカッ!
「「なっ!?」」
捉えることはできなかった。
「いいパンチですけど……ぼくには通じない!!」
そして上からのカウンターナックルを撃ち下ろす!
ドゴッ!!
「――がっ!?」
そちらは見事にヒットし、ジエールの身体は地面をバウンドし、意識は遠くへと……いや!
「こ……この程度で!!」
意識が飛んだのは一瞬だけ!ジエールはすぐに気合を入れ直し、目の前のドラグゼオへ……。
「……え?」
ドラグゼオは目の前からいなくなっていた。ではどこへ?正解は……。
「バック取らせてもらいました」
「――!?」
正解は後ろ!ドラグゼオはパンチを食らわせるとすぐにジエールの背後に回り込んでいたのだ!そして……。
ガシッ!!
「――がっ!?」
「あと締めさせてもらいます」
チョークスリーパー!桃色の竜は地面に寝転がり、全体重をかけてジエールの首を締め上げた!
(あのパンチを読んでいたのか……?いや、それはそうか。あいつはもっと異形のオリジンズと戦い続けてきたんだ、ちょっと体勢が悪いからって油断などしないか。そもそもあいつ自身が炎を噴射して、そういうことしてるしな)
戦闘中だったトラウゴットはもちろん知る由もないが、折しもついさっきドラグゼオはリンジュ相手にやったばかりである。
(あのフリッカーも理屈としては同じようなことだし、対応できないはずがない。強い強いと思っていたが、まさかここまでとは、悔しさを感じることさえ烏滸がましいと思ってしまうよ)
乾いた笑いしか出て来なかった、それだけの力量差であった。
(だが、味方だとするとなんと心強い。今回もあいつの力で勝利をもぎ取ることができた。この戦いは……もう決まりだ)
「ぐうぅ……!!」
ジエールはドラグゼオの腕を掴み、なんとか引き剥がそうとするが、悲しいかなびくともしなかった。
「無駄ですよ。完全に極ってます」
「確かに……これはほどけそうにない……!」
「わかっているなら降参してください」
「ふざけるな……まだ終わっていない……!」
「往生際の悪い男はモテませんよ」
「心配しなくともすでに結婚している……それにまだオレにはこいつがある!」
グルゥン!ガシッ!!
「!!?」
ジエールは自分がやられたように尻尾をドラグゼオの背後に忍ばせ、首に巻き付けた!つまりお互いに首を締め合う構図になったのだ!
「これでイーブン……!どっちが先に落ちるかの勝負だ……!」
「悪くない一手、ぼく以外だったら起死回生の一撃になっていたかもしれませんね」
「……何?」
「考えてみてください。もし締め技でどうにかできるんなら、あなたのお仲間の舌の長い人に負けていたと思いませんか?」
「……あ」
ジュウッ!!
「――熱ッ!?」
首付近を熱すると、オレジュの時のように条件反射で尻尾の力が緩まる。ついでに首に入っていた力も……。
「よいしょ!」
グッ!!
「――がっ!?しまった……!!」
ドラグゼオの腕はさらにジエールの首に食い込み、血流と酸素を脳に届けることを阻害した!
(まずい!もう十秒ももたない!どうする!?こいつごと立ち上がって、地面や木に叩きつけるか!?いや、だからそんな時間はないんだよ!!つまりこれは……!)
コンコン
「ん?」
腕に走る小さな衝撃。ジエールがドラグゼオの腕を叩いたのだ……攻撃のためではなく、降参するために。
「これはぼく達のいたところでは敗北を認めた合図なんですけど……そちらも同様ですか?」
「あぁ!タップだ!こっちでも降参で通っている!だから早く離せ!もう限界……」
「了解、受け入れましょう、あなたの降参」
「げほっげほっ!?」
拘束を解かれたジエールは咳き込み、解いたドラグゼオは地面を転がって彼から離れた。
「お疲れ様。ナイスチョーク、あれが決まった瞬間、ワタシはお前の勝利を確信したよ」
「トラウゴットさん……どうも」
差し伸べられた手を取り、ドラグゼオは立ち上がった。
「ワタシが簡単に負けた相手をこうも一方的に……」
「いえ、単純に準備の差でしょう。こっちはある程度、仙獣人と戦うことでシミュレーションしていて、相手は突然訳もわからない敵を相手にしなくてはならなかったんですから」
「いや……貴様らが来ることはわかっていた」
ジエールも首を擦りながら立ち上がり、二人に再び相対した。
「え?そうなんですか?」
「どうりで、妙に落ち着いているはずだ。ワタシを仕留められたのにそうせず、部下の訓練にドラグゼオを利用したり、おかしいと思っていたが、我らが本気で敵対する気がないこともわかっていたのか?というかどうやっ……」
「しっ!」
「――むぐっ!?」
ジエールはストレアードの口元に人差し指を当て、黙らせた。
「ここで説明しても二度手間になる。日も暮れて来たし、我らドリン族の集落に向かおう。そこでおばば様が待っている」




