嵐の夜に……③
「しゃべった……」
巨大な翼を生やし、羽毛に覆われた長い身体を蠢かしているそれが、鋭い牙の生えた口を開けて人語を発したことにトモルは驚愕した。アピオンから言葉を理解する知性云々と言われていたが、なんだかんだここまではっきりと会話できるレベルの相手だとは思ってもいなかったのだ。
「主は話せるオリジンズと会ったことはないのか?」
「いや、いつも隣にいるけど……」
「ならば驚くこともあるまい、四番目の竜よ」
「その四番目って何ですか?」
「主は何も知らぬのだな」
謎の竜がバカにしたみたいに鼻で笑ったように見えてトモルはムッとした。
「……何も知らないんで教えてくれないですか?あなたのこと」
「無知な癖にプライドが高く、負けん気を制御できずにムキになって突っかかるか。典型的な愚か者だな」
「くっ!?」
「そんな奴に我の真の名前を教えるつもりはない。どうしても呼びたければ人間どもがつけた呼び名、命を創る竜、創命竜『フェルマーヤ』とでも呼べ」
「創命竜フェルマーヤ……」
「それで主はそんなことを訊くために、わざわざこんなところまでやって来たのか?」
「あ!そうだった!!ぼくが来たのは……」
使命を思い出したトモルは喉の調子を整えると、できるだけ滑舌よく話そうと、ゆっくりと口を開いた。
「創命竜フェルマーヤ、この嵐を止めてくれませんか?もしくはどこか人のいないところに行ってくれてもいい。このままだとこの下にあるグロウムという街に大きな被害が出てしまうんです。だから……」
「主は小虫に気を遣って生きているのか?」
「え?」
「歩いている時に目にも捉えられないほど矮小な虫を踏み潰さないようにとか考えているのかと言っているんだ」
「そんなことしてないですけど……」
「我に取って主ら人間の存在がそれだ。何故そんなちっぽけな存在に我が気を遣わなければならないんだ?」
「!!?」
「何故、我がそんなちっぽけな存在の一匹である主なんかの頼みを聞かなければならないんだ?」
「こいつ……!!」
瞬間、その穏やかな空間の気温が上がった。
トモルの感情の高ぶりと共にドラグゼオから熱が発せられ、周囲を一気に熱したのだ。
「ほう……小虫にしてはやるじゃないか。それはメルティーザとか言われている奴らの骸か?相変わらずのようだな」
「さっきから知識をひけらかすように訳のわからないことをべちゃくちゃと……!そんなのいいからこの嵐を止めろよ!!」
「嫌だと断ったはずだが」
「だったら……力ずくで止めるしかないじゃないか!!」
ドラグゼオは放出していた熱を体内へと集めた。最強の必殺技を放つために。しかし……。
「させんよ」
シュル……ザバアァァァァッ!!
「な!?」
フェルマーヤの羽毛が揺らめいたと思ったら、その下から大量の木の枝が伸び、ドラグゼオを囲み、押し潰そうと襲いかかって来た!
「くそ!!」
ボォッ!!バババッ!!
桃色の炎竜は必殺技を中断し、回避!ほんのコンマ何秒か前にいた場所は鋭い木の枝に群がられ、少しでも動くのが遅れていたらきっと串刺しの穴だらけになっていただろう。
「判断は早いな。そして動きも中々のものだ。この空間までたどり着いたのだから当然か。良かったな、きっと風の巨神にも会いに行けるぞ」
「また意味のわからないことを!ガンドラグ!!」
自分とは真逆に余裕の表情を崩さないフェルマーヤに苛立つドラグゼオ。その感情を召喚した愛用の複合兵装に送り込む!
「もう黙っていろ!!十字葬炎弾!!」
ボボボボボボボボボボボボボボボッ!!
創命竜に向かって十字を切る。その動きに合わせ放たれた十字の炎の弾丸の群れは大気を焼き焦がしながら、ターゲットに……。
「攻撃も悪くない。だが……」
ボオンッ!!
「――ッ!!?」
「我を倒すにはあまりに力不足」
フェルマーヤは身体から伸びる木の枝を目の前で何重にも編み込んで防御壁を形成。それを十字葬炎弾は貫くことできなかった。
「そんなちんけな炎では我が命を与えた樹木を燃やし消すことはできんぞ」
「くっ!!」
「わかったら大人しく養分になれ」
ザバアァァァァッ!!
再び襲いかかってくる枝の群れ!それに対しドラグゼオは……。
「養分なんてお断りだ!!」
ボオォォォォォッ!!
全力で炎を噴射し、また逃げる!けれど……。
「そう言うなって」
グンッ!!バアァァァァッ!!
「ッ!!?」
木の枝は急激に折れ曲がり、ドラグゼオの後をぴったりと追ってくる。
その光景を横目で見ると、トモルの脳裏にかつての強敵の姿が甦った。
(植物を自由自在に……まるでターヴィさん、緑の処刑人じゃないか!!?)
かつて手痛い敗北を喫し、プライドと自信をズタズタにされた相手を思い出し、思わず身震いする。
しかし一方で仲間の力を借りながらもターヴィにはリベンジを成功させている。ならば、この攻撃に対応できないはずがないとトモルの胸の奥に闘志の炎が燃え滾った。
「植物使いにはもう二度と負けるつもりはない!!バーナーブレード!!!」
ガンドラグのグリップからいつもの如く炎の刃を生成。だが、いつもよりも細く鋭利な形に形成する。切断力を高めるために。
「てりゃあぁぁぁぁっ!!」
ザンッ!ザンッ!ザザンッ!!
ドラグゼオは射程内に入った枝を手当たり次第斬り落としていく!活力を失った枝はパラパラと下方の雲の中に落ち、暴風に吹き飛ばされていった。
「我と似た力を持った者と戦ったことがあるか」
「お前よりもずっと強くて、そこそこ……一応そこそこ話のわかる人とね!!」
「では、その者はこれはできたか?」
フェルマーヤはそう言うと大きな翼をさらに大きく、限界まで広げた。
刹那、トモルは彼が何をしようとしているのか理解できた。
「おい……ちょっと待て!!」
「小虫の言葉など聞かぬ」
ブオオォォォォォォォォォォォォォォン!!
翼を勢いよく撃ち下ろすと竜巻のように渦巻く暴風が発生!自らが生み出した木の枝を粉砕しながら、ドラグゼオに迫った!
「ぐうっ!!」
ボオンッ!!ブオォォォォォォォォォン!!
「うあっ!?くうぅ……!!」
ドラグゼオは炎を爆発させるように一方向に噴射し、高速移動。竜巻の直撃からかろうじて免れるが、その余波である風に煽られてよろめいた。それでもなんとか繊細な炎とボディーコントロールによって体勢を立て直す。
(直撃を躱してもこの風か……!今回ばかりはハネドラグがなくて良かったかもな。今以上にもろに風を受けて、まともに飛べ――)
「スゥ……」
「――!!?」
フェルマーヤが息を吸った、人間が蝋燭を吹き消す時の前のように。
人間ならそれで限界だろうが、全長にすると何十階にもなるビルと同じサイズを誇るこの巨大生物がやるとなると……。
「フッ!!」
ブオォォォッ!!!
必殺の一撃となる!口から吐き出された息は先ほどの竜巻よりも鋭く、速い強靭にして高速の弾丸となって桃色の竜を仕留めにかかる!
(回避は間に合わない!!)
瞬間、本能で避けることは不可能と悟ったドラグゼオはガンドラグを消し、両手に炎を溜めながら翳した!
「炎竜壁!!」
ボオウッ!!
前方に体表と同じ桃色の炎でできた障壁を作り出した……が。
ボッ……!ブオォン!!ブシュウッ!!
「――ッ!?」
風の塊はあっさりとそれを貫通!そしてそのまま桃色の竜の左肩も貫いた!
(風連凰のようにドラグゼオの炎では防げない風……あれはそういう特性だったけど、このフェルマーヤはただ純粋なパワーの差でかき消してくる……!!)
またかつて戦った強敵のことを思い出した。それを越えるスケールを見せる目の前の竜の力に戦慄した。
ショックのあまり、ドラグゼオは左肩を抑えたまま動きを止めてしまった。
「ん?心が折れたか?」
「誰が……!!」
「まだ完全には炎は鎮火してないようだな。ならばもっと見せてみろお前の力を」
(見せろって言っても、もう打つ手が……ブレイズパニッシュメントを使いたいけど、きっと発動前に潰される。なら、それよりも溜めが少なくて済むドラグゼオ葬炎弾しかないけど、このサイズの敵に効果があるのか……?)
「考えるのはいいが、いつまでもゆっくりしてていいのか?この戦いが長引けば長引くほど下にいる小虫は危険なんじゃないか?」
「!!?」
その一言でトモルは決意を固めた。
「敵に背中を押されるなんてね……確かにあんたの言う通り、もたもたしている場合じゃない!今すぐ決着をつける!!」
そしてその決意が眩く、熱い桃色の炎となってドラグゼオの全身を包んだ!
「行くぞ!ドラグゼオ葬炎弾ッ!!」
ボオォォォォォッ!!
桃色の火球となったドラグゼオはぐんぐんと加速していき、最短距離を突っ切って、フェルマーヤへ突撃した!
「それが主がひねり出した我を倒す解答か……では採点してやろう!フッ!!」
フェルマーヤは再び口から一筋の息を勢い良く噴射した……が。
「もっと燃えろ!ドラグゼオ!!」
ボオウッ!!
今度は炎に阻まれ、標的まで届かず。むしろいい感じに風を送ったことで火の勢いを強めたようにも見える。
「ほう。さすがに息を吐くだけで潰すことはできんか。ならばこれなら」
ザバアァァァァッ!!
続いて発射されたのは槍のように研ぎ澄まされた木の枝の群れ!しかしこれも……。
「炭になれぇぇぇッ!!」
ボオウッ!ボオウッ!ボオウウゥゥッ!!
炎の鎧を貫けず。次々と黒く焼け焦げ、灰となって花弁のようにゆらゆらと舞い散る。
そしてその木の壁を越えるとフェルマーヤの巨大な顔が目の前に……。
「たどり着いたぞ!創命竜!!」
「よくやった四番目の竜よ!!」
「このままお前を頭から裂いて――」
「褒美に……頭突きをくれてやろう」
「――や?」
ブォン!!ドゴオォォォォッ!!
「………がっ!!?」
残る力を振り絞って繰り出された必殺技は、まるで軽く会釈するように放たれたヘッドバットに叩き落とされた。
炎は一瞬で霧散し、それと同じくトモルの意識もどこかへと消え去り、ドラグゼオの緑色の瞳からも輝きが消える。浮力を失った炎竜はピンクとブラックの破片を撒き散らしながら、落ちていった。
(桃色の血統も大分薄まったものだ。まぁ裏切り者の系譜が残っているだけでも上等か)
祖先から受け継いだ記憶に浸り、桃色の竜の不甲斐なさにがっかりしながら、フェルマーヤはドラグゼオから目を離した。
(それにしても、この程度の奴ならわざわざ……)
ボオウッ!!
「!!?」
それは一瞬の出来事であった。
フェルマーヤが目を離した刹那で、急激に周囲の気温が上昇したのだ。
「この熱さ……まさか!!」
喜びを隠し切れないフェルマーヤが目線を落とすと、“それ”はいた。
異形の存在となった桃色の炎竜が……。
「ドラアァァァァァァァァァァッ!!!」
ドラグゼオ、暴走。




