落ち武者
入り江の旧拠点には少し落ち武者がいたらしい。
少ししてから雷鳴がとどろき、魔法らしい破裂音が聞こえてきた。
が、すぐに収まったから数は多くなかったのだろう。
戦闘が終わると、残党狩部隊は律儀に報告にやってきた。戦闘は一方的だったのだろう、侯爵領軍の兵士一名が頬に当て布をして顔下半分ぐるぐる巻かれている以外は少し汚れた程度の姿だった。
あんま相手にしたくないが、しぶしぶ俺が対応に出る。
「おりましたか」
「ご協力ありがとうございます。おかげで蜘蛛の眷属数匹を倒すことができました」
英雄部隊のリーダーが偽物とはいえ妖魔に礼をいうものなのだな。
「それはよかった。ところで、それをわざわざ言いにいらしたので? 」
「実は」
彼女はちらっと後ろをうかがった。侯爵領の兵たちは一人を除いて無関心だったが、そうでない一人が傲慢に俺たちをにらんで腕組みしている。めんどくさそうなやつだ。
「本日掃討した蜘蛛どもの拠点に数人の兵を駐留させたいのだが、かまわないだろうか」
言い出したのはあのめんどくさそうな男だろう。それを黙ってやるのはよくないとこの英雄部隊の隊長は律儀に許可を求めにきてくれたのか。
「だめといっても無駄でしょうな。好きになさるといい」
監視されることになるが、やると決めたら黙ってやるし、抵抗すれば開戦の口実にしかねない。
塩の積み出しがばれないように工夫が必要だ。万一ばれても量を知られてはいけない。
「すまぬな」
隊長だけが申し訳なさそうにして彼らは引き上げていった。英雄部隊の他の兵士は無関心だった。
人間たちが去ったあと、俺とテラオ村長、リンホーとエリナ、それから製塩の責任者をやっているロクという小鬼で集まって、対応の相談をした。塩を勢いよく作ってるのばれると人間どもが攻めてくる、そういうことならと二、三時間の討論の末、荷物偽装案、積み出し場所変更案、船着き場を建築し、船体で視界を遮らせる案などが出て、あとは妖魔の商人たちと相談して決めようということになった。
討論自体はテラオ村長とリンホーがまだ続けたそうだったが、区切りのいいところで樫鬼の子供が俺たちを呼びに来た。
「変なのが流れ着いた」
ただの漂流物ならわざわざ呼びに来るのは変だが、子供の一言で俺たちは一斉に席をたった。
「まだ生きてる」
皆が何を思ったかはわからない。だが、俺はそれが魔物の王の残党、生き残りだと思っていた。
眷属蜘蛛は召喚者たちの指揮ができるくらいの知能をもっている。うまく対応しなければならないだろう。
砂浜にその漂着者は横たわっていた。人間でも樫鬼でも小鬼でもない。蜘蛛だ。
だが、これまで見た魔物の王の眷属蜘蛛とは違った。
まず大きさが違う。頭から尻の先まで2メートルはあるだろう。大きい。
頭、胸、腹の蜘蛛らしいフォルムは変わらない。だが、胸からでている足が異様だった。
二本途中でちぎれてしまっているが、無事なすべて先が人間の手になっているのだ。身の丈にあった大きな手だが、指そのものは相対的に細く長く女性ピアニストかなにかの手のように見えた。
もっとも不気味なのは胸の背面側だ。人の顔をかたどっている。デスマスクのようだ。少女のデスマスク。その顔が斜めに割れて白い体液が漏れていた。この蜘蛛は深刻なダメージを受けているようだ。
そしてほかの眷属と異なり、単眼のところに人間の目はない。それを見てとったとたん、俺の背筋がぞくっとした。
「皆、近づいてならん」
リンホーが発する警告は適切なものだった。こいつは近づいた誰かを触媒にして召喚ができるという確信が宿っていた。
あの巨大な蜘蛛は魔物の王ではなかった。あれの後ろから召喚魔獣が登場したからみんな確信したが、魔物の王はあの隙に脱出したのだろう。
「殿、お気づきと思いますがこやつをこのまま見逃すことはなりませんぞ」
リンホーがささやく。彼にもわかっているようだ。
「助言を」
「まずは降伏し服従することを求めるのです。さすれば、その能力、知識を失わずして配下とできます。ホルンはそうして遺跡の君の配下となりました」
「スーハオは? 」
「彼は戦って敗れ、召喚されたものです。魔王が魔王を従える手段はこの二つがあります。屈した魔王は魔王ではなくなると遺跡の君はもうされておりました」
遺跡の君、というのは彼らのもとの主の遺跡の魔王のことらしい。
リンホーが降伏をまずすすめてみろという理由は察した。召喚者の受けるレベル制限だ。ゲームシステムの長所、短所を彼は把握していた。




