獣になりたい少女①
日も完全に暮れ、バーの樹海は漆黒の闇に包まれる。
そんな中、唯一炎の明かりで輝く場所がある。ドリン族の集落だ。
「ふぃ~、ようやく着いたぜ」
アピオンは空中で全身を伸ばした。
「……なんかすごい疲れたみたいな感じ出してるけど、君は何もしてないよね?ぼく達が戦っていた時も完全に気配を消して隠れていたし」
「道中もワタシ達の肩や荷物の上で居眠りしていたし」
「お前らの邪魔にならないように隠れるのも、落っこちないように眠るのも結構疲れるってことだよ」
そう言いながら妖精は二人の顔の周りを元気に飛び回り、トモル達は何も言う気も無くしてしまった。
「では、自分たちはこれで」
「失礼します」
オレジュ、リンジュ、バナジュの三人はペコリと一礼すると、とぼとぼと重い足取りで一行から離れて行った。
「お三方は連れていかないんですか?」
「大人数で押しかけても迷惑だろ。それに奴らもお前にボロ負けしてへこんでいるし、腹も減っているし、何より素顔を見られたくないんだろ」
「それって……どういうこと?」
「歩きながら話そう」
小首を傾げながらトモル達は、言われた通りすたすたと歩き出したジエールについて行った。
「仙獣人というのは、完全にオリジンズの血液と順応し、オレのように銀色の身体を手に入れたものを指す」
「んじゃ、あいつらは違うのか?」
「正確にはな。我らの真似をして薬剤で獣人形態への変身能力を手に入れたブラッドビーストとかいう紛い物については知っているな?」
「もちろん」
「そいつらが力を手に入れた代償として大量のエネルギー、一般人の何倍も多くの食事を取らないといけないことも?」
「当然、把握している」
「銀色の仙獣人にはそんな欠点はない。戦闘はもとより日常生活も常にこの姿でいられるくらい燃費がいい。食事量も特別多いわけではない」
そう言って誇るようにジエールは銀色の両腕を広げてみせた。
「仙獣人はってことは、銀色になっていないリンジュさん達はそうではないと?」
トモルが問いかけると、ジエールは腕を下ろし、振り返らずに首を縦に振った。
「日常生活を送る分には特に問題ないが、激しい運動をした後は多少だが多めに食事を取らないと、変身が解けてしまう」
「だから急いでご飯を……」
「ドリン族を始め、仙獣人と呼ばれる集団は幼き日より少しずつオリジンズの血液を摂取し、変身能力を発現させる。そして力を得てからは家族の前以外では、その姿でい続け、決して素顔を晒さない」
「では、ジエール殿の素顔を見ることはワタシ達は決してないのですね」
「あぁ、見せてやりたかったよ、ドリン族随一の美少年と呼ばれたオレの素顔を」
くるりと反転し、ジエールは顎に手を当て、決め顔を作った。
「はは……意外とナルシスト」
「ま、まぁ、自分に自信があることはいいことじゃないか?実力も伴っているし」
「そうだ。オレは強くてカッコいい!……そんな言葉を負けた相手の前で言うのは、かなりカッコ悪いがな」
苦笑いを浮かべると恥ずかしがるように再び反転、前を向き直した。
「先生!一つ質問があるんだけど!」
「なんだ?」
「血を飲んで能力に目覚めるって言っていたけど、それって全員か?中には、ずっと変身できない奴もいるんじゃないか?」
「いるぞ」
「んじゃ、そいつらはどうすんの?」
「ここから出て行ってもらう」
「え!?ひどくない!?」
アピオンは思わず顔をしかめた。
「でも……仕方ないかな」
「だな」
対してトモルとトラウゴットは同意を示した。
「お前ら揃いも揃って薄情だな……」
「そうかもしれないけど、変身できないのにここにいてもつらいはずだよ」
「獣人になれることを前提に社会が形成されているからな。色々と不便が出るはず。それなら外の人間の世界で生活した方がいい」
「いや、そんなことはおれっちもわかってるよ。だけど、それならあの人はなんだよ?」
アピオンは獣人達の群れの中で、一人人間のまま話している明らかに成人している男を見た。その男はこちらに気づくと軽く会釈をしてきた。
「ぼくも気になっていたんですけど、素顔を見せないっていう割に子供以外にも大人の人がチラホラといますよね?あの人達は追い出さないんですか?」
「彼らは外から招いた者、ここの生まれではない」
「え?そういう人もいるんですか……!?」
「もっと閉鎖的な集団だと思っていたか?」
「そりゃ今の話を聞いていたらな」
「違いない。だが、血を濃くするために近場で結婚を繰り返していたら、数は減るし、それ以上の進歩もない」
「だから外部からお婿さんやお嫁さんを連れてくると」
「定期的にな。選ばれた奴が外を旅して、伴侶を探して連れてくる」
「なるほど」
「納得できたか?」
「ばっちり。でも、別の疑問が……」
「この際だから全部言ってみろ」
「じゃあ、遠慮なく……追い出した奴が後から力に目覚めたり、その子供が能力を発現することってないのか?」
「ゼロじゃない。実際にそういう例はいくつかあった」
「そいつらがここに戻ってきたいって言ったら?」
「場合による……としか言えないな。掟を破る価値があるほどの実力を示したり、歪な形で発現して、外での生活が困難だと判断したら、受け入れる……かも。だが、基本的にはないな」
「でも、外だとそんな力が突然目覚めたら、差別とか……」
「それを言うなら、オリジンズに殺されかけて目覚めるエヴォリストはどうなるんだ?」
「あ」
「奴らは差別されることもあるだろうが、世間と折り合いをつけて生きているだろうが」
「だけどよ……」
「だから冷たいようだが、外に出た奴はそいつなりに頑張れ……そうとしか言えない」
「うーむ……」
「納得できないか?」
「できないね」
「なら、それでいい。そう感じるのは貴様が優しい心根の持ち主だということだからな」
ジエールは自分の部族が否定されているのに、妙に温かい気持ちになった。そしてそういう気持ちになることに大きな喜びを感じる。
「まぁ、それでこの集落が成り立っているなら、よそ者のおれっちが文句言う筋合いはないか……」
「一方的にこちらの価値観を押し付けるのは確かに良くないね」
「だな。んじゃ、もう一つだけ」
「まだあるのか?」
「これで最後だ」
アピオンはそう言うと背後に親指を向けた。すると人影が一つ、家の陰に慌てて隠れた。
「さっきからずっとおれっち達をつけてるあいつはなんだ?」
「え!?」
「ぼくも気になってました」
「ええ!?あ、あのワタシも気づいていたぞ!!」
「嘘は良くないぞ、トラウゴット」
「……すいません」
何にも感じていなかったトラウゴットは自分の未熟さに辟易し、ガックリと肩を落とした。
「今は気にするな。きっと奴のこともおばば様のところで話が出る……とか言っていたら、着いたぞ」
一行はいつの間にか集落の最奥、一番大きな家の前についていた。
「準備はいいか?って、確認するようなことでもないか。失礼します」
「あ!?」
「せっかちだな……」
「おれっち達も入ろうぜ」
とっとと家の中に入って行ったジエールに続き、トモル達も入室する。
中には古代にいた梟を思わせる獣人が座っていた。
「よく来ましたね」
「初めまして、トモル・ラブザです」
「トラウゴット・マジエンスです」
「アピオンです」
二人と一匹は深々と頭を下げた。
「そんなかしこまらずにどうぞお座りください。ジエール、お前も」
「へいへい」
「失礼します」
靴を脱いで、居住スペースに。トモルとトラウゴットは正座で、アピオンとジエールは胡座をかいて、おばば様の前に座った。
「改めまして、ワシは『ダーソ』。まぁ、みんな“おばば”と呼んで、この名前を聞くことはほとんどありませんが」
「おばば様はこのドリン族の長老で巫女様だ」
「長老はともかく巫女様ってなんだよ?」
「たまにこのドリン族の中に生まれる予知能力を持った者だ」
「な!?」
「なんだと!?」
トモルとトラウゴットの全身に衝撃が走る!それと同時に、今までの疑問が氷解していった。
「予知能力なんてそんなバカなと言いたいところですが……」
「実際に我らが来ることをジエール殿達は知っていたからな……」
「おばば様の予言を聞いたんだ」
「この集落に強く心優しき者が来訪してくる。世界のためには彼らに力を貸すことが吉と、ワシは予言したのじゃ」
「そうですか……って、え?」
トモル達は一斉にジエールの方を向いた。
「なんだどうした?」
「いや、ジエールさん、今の予言を聞いたんですよね」
「あぁ」
「なら、何であんな喧嘩腰で来るんだよ!素直に力を貸せよ!」
「それはそれ、これはこれ。おばば様の予言は信じているが、やはり自らの目でしっかり確かめておかないと、安心できん」
「あなたの安心のためにワタシは危うく顎を割られかけたのか……」
聞いていて疼いたのか、トラウゴットはそっと顎を撫でた。
「悪い悪い!ちょっとやり過ぎた!」
「いや、気にするな。ワタシがあなたの立場だったら、同じことをしたと思う」
「そう言って貰えると助かるよ」
「あぁ、気に病むことは全くない。顎の痛みはまだ取れないが、全然気にしなくていいからな」
「めちゃくちゃ気にしてんじゃねぇか!!根に持つタイプか!てめえ!!」
ジエールはこんなことになるなら、普通に話をしていればと、激しい後悔に苛まれながら全力で突っ込んだ。
「さて……仕返しが終わったところで、お話を進めましょうか、おばば様」
「はい、そうしましょう」
「ワタシ達の目的についてはどこまで?」
「カジュルルの涙を欲していることはわかりましたが、その目的はてんで。そこまで読めるほどワシの予知は万能ではないのじゃよ」
「では、詳しく話しましょう……我らの目的、ここに来ることになったいきさつを」
トラウゴットはオルコのこと、エレシュキガルのこと、そして不戦の矢のことについて説明した。
「なんか……思ったより大変なことになってるな……」
「じゃな……ここまで厄介ごとに巻き込まれているとは……」
情報の濁流を流し込まれ、戸惑いを隠せない獣人二人は口が半開きになった。
「それで不戦の矢を解除するためにカジュルルの涙が欲しいのですが、実際にそのような効果はあるのでしょうか?」
「確か矢に撃たれ、戦う力を失った者がカジュルルの涙を飲んで、力を取り戻したという伝承があったはずだ」
「ワシはてっきり普通に矢で怪我をしたもんだと思っていたんじゃが、主らの話を聞くと、その不戦の矢の呪いを解いた話だったのかもしれん」
「んじゃ!本当に涙を飲めば、トモルは元に戻るってことか!やったな!!」
「うん」
トモルとアピオンはお互いを見合い、小さくガッツポーズをした。
「それでは予定通りカジュルルの涙を手に入れるために接触することをお許しくださいますか?」
「いいでしょう」
「「やった」」
再びのガッツポーズ。しかし……。
「いくつか守ってもらいたいことがあります」
「守って……」
「もらいたいこと……」
おばば様の言葉に、緩んだ顔が一瞬で引き締まった。
「まずはカジュルルを殺さないこと」
「今は先祖の研究や、外の薬のおかげでそんなことないが、昔は困ったら涙頼みで、実際それで疫病から助かったなんて話もある。また今は廃れたが、昔は変身できるようになったら、カジュルルに戦いを挑む“成人の儀”なんてのも行われていた」
「そう、あれは我らにとって神聖な存在。決して無下には」
「それはもちろん。不用意にいたぶるつもりはありません」
「結構。では二つ目、カジュルルを始め、あの周辺のオリジンズを刺激しないように、お一人で行くこと」
「これも涙を取る時の昔からの習わしだ」
「ということはトモルが一人で行くことになるのか」
「おれっちはオリジンズだからついて行ってもいいよな?」
「まぁ、いいでしょう」
「よっしゃ!!」
アピオン、今日三度目のガッツポーズ炸裂!
「じゃあ、行くのはぼくとアピオンで……地図は貰えますよね?」
「それも用意しますが、ワシが一人と言ったのは、そちらから出す人数のこと。こちらからも一人、案内役をつけます」
「案内役……流れ的に言うと……」
トモルはジエールの方を向こうとしたその時!
「それ!うちにやらせてください!!」
背後からの立候補!トモル達をつけていた少女が挙手しながら、入ってきた。
「ようやく出てきたか、ストーカー娘」
「うぐっ!?反論できないけど、その言い方はちょっと……」
「じゃあなんと呼べばいいんだ?」
「うちは『モネード』!ドリン族の一員です!!」
モネードはそう高らかに名乗ると胸を張った……が。
「一員と言っても、いまだに変身できないから、このままだとしきたりに従って追放されるけどな」
「うぐっ!?その通りですけど、わざわざ言わなくても……!!」
ジエールの容赦ない言葉に、元気は吹き飛び、胸を抑えてたじろいだ。
「そのギリギリ状態のモネードさんが、どうして案内役をやりたがってるんですか?」
「それは……」
「案内ではなく、そなたの代わりにカジュルルと戦い、成人の儀を完遂させたいのじゃよ」
「昔は特例として、儀をクリアした者は変身できなくても追放されなかったらしいからな。あわよくば戦ってる最中に都合よく変身能力が目覚めないかなとかも思っている」
「お、お見通しですね……」
「予知せずともわかるわ。主のことは生まれた時から知っておるからの」
「性格も短絡的だからな」
おばば様とジエールは呆れたような、それでいてどこか温かみを感じる優しい笑みを浮かべる。
「で、でも、それなら話が早い……うちを案内役にさせてもらえませんか!?」
「「いいよ」」
「いいの!?」
てっきり拗れると覚悟を決めていたモネードは望み通り了承されたというのに、激しく戸惑った。
「え!?いいの!?」
「だからいいって言っておろうに……」
「お前がオレとおばば様の話を盗み聞きしていたのは知っていた。そしてその結果どういう行動に出るかもさっき言った通り簡単に予想がつく」
「だからワシらは予知通り、来訪者が強く優しき者ならば、お主の望みを聞いてもいいかと」
「んで、実際戦って見て、トモル達は信頼に足る人物だと、お前を託してもいいと判断した」
「じゃあ……」
「オレ達は案内役はお前に任せるつもりだ。ただ最終的に選ぶのは案内される側のトモルだ」
「え?ぼく?」
自らを指差すトモルはなんだか面倒ごとを丸投げにされた感じたのか、嫌そうな顔をした。
「ぼくは……」
「トモルさん!お願いします!うち、案内にはめっちゃ自信があるんです!」
そんな彼にモネードは目を潤ませて、詰め寄って来た。
「いや、ぼくはその……」
トモルは助けを求めて、他の者に目配せしようとするが、みんな一様に顔を背けた
「この人達……!!」
「ねぇ!トモルさん!絶対に後悔させませんから!!うちが成人の儀を行うかどうかは、カジュルルを見てから決めてもらっていいんで!!」
「それは助かるけど……」
「トモルさんがやめろって言うなら、絶対に戦いませんし、大人しく見てますから!!だから!!」
モネードの熱意にトモルは……負けた。
「わかった……君に案内を頼みます」
「やったあぁぁぁっ!!」
モネードは両手を上げて、全身を使って喜びを表した。
「決まりだな。出発は明日の朝一でいいよな?」
「ええ、できるだけ早く終わらせなければいけないので」
「うちももちろん問題ありません!!」
「じゃあ、カジュルルに案内できない代わりに、今日泊まる場所に案内してやる。ついて来い。そこに飯も用意してある」
「よっしゃ!腹ペコペコだぜ!」
「ワタシも早く横になりたい」
「おばば様、これにて失礼」
「じゃあな」
「ありがとうございました」
「はいはい、おやすみなさい」
ジエールとアピオン、トラウゴットはおばば様に一礼すると、とっとと外に出て行ってしまった。
残ったのはこの家の主と、トモルとモネード……。
「ぼくもこれで……」
「トモルさん!!」
「ん?」
「明日はぶちかましましょうね!!」
(大丈夫かな、この娘……って言うか、戦う気満々じゃん……)
モネードの瞳の奥でやる気の炎が燃え上がれば、燃え上がるほどトモルは不安を募らせたのだった。




