三十三話
「もう、いいでしょ」
五分くらい歩いて、流石に怜於は疲れてきた。
「…分かった」
晴海も異議は唱えない。
「…流石に怖いな」
どこまでも続く暗闇。しかも、所々小さな明かりが点いているのがまた気味が悪い。怜於も出来ることならば、一刻も早くこのお化け屋敷のような空間から離れたかった。
が、晴海の手前、そういう弱音を吐くのは気が進まなかった。
というのも歩けど歩けど、気色が変わらないのだ。ひたすら下り坂が続くだけの薄暗い通路。気味が悪かった。
「一旦、上の方見てきて良い?」
前も後ろも同じ映像の中を歩きすぎて、心細くなってきたというのは言うまでもない。
「やっぱり、地上で取り残されている人もいるかもしれないしさ」
これは真っ赤な嘘と言うわけではないが、言ってしまえば建前でしかない。
「…まあ、いいんじゃない?…僕もついてくよ」
晴海と一緒に、来た道を再び辿る。
「…これ、どうやって出るの?」
怜於は行き止まりで立ち尽くした。外の光さえ漏れてきていないが、紛れもなく入口はここだった。
「これ、シャッターだよな?」
薄暗さの中でよく見えないが、指の爪で触れて、明らかにシャッターだと分かった。
「晴海、そっち持って」
「分かった。…待って」
晴海と怜於がそれぞれ端っこを持ち、シャッターを持ち上げる。
「んっ!」
だが、どれだけ力んでもシャッターは持ち上がらない。
「待って怜於!何か聞こえる!」
怜於も手を止め、耳を澄ました。シャッターを伝って、怜於の体に振動が来る。
「…外、か」
「だと思う。…シャッター越しに伝わってくる振動って…」
轟!
直後、シャッターを直に揺らすほどの衝撃が伝わってきた。
「うわ!」
「…!」
反射的に耳を塞いだが、目の前のシャッターが揺れに揺れ、今にも真っ二つに割れてしまわないかと心配になる。
「…戻ろう!」
怜於が言うと、晴海も力強く頷いた。
確かに外は危険だ。申し訳ないが、この中で街中を歩いている人なんていないだろうし、いてもそれらを顧みる余裕は持ち合わせていない。
足音を響かせ、再び階段を下っていく。
―――――
…ここまでは、さっき来た所だよね。
…いや、もうちょっと先だと思うけど。
怜於と晴海は再び暗闇に身を隠した。
「どこまで続いてるんだろ」
怜於のこの呟きは、どこまでも続く暗闇に希釈された。
「…なんでシャッターは開かなかったんだろう」
今度は、はっきりと晴海に向けて訊いてみた。
「古いものだし…外からの衝撃で開きにくくなったとか?」
「そっか…まあ、外に出ることを考えるのは、まず外に出られるようになってからか」
「うん」
晴海についていく形で、怜於も恐る恐る闇を裂いていく。
「晴海は怖くないの?」
「怖いよ。けど、楽しい」
「えぇ…」
この状況が“楽しい”という感覚は、怜於にとって理解不能の領域だった。今の怜於の感覚は、“虚無”か“恐怖”の二択のみだ。
「…あ、なんか明かりが見えてきたよ」
晴海の能天気な声が響いたが、直後晴海の表情は凍り付いた。同じく怜於も表情を引き締める。
「…」
怜於は無言で晴海の目を見た。晴海も頷いた。
スス…カン…
衣擦れの音と、控え目な足音。
「…」
誰かが、いる。怜於はいつの間にか、無意識に息を止めていたことに気付いた。
「…」
引き返すわけにはいかない。足音を極限まで落とした上で、晴海は光のある方へ恐る恐るといった風情で歩いていった。怜於も晴海の少し後ろをついていく形で、恐る恐る歩いて行った。無論、怜於自身が情けない、という引け目を感じていたということは言うまでもない。
「…面白いこと書いてある?」
「…。」
没頭している寧音を見て、彰はふと微笑んだ。
「好きだよね」
馬鹿にしている様子でもなく、感じ入るような、尊敬の念が籠っているような台詞だった。
「…ええ」
意識の八割が本に行きながらも、寧音は答えた。
「しかし、大層な造りだよなぁ…。よりによって広報部の地下に狭ーい通路を作って、そことしか繋がっていない地下室なのに」
彰が、埃が飽和状態の部屋を静かに歩き回る。それでも、
「彰さん、埃が舞います」
「…ごめん」
もしかしたら、鉄筋コンクリートなんていう生易しい造りではないのでは、ということが彰の脳裏を過った。意味深な場所に意味深な本が大量に並んでいるので、そういうことも想像してしまう。大分古い造りだと思うが、部屋そのものが崩れている様子が全く無いのが、その妄想を助長させてしまう。
「…なんだか、揺れるね」
寧音が呟いた。確かに、言われてみれば彰も揺れを感じていた。
「上でまだ爆弾が降ってるからじゃない?」
「通路を通っていたときには、こんなに揺れてませんでしたよ」
言われてみれば、と再び彰は頷いた。
「…じゃあ、上の爆撃がさらに酷くなっているとか…」
「仮にそうだとしたら、この学校を灰燼にする気でしょうね」
「そっか。まさか、一学校に対してそんな執念があるわけが無いし」
彰は特に何の考えもなく本棚から一冊の本を取り出した。その本は全く彰の興味をそそるものではなかったが、背表紙に書かれた四桁の数字を見て、流石に驚かざるを得なかった。
――年号。
とすれば、今から百年近くの年号ということになる。
「し、寧音!」
「何ですか」
「こ、これ…」
手に持っている本を指差し、興奮を抑えながら言った。
「百年前の資料だって」
「…それがどうしたんですか」
予想の百倍は淡白な反応が帰ってきて、彰は腰を抜かしそうになった。
「…え、だって…百年前の資料なんて、メッチャ貴重なんでしょ?」
「それはまあ…ですが、現にここにある本は」
寧音はこの部屋を見渡した後、再び視線を手元の本に向けた。
「全部、百年前以上のものでしょうし」
―百年以上前の歴史、とりわけ百十年前から百年前にかけての、歴史的資料は殆ど残っていない。
だが、断片的に残っている資料などから、こういう仮説がとても有力であり、かつ世界の常識となっている。
「世界は一度滅んだ。」
「遅かったな」
暗い部屋、男の瞳には画面だけが写っている。
「まあな。…それより、準備は出来てるよな?」
画面の中で、男の声が波を描く。部屋を暗くしているのも、会話を録音しているのも、全て彼の用心深さ故だ。
「当たり前だ。最終確認は既に済ませているはずだろう」
「念には念を、っていう話だよ」
「それより、俺が気にしているのはそっちの準備さ」
「舐めんな」
「それなら結構。じゃ、始めよう」
コンピュータの電源を落とす。部屋の電気を点けると、コンピュータから小さなメモリを取り出し、それをポケットに入れ、コンピュータを凄まじい速さで解体し始めた。
そして、流れるように基盤を剝き出しにし、ハンマーで数回叩き、打ち砕く。
飛んだ破片や、見るも無残なコンピュータの残骸は大きなゴミ箱に捨てた。部屋の掃除を済ませた後、彼、ウェッジウッド・アルバートは呟いた。
「…始めようか」
うわ思ったより二編投稿大変だな…。舐めてた。




